審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

14. 変質

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 幕間。

「――はっ」

 意識が急に引っ張られる。息が苦しい。必死に呼吸をし、酸素を脳に送れば、気分がやっと落ち着いてきた。呼吸も穏やかになり、辺りを見渡せる程の余裕が戻ってきた。そこは白い空間だった。そう、いつもの。

「えっと、授業が終わって、それで……家に帰ったんだっけ。黒川と月島が来るから、片づけしなきゃって思って……」

 でも、どうしてまたここに。
 微かな疑問と仄かな喜びが胸に浮かんだ。この空間はどうしてだか落ち着く。……多分だけど、自分が守られていると感じるからだと思う。黒川はタイムリミットが近づいているのに慌てふためくことはないし、月島は論外。
 だけど、私は心臓がどきどきしている。だって彼らとは違って、私なんて一般人だし。

「片付けしてる途中で寝ちゃったのかな」

 ゆっくりと身を起こす際に、壁へと手が触れる。凸凹とした感触だ。すぐに私が凭れ掛かっていた壁が書庫への扉だと気付いた。通りで背中が痛い。跡になっていないか心配だけど、そもそもこれは夢だった。すぐに背中の痺れも消えた。
 時々、こうして扉の前まで来ることはできる。鍵を持っていないから、いつも開かなかった。
 でも、何故だか――私は扉にそっと触れた。馴染むような感覚がして、そのまま押す。ぎぃ、と軋む音と同時に、扉が動き出した。

「……開いた」

 予感はあったけれど、本当に開くとは思わずに一驚する。
 どうして今日は扉が開いたんだろう。立ち尽くしていると、「お帰りなさい」と声がした。

「司書さん!」

 会ったのは一度きり。それなのに、自然と懐かしさが込み上げてくる。

「お久しぶりですね」

 愛想も無く淡々と言う司書さん。現実だったら心にダメージを負っていたけれど、これが司書さんの素なんだろうね。

「鍵は見つかりましたか」
「それが……まだ見つかってないんです。今日もどうして扉が開いたのかさっぱりで」

 そう肩を落とすと。

「そのようですね。鍵を探している様子は、こちらでも確認できますから。貴方に歓喜の色もありませんでしたし」

 司書さんは一度言葉を切ってから、「すみません」と淡々と謝った。

「世間話でもしようかと思って失敗しました」
「ええと、お構いなく」

 当たり障りのない会話を続けようとして失敗した、と自供した司書さんは、どうやら不器用な人みたい。私も不器用だし、正直に言うと、接点があるのは嬉しい。だから司書さんの思惑は成功だと思うけどなあ。

「今回もお困りのようですね」
「あ、そうそう! また怪異に巻き込まれちゃったんですよ!」
「何かお調べしますか?」

 そう言えば、前回は『怪異ファイル0』を読んで危機を回避したんだっけ。今回も頼りになると良いんだけど。何せ、あの蚯蚓がのたうち回るような文字だからな……。解読スキルでも培うべきだったかな。

「うん、勿論。確かあのノートは……」

 聳え立つ本棚を見上げる。膨大な書物の中から探し出す自信なんて、無いんですけど!?

「本の取り出し方はマニュアルで閲覧可能です。パソコンに落とし込みましたので、随時ご確認ください。貴方は当方の責任者。デスクにあるパソコンを操作することで、すぐにお探しの本が貴方の手元に運ばれるでしょう」
「パソコンで……?」
「ええ、そうです。前回閲覧されていた冊子でしたら、貴方のデスク上に置いておきました」

 司書さんが右の掌で指し示す。

「ほんとだ! ありがとう!」

 そのままにしておいてくれた、その優しさに嬉々としてお礼を伝える。司書さんは無言のまま司書室へと戻っていったけど、きっと照れ隠しね。
 飛びつくようにしてノートを開く。

「んー……、カタカナっぽい文字を探すか」

 数分後、私は頭を抱えた。このノートにはメリーさんの記載は何処にも無かった。

「どういうことなんだろう」

 最初から考えてみよう。司書さんは『怪異』の存在を疑問視していた。『怪異』について知っていたのは、今のところ黒川くんだけ。ううん、違う。このノートを書いていた人物も知っている筈。
 じゃあ、このノートを書いた人は一体誰なのか。ノートの大半は真っ白だけれど、鏡の怪異についての記載はしっかりとあった。この筆者はメリーさんの怪異を知らなかっただけだとか?
 ノートの端から端まで簡単に見てみたが、筆者の名前は特に書かれていなかった。人物から探し出すことも不可能。筆運びからして堅実な人って感じはするけど。意外と黒川くんの御父上だったりして。
 でもそうなってくると、どうしてこのノートが書庫にあるのか分からなくなってくるから、ウーン。
 
 司書さんが静かに近寄ってきて、そっと机上に湯呑みを置いてくれた。どうやら自室に戻ったのではなく、私の為にお茶を淹れてくれたようだ。司書さんと秘書さんがごっちゃになりそう。

「ありがとうございます!」
「いえ」

 本の近くに飲み物があるのは、心臓がどきどきするが、この夢空間なら大丈夫のような気がする。
 司書さんはそっとノートを眺め、「何故、書物に記載されていないのか。それを考えるべきでしょうね」と言った。

「何故、記載されていないのか……?」

 その意図が掴めない。

「手書きだから?」
「何故、手書きなのでしょうか」
「それは……売れなかったから? これって同人誌?」
「同人誌ですか、その存在も勿論存じ上げています。ですが、それにしてはノートに書かれておりますね」
「確かに、そうだよね」

 私は少しだけ黄ばんだノートの表面に触れる。

「唯一、怪異について纏められてるし、核心を突いてきたこともあった。でも怪異の存在を示すのは、私たちの体験と黒川くんの話と、このノートの記録だけ。つまり、文字として記録されているのはこのノートだけ……?」

 存在の記録なら、この書庫にあってもおかしくはないと思う。だって知識が膨大だし。

「でもメリーさんのことは載っていない。黒川くんも苦戦してたし」

 ――そう言えば、人狼ゲームの話になった時、黒川は何度か首を傾げていた。

「……もしかして、“最近”変化したから?」

 メリーさんの怪異が新しく変質してしまったとかあり得そうだけど。それなら元々あったメリーさんの怪異の記録がある筈だよね。

「じゃあどうして。新しく変化してしまったからこそ、情報が収集出来なかったとしたら……ううん、それも違う気がする。根拠は無いんだけど、それは絶対違う」

 兎にも角にも、このノートは今回、役に立たないことが分かった。無駄骨かと思ったけれど、メリーさんの情報がないと言う事実もまた情報だ。月島くんから教えてもらったし。

「司書さん、ありがとう。後は私たちでなんとか出来たら、いやなんとかして見せる。でも、一つだけ聞きたいことがあるの」

 司書さんが「ええ」と頷く。

「鍵は何処にあるの?」

 絶対に司書さんは鍵の在処を知っている。知っていて、私に教えてくれない。探し出すように促した、その意図は、理由は。――どうして私の中に書庫があるの。

「それは――」

 司書さんが口を開いた途端、世界がぐにゃりと曲がった。酷い目の前の歪みに、重心を崩して膝をつく。私の居る世界が分裂し、破裂し、粉々になっていく。まるで硝子の雨のように。
 目を覚ますと、目の前に映ったのは――。
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