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4.恋人、とは
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「なーんか今日は、罪の告白じゃなくて恋愛相談が多かったわね」
「アイリーン様がジルレスター様の恋人になったからじゃないですか?」
「ち、違っ――利害の一致した仲間みたいなもんって言ったでしょう!? そもそもその話はメイザしか知らないんだから」
翌日昼。
本日の教会はまったりゆったりモード。世界が平和な証拠ね。
誰も居ない広い大聖堂で長椅子に腰掛け、昨日の事をメイザに告げる私はまるで告解者。
「なるほど。それでも相手はあのジルレスター様。女に生まれたならば1度は抱かれてみたい殿方ナンバーワンに選ばれるとはさすがアイリーン様です」
隣に座るメイザは胸の前で両手を握り、キラキラと羨望の眼差しを私に向けている。
まさかね、猫に似てるって理由で選ばれる日が来るなんて思ってもみなかったわよ。
「しかしいきなり恋人だなんて、一体何をすれば良いのかしら」
「デートからのベッドインですか」
それ迄、遠くの大天使レイデ様の像をぼんやりと見つめていた私の顔が、さも当然のように言ってのける青髪女性へと思い切り向けられる。
勢い付けすぎて首が痛い。
「ちょ、あ、あの……メイザ?」
火が出る程に紅潮した顔で、露骨にアタフタする私を見たメイザが、そのぽってりとした唇をニヤリと歪めた。
「だって恋人でしょう……キスひいてはその先も当然あるのでは? 大人なんですし」
「えっと、えっと……」
「アイリーン様だって、興味おありでしょう? その行為に」
隣に居るメイザの顔がグイッと私に迫り来る。
ギラギラとした圧のある翠色の瞳に、赤い頬の私が映り思わず顔を背けてしまう。
「それは、……その……」
「ですよね、もう大人なんですし」
そりゃ……無くは無いわよ。
殿方と一夜を共にする――経験が無いからこそ興味はしっかりあるわ。例え私が聖女だとしても、それは人間の三大欲求だし仕方ないじゃない。
それでも――いきなりそんな事になるものなの!?
「ば、ばか! 何言って!! ――世間の恋人達は、そんな簡単に着手するものなの?」
「そんな仕事みたいな。愛し合う2人なら自然の流れなんじゃないでしょうか? まぁ本で読んだだけですけど」
そういえば「メイザの部屋の本棚には何やら砂を吐きそうなタイトルの恋愛本で溢れていたわ」なんて事を思い出しながら「はぁ」と大きな溜め息を吐く。
「じゃぁ、ジルレスター様も……ま、まぁあんなモテ男だもの、経験豊富に決まってるわよね」
苦し紛れに吐いた言葉を聞いたメイザの顔が、それ迄のニヤついたものから一転、真顔へと変わった。
「ジルレスター様はあの容姿で浮いた話1つ無いのが、彼を偶像にした大きな要因の1つです」
さすがに耳を疑わずには居られないでしょう。
あの、100年に1人だと言っても過言では無いような、完璧な造形と色気を持ち合わせた男が、モテないって事?
有り得ない――世間はどうなっているの。
「嘘、でしょ」
目を白黒させる私に向かい、メイザはニッコリと笑ってみせる。
「顔が良くて中身は紳士。この世の最上位物件です」
しん、し……? はて。
私が思い浮かべる紳士とはだいぶ乖離していると思うのよね、ジルレスター様は。
意地悪だし、距離の詰め方バグってるし。
確かに品格は十二分に兼ね備えている方ではあるけれど――あの悪魔みたいなニヤリとした笑い方で全てが台無し。
それに、あの深海のように何処か影がかった鋭い瞳と、ムスクの様に甘く――それでいて雄を感じる彼の匂いが醸し出す色気は紳士とは程遠くて。
不意に、彼の香りがフワッと鼻腔をくすぐったような気がして、ぺちぺちと自分の頬を叩いた。
「……アイリーン様、情緒大丈夫ですか」
1人青くなったり赤くなったり、かと思えば頬を殴って暴れたり。
傍から見れば「付き合い方考え直そう」と思える振る舞いの私を、メイザは心底心配そうに見つめていた。
「ジルレスター様は幼い頃、騎士になる事を志して以降、一切の欲を捨てて武の道に励んでいる――というのは有名な話ですよ」
「み、ミラベル様!?」
いつの間に横に立っていたのか――ミラベル様は、いつもと変わらず穏やかな笑顔を私に向けていた。
「難攻不落と呼ばれた彼を見事落としたなんて――凄いことですわ、アイリーン」
「い、いや、落としたというかなんというか……」
ただ、彼の愛猫に似ていただけで。
「安心しなさい。例え貴女が聖女であっても愛する2人を、大天使レイデ様も止めはしません」
「はは……相変わらずのゆるゆるで。と言うかミラベル様なんで知ってるんですか」
心做しか、ミラベル様の口角がいつもより上がっているのは気のせいだろうか。
彼女は薄桃色の長い髪を揺らし、いま1度にっこりと上品な花が綻ぶ笑顔を私に魅せた。
「その噂で持ち切りよ? 遂にあのジルレスター様に恋人が――って」
「はぁぁぁ!?」
ガタッと勢いよくその場で立ち上がる。
ミラベル様が冗談を言うとは思えないし――え、何。本当に皆知ってるって事?
開いた口が塞がらない。
相も変わらず天井で私を嘲笑う天使達を見上げ、さすがに頭を抱えた。
そんな私の黒い修道服が、後ろからツンツンと引っ張られる。
振り返ったそこにあるのは――メイザのイイ笑顔。
「私も聞きましたし、なんならシスター全員知ってますよ」
「誰がそんな話を……」
この事を知ってる人間は限られてる。
メイザは今朝私が告げたし、そもそも彼女の口がそんなに軽い筈ない。
と、すれば――犯人は1人しか居ない。
愉悦の笑いを浮かべる、金髪美丈夫の顔が脳裏に過ぎる。
やられたッ……外堀どころか、全方位埋められたッ……!!
私の顔がみるみるうちに絶望へと染まってゆく。
「だから言ったじゃないですか、恋人になったからだって。ジルレスター様の人気をナメちゃいけませんよ」
「午前中の告解――懺悔と言うよりは恋のお悩み相談が多かったのは本当にそういう事なの?」
あぁ、こちらを見るメイザの瞳が「その通り」と告げているわ。そんなの、想像すらしてる訳ない。
サァッと全身の血の気が引いていく、そんな瞬間だった。
「聖女様ァァァ!!」
「ど、どうしました?」
突如としてバァンッと大きな音を立て、聖堂のドアが開いたかと思えば――その先に、見たことも無い数の淑女達が押し寄せている。
その数、10、30、50ッ、50を超えてる!?
「どうしたら、どうしたらジルレスター様の様な男性と付き合う事が出来ますでしょうか。是非ご教授願いたい……」
「私もッ! 私もッッ!!」
詰め寄る黒山の人だかりに、私の姿はあっという間に呑まれていく。
身体を揉みくちゃにされながら「助けて」と周囲に視線を送ると、メイザ達はいつの間にか遥か遠くに避難している。
目映いばかりの笑顔でこちらに向けて手を振る2人に助けを乞うてみるものの当然届く筈もなく――伸ばした手は虚しく宙を舞うだけ。
「どう、して……」
輝くを通り越したギラついた目の乙女たちから解放されたのは、辺りがすっかり茜色に染まる頃だった。
◇◇◇
控え室でソファーに横たわり、げっそりと痩けた頬を冷たい革に擦り付ける。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です。凄いですね、恋人パワー」
もう全て吸い取られたわ。どうしてあんなに皆さんお元気なのかしら。
何時もの緩い告解の300倍はエネルギー使った気がするわ。
「気分転換でもしてくるわ」
ズズッとゾンビのように這いずりながら上体を起こし、ヨレヨレと着替えを掛けたクローゼットへ向かう。
「いつものバーですか? 飲み過ぎ注意ですよ、アイリーン様」
「分かってるわよ。この前痛い目見たんだし、程々にするわ」
酒でも飲まないと、やってらんないわ。
疲労困憊の息を吐きながら、黒い修道服からピンク色のブラウスへと袖を通す。
『どうやってジルレスター様を射止めたのですか?』
乙女たちに囲まれ散々と言われた台詞が頭の中に蘇り、思わず乱暴に前のボタンを締める。
「知らないわよ……そもそも私たち、偽物、なんだから」
小さくそう呟くと、身なりを整える為にドレッサーの前へと足を運ぶ。
カーテンが開いたままになった窓辺から目を細める程の夕日が差し込み、ジッと鏡を見つめる私を包んだ。
「本当に、受けてよかったの? あんな話」
鏡の中の自分は、眉を下げたままで何も応えてはくれない。
ふと――橙の光に染まった頬を、そっと撫でてみる。
昨日頬に彼の唇が、触れた。
その瞬間、トクッ、と鼓動が高なった気がして――思わず首を大きく横に振る。
「私の事、別に好きでも無い癖に」
そう吐き捨て鏡に背を向けると、私は部屋を後にした。
◇◇◇
「いらっしゃいアイリーン! おめでとう、遂に恋人が出来たんだって!?」
「こんな……ところでも……」
馴染みのバーの扉を開けた瞬間、ニコニコ顔のマスターに掛けられた言葉で、思わずその場に崩れ落ちた。
「なんで知ってんのよ、マスターまで」
「えー? 寧ろ知らない人のがいなんじゃないの?」
黒いカウンターに着くやいなや、天を仰ぎ「はぁ」と大きく息を吐く。
「――左様でございますか」
今日はどこに行ってもその話題――本当に逃げ場が無いわ。
年季の入ったテーブルに項垂れる私へ、スっと麦酒の注がれたグラスが差し出された。
――黄金比率の泡が、私を誘っているッ!
両目をカッと見開き、光の速さで体勢を立て直した私は、遠慮なく喉を鳴らし目の前の麦酒を一気に体内へと流し込む。
脳まで突き抜ける爽快感――クッとくるキレと苦味をクリーミーな泡の優しさが包み解してくれる。
はぁッ……最っ高。この瞬間の為だけに生きてるわ。
「良い男捕まえたじゃない。ンもぉ、羨ましいわねっ」
「マスター……今日は一段と乙女に磨きがかかってない?」
半分程減ったグラスをドンッとテーブルに置き、目の前で長い紫髪を揺らす人物に目を向ける。
ベストからはち切れんばかりの胸板、白シャツは悲鳴が聞こえて来そうな程に縫い目が伸びている。
人1人余裕で捻りつぶせそうな、太い腕。かなり厚めの化粧が施された頬を撫で、逞しいお姉様は紫色の吐息を吐いた。
「だって、楽しいじゃない? 恋バナってさぁ」
「当事者になると、こんなにも疲れるものになるなんて思わなかったわ」
真っ赤に塗られた唇が、ルンッなんて弾むのを見ながら、残った麦酒に口を付ける。
そりゃ愛し合う2人、超絶ラブラブ期なの私の惚気を聞いて!! 状態なら楽しいだろう。
でも私たちはそうではない――あくまで、恋人という体裁で居るだけ。
ゴクッと喉を鳴らし、麦酒を奥へと流し込む。
「相変わらず豪快な飲みっぷりだな」
突如として背後から、ここ数日で何度も聞いたあの色っぽい低音声が聞こえれば、それ迄気持ちよく喉を通過していた麦酒が、急に方向を変える。
「……ッ!? っ、ゲホッ、ごホッ……」
「いらっしゃい時の人」
口を覆い、嘔吐くかの如く噎せる私の背中を撫でながら、ジルレスター様はすぐ隣のイスへと腰掛けた。
「時? なんだそれは。まぁいいサツキ、何時ものウイスキーを頼む。そしてお前は大丈夫か」
尚も背中を摩り続ける彼に「大丈夫」を伝えようと片手を挙げ、フリルの袖を揺らした。
涙が滲む顔を起こし、聞いた事のない「サツキ」なる人物が誰なのかと周囲を見回してみるも、シーリングファンが回り、シンプルなウォールライトの灯りだけの薄暗い店内に居るのは3人だけ。
――じゃぁサツキって、まさか?
「ウイスキーね。しかし、ジルが酒を飲める日が来るなんてねぇ。あーんな小さくて毛も生え無いような子供だったのに……」
「アンタの中の俺は、一体幾つで止まってるんだ」
カウンター越しにロックグラスを受け取る彼と、「サツキ」と呼ばれた人物を交互に目で追う。
「げほっ、けほ……あの、お2人って、お知り合い?」
どうにか呼吸を整えそう尋ねると「本当に平気か?」とそれまで背中を摩っていた大きな手が上へと動き、緩く巻き下ろしした頭を優しく撫でる。
「あ? あぁ、サツキは俺の師匠だよ」
「実はネイサン家お抱えの武術講師だったのよ、ア・タ・シ」
「バーを始めたという話は聞いていた。帰国したらいの一番に来るよう言われていたからな――だから式典の前日にここへ来たんだ」
バーに通って早4年――まさかの新発見に空いた口が塞がらない。
確かに、マスターの身体付きは素晴らしいわ、退役軍人と言われても納得しかない程に――ただその浮くほどの厚化粧が全てを台無しにしているのだけれど。
パッとマスターと目が合うと、自まつ毛がカチカチになるほどマスカラをベッタリと塗ったつぶらな瞳が「そんなに見ると照れるじゃない」なんて言いたげにパチパチとウインクをしている。
ジルレスター様とマスターが知り合い――なら、初めて彼に会った日の違和感の謎が解けるわ。
「なるほど」と声を上げ、私は胸の前で両手をパンッと合わせた。
「だからジルレスター様はあの日ここへ飲みに来てたの!? 知る人ぞ知るこんな裏路地の薄汚れた庶民バーに公爵家のご子息が来るなんておかしいと思ったのよ」
「アンタ、さり気なく失礼ね」
「忌憚のない意見です、是非ご参考に」
カウンター越しに言い合う私たちの横で、「ぷッ」と吹き出す声が聞こえる。
「なに笑ってんのよ」
ジトっとそちらを睨むと、彼は私の肩に腕を回しながら「くっくっく」と息を殺して笑っていた。
「いや、アイリーンは相変わらず面白いなと思ってな」
「バカにしてる?」
「してないしてない。本当、見ていて飽きないな」
その瞬間、私の心臓がドキッと音を鳴らす。
だって、そんな事を言う彼の顔が――見た事ないほど優しくて、綺麗な微笑みだったから。
「……ッ」
「可愛いらしくて面白いなんて、最高だろ」
肩に回された手が、スルッと琥珀色の長い髪に指を通す――そんな些細な動きを感じた肌が、ビクッと大きく揺れる。
顔が熱い……アルコール回ったかしら。いやまだ1杯しか飲んでないのにそんな訳。
チラッと、横目で彼の様子を伺うと、まだそこには285点満点の美しい笑顔。
思わずバッと目線を逸らし、淡いピンクのブラウスをクシャッと握る。
丁度、左胸へと触れた手に――バクバクと恐ろしい程に脈打つのが伝わる。
か、顔がいいんだもん仕方ないわよね?
「……ッッ、み、ミアちゃんに会えない寂しさを私で埋めようとしてない?」
「それは……ノーコメントだな」
相も変わらずご機嫌に笑う彼は、今度はツンツンと私の頬を撫でて遊んでいる。
「せめて否定しなさいよ」
赤い顔でそうツッこむ私の耳に、今度は生暖かい息が触れる。
気付けば彼のご尊顔が、私の耳に近付いている――その唇が、今にも触れてしまいそうな程の至近距離に。
「冗談だ。お前が可愛くて仕方ないから、つい触れてしまうんだよ」
止めてぇ、甘い低音ボイスで囁かないでぇ。
なんで態々耳元で言うのぉ。
「あーら……檸檬切らしちゃったみたーい。ちょっとお2人お留守番していてねぇ? CLOSEの看板は掛けとくからァ!」
察しのいいマスターはそれはそれは軽い足取りで外へと出掛けてしまった。
パタン、と黒い扉が閉じ、静かなこの空間には私と稀代の色男――2人だけが残された。
ジジっと鳴る間接照明の音が、やけに大きく聞こえる。
隣では、カランッと氷で音色を奏でながら静かに飴色の液体を飲む彼の姿。
「こっ恋人になれって言われて……一体なにすればいいのよ」
「恋人同士がすること?」
場の空気に耐えられ無くなった私が思わずポロッと零した言葉を、ジルレスターは丁寧に拾い上げる。
しまった――これ完全に墓穴を掘ってるじゃない?
コルク製のコースターにグラスを置いた彼の視線が、目を泳がせる私の顔に刺さる。
「あ、あ、いや、ななななんでもない……えっと、えっと」
どうしてこういう時に、上手い話って出てこないのかしら。「毎日毎日誰かとあれだけ喋っている私の話術どこに消えたのよ」なんて、真っ白になった頭でどうにか次の話題を引き出そうとする――が、何1つ絞り出す事ができない。
「例えば……こういう事か?」
そんな私の頬に、彼のひんやりとした指先が触れた。
その指が、ツゥっと熱い肌を這い――いつの間にか、ぽってりとした下唇をフニっと押す。
「どういう事?」と顔を彼の方に向けた瞬間――目の前のピアスが大きく揺れたかと思えば、冷たい唇が私の呼吸を奪った。
――こ、れ……
重なり合う唇が、じんわりとした熱を帯びる。
――キス、してる?
目を見開く私は、その場から微動だに出来ない。
柔らかくて、弾力のある暖かい何かが唇に触れる感触、驚くほど間近に迫った彼の長い睫毛、触れ合う肌。
「ちゅっ」と音を立て、熱源が離れ――そこに残るのはただ呆然とする私の顔。
驚き揺れる紅い瞳が次に捉えたのは、ペロッと舌先で己の唇を舐める、色濃いムスクが漂う彼の姿。
「……ッッ!! ちょ、ちょっとぉ!」
全身が火照る。
何故って、これは紛うことなきファーストキス。
ドクドクドクと凄まじい心音が鼓膜まで届き、心が驚きの悲鳴を上げる。
ただそれは、羞恥心による雄叫びで――そこには拒否する心なんて1ミリも無かった。
触れるだけで火傷しそうな程に発熱した私の顔を、同じくらい熱い彼の指がゆっくりと触れる。
「お前が望むなら、してみるか?」
「何、を……?」
カラカラに乾いた口内で、どうにか言葉を返す。
頭の中はもう、真っ白で――彼が言っていることを理解は出来ていない。
「恋人らしいこと、ってやつを」
ギラッと、目の前の碧眼が、欲を帯びた物へと変わる。
「恋人らしいこと」――例えふわふわとした頭であっても彼の言うそれが何なのか、さすがに想像出来ないほどの子供ではない。
昼間メイザに言われたあの言葉が頭を過ぎる。
『だって恋人でしょう? キスひいてはその先も当然あるのでは? 大人なんですし』
「こい、びと、らしい……」
首を傾げる私の顔に再び、妖艶でこの世の全ての美を煮詰めたような顔が迫ってくる。
――どうしよう、その展開に興味を持つ自分がいる。
「俺と一緒に堕ちようか……なぁ、天使?」
そうして重なる熱い唇を――拒絶する事なんて、出来なかった。
「アイリーン様がジルレスター様の恋人になったからじゃないですか?」
「ち、違っ――利害の一致した仲間みたいなもんって言ったでしょう!? そもそもその話はメイザしか知らないんだから」
翌日昼。
本日の教会はまったりゆったりモード。世界が平和な証拠ね。
誰も居ない広い大聖堂で長椅子に腰掛け、昨日の事をメイザに告げる私はまるで告解者。
「なるほど。それでも相手はあのジルレスター様。女に生まれたならば1度は抱かれてみたい殿方ナンバーワンに選ばれるとはさすがアイリーン様です」
隣に座るメイザは胸の前で両手を握り、キラキラと羨望の眼差しを私に向けている。
まさかね、猫に似てるって理由で選ばれる日が来るなんて思ってもみなかったわよ。
「しかしいきなり恋人だなんて、一体何をすれば良いのかしら」
「デートからのベッドインですか」
それ迄、遠くの大天使レイデ様の像をぼんやりと見つめていた私の顔が、さも当然のように言ってのける青髪女性へと思い切り向けられる。
勢い付けすぎて首が痛い。
「ちょ、あ、あの……メイザ?」
火が出る程に紅潮した顔で、露骨にアタフタする私を見たメイザが、そのぽってりとした唇をニヤリと歪めた。
「だって恋人でしょう……キスひいてはその先も当然あるのでは? 大人なんですし」
「えっと、えっと……」
「アイリーン様だって、興味おありでしょう? その行為に」
隣に居るメイザの顔がグイッと私に迫り来る。
ギラギラとした圧のある翠色の瞳に、赤い頬の私が映り思わず顔を背けてしまう。
「それは、……その……」
「ですよね、もう大人なんですし」
そりゃ……無くは無いわよ。
殿方と一夜を共にする――経験が無いからこそ興味はしっかりあるわ。例え私が聖女だとしても、それは人間の三大欲求だし仕方ないじゃない。
それでも――いきなりそんな事になるものなの!?
「ば、ばか! 何言って!! ――世間の恋人達は、そんな簡単に着手するものなの?」
「そんな仕事みたいな。愛し合う2人なら自然の流れなんじゃないでしょうか? まぁ本で読んだだけですけど」
そういえば「メイザの部屋の本棚には何やら砂を吐きそうなタイトルの恋愛本で溢れていたわ」なんて事を思い出しながら「はぁ」と大きな溜め息を吐く。
「じゃぁ、ジルレスター様も……ま、まぁあんなモテ男だもの、経験豊富に決まってるわよね」
苦し紛れに吐いた言葉を聞いたメイザの顔が、それ迄のニヤついたものから一転、真顔へと変わった。
「ジルレスター様はあの容姿で浮いた話1つ無いのが、彼を偶像にした大きな要因の1つです」
さすがに耳を疑わずには居られないでしょう。
あの、100年に1人だと言っても過言では無いような、完璧な造形と色気を持ち合わせた男が、モテないって事?
有り得ない――世間はどうなっているの。
「嘘、でしょ」
目を白黒させる私に向かい、メイザはニッコリと笑ってみせる。
「顔が良くて中身は紳士。この世の最上位物件です」
しん、し……? はて。
私が思い浮かべる紳士とはだいぶ乖離していると思うのよね、ジルレスター様は。
意地悪だし、距離の詰め方バグってるし。
確かに品格は十二分に兼ね備えている方ではあるけれど――あの悪魔みたいなニヤリとした笑い方で全てが台無し。
それに、あの深海のように何処か影がかった鋭い瞳と、ムスクの様に甘く――それでいて雄を感じる彼の匂いが醸し出す色気は紳士とは程遠くて。
不意に、彼の香りがフワッと鼻腔をくすぐったような気がして、ぺちぺちと自分の頬を叩いた。
「……アイリーン様、情緒大丈夫ですか」
1人青くなったり赤くなったり、かと思えば頬を殴って暴れたり。
傍から見れば「付き合い方考え直そう」と思える振る舞いの私を、メイザは心底心配そうに見つめていた。
「ジルレスター様は幼い頃、騎士になる事を志して以降、一切の欲を捨てて武の道に励んでいる――というのは有名な話ですよ」
「み、ミラベル様!?」
いつの間に横に立っていたのか――ミラベル様は、いつもと変わらず穏やかな笑顔を私に向けていた。
「難攻不落と呼ばれた彼を見事落としたなんて――凄いことですわ、アイリーン」
「い、いや、落としたというかなんというか……」
ただ、彼の愛猫に似ていただけで。
「安心しなさい。例え貴女が聖女であっても愛する2人を、大天使レイデ様も止めはしません」
「はは……相変わらずのゆるゆるで。と言うかミラベル様なんで知ってるんですか」
心做しか、ミラベル様の口角がいつもより上がっているのは気のせいだろうか。
彼女は薄桃色の長い髪を揺らし、いま1度にっこりと上品な花が綻ぶ笑顔を私に魅せた。
「その噂で持ち切りよ? 遂にあのジルレスター様に恋人が――って」
「はぁぁぁ!?」
ガタッと勢いよくその場で立ち上がる。
ミラベル様が冗談を言うとは思えないし――え、何。本当に皆知ってるって事?
開いた口が塞がらない。
相も変わらず天井で私を嘲笑う天使達を見上げ、さすがに頭を抱えた。
そんな私の黒い修道服が、後ろからツンツンと引っ張られる。
振り返ったそこにあるのは――メイザのイイ笑顔。
「私も聞きましたし、なんならシスター全員知ってますよ」
「誰がそんな話を……」
この事を知ってる人間は限られてる。
メイザは今朝私が告げたし、そもそも彼女の口がそんなに軽い筈ない。
と、すれば――犯人は1人しか居ない。
愉悦の笑いを浮かべる、金髪美丈夫の顔が脳裏に過ぎる。
やられたッ……外堀どころか、全方位埋められたッ……!!
私の顔がみるみるうちに絶望へと染まってゆく。
「だから言ったじゃないですか、恋人になったからだって。ジルレスター様の人気をナメちゃいけませんよ」
「午前中の告解――懺悔と言うよりは恋のお悩み相談が多かったのは本当にそういう事なの?」
あぁ、こちらを見るメイザの瞳が「その通り」と告げているわ。そんなの、想像すらしてる訳ない。
サァッと全身の血の気が引いていく、そんな瞬間だった。
「聖女様ァァァ!!」
「ど、どうしました?」
突如としてバァンッと大きな音を立て、聖堂のドアが開いたかと思えば――その先に、見たことも無い数の淑女達が押し寄せている。
その数、10、30、50ッ、50を超えてる!?
「どうしたら、どうしたらジルレスター様の様な男性と付き合う事が出来ますでしょうか。是非ご教授願いたい……」
「私もッ! 私もッッ!!」
詰め寄る黒山の人だかりに、私の姿はあっという間に呑まれていく。
身体を揉みくちゃにされながら「助けて」と周囲に視線を送ると、メイザ達はいつの間にか遥か遠くに避難している。
目映いばかりの笑顔でこちらに向けて手を振る2人に助けを乞うてみるものの当然届く筈もなく――伸ばした手は虚しく宙を舞うだけ。
「どう、して……」
輝くを通り越したギラついた目の乙女たちから解放されたのは、辺りがすっかり茜色に染まる頃だった。
◇◇◇
控え室でソファーに横たわり、げっそりと痩けた頬を冷たい革に擦り付ける。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です。凄いですね、恋人パワー」
もう全て吸い取られたわ。どうしてあんなに皆さんお元気なのかしら。
何時もの緩い告解の300倍はエネルギー使った気がするわ。
「気分転換でもしてくるわ」
ズズッとゾンビのように這いずりながら上体を起こし、ヨレヨレと着替えを掛けたクローゼットへ向かう。
「いつものバーですか? 飲み過ぎ注意ですよ、アイリーン様」
「分かってるわよ。この前痛い目見たんだし、程々にするわ」
酒でも飲まないと、やってらんないわ。
疲労困憊の息を吐きながら、黒い修道服からピンク色のブラウスへと袖を通す。
『どうやってジルレスター様を射止めたのですか?』
乙女たちに囲まれ散々と言われた台詞が頭の中に蘇り、思わず乱暴に前のボタンを締める。
「知らないわよ……そもそも私たち、偽物、なんだから」
小さくそう呟くと、身なりを整える為にドレッサーの前へと足を運ぶ。
カーテンが開いたままになった窓辺から目を細める程の夕日が差し込み、ジッと鏡を見つめる私を包んだ。
「本当に、受けてよかったの? あんな話」
鏡の中の自分は、眉を下げたままで何も応えてはくれない。
ふと――橙の光に染まった頬を、そっと撫でてみる。
昨日頬に彼の唇が、触れた。
その瞬間、トクッ、と鼓動が高なった気がして――思わず首を大きく横に振る。
「私の事、別に好きでも無い癖に」
そう吐き捨て鏡に背を向けると、私は部屋を後にした。
◇◇◇
「いらっしゃいアイリーン! おめでとう、遂に恋人が出来たんだって!?」
「こんな……ところでも……」
馴染みのバーの扉を開けた瞬間、ニコニコ顔のマスターに掛けられた言葉で、思わずその場に崩れ落ちた。
「なんで知ってんのよ、マスターまで」
「えー? 寧ろ知らない人のがいなんじゃないの?」
黒いカウンターに着くやいなや、天を仰ぎ「はぁ」と大きく息を吐く。
「――左様でございますか」
今日はどこに行ってもその話題――本当に逃げ場が無いわ。
年季の入ったテーブルに項垂れる私へ、スっと麦酒の注がれたグラスが差し出された。
――黄金比率の泡が、私を誘っているッ!
両目をカッと見開き、光の速さで体勢を立て直した私は、遠慮なく喉を鳴らし目の前の麦酒を一気に体内へと流し込む。
脳まで突き抜ける爽快感――クッとくるキレと苦味をクリーミーな泡の優しさが包み解してくれる。
はぁッ……最っ高。この瞬間の為だけに生きてるわ。
「良い男捕まえたじゃない。ンもぉ、羨ましいわねっ」
「マスター……今日は一段と乙女に磨きがかかってない?」
半分程減ったグラスをドンッとテーブルに置き、目の前で長い紫髪を揺らす人物に目を向ける。
ベストからはち切れんばかりの胸板、白シャツは悲鳴が聞こえて来そうな程に縫い目が伸びている。
人1人余裕で捻りつぶせそうな、太い腕。かなり厚めの化粧が施された頬を撫で、逞しいお姉様は紫色の吐息を吐いた。
「だって、楽しいじゃない? 恋バナってさぁ」
「当事者になると、こんなにも疲れるものになるなんて思わなかったわ」
真っ赤に塗られた唇が、ルンッなんて弾むのを見ながら、残った麦酒に口を付ける。
そりゃ愛し合う2人、超絶ラブラブ期なの私の惚気を聞いて!! 状態なら楽しいだろう。
でも私たちはそうではない――あくまで、恋人という体裁で居るだけ。
ゴクッと喉を鳴らし、麦酒を奥へと流し込む。
「相変わらず豪快な飲みっぷりだな」
突如として背後から、ここ数日で何度も聞いたあの色っぽい低音声が聞こえれば、それ迄気持ちよく喉を通過していた麦酒が、急に方向を変える。
「……ッ!? っ、ゲホッ、ごホッ……」
「いらっしゃい時の人」
口を覆い、嘔吐くかの如く噎せる私の背中を撫でながら、ジルレスター様はすぐ隣のイスへと腰掛けた。
「時? なんだそれは。まぁいいサツキ、何時ものウイスキーを頼む。そしてお前は大丈夫か」
尚も背中を摩り続ける彼に「大丈夫」を伝えようと片手を挙げ、フリルの袖を揺らした。
涙が滲む顔を起こし、聞いた事のない「サツキ」なる人物が誰なのかと周囲を見回してみるも、シーリングファンが回り、シンプルなウォールライトの灯りだけの薄暗い店内に居るのは3人だけ。
――じゃぁサツキって、まさか?
「ウイスキーね。しかし、ジルが酒を飲める日が来るなんてねぇ。あーんな小さくて毛も生え無いような子供だったのに……」
「アンタの中の俺は、一体幾つで止まってるんだ」
カウンター越しにロックグラスを受け取る彼と、「サツキ」と呼ばれた人物を交互に目で追う。
「げほっ、けほ……あの、お2人って、お知り合い?」
どうにか呼吸を整えそう尋ねると「本当に平気か?」とそれまで背中を摩っていた大きな手が上へと動き、緩く巻き下ろしした頭を優しく撫でる。
「あ? あぁ、サツキは俺の師匠だよ」
「実はネイサン家お抱えの武術講師だったのよ、ア・タ・シ」
「バーを始めたという話は聞いていた。帰国したらいの一番に来るよう言われていたからな――だから式典の前日にここへ来たんだ」
バーに通って早4年――まさかの新発見に空いた口が塞がらない。
確かに、マスターの身体付きは素晴らしいわ、退役軍人と言われても納得しかない程に――ただその浮くほどの厚化粧が全てを台無しにしているのだけれど。
パッとマスターと目が合うと、自まつ毛がカチカチになるほどマスカラをベッタリと塗ったつぶらな瞳が「そんなに見ると照れるじゃない」なんて言いたげにパチパチとウインクをしている。
ジルレスター様とマスターが知り合い――なら、初めて彼に会った日の違和感の謎が解けるわ。
「なるほど」と声を上げ、私は胸の前で両手をパンッと合わせた。
「だからジルレスター様はあの日ここへ飲みに来てたの!? 知る人ぞ知るこんな裏路地の薄汚れた庶民バーに公爵家のご子息が来るなんておかしいと思ったのよ」
「アンタ、さり気なく失礼ね」
「忌憚のない意見です、是非ご参考に」
カウンター越しに言い合う私たちの横で、「ぷッ」と吹き出す声が聞こえる。
「なに笑ってんのよ」
ジトっとそちらを睨むと、彼は私の肩に腕を回しながら「くっくっく」と息を殺して笑っていた。
「いや、アイリーンは相変わらず面白いなと思ってな」
「バカにしてる?」
「してないしてない。本当、見ていて飽きないな」
その瞬間、私の心臓がドキッと音を鳴らす。
だって、そんな事を言う彼の顔が――見た事ないほど優しくて、綺麗な微笑みだったから。
「……ッ」
「可愛いらしくて面白いなんて、最高だろ」
肩に回された手が、スルッと琥珀色の長い髪に指を通す――そんな些細な動きを感じた肌が、ビクッと大きく揺れる。
顔が熱い……アルコール回ったかしら。いやまだ1杯しか飲んでないのにそんな訳。
チラッと、横目で彼の様子を伺うと、まだそこには285点満点の美しい笑顔。
思わずバッと目線を逸らし、淡いピンクのブラウスをクシャッと握る。
丁度、左胸へと触れた手に――バクバクと恐ろしい程に脈打つのが伝わる。
か、顔がいいんだもん仕方ないわよね?
「……ッッ、み、ミアちゃんに会えない寂しさを私で埋めようとしてない?」
「それは……ノーコメントだな」
相も変わらずご機嫌に笑う彼は、今度はツンツンと私の頬を撫でて遊んでいる。
「せめて否定しなさいよ」
赤い顔でそうツッこむ私の耳に、今度は生暖かい息が触れる。
気付けば彼のご尊顔が、私の耳に近付いている――その唇が、今にも触れてしまいそうな程の至近距離に。
「冗談だ。お前が可愛くて仕方ないから、つい触れてしまうんだよ」
止めてぇ、甘い低音ボイスで囁かないでぇ。
なんで態々耳元で言うのぉ。
「あーら……檸檬切らしちゃったみたーい。ちょっとお2人お留守番していてねぇ? CLOSEの看板は掛けとくからァ!」
察しのいいマスターはそれはそれは軽い足取りで外へと出掛けてしまった。
パタン、と黒い扉が閉じ、静かなこの空間には私と稀代の色男――2人だけが残された。
ジジっと鳴る間接照明の音が、やけに大きく聞こえる。
隣では、カランッと氷で音色を奏でながら静かに飴色の液体を飲む彼の姿。
「こっ恋人になれって言われて……一体なにすればいいのよ」
「恋人同士がすること?」
場の空気に耐えられ無くなった私が思わずポロッと零した言葉を、ジルレスターは丁寧に拾い上げる。
しまった――これ完全に墓穴を掘ってるじゃない?
コルク製のコースターにグラスを置いた彼の視線が、目を泳がせる私の顔に刺さる。
「あ、あ、いや、ななななんでもない……えっと、えっと」
どうしてこういう時に、上手い話って出てこないのかしら。「毎日毎日誰かとあれだけ喋っている私の話術どこに消えたのよ」なんて、真っ白になった頭でどうにか次の話題を引き出そうとする――が、何1つ絞り出す事ができない。
「例えば……こういう事か?」
そんな私の頬に、彼のひんやりとした指先が触れた。
その指が、ツゥっと熱い肌を這い――いつの間にか、ぽってりとした下唇をフニっと押す。
「どういう事?」と顔を彼の方に向けた瞬間――目の前のピアスが大きく揺れたかと思えば、冷たい唇が私の呼吸を奪った。
――こ、れ……
重なり合う唇が、じんわりとした熱を帯びる。
――キス、してる?
目を見開く私は、その場から微動だに出来ない。
柔らかくて、弾力のある暖かい何かが唇に触れる感触、驚くほど間近に迫った彼の長い睫毛、触れ合う肌。
「ちゅっ」と音を立て、熱源が離れ――そこに残るのはただ呆然とする私の顔。
驚き揺れる紅い瞳が次に捉えたのは、ペロッと舌先で己の唇を舐める、色濃いムスクが漂う彼の姿。
「……ッッ!! ちょ、ちょっとぉ!」
全身が火照る。
何故って、これは紛うことなきファーストキス。
ドクドクドクと凄まじい心音が鼓膜まで届き、心が驚きの悲鳴を上げる。
ただそれは、羞恥心による雄叫びで――そこには拒否する心なんて1ミリも無かった。
触れるだけで火傷しそうな程に発熱した私の顔を、同じくらい熱い彼の指がゆっくりと触れる。
「お前が望むなら、してみるか?」
「何、を……?」
カラカラに乾いた口内で、どうにか言葉を返す。
頭の中はもう、真っ白で――彼が言っていることを理解は出来ていない。
「恋人らしいこと、ってやつを」
ギラッと、目の前の碧眼が、欲を帯びた物へと変わる。
「恋人らしいこと」――例えふわふわとした頭であっても彼の言うそれが何なのか、さすがに想像出来ないほどの子供ではない。
昼間メイザに言われたあの言葉が頭を過ぎる。
『だって恋人でしょう? キスひいてはその先も当然あるのでは? 大人なんですし』
「こい、びと、らしい……」
首を傾げる私の顔に再び、妖艶でこの世の全ての美を煮詰めたような顔が迫ってくる。
――どうしよう、その展開に興味を持つ自分がいる。
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そうして重なる熱い唇を――拒絶する事なんて、出来なかった。
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