【完結】身代わりの仮婚約者になったら、銀髪王子に人生丸ごと買い占められた件

ななせくるみ

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第5話:乱入者と、奪い合いの夜

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指先に残る、熱くて湿った感触。
「君が泣くまで離してあげない」という一条様の低い囁きが、まだ耳の奥でリフレインしている。

(思い出しただけで、顔が火を吹きそうっ…)

結局、指先を甘く噛まれるという心臓に悪いお仕置きを受けた後。私は腰が抜けたまま、彼から解放されることなく、そのまま隣で豪華な食事を共にする羽目になった。

「あの……一条様、さすがにもうお腹いっぱいです……」

目の前に並ぶのは、最高級のフルコース。

「様はやめろ、蓮と呼べ」と迫られた緊張のせいで、正直、味なんて半分もわからない。

「食が細いな。……ほら、これなら食べられるだろう。」

そう言って、一条様がフォークで小さく切ったイチゴのケーキを私の口元に運んできた。 ……え、まさか。

「あの、自分でお箸……じゃなくてフォーク持てますから!」

「……拒否するのか? 俺の好意を。」

彼がフッと目を細める。その冷ややかな、けれど熱を帯びた瞳に見つめられると、私は「い、いただきます……」と口を開けるしかなかった。

(あ、甘い……)

口の中に広がる甘美な味よりも、一条様に「あーん」をされているという事実の方が、脳を麻痺させる。

「いい子だ。……ひまり、君は俺の隣で、ただ俺が与えるものを素直に受け入れていればいい。」 

一条様は満足げに私の頬を指先で撫でると、そのまま親指で私の唇の端をなぞった。そして、そのまま私の耳元へ顔を寄せ、あの「宣告」を繰り返す。

「いいか、今夜は俺の部屋に隣に寝かせてやる。ドアの鍵は、俺が預かるからな。……逃げようなんて、無駄な抵抗はするなよ」

「……っ」

鍵をかけられる。それは、物理的にも、そして運命的にも、もう彼から逃げられないことを意味していた。

「お嬢様、こちらへ……」

一条様が席を立った後、執事さんに案内され、重厚な廊下を歩いていたその時だった。玄関の方から、静寂を切り裂くような激しい怒鳴り声が響いた。

「――ひまり! そこにいるんだろ、ひまり!!」

「え……この声……」

私の体が、弾かれたように反応する。
バタン!と大きな音を立てて広間の扉をこじ開けて入ってきたのは、肩で息を切らした一人の青年だった。

「悠真……!?」

私の幼なじみで、実家の近所に住む悠真だ。
いつもは明るい茶髪を振り乱し、必死な形相で私を凝視していた。

「よかった、無事だったんだな……! いきなりリムジンに押し込まれるのを見て、俺、必死で自転車で追いかけて……」

「自転車でここまで……!?」

都心からかなり離れたこの別邸まで、自転車で?
悠真くんは私の腕を掴むと、そのまま自分の背中に隠すように引き寄せた。

「帰るぞ、ひまり。こんな奴らの言いなりになる必要なんてない。……あんたが一条蓮か。ひまりを無理やり連れ去るなんて、何様のつもりだ!」

悠真が、奥のソファにゆったりと腰掛けていた一条様を鋭く睨みつける。一条様は、表情一つ変えず、優雅に立ち上がった。

「何様のつもり、か。……君のような『ただの幼なじみ』に、俺の所有物の行方を指図される筋合いはないんだが」

「……所有物だと!?」

空気が、一瞬で凍りついた。
一条様はゆっくりと歩み寄ると、悠真が握っている私の手首を、上から冷たく、けれど力強く上書きするように掴み取った。

「その汚い手で、俺のものに触れるな。……身の程をわきまえろ、部外者」

「離せよ……! ひまりは、あんたの道具じゃない!」

「道具? 違うな。彼女は俺の『婚約者』だ。本人が納得して、体で負債を払うと決めたんだよ。……なあ、ひまり?」

一条様が、私の耳元に顔を寄せ、あの甘い毒を含んだ声で囁く。悠真の、守ってくれるような温かい手。
一条様の、逃がしてくれない冷たくて熱い手。

二人の視線が、私の頭上で激しくぶつかり合った。

「……ひまり、本当なのか? こいつの言ってること……」

悲しげに揺れる悠真くんの瞳と、試すように私を見つめる一条様の瞳。私の仮の婚約者ライフは、早くも泥沼の「奪い合い」へと突入してしまった。
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