審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

『狩人』

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「へえ、黒川くんが回答者なんだ」

 風から流れる詩を聞き、ふうん、と相槌を打つ。

「それで?」

 話を促せば、黒川くんが師堂くんの名を告げたと返された。

「師堂くんねえ。だから僕をここまで連れてきたのか」

 道理で、と僕は嘆息した。てっきりデートだと思ったのに、少し期待した僕が莫迦だったかも。それに――師堂くんか……。

 ここは夜の住宅街。空の向こうから微かに天声が聞こえてくる。もうすぐ濛雨が降るだろう。怪異による影響が空に顕れている。
 あいつは僕を師堂の家まで連れ、その前にある大木の枝に腰掛けさせた。
 僕一人では到底下りれないし、まさかとは思うんだけど、これって神木じゃない? 莫迦じゃないの? 僕が不満を感じていることだって、すぐに気づいている筈なのに、あいつはすっかり無視してくる。
 どうせ僕は何も出来ない人間ですけど……。

「まあさ、ここに連れられた時点で理解はしているけどさ。見届けるひと、ね。メリーさんも悪趣味で笑える」

 メリーさんの狙いは至極単純で、回答者である黒川くんが外した場合、彼が名指しした人物の命を貰いにやって来るつもりのようだ。黒川くんが師堂くんを選んだのも、きっと師堂くんがメリーさんではないと言う確証が欲しかったんだと思う。明日になれば、師堂くんにもクラスの内情を探らせようとか目論んでいるのかも。
 でも、残念。僕がいなかったら、メリーさんはあっという間に師堂くんを食い尽くし、黒川くんに情報は残らない。絶望に濡れる黒川くんを見てみたい気持ちはあるけれど、クラスメイト全員を死なせる訳にはいかないし。

「そもそも僕、師堂君とはお近づきになりたくないんだよね……」

 ちらり、と二階の窓を見る。薄っすらと明光が漏れ出ている。

「意外と僕たちのクラスって厄介者が多いと言うか、自由に生きている人が多いってことなのかなあ」

 感づかれない様に動きたいけど、難しそうな気配を感じる。師堂くんって視えるひとっぽいし。
 つらつらと考えていると、――気色悪い空気が肌に触る。胸に焼き付くような、喉が締め付けられるような、黒い黒い蟠り。

「……現れたみたいだね」

 僕は合図して、あいつに下ろしてもらう。未だにふわり、とした浮遊感に慣れない。軽く着地して、師堂くんの家の前に立ちはだかり、それと向かい合った。
 第三者の目があれば、きっとメリーさんの姿は、黒い線がごちゃごちゃ蠢くように見えていたかも。でも僕には明瞭に見えた。

「へえ。君がメリーさんだったんだ。それもそうか」

 僕は納得して一人、頷く。

「でもお生憎様。僕を選んだことは大失敗だったね。これは通常の人狼じゃないから、覚悟して」

 にっこりと微笑めば、その人型の黒い靄は蠢いた。怯んだようにも見えるが、怪異には意識がないんだとか。

「僕を狙っても無駄だから。僕は君を必ず撃退するし、占う人がいてもいなくても、君が誰を狙うのか分かってしまう。何度も邪魔されるしかないんだ。発動した以上、止まらないのは分かってるよ。でも今日は退いてくれるんでしょう?」

 それは暫く立ち尽くしていたが、ユラユラと陽炎のように、来た道を戻って行った。そのゆっくり過ぎる動きは異物であると意識させられる。
 顔も全身も真っ黒だったのは、おそらく昼は普段通り、夜はメリーさんに操られているってことなんだろう。

「ほんっと、困っちゃうよね」

 厄介な役割を与えられてしまったなあ。

「そうだな。俺も困ったぜ」
「……え?」

 突然の声に、僕は驚いて振り返った。

「助かったぜ、樋脇。変なモノが来てると思ったら、俺狙いだったろ。マジで弱ってたんだわ」

 僕の背後に立った師堂くんが、なんともない顔で話しかけてくる。だから師堂くんとはお近づきになんかなりたくなかったのに。
 僕は恨めしい顔で師堂くんを見つめるが、師堂くんは気に留めずに、僕の腕を掴んだ。

「そんで、話を聞かせてくれんだろ?」
「僕の話なんて聞かなくても、全て把握出来てるんでしょ?」
「何言ってんだよ。分からないことなんて星の数ほどあるぜ」
「減らず口を。ともかく僕は帰るから、離してくれない?」

 そう頼んでも、逆に腕の力が強まるだけだった。

「ちょっといい加減にしてよ! 僕でも怒るんだからね」
「へえ、そうかよ。お前とはあんま話したことねえけど、なるほどねえ。お前の力になってやっても良いぜ。ただし、今回の件と、月島のことを教えろよ」

 師堂くんが歯を見せつけるようにして笑う。

「月島くんのこと、気になるんだ?」
「あったりまえだろ。あいつを負かしてやりてえんだからよ。そんで俺がこの学校一の支配者になりてえからな」
「それ、沢村さんが裏番って言ってた奴でしょ」
「おいおい。それじゃ、この学校のトップは誰になんだよ」

 校長としか言いようがないんだけど、もしかして月島くんのことでも言ってるのかな。

「俺は裏で操る人間だとか、幽霊のような存在に興味ねえんだよ」

 ぎり、と手首から嫌な音が聞こえてきた。これ以上力を入れられると、本気で折れるかも。痛いのは嫌だ。少し焦りながらも、「僕が月島くんのこと何でも知ってるとでも?」と返す。

「お前は為にならねえことはしねえだろ。月島と関わるのも、お前にとって使えるからだ」
「月島くんに利用価値があると?」
「そうだろ。お前の場合、将来の投資といったところか」
「……君なんて見捨ててしまえば良かった」

 視線を逸らして悔し紛れに呟けば、「お前が見捨てるとは思わねえな」と返される。この男、ひとの目を見るのが適格だ。

「とりま、茶でも飲んでけよ」
「嫌だって」
「折られたいなら、いつでも良いぜ」

 そんな押し問答がずっと続いた。
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