没落貴族でビジネス聖女の私は、顔面国宝騎士団長に溺愛されています?

鳴音 伊織

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2.再会

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「……さま、……リーンさま……」

 ハッと目を覚まし、一番に飛び込んで来たのは見慣れた茶色の天井だった。
 次に心配そうに眉を下げたメイザの顔が、私の視界に映る。

「メイ、ザ……? 私……」

 ゆっくりと身体を起こすと、ズキッと頭に電流が走ったかのような痛みが走る。

「中々宿舎へお戻りにならないので心配しておりました」

 頭を抑え、眉をしかめる私の顔を、メイザが心配そうに覗き込む。

 この頭がかち割れそうな痛みは二日酔い? 昨日そんなに飲んだかしら。記憶が無いわ。

 焦げ茶色のソファー――お世辞にも座り心地の良いとは言えない――使い古されたクローゼット・質素な室内とくれば――ここは間違いなく、教会内にある控え室で間違いないだろう。
 酔っ払って、教会宿舎ではなくここに帰ってきてしまったのだろうか。

「少しばかり飲み過ぎたかしら」

 メイザが差し出したグラスを受け取り、有難くそれを口に含む。
 ほんのり甘い果実の味――これは林檎ジュースかしら。
 
「このままお休み頂きたい所ですが、流石に今日の式典はキャンセルが難しく……」
「一体なんの式典なのかしら?」

 首を傾げながらグラスに残ったジュースを飲み干す私に、1枚の紙が差し出された。

「つい先日、留学先のアトランティウム王国から帰国され即、騎士団長に就かれた、ジルレスター・ダレン・ネイサン様が就任のご挨拶に参られます」

 彼女から受け取った紙には、そのジルレスターなる人物の輝かしい経歴が書かれている。

「なる、ほど……さすがにそれは聖女として対応するしか無いわよね」

 書かれた文字の羅列に目を通すと、過去に受けたこの『ラキシウス王国について』の教育で――とりわけ有名貴族として度々名を馳せていたネイサン家の事が、記憶の片隅から掘り起こされる。
  たしか有名公爵家であるネイサン家には、剣の鬼才と呼ばれたご子息が居たとか。
 その才能の塊が、このユードリック大陸で1番の軍事力を誇る国へと武術留学に赴いている、と。

 私と同じ22歳で騎士団長に指名されるんだもの、天賦の才人と言っても過言ではないわよね。

「ジルレスター様は、騎士団の花形とも言える第1騎士団長就任と同時に、我が国の第1王子ディラン様直属の護衛騎士にも指名されました。――今後、教会との関わりも密になるかと」
「……たしかに、それは這ってでも行かないといけないわね」

 腐っても聖女という立場の私は、国王や王子からの要請で騎士団と共に任務へ赴くこともある。
 中でも第1王子であるディラン・アーネス・マクシミリアン様は、何故か私ご指名で仕事をくれる。

 しかも、その報酬は破格。

 ディラン様と密な関係にある、そのジルレスターとやらが『俺の挨拶を蹴るような聖女と仕事なんて出来ない』なんて言ってしまえば一環の終わり。

 ――こんな事たかが二日酔い王族太客の信頼を損なう訳にはいかないのだ。
 

「すぐ支度をするわ。着替えをくれるかしら」
「かしこまりました。そこのドレッサーの前に掛けてお待ちください。ヘアメイクも施しますので」
「ありがとう、メイザ」

 ズキズキと痛む頭にムチ打ち、ソファーから起き上がると私の身体からヒラリと1枚の黒い布が床へと落ちた。

「それ……アイリーン様の身体に掛けられていたのです。誰の物でしょうか?」

 この黒いジャケット――覚えがあるわ。

 それまで真っ白だった頭の中で、昨夜の出来事が一気に蘇る。

 そうだ、私、謎のイケメンからお酒をご馳走になって、調子に乗って飲みすぎて――

『おにーしゃん……かっこいいって、いわれるでし
ょ……』
『じゃぁ今宵は、その天使様を堕天使に変えてやろうか』
『えー? わたしまだ乙女なのにぃ』


 鮮烈な記憶が、鮮明に蘇る。

「やって、しまったァァァ!!!!」

 思わず勢いよく立ち上がり、間髪入れず襲い来る激痛でその場に蹲ってしまう。

「……大丈夫ですか? アイリーン様?」
「へ、平気。ヘアメイクして頂戴」

 ご様子のおかしい私に、慌てて駆け寄るメイザを手で遮り、ヨロヨロとドレッサーの前にある年季の入った木の椅子へと腰掛けた。

「凄いイケメン、だったな」
 
 ふわふわの髪の毛を、メイザの手で丁寧に整えられながら、手に持ったままのジャケットをじっと見つめる。

 神の造形も然る事ながら――あの、宝石みたいな神秘的な輝きの、でも深い海の底を垣間見たような影が宿る――魅惑的な彼の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。

「イケメンがどうしたんですか?」
「なッ……何でもないわ。つ、続けてメイザ」

 呟いたつもりはなかったのに、思わず零れた言葉に反応され、私は少し赤くなった顔を隠すようブンブンと首を横に振った。

「……? 御意」

 メイザはそんな私を不思議そうに眺めていたが、直ぐにまた櫛を動かし始めた。

 イケメンに会ったと言うことは伝えたい。
 だがそれに浮かれて、記憶が無くなるまで飲んで醜態を晒したなんて……恥ずかしくて言えるはずがないわ。

「まぁ、もう会うことはないでしょ……なら忘れるのが1番よね」

 そう呟き、手元のジャケットをくしゃっと丸めると、鏡の中の自分へと視線を移した。


◇◇◇

「今日も丁寧な仕事をありがとう、メイザ」
「いえ。アイリーン様の素材の良さがあってこそです」

 いつもは黒くてタイトなシスターワンピースだけれど――本日の服は純白。
 騎士団長が直々に就任の挨拶に来る式典ビッグイベント、正装で迎え入れなければとんだ失礼にあたるもの。

「どこからどう見ても知的で神聖な聖女だわ」

 パフスリーブの袖を揺らしながら、姿見の己を見つめうんうんと頷く。

「ええ、これでジルレスター様もイチコロ、直ぐにひざまづくでしょう」
「なんで跪かせるのよ」

 私の耳に手を当てたメイザは、コソッと内緒話でもするかのように耳打ちする。

「情報によれば、ジルレスター様はこの世のものとは思えない程の美男との事で」
「ナンデスッテ」

 思わず私は横を振り向く。
 するとメイザは、握った拳にグッと力を込め、悪戯っぽく笑ってみせた。

「これはチャンスです。もうジルレスター様をモノにしちゃいましょう。相手は公爵家のご子息――人生一発逆転のチャンスです」

 そんな彼女につい「ははは」と乾いた笑いを返す。
 意気込む彼女は目を輝かせてはいるが、別に私は公爵家に嫁入りして勝ち組人生を歩みたい訳じゃないのよね。

 私が欲しいのは――あの暖かな一家団欒の時間、ただそれだけ。
 

『お父様、お母様だーいすき!』

 今頃何しているのかしら、身体を壊したりしていないかしら。
 憂いを帯びた溜め息が、思わず口許から零れる。

「参りましょう、アイリーン様。そろそろお見えになる頃です。稀代のイケメンですよ、イケメン」

 ――とは言え、そこまでイケメンと聞いたならば興味が無いことは無いのも事実。

 過去を思い返して沈んでも仕方ない――そこから何も生まれないわ。
 ペチッと両手で頬を叩き「よしッ」なんて気合を入れる。
 せっかく飴が垂らされているのなら、少しでも目の前の事を楽しみましょう。
 

「ええ、行きましょうかメイザ。楽しみねぇ、どんなお顔なのかしら」

「ふふ」なんて淑女の笑みを浮かべながら、私たちは軽やかな足取りで部屋を後にした。



◇◇◇

 ラキシウス王国の中心地には、まるで白亜のお城のような――それはそれは巨大な大聖堂が存在している。
 天を突き抜けるような三角錐の屋根、壁に施された見事としか言いようの無い繊細な彫刻は、見る者の心を掴んで離さない。
 女神と見まごう程の美しい2体の天使像が対に置かれた茶色いアーチ状の大きなドアを開いた先――。そこに広がる赤い絨毯の敷かれた礼拝堂で、私を先頭に何人ものシスターが並び頭を下げ、つい今しがた到着した華やかなオーラを撒き散らすを出迎えていた。

「ようこそお越しくださいました、ジルレスター様。わたくしサイマリナス教会所属のアイリーン・ミア・ユニスと申します」

 丁寧な礼をしたまま、私はそう挨拶する。
 相手の姿を確認した訳では無いけれど――足音やステンドグラスが映し出す影からして数十人の大所帯なのだろう。

「これはこれは聖女様、お噂はかねがね。わざわざお出迎え光栄です。自分はラキシウス王国軍所属、第1騎士団長――ジルレスター・ダレン・ネイサンと申します。以後お見知り置きを」

 頭上から、低音の甘いけれど何処か色気のある――例えるなら官能的な花のような声が聞こえてくる。

 ――あ、れ……このイイ声、何処かで聞いた事が……

 不思議そうに顔を上げた、次の瞬間――
 
 目の前で礼をする煌びやかな相手と視線が交われば、それまで取り繕っていた表情が、突如として起こった大雪崩のように崩れていく。

 月光を帯びたかのような金色こんじきの髪、真っ青な海を宿す穏やかな眼、まるで絵に描いたかのような端正な顔付き。
 180センチを超えるかであろう長身ながら、細身でスタイルの良い男。漆黒の軍服を身に纏い、肩から金の装飾の施された白いコートを羽織る姿が様になりすぎているこの男を――私は知っている。
 
 忘れようもないわ、ただでさえイケメン好きの私よ? こんな唯一無二の美しい顔……忘れるはずがないじゃない。いやでも、忘れていたかったわ!!

 どうやらそれは、相手方も同じようで――
 「世界中の女性を虜にする」という評判のお顔は、見事に崩壊していた。

「「あ゙……!?」」

 目が合った瞬間、互いが蛙に踏み潰されたような声が広い聖堂内に響き渡る。

「あ、アイリーン様?」
「どうされました、ジルレスター様」

 私の直ぐ後ろで頭を下げていたメイザが、驚きを隠せない声でそう問い掛けながら、頭に被った長いベールの後ろをクイッと引っ張る。
 当然、向こうも同様で――彼の隣に立つ銀髪の青年が、心配そうに見つめていた。

「いえ、何でもありませんわ」
「問題ない、気にするな」

 直ぐに取り繕ってはいるけれど。何故だろう、アチラの心の声が手に取るように分かるわ。

『『なんでお前・貴方がぁぁぁあ!?』』

 だってほら、再び合わせた顔は、ヒクヒクと口角が引き攣っているもの。お互い様だけど。

 嘘でしょ!? 昨日酒で失敗した相手が、こんな高職な人間だなんて聞いてないわ。
 そもそもなんであんな廃れた小汚いバーに、公爵家のご子息が来てるのよォォ!!

 落ち着いて、私。落ち着いて再びきちんと聖女の挨拶をするの。
 ほら、後ろでメイザや司教のミラベル様――他のシスター達も見ているんだから。

 私は深く息を吸い、痙攣する顔面をどうにか動かして150点の笑顔を作り上げた。

「きょ、今日も相変わらず世界を獲ることのできる国宝のご尊顔で……」
「お、お前こそ全人類が嫉妬する抜群の可愛らしさだな……」

 分かっている。互いにおかしな事を言っている事くらいは。なんならもう、何言ってるのか理解出来ない。
 でも今はこれが精一杯なのよ、察して。

「よ、宜しければ館内を案内させてくださいませ」

 上擦った声で式典の流れ通りそう告げる私に、目の前の顔面国宝がそれはそれは一点の曇りもない、お手本のような綺麗な笑顔を魅せた。

「よろしく頼みます。お忙しい聖女様のお手を煩わせて申し訳ありません」

 ここで私の中に違和感が生じる。
 ――こんな爽やかな笑顔をする方だったかしら?
 色気のあるいやらしい笑いしか印象にないのだけれど。
 そんな事を考えていた為か動き出そうとした右足が、引き摺る程に長いロングスカートの裾を踏んでしまう。

 こ、転げる……! これは床と口付け確定演出じゃないの!?
 次に来る痛みに備え、ギュッと目を閉じた時だった。

「きゃっ」

 私の身体は冷たい石の床ではなく――靱やかな硬さの、何か暖かい物に包まれたのだ。
 恐る恐る目を開けると、つまずいた私を――まさかのジルレスターが抱き留めてくれていた。
 昨日感じた何処か雄を感じる妖艶な香りが、翻したマントの共にフワッと身体を包み込むと、思わず心の奥底がトクンと高鳴る。

「――っと。申し訳ございませんッ……自分のような凡俗が、高潔な聖女様に触れるなど」

 爽やかな声色でそんな事を言ってのけた男が、慌てて私から身体を離す。

 いや、誰。
 アンタ昨日、天使を堕天使に変えてやろうとか何とか言ってベタベタ私の頬撫でまくってたわよね?
 あれ、もしかして別人――いやでもさっきジルレスター様も変な声出てたし、匂いだって同じ。

 訝しげな目をしている事に気がついたジルレスターはシャラッと長いピアスを揺らしながら首を傾け――薄らと空いた唇の口角をニヤリと上げた。
 それは先程から一転――まるで悪魔のような笑みだった。

「ちょっ……」
「どうしました、聖女様? 何処か痛むのですか」

 私が声を上げると、彼はすぐ元の――聖人純度100パーセントの綺麗な顔に戻ったのだ。

「い、いえ……ナンデモゴザイマセン」

 これ、完全私で遊んでるわよね?

「ならば良かった。聖女様の傷ひとつでも付いたならば、自分の行いを悔いて夜も眠れなくなる所でした」

 悲しそうな顔でを眉を下げて――いまほくそ笑んだのを私は見逃さなかったわよ!
 とんでもない悪魔じゃない……

「こ、こちらへどうぞ」

 皆の前、取り敢えず荒ぶる感情を押さえ込み、痙攣の止まない口角を上げ大聖堂内の案内を始めた。


 ◇◇◇

「つっかれた」

 ジルレスター御一行が帰った後、消えそうな声と共に聖具室に置かれた焦げ茶色のソファーへと沈み込んだ。

 本当に疲れたわ――主に精神面だけれど。
 要所要所でちょっかいを掛けてくるジルレスター様を影でいなし、張り付いた笑顔をどうにか崩さず彼らの帰る馬車を見送った。

「お疲れ様です、アイリーン様。いやぁ、噂に違わぬかっこよ良さでしたねぇ」

 目の前のテーブルに1杯の紅茶が置かれるのを横目に見守っていると、仰向けの私を覗き込むメイザがツヤツヤした顔で「イケメンに潤いましたね」と満足そうに微笑んでいた。
 
「はは……そう、ねぇ」

 そんな彼女とは対称的な、げっそりとやつれた顔でメイザに手を借りてゆっくり起き上がり、柑橘の香りが漂うカップに口を付ける。

「ジルレスター様とアイリーン様が並ぶお姿はもう、美しい絵画そのものでした」

 私が紅茶を飲む横でメイザは、先程の光景を思い返しているのか両手を合わせキラキラと目を輝かせている。

「顔、だけはね、いいわ。確かに良かった、最の高だった」
「とても本当にお似合いでした」
「いや――それは……どうかしら」

 本当にこの世のものとは思えない、絶世の美丈夫ではあった。
 ――所々覗く、悪魔的部分を覗けば。
 ニヤつく彼の口許を思い出し悪寒の走る身体を、暖かい紅茶でどうにか沈める。
 
 その時、ガチャッと聖具室のドアが開き、紅茶に口を付けたまま目線だけそちらに送る。
 向こうからスラッとした女性が顔を覗かせると、慌ててカップをソーサーへと戻し、慌てて立ち上がり頭を下げた。

「お疲れ様、アイリーン。本日の式典、貴女に任せて正解だったわ。大成功じゃない」

 清潔感の溢れる出で立ちの女性が「楽にしていいのよ」と言うと、私とメイザはそこで漸く頭を上げた。

「お疲れ様です、ミラベル様。いえ、このような大役を私にくださって……ありがとうございました」

 清廉潔白を絵に書いたようなこの女性――ミラベル様は、6年前、何の肩書きを持たずして教会の門を叩いた私を受け入れ、そして今日まで母のように良くしてくれる司教様だ。
 聖母という言葉はこの方の為にある――国の最上位聖職者という立場に誰もが納得する彼女は、上品な笑顔を私達にみせた。

「とてもお似合いでしたよ、ジルレスター様とアイリーンは」

 なんの悪意も感じられない微笑で告げられた言葉に、思わずガクッと肩を落とす。

「んもぉ、ミラベル様までそんな事言うんですか……」
「あら、アイリーンはお綺麗な殿方がお好きでしょう? ジルレスター様もそれはそれは満足なご様子でしたし」

 予想とは違う反応に、ミラベル様は不思議そうに首を傾げている。
 そんな痛い視線を浴びながら「そうなんですけどぉ」と半べそをかいている時、先程彼女が入ってきた扉がバァンっ! と大きな音を立て開かれた。

何事かと入口を見る3人の視線の先には、見習いシスターの1人がハァハァと息を切らしている。

「どうしたのですマーガレット。そのような荒い行い、天使様は良しとしませんよ?」
「御無礼をお許しください。あ、あの――あのジルレスター様の……」

 息も絶え絶えにそう告げる彼女の後ろから、ひとつの影が私達の前に姿を現した。

「アイリーン・ミア・ユニス様」

 黒い軍服をカッチリと着込み、輝く銀髪を揺らす然程背の大きくない男が私の名前を呼び、丁寧に頭を下げる。

「あら、貴方……」

 確か彼は、先程ジルレスターの真横に居た男ではなかったろうか。終始彼の傍を付いて歩く――側近かのような立ち振る舞いを思い出す。

「我が主、ジルレスター様が貴方をお呼びです。一緒に来て貰いますよ」

 思いもよらない呼び出しに、思わず3人で顔を見合わせた。







 
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