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百合子の想い
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「百合子、朝まで一緒にいてくれる?」
男は、快楽の余韻に浸り、動けない私の背中にキスを落とした。
「……追加料金、かかるよ。」
「もちろん、払うよ。」
嬉しそうに返事をした男は、私の背中を強く吸い上げた。
「やめて、痕、残さないで。」
男は唇を離し、私の顔を後ろから覗き込んだ。
「追加料金払ってもだめ?」
「だめ。」
「じゃあ、痕、残らないところにするね。」
男は悲しそうに瞳を揺らしてそう言い、私の一番敏感な突起を口に含んだ。
彼の、寝息が聞こえる。
私は起こさないように、そっと彼のベッドから抜け出しシャワーを浴びる。
背中を浴室の鏡で確認したけれと、吸い痕はついていなかった。
私はため息を吐いた。
痕を、残して欲しかった。
一生消えない痕でも構わない。
彼の存在を私の体に刻んでほしい。
でも、それを言ってしまえば、全てが終わる。
『どうして女の子は僕のことを好きなの?僕は大嫌いなのに』
少年の頃、泣き腫らし真っ赤になった瞳で、彼はいつも私にそう言った。
傲慢なように聞こえるその言葉も、彼の姿を見た人は目を奪われ納得してしまうだろう。
彼は、美しい容姿をしている。
幼き頃は、天使のようで、背中に真っ白な羽が生えているのではないかと本気で思ってしまうほどだった。
成長するにつれ、美しさはそのままに、彼の愛らしさは薄れ、代わりに色気を纏い出した。
彼の周りでは、本人がそれを望んでいないのにも関わらず、常に女同士の争いが起こった。それは彼にとって恐怖でしかなかった。
だから、その度に幼なじみの私は彼を庇い、匿い、逃がしてあげた。
『陽人(はると)のどこがいいのよ』
『だから、あんたたちは彼氏が出来ないのよ』
『それ以上すると嫌われるよ』
私は、争いをする彼女達の矢面に立つ為に彼氏を作った。
『そんなこと言って百合子も陽人くんを好きなんでしょう?』と言われない為だけに。
私は不誠実な恋人だった。いくら付き合う前に『好きな人がいる』と告げていたとはいえ、赦されないことをしたと思う。
でも、そんなことをしてでも、私は陽人の傍にいたかったのだ。
さすがに大人になった彼を、女性達から庇うことはもうしていない。
陽人が自分で買ってきた指輪を左手の薬指にはめ、既婚者だと偽って言い寄ってくる女性達を撃退しているのだ。
だから私は無理に彼氏を作る必要もなくなった。
私は昔から陽人だけを好きだった。美しい天使を独り占めしたかった。
でも彼は『自分のことが好きな女の子』が大嫌いだった。
だから私は、彼を好きではない振りをした。腐れ縁で世話をしてやっているというスタンスで付き合ってきた。
陽人はそれがよっぽど心地良かったのか、私に依存してくるようになった。
彼は女の子が嫌いだけど、厄介なことに女の子の体は好きだった。
ある日彼に『セックスがしたい』と言われた。
私は嬉しくなったけれどその嬉しさを悟られたら陽人が居なくなってしまうことは分かっていた。だから『お金をくれるなら、いいよ』と返事をした。
その関係は、6年経ち社会人になった今も続いている。
シャワーを終え、ベッドに戻ると陽人は起きていた。
「帰ったかと思った。黙って、いなくならないで。」
彼はそう言って私に抱きつき首に顔を埋めてきたけれど、私は腕を背中に回したりしなかった。代わりに、彼が求めているであろう言葉を、ため息混じりに言ってあげた。
「シャワーくらい、自由に浴びさせてよ。私は陽人の恋人じゃないのよ。」
***********
私は『自分のことが好きな女の子が嫌い』な陽人の所謂、性処理係だ。
でも、私はそれを嬉しく思っていた。形はどうであれ、自分が彼の心と体の一番近いところにいるのだと実感できたから。
彼と寝て、彼を我がものにしたいと思わない、――実際はどうであれ――女なんて私しかいないだろう。だから安心して彼は私と寝ることができる。たったそれだけの理由で陽人は私を必要としてくれているのだ。
それでも私は『唯一』の存在でいられることに誇りさえ持っていた。
――彼の部屋のゴミ箱に、覚えのない使用済みのコンドームを見付けるまでは――。
それを見てしまった時、目眩に襲われた。地面がガラガラと崩れたように足元が覚束なくなり、立っていることさえままならない。
私は『唯一の性処理係』でなくなってしまったのだ。
陽人と一緒にいるのは限界だった。
彼が、誰かを抱きながら『お前はもう必要ない』と私に言う夢を毎日見た。
苦しくて、別の人に逃げようとした。でも、学生時代は出来ていた"自分の気持ちを誤魔化す"ことが、今は出来なくなっていた。誰と会っていても陽人が私の中心に居座り、逃がしてはくれなかった。
だから私は嘘を吐いて彼から離れることにした。
今日が最後だと知らない彼は、いつものように私を迎き入れ、体を合わせた。
彼の唇と舌が、優しく体をなぞり、快楽の世界へと私を誘なった。
「ぁあっ、陽人っ、気持ち、いいっ。もっと、もっと、んっ、私に触れて。」
「っ、百合子、可愛いっ。……凄く、濡れてる。…てらてらしてて、綺麗だ。いっぱい、舐めてあげるからっ。」
私は、全ての感覚を忘れないように、何も余計なことを考えないように、目の前にいる陽人にのめり込むようにセックスをした。
いつもは我慢していた声も、最後だからと言い訳をし、口から紡がれるままに嬌声を上げた。
普段は許していない痕をつける行為も、自ら望んでお願いした。私の胸、お腹、太もも。見えないけれどおそらく背中にも。花吹雪のように赤い痕が散っていた。
普段と違う雰囲気に興奮したのか、彼は何度も私を貪った。何回したのかは分からない。中身の入っているだろうコンドームが何個も床に落ちているのが、快感による涙で歪んでいる視界でも見てとれた。
空が白み、鳥の囀りが聞こえた頃、彼はやっと眠りについた。
私は、そっと陽人の腕の中を出て、リビングのテーブルの上に『お見合いをすることになりました。さようなら』と書いたメモを置き、部屋から去った。
これで、終わりだ。
次の性処理係が見付かった今、彼は私を追って来ないだろうと思った。
でも、そう思った数時間後に、彼は私の実家で、私の両親の前で土下座をした。
「俺の子どもがいるかもしれないんです。百合子さんの見合いを止めさせてください。」
急にそんなことを言われ、混乱した両親に私は呼び出された。
母に『二人でよく話をしなさい』と言われ、実家のリビングに二人きりにさせられた。
「何で、実家に来たの?」
「電話、繋がらないから。」
彼は起きてすぐここに来たのだろう。髪はボサボサで髭がうっすらと生え、服はしわくちゃだった。けれどそれらは彼の美しさを損わせることは出来なかったようだ。そればかりか余計に色気が増していて、私に数時間前までの情熱的なセックスを思い出させる始末だった。
「百合子、見合いなんてしないで。」
彼のすがるような、今にも泣きそうな顔を見て胸が痛んだ。
彼の新しい性処理係は、私ほど恋心を隠すのがうまくなかったようだ。そのお陰で、妊娠しているかもしれないなんて嘘まで吐いて、私を必要だと思ってくれたのは嬉しかった。
けれど、私は、この先も陽人への想いを隠し通し続けるのは無理だと思った。
彼と出会ってから19年。
セックスをするようになってからは6年。
時間が経てば経つ程想いが募っていった。
もう嘘は吐けない。
「私はもう、陽人とは一緒にいられない。」
「っ、でも、俺の赤ちゃん、お腹にいるかもしれないんだよ!?」
彼は、一度だって生でセックスをしたことはなかった。
全く可能性はないとは言えないけれど、限りなく"0"に近いだろう。
「だから、俺と結婚してよ。」
結婚。
彼の口からそんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。
――彼と一緒になる。
それは、私が自分の気持ちを偽り続けることでしか成就しないものだ。
「無理、だよ。」
「……嫌だ。俺、百合子の見合い相手に謝るから。」
陽人は、私の『無理』を違う意味で理解したらしい。
「違うの、」
私は、別れの言葉を彼に告げた。
「私は、陽人が、好きなの。」
私の言葉を聞き、陽人は目を見開いた。そして左右対称の美しい瞳からポロポロと涙を流した。
彼の泣き顔を久しぶりに見た。
昔は女の子に追いかけられたり、好き故の意地悪をされて、いつも泣いていた。それを私がいつも庇っていた。
でも、今日は私が陽人を泣かせてしまった。
「なんで、そんな嘘、吐くの?」
陽人は唇を震わせながら、私を睨んだ。
彼は私の想いを『嘘』にしたいようだ。
身が引き裂かれるように辛い。けれど自分の想いをもう、ねじ曲げたくはなかった。
「……私は、昔から、陽人しか好きじゃない。他の誰かを好きになったことなんて、ない。だから、」
――私のことは忘れて。
「嘘だっ。」
最後まで言い切る前に、陽人に叫ばれてしまった。
「……でも、百合子が俺を好きって言ってくれるなら、嘘でも夢でもいいや。百合子が手に入るならなんでもいい。」
彼はずっと握りしめていた手を開き、中に入っていたものを私に見せた。
それは、彼がいつもしている指輪とお揃いの、女性用の指輪だった。
促されるまま、手に取ってみると、内側に彼の名前がローマ字で彫ってあった。
「それ、初任給もらってすぐ買いに行ったんだ。」
そう言って彼は私の指にそれをはめた。そして自分の指輪を指から抜いて内側の文字を私に見せた。
"Yuriko"
陽人はずっと私の名前の入った指輪を身につけていたのだ。
私は、涙を堪えることが出来なかった。
「百合子がずっとずっと好きだった。俺と、結婚、してください。」
私は、自分の指にはめられた指輪を右手で包み込みながら、何度も首を縦に振った、
***********
私たちは、そのまま両親に結婚の承諾をもらい、籍を入れた。
そして一緒に住む為に引っ越しの準備をしている時に、私は気持ち悪くなり吐き気に襲われた。
病院に行くと『おめでた』です。と言われ、様子のおかしい陽人を問い詰めると
「ゴムに、穴開けてた。」
と白状してきた。
どうやら、私が見たゴミ箱の中のコンドームは、どれくらい穴を開けたらいいかを実験するためのものだったようだ。
バレないギリギリの大きさの穴が、どれくらいなのか何回も試行錯誤したらしい。
「百合子の意思を、無視してごめん。」
口ではそう謝りながらも、ニコニコとまだ膨らんでもいないお腹を撫でる陽人に、私は毒気を抜かれてしまった。
「もうっ。責任取って私たちを幸せにしてよね。パパ。」
私が茶化すようにそう言うと、陽人は真面目な顔になった。
「うん。百合子が俺のことずっと庇ってくれてて嬉しかった。だから今度は俺が、百合子と子どもを全力で守るから。絶対、幸せにする。」
私は、天使のような陽人をずっと独り占めしたかった。
でも、子どもと陽人を分け合うのも悪くないなぁ、と思った。
男は、快楽の余韻に浸り、動けない私の背中にキスを落とした。
「……追加料金、かかるよ。」
「もちろん、払うよ。」
嬉しそうに返事をした男は、私の背中を強く吸い上げた。
「やめて、痕、残さないで。」
男は唇を離し、私の顔を後ろから覗き込んだ。
「追加料金払ってもだめ?」
「だめ。」
「じゃあ、痕、残らないところにするね。」
男は悲しそうに瞳を揺らしてそう言い、私の一番敏感な突起を口に含んだ。
彼の、寝息が聞こえる。
私は起こさないように、そっと彼のベッドから抜け出しシャワーを浴びる。
背中を浴室の鏡で確認したけれと、吸い痕はついていなかった。
私はため息を吐いた。
痕を、残して欲しかった。
一生消えない痕でも構わない。
彼の存在を私の体に刻んでほしい。
でも、それを言ってしまえば、全てが終わる。
『どうして女の子は僕のことを好きなの?僕は大嫌いなのに』
少年の頃、泣き腫らし真っ赤になった瞳で、彼はいつも私にそう言った。
傲慢なように聞こえるその言葉も、彼の姿を見た人は目を奪われ納得してしまうだろう。
彼は、美しい容姿をしている。
幼き頃は、天使のようで、背中に真っ白な羽が生えているのではないかと本気で思ってしまうほどだった。
成長するにつれ、美しさはそのままに、彼の愛らしさは薄れ、代わりに色気を纏い出した。
彼の周りでは、本人がそれを望んでいないのにも関わらず、常に女同士の争いが起こった。それは彼にとって恐怖でしかなかった。
だから、その度に幼なじみの私は彼を庇い、匿い、逃がしてあげた。
『陽人(はると)のどこがいいのよ』
『だから、あんたたちは彼氏が出来ないのよ』
『それ以上すると嫌われるよ』
私は、争いをする彼女達の矢面に立つ為に彼氏を作った。
『そんなこと言って百合子も陽人くんを好きなんでしょう?』と言われない為だけに。
私は不誠実な恋人だった。いくら付き合う前に『好きな人がいる』と告げていたとはいえ、赦されないことをしたと思う。
でも、そんなことをしてでも、私は陽人の傍にいたかったのだ。
さすがに大人になった彼を、女性達から庇うことはもうしていない。
陽人が自分で買ってきた指輪を左手の薬指にはめ、既婚者だと偽って言い寄ってくる女性達を撃退しているのだ。
だから私は無理に彼氏を作る必要もなくなった。
私は昔から陽人だけを好きだった。美しい天使を独り占めしたかった。
でも彼は『自分のことが好きな女の子』が大嫌いだった。
だから私は、彼を好きではない振りをした。腐れ縁で世話をしてやっているというスタンスで付き合ってきた。
陽人はそれがよっぽど心地良かったのか、私に依存してくるようになった。
彼は女の子が嫌いだけど、厄介なことに女の子の体は好きだった。
ある日彼に『セックスがしたい』と言われた。
私は嬉しくなったけれどその嬉しさを悟られたら陽人が居なくなってしまうことは分かっていた。だから『お金をくれるなら、いいよ』と返事をした。
その関係は、6年経ち社会人になった今も続いている。
シャワーを終え、ベッドに戻ると陽人は起きていた。
「帰ったかと思った。黙って、いなくならないで。」
彼はそう言って私に抱きつき首に顔を埋めてきたけれど、私は腕を背中に回したりしなかった。代わりに、彼が求めているであろう言葉を、ため息混じりに言ってあげた。
「シャワーくらい、自由に浴びさせてよ。私は陽人の恋人じゃないのよ。」
***********
私は『自分のことが好きな女の子が嫌い』な陽人の所謂、性処理係だ。
でも、私はそれを嬉しく思っていた。形はどうであれ、自分が彼の心と体の一番近いところにいるのだと実感できたから。
彼と寝て、彼を我がものにしたいと思わない、――実際はどうであれ――女なんて私しかいないだろう。だから安心して彼は私と寝ることができる。たったそれだけの理由で陽人は私を必要としてくれているのだ。
それでも私は『唯一』の存在でいられることに誇りさえ持っていた。
――彼の部屋のゴミ箱に、覚えのない使用済みのコンドームを見付けるまでは――。
それを見てしまった時、目眩に襲われた。地面がガラガラと崩れたように足元が覚束なくなり、立っていることさえままならない。
私は『唯一の性処理係』でなくなってしまったのだ。
陽人と一緒にいるのは限界だった。
彼が、誰かを抱きながら『お前はもう必要ない』と私に言う夢を毎日見た。
苦しくて、別の人に逃げようとした。でも、学生時代は出来ていた"自分の気持ちを誤魔化す"ことが、今は出来なくなっていた。誰と会っていても陽人が私の中心に居座り、逃がしてはくれなかった。
だから私は嘘を吐いて彼から離れることにした。
今日が最後だと知らない彼は、いつものように私を迎き入れ、体を合わせた。
彼の唇と舌が、優しく体をなぞり、快楽の世界へと私を誘なった。
「ぁあっ、陽人っ、気持ち、いいっ。もっと、もっと、んっ、私に触れて。」
「っ、百合子、可愛いっ。……凄く、濡れてる。…てらてらしてて、綺麗だ。いっぱい、舐めてあげるからっ。」
私は、全ての感覚を忘れないように、何も余計なことを考えないように、目の前にいる陽人にのめり込むようにセックスをした。
いつもは我慢していた声も、最後だからと言い訳をし、口から紡がれるままに嬌声を上げた。
普段は許していない痕をつける行為も、自ら望んでお願いした。私の胸、お腹、太もも。見えないけれどおそらく背中にも。花吹雪のように赤い痕が散っていた。
普段と違う雰囲気に興奮したのか、彼は何度も私を貪った。何回したのかは分からない。中身の入っているだろうコンドームが何個も床に落ちているのが、快感による涙で歪んでいる視界でも見てとれた。
空が白み、鳥の囀りが聞こえた頃、彼はやっと眠りについた。
私は、そっと陽人の腕の中を出て、リビングのテーブルの上に『お見合いをすることになりました。さようなら』と書いたメモを置き、部屋から去った。
これで、終わりだ。
次の性処理係が見付かった今、彼は私を追って来ないだろうと思った。
でも、そう思った数時間後に、彼は私の実家で、私の両親の前で土下座をした。
「俺の子どもがいるかもしれないんです。百合子さんの見合いを止めさせてください。」
急にそんなことを言われ、混乱した両親に私は呼び出された。
母に『二人でよく話をしなさい』と言われ、実家のリビングに二人きりにさせられた。
「何で、実家に来たの?」
「電話、繋がらないから。」
彼は起きてすぐここに来たのだろう。髪はボサボサで髭がうっすらと生え、服はしわくちゃだった。けれどそれらは彼の美しさを損わせることは出来なかったようだ。そればかりか余計に色気が増していて、私に数時間前までの情熱的なセックスを思い出させる始末だった。
「百合子、見合いなんてしないで。」
彼のすがるような、今にも泣きそうな顔を見て胸が痛んだ。
彼の新しい性処理係は、私ほど恋心を隠すのがうまくなかったようだ。そのお陰で、妊娠しているかもしれないなんて嘘まで吐いて、私を必要だと思ってくれたのは嬉しかった。
けれど、私は、この先も陽人への想いを隠し通し続けるのは無理だと思った。
彼と出会ってから19年。
セックスをするようになってからは6年。
時間が経てば経つ程想いが募っていった。
もう嘘は吐けない。
「私はもう、陽人とは一緒にいられない。」
「っ、でも、俺の赤ちゃん、お腹にいるかもしれないんだよ!?」
彼は、一度だって生でセックスをしたことはなかった。
全く可能性はないとは言えないけれど、限りなく"0"に近いだろう。
「だから、俺と結婚してよ。」
結婚。
彼の口からそんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。
――彼と一緒になる。
それは、私が自分の気持ちを偽り続けることでしか成就しないものだ。
「無理、だよ。」
「……嫌だ。俺、百合子の見合い相手に謝るから。」
陽人は、私の『無理』を違う意味で理解したらしい。
「違うの、」
私は、別れの言葉を彼に告げた。
「私は、陽人が、好きなの。」
私の言葉を聞き、陽人は目を見開いた。そして左右対称の美しい瞳からポロポロと涙を流した。
彼の泣き顔を久しぶりに見た。
昔は女の子に追いかけられたり、好き故の意地悪をされて、いつも泣いていた。それを私がいつも庇っていた。
でも、今日は私が陽人を泣かせてしまった。
「なんで、そんな嘘、吐くの?」
陽人は唇を震わせながら、私を睨んだ。
彼は私の想いを『嘘』にしたいようだ。
身が引き裂かれるように辛い。けれど自分の想いをもう、ねじ曲げたくはなかった。
「……私は、昔から、陽人しか好きじゃない。他の誰かを好きになったことなんて、ない。だから、」
――私のことは忘れて。
「嘘だっ。」
最後まで言い切る前に、陽人に叫ばれてしまった。
「……でも、百合子が俺を好きって言ってくれるなら、嘘でも夢でもいいや。百合子が手に入るならなんでもいい。」
彼はずっと握りしめていた手を開き、中に入っていたものを私に見せた。
それは、彼がいつもしている指輪とお揃いの、女性用の指輪だった。
促されるまま、手に取ってみると、内側に彼の名前がローマ字で彫ってあった。
「それ、初任給もらってすぐ買いに行ったんだ。」
そう言って彼は私の指にそれをはめた。そして自分の指輪を指から抜いて内側の文字を私に見せた。
"Yuriko"
陽人はずっと私の名前の入った指輪を身につけていたのだ。
私は、涙を堪えることが出来なかった。
「百合子がずっとずっと好きだった。俺と、結婚、してください。」
私は、自分の指にはめられた指輪を右手で包み込みながら、何度も首を縦に振った、
***********
私たちは、そのまま両親に結婚の承諾をもらい、籍を入れた。
そして一緒に住む為に引っ越しの準備をしている時に、私は気持ち悪くなり吐き気に襲われた。
病院に行くと『おめでた』です。と言われ、様子のおかしい陽人を問い詰めると
「ゴムに、穴開けてた。」
と白状してきた。
どうやら、私が見たゴミ箱の中のコンドームは、どれくらい穴を開けたらいいかを実験するためのものだったようだ。
バレないギリギリの大きさの穴が、どれくらいなのか何回も試行錯誤したらしい。
「百合子の意思を、無視してごめん。」
口ではそう謝りながらも、ニコニコとまだ膨らんでもいないお腹を撫でる陽人に、私は毒気を抜かれてしまった。
「もうっ。責任取って私たちを幸せにしてよね。パパ。」
私が茶化すようにそう言うと、陽人は真面目な顔になった。
「うん。百合子が俺のことずっと庇ってくれてて嬉しかった。だから今度は俺が、百合子と子どもを全力で守るから。絶対、幸せにする。」
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