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特別編(時系列順不同)
3.いつでも切れる依存(第一章後)
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いきなり肩に衝撃が走り、重たくなった。僕は瞬く。思考というツールを持ち出さなくても、原因はすぐに分かる。僕に対し、馴れ馴れしい態度を取るひとは限られているから。
「――月島くん」
「よっ、お邪魔してるぜ!」
自習をしていた僕の肩に太い腕を回し、月島くんはにかり、と笑った。歯が目映く見えるのも、彼が心の底から笑顔でいる証なのだろうか。さっきまで月島くんは、沢村さんと黒川くんと共に、談笑していたんだけど。
僕に何か用でもあるのだろうか、と首を傾げてみれば、
「なあ、見つけたぜ」
芯の籠った声音で囁かれる。このクラス内で、一番の好青年である彼は、透き通った低音ボイスだ。他の生徒だったら黄色い悲鳴でも上げそうだが、僕に囁かれても困るというもの。沢村さんだったら、どんな反応をするのかな。
今は放課後とは言えど、まだ教室内には、クラスメイトたちがまばらに残っている。月島くん自身はあまり配慮しない人間性だけども、誰かに聞かれたくはないのだろうな。
「そっか。じゃあ、僕との縁は切れるね」
にこり、と求められている笑顔を向けてあげれば、月島くんは無の表情で僕を見つめた。視線の圧が強いし、顔も近い。離れようとしたが、肩に食い込むぐらいの腕からは逃れられず、既に空席となった隣人さんの椅子を引っ張り出し、月島くんも腰掛けた。勢い余って僕の机に膝小僧をぶつけ、彼はまったく痛くもないようだけど、僕の机はずれてしまった。
「いったいどうしたの? ずっとそうしたかったでしょ」
「んなワケあるかよ。オレにとっちゃ、お前も」
「殺したくなる?」
「おうよ」
分かってんじゃねえかよ、とくしゃりとした顔で笑う。
「でも、僕は違ったんでしょ」
「そりゃな、何でもさせてくれんだからよ」
「言い方が酷いって。まるで僕の方が死にたがりみたい」
「いーや、どっちかと言うと、M?」
「ちょっと? 語弊がありすぎるでしょ。僕にできることなら、腕を広げることくらいするけどね、僕なんて何でも許せるほど出来た人間じゃないから」
「……」
月島くんが黙り込んだ。僕の瞳を覗き込み、「お前のそういうところ、嫌いだわ」と、いきなり告げてくる。
真正面から嫌いだなんて言われて、傷つかないわけがない。月島くんには何も効かないから、どうとでも思わないようにしているけれど、気になる存在ではある。彼が鍵ともなるかもしれないし。
「……そう、それなら、余計に良かったね。沢村さんのところに行けば?」
僕らしくない言葉が漏れる。でもそれが真理。元から、去る者は追わず来る者は拒まずの精神で生きてきたから、一筋の希望の星を見つけた月島くんは、とうに前者だ。僕なんて必要ないし、そも僕なんか必要としていない。
雁字搦めにされるような、この感覚。誰かと一緒にいるのに、孤独を感じる。選んだのは自分だと言うのに。
「何言ってんだよ」
月島くんが僕の体を離す。
「オレはお前ともいたいんだよ」
「何故?」
「理由なんか訊くか、普通?」
疑問を疑問で返されても、僕には何も答えられない。理由が分からないから、こっちから聞いていると言うのに。
「僕が思うに、月島くんは沢村さんさえ、いれば良いんじゃない?」
「まあ、そうだけどよ」
「あの時のことも、今までのことも、忘れなよ」
じくじくと腹部が痛んだ。
「正直なところ、僕は君のこと、どうでも良いと思ってるんだ」
「そうだろうな。お前、オレと接する時、割と雑な態度だったし」
その分、一緒にいるのが気楽だった。僕のまま、オレでいられたから。
「でもよ、忘れねーよ。言ったじゃねえかよ、オレはお前ともいてえ。お前の為になるんなら、これからも手足になってやっても良いしな」
「月島くんって、見掛けに寄らず、随分と雑魚なんだね」
きらきらとした道筋が、月島くんの瞳の奥から見える。その矛先は僕に向かっていて、鋭くて痛くて苦しくて、でも心に光が差し込むような温かさもある。
やめて、そんな目で僕を見ないで。
「……オレ、今のニュアンスなら、喜んでその称号を受け取ってやるよ」
目を細め、月島くんは言った。
「ええ? 自分から雑魚になりたいだなんて、変わってるでしょ」
くすり、と笑ってしまえば、
「お前はそのままでいろよ」
月島くんがまた僕の肩に手を置いて、軽く揺さぶった。
「あー、視線がいてえから、一度向こうに戻るわ」
「そう。僕はもう帰るから、また明日だね」
「んなら、また明日な」
月島くんが隣の席へと椅子を戻し、自分の席へと戻っていった。月島くんが言ったように、僕も鋭い視線を感じていた。下手に彼と視線が合わないよう、月島くんの背中を追うような真似はしない。今日の逢瀬はお仕舞だもの。
「……そのまま、ね」
一瞬だけ、口端を上げる。
「月島くんも、見てくれないんだ」
「――月島くん」
「よっ、お邪魔してるぜ!」
自習をしていた僕の肩に太い腕を回し、月島くんはにかり、と笑った。歯が目映く見えるのも、彼が心の底から笑顔でいる証なのだろうか。さっきまで月島くんは、沢村さんと黒川くんと共に、談笑していたんだけど。
僕に何か用でもあるのだろうか、と首を傾げてみれば、
「なあ、見つけたぜ」
芯の籠った声音で囁かれる。このクラス内で、一番の好青年である彼は、透き通った低音ボイスだ。他の生徒だったら黄色い悲鳴でも上げそうだが、僕に囁かれても困るというもの。沢村さんだったら、どんな反応をするのかな。
今は放課後とは言えど、まだ教室内には、クラスメイトたちがまばらに残っている。月島くん自身はあまり配慮しない人間性だけども、誰かに聞かれたくはないのだろうな。
「そっか。じゃあ、僕との縁は切れるね」
にこり、と求められている笑顔を向けてあげれば、月島くんは無の表情で僕を見つめた。視線の圧が強いし、顔も近い。離れようとしたが、肩に食い込むぐらいの腕からは逃れられず、既に空席となった隣人さんの椅子を引っ張り出し、月島くんも腰掛けた。勢い余って僕の机に膝小僧をぶつけ、彼はまったく痛くもないようだけど、僕の机はずれてしまった。
「いったいどうしたの? ずっとそうしたかったでしょ」
「んなワケあるかよ。オレにとっちゃ、お前も」
「殺したくなる?」
「おうよ」
分かってんじゃねえかよ、とくしゃりとした顔で笑う。
「でも、僕は違ったんでしょ」
「そりゃな、何でもさせてくれんだからよ」
「言い方が酷いって。まるで僕の方が死にたがりみたい」
「いーや、どっちかと言うと、M?」
「ちょっと? 語弊がありすぎるでしょ。僕にできることなら、腕を広げることくらいするけどね、僕なんて何でも許せるほど出来た人間じゃないから」
「……」
月島くんが黙り込んだ。僕の瞳を覗き込み、「お前のそういうところ、嫌いだわ」と、いきなり告げてくる。
真正面から嫌いだなんて言われて、傷つかないわけがない。月島くんには何も効かないから、どうとでも思わないようにしているけれど、気になる存在ではある。彼が鍵ともなるかもしれないし。
「……そう、それなら、余計に良かったね。沢村さんのところに行けば?」
僕らしくない言葉が漏れる。でもそれが真理。元から、去る者は追わず来る者は拒まずの精神で生きてきたから、一筋の希望の星を見つけた月島くんは、とうに前者だ。僕なんて必要ないし、そも僕なんか必要としていない。
雁字搦めにされるような、この感覚。誰かと一緒にいるのに、孤独を感じる。選んだのは自分だと言うのに。
「何言ってんだよ」
月島くんが僕の体を離す。
「オレはお前ともいたいんだよ」
「何故?」
「理由なんか訊くか、普通?」
疑問を疑問で返されても、僕には何も答えられない。理由が分からないから、こっちから聞いていると言うのに。
「僕が思うに、月島くんは沢村さんさえ、いれば良いんじゃない?」
「まあ、そうだけどよ」
「あの時のことも、今までのことも、忘れなよ」
じくじくと腹部が痛んだ。
「正直なところ、僕は君のこと、どうでも良いと思ってるんだ」
「そうだろうな。お前、オレと接する時、割と雑な態度だったし」
その分、一緒にいるのが気楽だった。僕のまま、オレでいられたから。
「でもよ、忘れねーよ。言ったじゃねえかよ、オレはお前ともいてえ。お前の為になるんなら、これからも手足になってやっても良いしな」
「月島くんって、見掛けに寄らず、随分と雑魚なんだね」
きらきらとした道筋が、月島くんの瞳の奥から見える。その矛先は僕に向かっていて、鋭くて痛くて苦しくて、でも心に光が差し込むような温かさもある。
やめて、そんな目で僕を見ないで。
「……オレ、今のニュアンスなら、喜んでその称号を受け取ってやるよ」
目を細め、月島くんは言った。
「ええ? 自分から雑魚になりたいだなんて、変わってるでしょ」
くすり、と笑ってしまえば、
「お前はそのままでいろよ」
月島くんがまた僕の肩に手を置いて、軽く揺さぶった。
「あー、視線がいてえから、一度向こうに戻るわ」
「そう。僕はもう帰るから、また明日だね」
「んなら、また明日な」
月島くんが隣の席へと椅子を戻し、自分の席へと戻っていった。月島くんが言ったように、僕も鋭い視線を感じていた。下手に彼と視線が合わないよう、月島くんの背中を追うような真似はしない。今日の逢瀬はお仕舞だもの。
「……そのまま、ね」
一瞬だけ、口端を上げる。
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