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陽人の想い
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自分の性格を一言で表すなら、『卑怯者』という言葉ほど合致するものはないだろう。
ことに、好きな女の子にしてきたことを思えば『卑怯者』だなんて言い方は生ぬるいかもしれない。
人の良い彼女につけ込み、体の関係まで持ち、自分から離れていかないようにし続けたのだから。
俺は小さい頃から、女性が苦手だった。女の子に腕を引っ張り合われたり、物を隠されたり、急に抱きつかれたりなんてことが毎日あって、とても煩わしくて嫌悪感しか持てなかった。
それよりも嫌だったのは、目の前で女の子に大きい声で言い合いをされることだ。
それは金切り声を上げ、父を罵る母を俺に思い出させ、足がすくむほどの恐怖だった。
そんな俺をいつも庇ってくれたのが、幼なじみの百合子だった。
「やめなさいよ。陽人、怖がってるよ。」
そう言って庇ってくれる彼女の背中に俺はずっと隠れていた。
背筋をピンと伸ばし、女の子と穏やかな低い声で対峙してくれる彼女に憧れた。
思春期になり、やがてその憧れの気持ちは恋に変わった。
でもそれに気が付いた時には、百合子には彼氏がいた。
それでも、彼女は俺のことを変わらず助けてくれていた。
俺はそのことに安堵した。もちろん相手の男に対しての悔しさはあった。けれど百合子は俺のことも見捨てずにいてくれているという事実にすがった。
やがて、自分の体か大きく力強くなり、女性がか弱くて小さい存在だと認識することによって恐怖が薄れた。けれどその後も、百合子の影に隠れて庇ってもらうことを続けた。
怖くないのだから無視をすればいいだけだ。けれど、俺はいつも困った顔をして百合子を見た。
そうすれば彼女は、恋人と一緒にいる時でも駆けつけてきて助けてくれた。それが嬉しくて俺は怯えた振りをし続けたのだ。
百合子の背後から、彼女の歴代の恋人と目が合う度に、俺は睨まれたり、呆れたような目で見られたりした。
確かに、気分は良くないだろう。自分の彼女が他の男の為に何かをするのは。
でも、いいじゃないか。
お前は、愛情を貰っているんだろう?
俺は、腐れ縁の同情心しか持たれていないんだ。
そして、その同情心に俺はすがった。
正義感溢れる幼馴染みに頼りっきりの情けない男に自ら望んで成り下がったまま、同じ大学に行くことになった。もちろん俺が百合子から離れたくなくて志望大学を合わせた。
そして、あれは大学一年の夏休み前のことだった。
それは偶然、自分でも何故その時そこに行こうと思ったのか覚えていないけれど、――おそらく無意識に百合子を探していたのかもしれない――空き教室で恋人と抱き合いキスをする百合子を見てしまった。それが引き金になり、自分の気持ちを抑えることが出来なくなった。
俺も百合子と、キスがしたい。
俺も百合子と、ハグがしたい。
俺も百合子と、セックスがしたい。
俺も百合子と、恋がしたい。
俺の頭の中には、その想いしかなくなった。
でも自分は百合子に何とも思われていない。いくら、俺がどんなに女の子に好かれても、百合子だけは俺を好きにならない。彼女には常に恋人がいる。快活で可愛い百合子にお似合いの男が。
だから、心は手に入らなくても、体だけでもどうにかならないかと卑怯な俺は考えた。
「セックスがしてみたい。こんなこと百合子にしか頼めない。」
確か、そんな言葉で百合子にお願いをした。
もちろん彼女は断ってきた。でも『このままじゃ一生童貞だ』とか『なんでもするから』とか、とにかくしつこくお願いすると彼女は『お金をくれるなら、いいよ』と言ってくれた。
多分、こう言えば、俺が諦めるとでも思ったのかもしれない。
でも俺は、卑怯者らしく心の中で歓喜した。
お金を、ということは、お金さえ払えば何回だってしてくれるってことじゃないか。
一度だけじゃない。大好きな百合子を何度だって抱ける。
そんな風に自分に都合良く解釈をした。
さっそくアパートの俺の部屋に連れていった。
いざ事を始めようとしたら、百合子の様子が少しおかしいことに気が付いた。顔色を悪くし、微かに震えていたのだ。
ここに来たことを後悔し始めているのでは?そう思った。
早く体を繋げなければ、逃げられてしまう。
俺は、強引に服を脱がせた。
そして前戯も早々に、挿入をした。すると百合子は苦しそうな声を上げ涙を流した。
それを恋人に対する罪悪感の為の涙だと思い、俺は頭に血が昇ってしまった。
今、百合子の中にいるのは俺なのに、他の男のことを考えているなんて!
俺は、俺だけを見てほしくて、ガツガツと激しく彼女の中を突いた。
悲鳴のような声を、口を手で覆い、必死に抑え込もうとしている百合子を見て、俺は満足だった。
シーツに赤い染みが出来ているのに気が付くまでは。
「……まさか、初めてだった、の?」
そう聞いた俺に対して百合子は、苦笑いをした。
「うん。でも、ちょうど良かった。彼氏が以前にね、処女は面倒だって言ってたっていうのを知って、どうしようって思ってたんだ。だからこれで、ちゃんと心配なくえっち出来る。陽人にしてもらって助かった。」
そう言って、シャワーも浴びずに帰って行った。
そんなこと言う男、やめときなよ。
俺に、しなよ。
そう言えなかったのは、俺が『そんな男』以下のサイテー野郎だからだ。
初めての百合子に対して、あんな思いやりのないセックスをしてしまった。帰り際も彼女はお腹を押さえ、痛そうにしていた。
自分が経験がないから、処女だと分からなかったからだなんて、言い訳にもならない。
そして、何より最悪なのは、そんなことをしたにも関わらず、百合子の初めての男になれたことに対して、沸き上がってくる喜びを抑えられないでいたことだった。
俺は、また百合子を呼び出した。来てくれないかと思ったけれど彼女はこう言って、俺に抱かれた。
「ラブホ代、彼氏と割り勘にしても、結構かかるんだよね。だから助かる。」
俺が抱けば抱くほど、恋人とのデート代になる。
そう思うと、胸が張り裂けそうだった。けれど、一度知ってしまった百合子のぬくもりを手放すことなんて出来なかった。
こうして6年、百合子の恋人が別の男になっても、俺たちは金銭による体の関係を続けた。
***********
「奥さまはご一緒ではないんですか?」
店員ににこやかに言われて暫し固まってしまった。
それは結婚指輪を買いにジュエリーショップを訪れた時のことだった。
結婚指輪、と言っても誰かと結婚するわけじゃない。
社会人になり、結婚していてもおかしくない年齢になり、そういう方法で"女避け"が出来ると閃いて、フェイクの結婚指輪を買いにきたのだった。
女性のことは怖くは無くなっていたけれど、好意が込もった態度を取られるのも、付きまとわれるのもうっとおしかった。
俺にとって百合子以外の女性に好かれるのは迷惑以外の何者でもなかった。
「奥さまのサイズ、何号だか分かりますか?」
店員に再度、言葉を変えて尋ねられ、俺は当たり前のことに気が付いた。
結婚指輪を自分の分だけ買う夫なんて、まずいない。
それに、俺の手にやたらと触れてくるこの店員に『自分の分だけ』と言うことによって、何か詮索をされるのも嫌だった。
俺は確認してからまた来ると言い、その店を後にした。
これが、百合子との結婚指輪を選ぶ為のものだったなら…。
その叶わぬ願いを、上辺だけでも成就させたかった。
俺はセックスで疲れ果て寝ている彼女の左手の薬指に、糸を巻いてサイズをこっそりと測った。
その糸が本物の指輪のように見えて、胸が苦しくなった。
百合子が誰かと結婚したら、さすがにもう会ってはくれないだろう。
今は付き合っている人がいないみたいだけど、きっとすぐに次の恋人が出来てしまう。そしてそいつと結婚してしまうかもしれない。
誰のものにもしたくない。
でも百合子は、俺のことを何とも思っていない。
全く勝算がないのに、告白をして振られてしまったら、それこそ二度と会ってはもらえなくなるだろう。
自分の思いを抑え込むことが苦しくて、でも一緒にいると嬉しくて幸せだった。
そんな日々を過ごしていくうちに、卑怯者の俺は、実に卑怯者らしい手段で彼女を手に入れる方法を考え付いた。
うちにある、全てのコンドームに袋の上から針で穴を開けたのだ。
でも残念ながら、百合子は妊娠しなかった。
穴が小さくて、あまり精液が漏れていないせいなのだと思った。
だからコンドームを装着して自慰をして、自分の精液を使って確認した。ばれない程度の穴がどれくらいなのか何度も試行錯誤した。
けれど、妊娠する前に俺は百合子から切り捨てられた。
『お見合いをすることになりました。さようなら』
そう書かれた、メモ用紙のような紙切れが、テーブルの上に置かれてあった。
その日は、百合子がいつになく感じてくれていて、それが嬉しくて何度も彼女を抱いた。
だから、熟睡してしまい部屋を出ていかれたことに気が付かなかった。
電話をしても着信拒否をされているし、メッセージを送っても返事がない。彼女のアパートに行っても不在のようだった。
目の前が真っ暗になった。
お見合い、って何だよ。
条件が合えば誰とでも結婚するのかよ。
条件だけなら、俺だって悪くないはずだ。金だってそこそこ稼いでる。性格は最悪だけど、それは見合い相手だってそうかもしれない。
ここで動かなくては、二度と一緒にいることが出来ない。なんとしてでも、それこそ泣き落としでもいい、百合子を手に入れなくては。そう思った。
「誰でもいいのなら、俺にしてくれないか。」
***********
俺は百合子の実家に行って、ご両親に見合いを止めてくれるよう土下座した。かなり困惑していたけど、幼なじみの俺を追い返すようなことはしなかった。そして百合子を呼び出し、話をする機会も与えてくれた。
そこで彼女は俺だけのことを昔から好きだと言った。
全く信じられなかった。
信じられるはずがなかった。
歴代の百合子の恋人の顔が次々と浮かんでは消えた。
あり得ない。
でも、そこで卑怯者の俺は思った。
嘘でもなんでもいいから、好きって言ってくれてるんだから、このまま百合子を手にいれてしまおう。
いつか、つけてもらえることを夢見て、常に持ち歩いていた結婚指輪も渡して、既成事実を作ってしまおう。
けれど、そうやって急かすように籍を入れて、間もなく妊娠が発覚した時、俺は彼女の言っていたことを信じた。
「このお金、子ども名義にしていい?」
彼女の手の中には、6年前に作られた通帳があった。
そこには、俺の渡した金の全てが、その都度、入金されていた。
「私、陽人以外としてないからね。」
少し怒ったような、そして泣きそうな顔でそう言った彼女を、俺はぎゅっと抱き締めた。
ことに、好きな女の子にしてきたことを思えば『卑怯者』だなんて言い方は生ぬるいかもしれない。
人の良い彼女につけ込み、体の関係まで持ち、自分から離れていかないようにし続けたのだから。
俺は小さい頃から、女性が苦手だった。女の子に腕を引っ張り合われたり、物を隠されたり、急に抱きつかれたりなんてことが毎日あって、とても煩わしくて嫌悪感しか持てなかった。
それよりも嫌だったのは、目の前で女の子に大きい声で言い合いをされることだ。
それは金切り声を上げ、父を罵る母を俺に思い出させ、足がすくむほどの恐怖だった。
そんな俺をいつも庇ってくれたのが、幼なじみの百合子だった。
「やめなさいよ。陽人、怖がってるよ。」
そう言って庇ってくれる彼女の背中に俺はずっと隠れていた。
背筋をピンと伸ばし、女の子と穏やかな低い声で対峙してくれる彼女に憧れた。
思春期になり、やがてその憧れの気持ちは恋に変わった。
でもそれに気が付いた時には、百合子には彼氏がいた。
それでも、彼女は俺のことを変わらず助けてくれていた。
俺はそのことに安堵した。もちろん相手の男に対しての悔しさはあった。けれど百合子は俺のことも見捨てずにいてくれているという事実にすがった。
やがて、自分の体か大きく力強くなり、女性がか弱くて小さい存在だと認識することによって恐怖が薄れた。けれどその後も、百合子の影に隠れて庇ってもらうことを続けた。
怖くないのだから無視をすればいいだけだ。けれど、俺はいつも困った顔をして百合子を見た。
そうすれば彼女は、恋人と一緒にいる時でも駆けつけてきて助けてくれた。それが嬉しくて俺は怯えた振りをし続けたのだ。
百合子の背後から、彼女の歴代の恋人と目が合う度に、俺は睨まれたり、呆れたような目で見られたりした。
確かに、気分は良くないだろう。自分の彼女が他の男の為に何かをするのは。
でも、いいじゃないか。
お前は、愛情を貰っているんだろう?
俺は、腐れ縁の同情心しか持たれていないんだ。
そして、その同情心に俺はすがった。
正義感溢れる幼馴染みに頼りっきりの情けない男に自ら望んで成り下がったまま、同じ大学に行くことになった。もちろん俺が百合子から離れたくなくて志望大学を合わせた。
そして、あれは大学一年の夏休み前のことだった。
それは偶然、自分でも何故その時そこに行こうと思ったのか覚えていないけれど、――おそらく無意識に百合子を探していたのかもしれない――空き教室で恋人と抱き合いキスをする百合子を見てしまった。それが引き金になり、自分の気持ちを抑えることが出来なくなった。
俺も百合子と、キスがしたい。
俺も百合子と、ハグがしたい。
俺も百合子と、セックスがしたい。
俺も百合子と、恋がしたい。
俺の頭の中には、その想いしかなくなった。
でも自分は百合子に何とも思われていない。いくら、俺がどんなに女の子に好かれても、百合子だけは俺を好きにならない。彼女には常に恋人がいる。快活で可愛い百合子にお似合いの男が。
だから、心は手に入らなくても、体だけでもどうにかならないかと卑怯な俺は考えた。
「セックスがしてみたい。こんなこと百合子にしか頼めない。」
確か、そんな言葉で百合子にお願いをした。
もちろん彼女は断ってきた。でも『このままじゃ一生童貞だ』とか『なんでもするから』とか、とにかくしつこくお願いすると彼女は『お金をくれるなら、いいよ』と言ってくれた。
多分、こう言えば、俺が諦めるとでも思ったのかもしれない。
でも俺は、卑怯者らしく心の中で歓喜した。
お金を、ということは、お金さえ払えば何回だってしてくれるってことじゃないか。
一度だけじゃない。大好きな百合子を何度だって抱ける。
そんな風に自分に都合良く解釈をした。
さっそくアパートの俺の部屋に連れていった。
いざ事を始めようとしたら、百合子の様子が少しおかしいことに気が付いた。顔色を悪くし、微かに震えていたのだ。
ここに来たことを後悔し始めているのでは?そう思った。
早く体を繋げなければ、逃げられてしまう。
俺は、強引に服を脱がせた。
そして前戯も早々に、挿入をした。すると百合子は苦しそうな声を上げ涙を流した。
それを恋人に対する罪悪感の為の涙だと思い、俺は頭に血が昇ってしまった。
今、百合子の中にいるのは俺なのに、他の男のことを考えているなんて!
俺は、俺だけを見てほしくて、ガツガツと激しく彼女の中を突いた。
悲鳴のような声を、口を手で覆い、必死に抑え込もうとしている百合子を見て、俺は満足だった。
シーツに赤い染みが出来ているのに気が付くまでは。
「……まさか、初めてだった、の?」
そう聞いた俺に対して百合子は、苦笑いをした。
「うん。でも、ちょうど良かった。彼氏が以前にね、処女は面倒だって言ってたっていうのを知って、どうしようって思ってたんだ。だからこれで、ちゃんと心配なくえっち出来る。陽人にしてもらって助かった。」
そう言って、シャワーも浴びずに帰って行った。
そんなこと言う男、やめときなよ。
俺に、しなよ。
そう言えなかったのは、俺が『そんな男』以下のサイテー野郎だからだ。
初めての百合子に対して、あんな思いやりのないセックスをしてしまった。帰り際も彼女はお腹を押さえ、痛そうにしていた。
自分が経験がないから、処女だと分からなかったからだなんて、言い訳にもならない。
そして、何より最悪なのは、そんなことをしたにも関わらず、百合子の初めての男になれたことに対して、沸き上がってくる喜びを抑えられないでいたことだった。
俺は、また百合子を呼び出した。来てくれないかと思ったけれど彼女はこう言って、俺に抱かれた。
「ラブホ代、彼氏と割り勘にしても、結構かかるんだよね。だから助かる。」
俺が抱けば抱くほど、恋人とのデート代になる。
そう思うと、胸が張り裂けそうだった。けれど、一度知ってしまった百合子のぬくもりを手放すことなんて出来なかった。
こうして6年、百合子の恋人が別の男になっても、俺たちは金銭による体の関係を続けた。
***********
「奥さまはご一緒ではないんですか?」
店員ににこやかに言われて暫し固まってしまった。
それは結婚指輪を買いにジュエリーショップを訪れた時のことだった。
結婚指輪、と言っても誰かと結婚するわけじゃない。
社会人になり、結婚していてもおかしくない年齢になり、そういう方法で"女避け"が出来ると閃いて、フェイクの結婚指輪を買いにきたのだった。
女性のことは怖くは無くなっていたけれど、好意が込もった態度を取られるのも、付きまとわれるのもうっとおしかった。
俺にとって百合子以外の女性に好かれるのは迷惑以外の何者でもなかった。
「奥さまのサイズ、何号だか分かりますか?」
店員に再度、言葉を変えて尋ねられ、俺は当たり前のことに気が付いた。
結婚指輪を自分の分だけ買う夫なんて、まずいない。
それに、俺の手にやたらと触れてくるこの店員に『自分の分だけ』と言うことによって、何か詮索をされるのも嫌だった。
俺は確認してからまた来ると言い、その店を後にした。
これが、百合子との結婚指輪を選ぶ為のものだったなら…。
その叶わぬ願いを、上辺だけでも成就させたかった。
俺はセックスで疲れ果て寝ている彼女の左手の薬指に、糸を巻いてサイズをこっそりと測った。
その糸が本物の指輪のように見えて、胸が苦しくなった。
百合子が誰かと結婚したら、さすがにもう会ってはくれないだろう。
今は付き合っている人がいないみたいだけど、きっとすぐに次の恋人が出来てしまう。そしてそいつと結婚してしまうかもしれない。
誰のものにもしたくない。
でも百合子は、俺のことを何とも思っていない。
全く勝算がないのに、告白をして振られてしまったら、それこそ二度と会ってはもらえなくなるだろう。
自分の思いを抑え込むことが苦しくて、でも一緒にいると嬉しくて幸せだった。
そんな日々を過ごしていくうちに、卑怯者の俺は、実に卑怯者らしい手段で彼女を手に入れる方法を考え付いた。
うちにある、全てのコンドームに袋の上から針で穴を開けたのだ。
でも残念ながら、百合子は妊娠しなかった。
穴が小さくて、あまり精液が漏れていないせいなのだと思った。
だからコンドームを装着して自慰をして、自分の精液を使って確認した。ばれない程度の穴がどれくらいなのか何度も試行錯誤した。
けれど、妊娠する前に俺は百合子から切り捨てられた。
『お見合いをすることになりました。さようなら』
そう書かれた、メモ用紙のような紙切れが、テーブルの上に置かれてあった。
その日は、百合子がいつになく感じてくれていて、それが嬉しくて何度も彼女を抱いた。
だから、熟睡してしまい部屋を出ていかれたことに気が付かなかった。
電話をしても着信拒否をされているし、メッセージを送っても返事がない。彼女のアパートに行っても不在のようだった。
目の前が真っ暗になった。
お見合い、って何だよ。
条件が合えば誰とでも結婚するのかよ。
条件だけなら、俺だって悪くないはずだ。金だってそこそこ稼いでる。性格は最悪だけど、それは見合い相手だってそうかもしれない。
ここで動かなくては、二度と一緒にいることが出来ない。なんとしてでも、それこそ泣き落としでもいい、百合子を手に入れなくては。そう思った。
「誰でもいいのなら、俺にしてくれないか。」
***********
俺は百合子の実家に行って、ご両親に見合いを止めてくれるよう土下座した。かなり困惑していたけど、幼なじみの俺を追い返すようなことはしなかった。そして百合子を呼び出し、話をする機会も与えてくれた。
そこで彼女は俺だけのことを昔から好きだと言った。
全く信じられなかった。
信じられるはずがなかった。
歴代の百合子の恋人の顔が次々と浮かんでは消えた。
あり得ない。
でも、そこで卑怯者の俺は思った。
嘘でもなんでもいいから、好きって言ってくれてるんだから、このまま百合子を手にいれてしまおう。
いつか、つけてもらえることを夢見て、常に持ち歩いていた結婚指輪も渡して、既成事実を作ってしまおう。
けれど、そうやって急かすように籍を入れて、間もなく妊娠が発覚した時、俺は彼女の言っていたことを信じた。
「このお金、子ども名義にしていい?」
彼女の手の中には、6年前に作られた通帳があった。
そこには、俺の渡した金の全てが、その都度、入金されていた。
「私、陽人以外としてないからね。」
少し怒ったような、そして泣きそうな顔でそう言った彼女を、俺はぎゅっと抱き締めた。
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