幽玄天使と夢魔

鳴音 伊織

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1.解放

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 「何も知らない純粋無垢な天使に教えてあげよう――これが、本当の快楽と云うものだよ」


 

 白銀の髪を揺らし、男はドチュッバチュッと音を立てながら強く俺の体内を突き上げる。
 
 ――俺は自分が何者なのかを知らない。記憶がごっそり抜け落ちている。
 分かるのはただ……俺はこの銀髪の男を、狂おしいほどに愛しているということだけ。

「も、……むりっ……からだ、へん……」

 甘美な吐息を吐く僕は、刻印の施された欲棒からドピュッと白い液を散らす。

 俺も――俺の心も身体も、このレヴィアがいなければ生きてはいけない。

「まだ私のカタチになってないね。今日は君の内臓ナカを変えようって、言った筈だけど?」
「おなか、裂ける……」

 彼の瞳と同じ色の――真っ赤な紋様が浮かぶ下腹部は、ナカから突き破らんとばかりにボコッボコッっと動いている。

「それぐらいが好きな癖に。ほら、ここまだキツい。もっと受け入れて――深くまで繋がって、私が君の一部になるくらい」
「まって……それ以上、はッ……――ッあ゙ッぁ――ッッ!!」

 穴の深部をこじ開けた彼のそれが、ぐぽっぐぽっと挿し込む感覚が堪らない。

 もっと欲しい……奥、壊れるくらい突き上げて

 俺の気持ちなどお見通しなのだろうか。うつ伏せにされた身体は両腕を引っ張られ、同時に後ろから容赦なく腰を打ち込まれる。
 太腿に滴る精液は、もはやどちらのものなのか区別が付かない。

 アソコの刻印が、ぷしゃっと溢れる体液に反応し、紫黒く光る。
 愛しい男の名前が刻まれたそこから生まれた熱が、じわじわと局部を侵食してゆく。
 それはまるで、彼の口内に包まれている時のように。

 ――細胞の全てが、彼を求めてる……本能が、彼が欲しいと叫んでる。

「君の望むことは全部叶えてあげるから。だからもっと啼いて、私を求めて狂って――」
「あっぁッ……すき、すき……はっ、も……イっく――ッッ!!」

 もう何度目か分からない絶頂に、耐えられなくなった僕の頭は、そのまま意識を飛ばし始める。

「可愛い可愛い私の――堕ちた天使。永久に君は私のものだ。愛してるよ、誰にも渡さない。この泪のひと粒すら」

 真っ白になる視界の中で、愉悦に浸る声が聞こえる。


 ――この悪魔に出会って、俺の全ては壊れてしまった。

◇◇◇

 目を開けば何も無い、ただ本だけが無限にある空間。
 その中で俺は生きていた。

 見上げれば夜空を描いた天井。
 それがアステリズム星群だと言うことは、高くそびえるかのごとく積まれた本で知った。

 ここは読書以外にする事がない。

 ――今日は、なんの本を読もうか。

 昨日は、敵対する国の王子と姫が愛し合いそして滅んでいく悲恋譚を読んだ。
 その前の日は、ひとりの料理人が食材を求め知らない世界を旅する話。もっと前は、連続殺人鬼を追う自警団の話だったかな。

 ――今日は、そうだな。天使と悪魔の数奇な出会い……? 何が起こるんだろう。……よし、これにしよう。

 寝床の横に積み上げられた本の山から、気になる背表紙を見つけそれを引っ張り出す。

 眠って、起きて、本を読んでまた眠って――毎日それが当たり前の生活。特に空腹を感じることもないし、生命の維持は出来ているから食事も必要ない。

 一見単調に見える生活だが、それに飽きる事はない。何故なら此処には尽きる事のない書物があるし、とても美しい場所だから。
 絶えず白い羽根と青い光の欠片が上へと昇っている――これも本で得た知識だが――白亜はくあの遺跡と云う場所なのだろう。

 いつからここにいるのか、自分の名前も分からない――何なら己の声すら知らない。
 でも必要ない。だってそれを語り明かす相手は誰もいないのだから。

 別にそれで困った事なんて無かった。

 最後のページを捲り、ふっと天井を見上げる。
 宝石箱を引っくり返したような、そんな夜空に一筋の光が流れた気がした。

 パタン、と本を閉じ、再び僕は寝床へと戻る。

 

 目を覚ますと、また変わらぬ毎日が繰り返されるはずだった。

 けれど今日、は起こった。

 綺麗な白い壁の一部が、見事に崩れ落ちている。
 パラパラと舞う破片の奥に、彼はいた。

「こんな所に居たのか……やっと見つけた」

 黒い衣服を纏った男は、カツンカツンと踵を鳴らし部屋の中へと入ってくる。

「だ、誰……」

 寝台代わりにしてある、氷のような台の上で起き上がり、ギュッと白い服を握り締めた。

 部屋に響く足音が止む。
 そいつは、ルビーみたいな真っ赤な瞳で、じっと俺を見下ろしている。
 真ん中で分けられた髪は後ろだけ長く、鎖骨に掛かる様子はまるで銀の絹糸。
 キリッとした端正な顔立ちながら、どこか色気を醸しているのはその長いまつ毛のせいだろうか。

 ――誰……どうやってここへ?
 
 驚きの余り声が出ない俺は、口をパクパクの動かすのが精一杯。
 そんな俺の様子を彼の薄い唇がクスリと笑う。
 薔薇の色香を纏う、その笑みから目が離せない。
 こうを放っているかのような口元は、あまりにも官能的。

 ぎゅうっと己の胸元を掴む手に力が入る。

 ――なんだ、この人。見てるだけで、身体がゾクゾクして心臓もドキドキする……

 知らない感情に戸惑っていると、衣類を掴んだままの手に、彼のゴツッとした大きな手が重なる。
 次の瞬間、握られた手が強く前に引かれる。
 前のめりにバランスを崩した身体を――ひと回りほど大きな彼の身体が抱き留める。

 ――わっ……抱き締められてる……?

 途端に身体中が、驚く程に熱くなる。
 握った手はそのままに、反対側の手が強く腰に回されて――間違いなくこれは、抱き合っている。

 知らない色男、と。

 状況に頭がついて行かない。
 これは誰なんだ。
 何故ここに居る。
 どうして俺を……抱き締めている?

 ただひとつだけ分かるのは――彼の胸の心地良さだけ。

 ――なんでこんなに落ち着くんだろう。この力強い腕も、逞しい胸板も。
 フワッと鼻腔に抜ける強いフェロモンのような雄の香りには、どこか懐かしさすら感じる。
 思わず目を閉じその安らぎに身を置いた時、俺の右耳に「ふっ」と冷たい吐息が掛かる。

「早く戻っておいで。私の愛する幽玄天使」

 低音の甘い声が直接鼓膜を震わせると、ビクッと肩が大きく揺れる。

 「どういう意味だ」と問おうとした時にはもう、彼の姿は無かった。

 そこに残されたのは、甘い匂いと大きな壁の穴。
 まるで先程の彼が「おいで」と誘っているかのような。

 ――何だったんだ……今の。

 まだ夢の中にいるのだろうか? と自分の頬を軽く叩いてみる。痛みもあるし感覚もある――となれば、これは現実。
 ゆっくりと寝台を降りて、穴の方へと向かう。
 散らばる白い破片のひとつを拾い、光の漏れる先をじっと見つめる。

 気が付けば俺の足は、そちらの方へ向かっていた。
 前に出る右足と、二の足を踏む左足。

 ――この先に何があるんだろう。向こうに行けば、先程さっきの男にまた会えるのかな。

 甘い香りに誘われるよう、俺はこの日ついにこの部屋から飛び出した。

 白い羽根が床へと堕ちて黒く染まることに、気が付かないまま。


◇◇◇

 穴の先には――それは見事な水色の空が広がっていた。

 ――これは「空」? 本当に外に出たのか。

 

 素足に触る青々とした草が擽ったい。

 それからしばらく、辺りを走り回った。
 頬を撫でる風の心地良さに、思わず目を閉じる。葉擦れと共鳴するかのような「ピーヒョロロ」という鳥の声はこの青空と良く似合う。
 ふわっと鼻腔をくすぐる、この甘い香りはあの花だろうか。
 全てを取り込むように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
 本当に、何て気持ちが良いのだろう。

 ――あれ……俺、外の世界を知っている?


 確かに目に映るもの、それらは目新しいものばかりだ。
 でも不思議と……初めて見た気がしない。そこにある草も、花も――それらの名前を僕は知っている。

 不思議に思いながらも、辺りを歩き続ける。
 暫く草原を歩き続けると、ふと目の前に木々が生い茂る大きな森へと辿り着いた。

 ――凄い。入ってみようかな。

 見事なまでの緑に吸い込まれるように、ガサッと落ち葉を踏み締めながら中へと入る。

 暫く歩みを進めた時――左側から何かの唸り声が聞こえる。

「グルルル……」

 木々の間から――灰色の獣が、こちらをじっと睨んでいる。

 ――う、うそ……狼……?

 それはいつか読んだ本に登場した、獰猛な獣。
 血走った鋭い瞳は、間違いなく僕を捉えている。

 「……ッ……」

 ゴクリと、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
 背中に、つうっと一筋の汗が流れる。

 ――ザァッと木々が大きく揺れた瞬間……狼は勢いよくこちらに飛びかかって来た。

「グァァッ!!」

 ――く、喰われるッ……!!

 思わずその場に蹲り、己の身体を抱き締めながらギュッと目を閉じた。

 次の瞬間……ガキィッ!! と、何か金属が大きくぶつかるような、そんな音が耳に入る。

 ――な、何……?

 おそるおそる目を開くと……狼が居たはずの場所には、1人の人間が立っていた。
 その横には、2つの塊――そして地面に広がる赤黒い液体。

「……え、っと……」

 俺を庇うよう、こちらに背を向けて立つ男をじっと目で追う。
 すると目線に気が付いたのか、長身の男はこちらを振り向く。
 その手に握られた剣から、赤いものが滴る様子が目に入ると、ビクッと肩が大きく揺れる。
 その男は剣を手にしたまま、表情のない顔でこちらに近寄って来る。

 ――えっと、助けてくれた? いやでも剣仕舞ってないし、俺も斬られる!?

 怒涛の出来事に、もう訳が分からなくなった僕は反射でギュッと目を閉じる。

 しかしいつまで経っても、身体のどこにも痛みを感じない。それどころか、何か暖かいものに包まれている。
 閉じた目を、ゆっくり開いてみると――
そこには、先程の男が俺の身体を抱き留めていたのだ。

「怪我はない?」

 キラキラ輝く陽の光に照らされたその顔に目が釘付けになる。

 ――さっきの、壁を破壊した男……!!

 夜露を撫でるような黒い艶やかな髪、その長い前髪を分けた間から覗く金色の瞳。

 ――あれ、でも……色が違う。

 端正な顔がニコッと微笑むと、思わず魅入ってしまう。
 
 ――間違いない。この美し過ぎる顔は、俺を部屋から解放した人のはずなんだけどな……

 ぽかんと口を開け、微動だにせず彼を見つめていると「どうしたの?」とその美しい顔を俺に近付けた。

 それにしてもきれいだ。ずっと見ていたい。

 無意識に俺の指が、形の良い輪郭に向かって伸びる。
 すると彼は美しい笑みのまま、頬へと伸びる俺の手をギュッと握った。

 ――やはり、この大きな手には覚えがある。


「こんな薄着で居ると、風邪を引いてしまうよ?」

 ゴツッとした大きな手が、むき出しになっている僕の二の腕をスっと撫でる。
 ひと回りほど大きな身体に抱かれた己の姿を目線を、改めて確認する。
 線の細い身体には心許ない白い布が、少女が着るワンピースのようにただ巻き付いているだけ。
 片や目の前に居る彼はカッチリとしたスーツを着て、その上から長いマントのようなコートを羽織っている。

「……もしかして、喋れないのか?」

 眉が下がるのを見て、ハッとした。
 
 そうだ、何か返事をしなきゃ。別に言葉が喋れない訳じゃないんだし。
 
「喋れます、大丈夫です」

 記憶のある中でおそらく始めて発した声は、いまにも消え入りそうな――低くて芯のある彼の声とは真逆の――か細い、やや高めの声だった。
 それが何だか恥ずかしくて、思わず両手で口元を覆う。そんな俺の姿を、彼はクスクスと笑った。

「なんだ、可愛らしい声をしているじゃないか」

 そう言って彼は、口に置かれたままの俺の手にスッと自分の手を重ねた。
 そうしては、丁寧に剥がされ――次の瞬間にはもう、彼が指を絡ませていた。

「迷子にでもなったのかな?」
「いえ……その、気付いたらここに居たというか……」

 彼は俺の返答に「ふむ……」と首を傾げている。
 変な事を言ってしまっただろうか。でも本当の事だし、他になんと言えば……
 暫くの間、眉を寄せ何かを考えていた彼が「そうだな」と呟き、再び俺に綺麗な笑顔を向けた。
 
「とりあえずその姿で夜を迎えるのをお勧めは出来ないな。近くに私のやしきがある。――来るかい?」

 ――やしき? それはどんな所なんだろう。
 それも気になる。でもそれ以上に俺は彼のことが気になっていた。
 何故あの部屋に入ってきたのか、彼と共に居れば答えが見つかるのだろうか。そもそも同一人物なのかも分からないが。
 
 そしてそれが分かれば……俺が何者なのか、何故あの本の部屋に居たのかも、分かるかもしれない。

 迷うことなく俺は、その彼の手をぎゅっと握り返し頷く。



 それが、悪魔の誘惑だとも知らずに。




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