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大晦日だった。
古い家は掃除をしてもしきれない。
彦三郎が過去数十年で読んだ本を整理するだけでも酷く時間がかかった。
そもそも、俺がいない間のゴミ捨てはどうしていたのだろうとか、洗剤なんて買わないよなとか怖い事が色々思い浮かぶ。
それでもはたきをかける彦三郎はどこか楽しそうだ。
彦三郎は窓に触れられないので俺が拭いている。
古新聞を使うといいと聞いたのは母親からだったろうか、それとも学校で
教わったのだろうか。
濡らした新聞紙で窓を拭きながら、年末って毎年どう過ごしていたかを考える。
学生の時も社会人になってからも大した思い出が無い。
会社に勤めた後は働いていた記憶しかない。
もっとずっと小さい頃は、家族で過ごしていた。
次の日以降貰える筈のお年玉にわくわくしながら、大みそかのテレビを見る。
なんだか、ソワソワする気分はあるのにクリスマスに比べて何かをした訳でもない。
そのクリスマスですら、今年は小さなケーキを母が送ってきたので彦三郎と二人で食べただけだ。
そもそも、明日彦三郎にお年玉を渡すべきなのか? と考えたところでやめた。見た目は子供でも彦三郎は自分よりよっぽと年上なのだ。
お年玉なんていうのはおかしな話かと思いなおす。
久々に拭かれただろう窓は思ったよりもピカピカになって気持ちがいい。
「ここ、掃除機かけちまえばいいのかい?」
彦三郎に聞かれて返事をする。
年越しそばが楽しみだと昨日から繰り返し言っていた。
適当に聞き流したふりをして、俺も実は楽しみだった。
静かな夜だった。
今時大晦日にこの辺には雪は降らないらしい。
もう何年もみてないねえとスーパーのおばあちゃんも言っていた。
だけど、周りにほぼ何もないこの家の冬はとても静かだ。
何となく準備してしまったミカンとスナック菓子、母親から送られてきた緑色の煮豆は一応小鉢に盛り付けた。
そういえば毎年大晦日の食卓に出ていた気がする。
これが一般的な大晦日の料理なのか、地域的なものなのか、それともうちだけの習慣だったのかは分からない。
けれど、少しだけ懐かしいものをこたつにのせる。
「さて、あとはむじなソバだ」
揚げ玉はスーパーには売っていないので、近所のショッピングセンターで買った。
家でも作れるらしいが、自分にはハードルが高い。
だけど、油揚げは自分で煮た。
醤油と酒とみりんと砂糖で煮ればいいのよーと母が教えてくれたレシピだ。
油揚げは昨日のうちに煮ておいた。
後はそばをゆでるだけだ。
「暖かいソバと冷たいやつどっちがいい?」
丁寧に、油揚げを一口大に切っていく彦三郎に聞く。
「んー、どんぶりに入ってるのは暖かい方だよな」
この前テレビで見たと彦三郎は答えた。
「じゃあ、そっちにしようか」
鍋にめんつゆを入れて温めて、もう一つのコンロでそばをゆでる準備をした。
ソバを茹でてどんぶりに盛り付ける。
小口切りのネギもちらす。
湯気を上げるどんぶりは我ながら美味しそうにできたと思う。
お盆にのせてこたつに運んだ。
啜ったソバは少し茹ですぎな気がしなくもないけれど、充分美味い。
「なんだかよくわかんねえけど、こりゃあ美味いな」
「むじなって妖怪にちなんでるらしいぞ」
これも新年会に出そうというけれど、今日は二人分だからできた話だ。
彦三郎の話によると新年会とやらは入れ替わり立ち代わり100人程の妖怪が来るらしい。
どう考えても無理だ。
狢っていってもどんな妖怪かは分からない。
多分新年会に来ていても、ああこれが狢かあとはならないだろう。
「来年は外、出られるといいな」
そんな本音がぽつりと出た。
「そうだな」
穏やかに彦三郎は言った。
年の瀬に態々話す様な事は他にはなくて、何となくテレビをつけてしまう。
お笑いにも歌にもあまり興味はない。
彦三郎は台所にどんぶりを下げると戻ってきて、それからもう一度こたつに入った。
ミカンを食べながらぼんやりと、結局歌番組を見る。
眠い様な、眠くない様な微妙な感じだ。
彦三郎がテレビから流れる曲に合わせて鼻歌を歌っている。
それほどその手のものを見ている印象が無かったので意外だった。
「その歌手好きなのか?」
俺が聞くと「いやあ?」と彦三郎が答える。
酒でも準備したほうがよかったのかもしれない。
別に彦三郎は子供ではないのだ。酒位飲んでもいいんじゃないかとも思う。それとも子供の姿をした妖怪だから酒はあまりよくないのかもしれない。
「そういや、この場所でも除夜の鐘が少しだけきこえるんだ」
彦三郎は思い出した様に言った。
近くに寺なんてあっただろうか。思い出せない。
「じゃあ、先に風呂に入ってゆっくり聴こうかな」
彦三郎、先にはいるか? と聞く。人間じゃないから風呂に入らなくても臭くもならないしかゆくもならない様だった。
「兄さんが先入っていいぞ」
大掃除したからピカピカだぞと彦三郎は言う。
このままだと眠ってしまいそうなので風呂を入れることにした。
* * *
遠くで、ゴーンという音が聞こえる。
かすかにしか聞えない除夜の鐘らしき音は、テレビをつけたままでは恐らくかき消されてしまう。
彦三郎は多分一人でテレビもつけずこの音を聞いていたから気が付いたのだろう。
別に誰かといた方が幸せとは思わない。自分も一人の方が楽でいい。
だけど、どこにも行けなくて年の瀬に一人、そこら中に札の張られている異様な景色のまま、この音を聞いていたのかと思うともの悲しい気分になる。
こつん、と足先が彦三郎のものとこたつの中で当たる。
もう少し大きいこたつにしておけばよかったかもしれない。
なんだかめんどくさい。このままこたつで寝てしまいたくなる。
規則的に、ゴーン、ゴーンと音がしている。こんな田舎だ。参拝客がついているものじゃないんだろう。
あまりに規則的で徐々に眠くなってしまう。
ふわふわ、うつらうつら。
暖かくて、腹も減ってなくて、寂しくもない。
駄目だと思うのに瞼が閉じていってしまう。
「おやすみ」
そう彦三郎が言った気がする。
だけど、ぼんやりとした頭だと何も返事が出来なかった。
古い家は掃除をしてもしきれない。
彦三郎が過去数十年で読んだ本を整理するだけでも酷く時間がかかった。
そもそも、俺がいない間のゴミ捨てはどうしていたのだろうとか、洗剤なんて買わないよなとか怖い事が色々思い浮かぶ。
それでもはたきをかける彦三郎はどこか楽しそうだ。
彦三郎は窓に触れられないので俺が拭いている。
古新聞を使うといいと聞いたのは母親からだったろうか、それとも学校で
教わったのだろうか。
濡らした新聞紙で窓を拭きながら、年末って毎年どう過ごしていたかを考える。
学生の時も社会人になってからも大した思い出が無い。
会社に勤めた後は働いていた記憶しかない。
もっとずっと小さい頃は、家族で過ごしていた。
次の日以降貰える筈のお年玉にわくわくしながら、大みそかのテレビを見る。
なんだか、ソワソワする気分はあるのにクリスマスに比べて何かをした訳でもない。
そのクリスマスですら、今年は小さなケーキを母が送ってきたので彦三郎と二人で食べただけだ。
そもそも、明日彦三郎にお年玉を渡すべきなのか? と考えたところでやめた。見た目は子供でも彦三郎は自分よりよっぽと年上なのだ。
お年玉なんていうのはおかしな話かと思いなおす。
久々に拭かれただろう窓は思ったよりもピカピカになって気持ちがいい。
「ここ、掃除機かけちまえばいいのかい?」
彦三郎に聞かれて返事をする。
年越しそばが楽しみだと昨日から繰り返し言っていた。
適当に聞き流したふりをして、俺も実は楽しみだった。
静かな夜だった。
今時大晦日にこの辺には雪は降らないらしい。
もう何年もみてないねえとスーパーのおばあちゃんも言っていた。
だけど、周りにほぼ何もないこの家の冬はとても静かだ。
何となく準備してしまったミカンとスナック菓子、母親から送られてきた緑色の煮豆は一応小鉢に盛り付けた。
そういえば毎年大晦日の食卓に出ていた気がする。
これが一般的な大晦日の料理なのか、地域的なものなのか、それともうちだけの習慣だったのかは分からない。
けれど、少しだけ懐かしいものをこたつにのせる。
「さて、あとはむじなソバだ」
揚げ玉はスーパーには売っていないので、近所のショッピングセンターで買った。
家でも作れるらしいが、自分にはハードルが高い。
だけど、油揚げは自分で煮た。
醤油と酒とみりんと砂糖で煮ればいいのよーと母が教えてくれたレシピだ。
油揚げは昨日のうちに煮ておいた。
後はそばをゆでるだけだ。
「暖かいソバと冷たいやつどっちがいい?」
丁寧に、油揚げを一口大に切っていく彦三郎に聞く。
「んー、どんぶりに入ってるのは暖かい方だよな」
この前テレビで見たと彦三郎は答えた。
「じゃあ、そっちにしようか」
鍋にめんつゆを入れて温めて、もう一つのコンロでそばをゆでる準備をした。
ソバを茹でてどんぶりに盛り付ける。
小口切りのネギもちらす。
湯気を上げるどんぶりは我ながら美味しそうにできたと思う。
お盆にのせてこたつに運んだ。
啜ったソバは少し茹ですぎな気がしなくもないけれど、充分美味い。
「なんだかよくわかんねえけど、こりゃあ美味いな」
「むじなって妖怪にちなんでるらしいぞ」
これも新年会に出そうというけれど、今日は二人分だからできた話だ。
彦三郎の話によると新年会とやらは入れ替わり立ち代わり100人程の妖怪が来るらしい。
どう考えても無理だ。
狢っていってもどんな妖怪かは分からない。
多分新年会に来ていても、ああこれが狢かあとはならないだろう。
「来年は外、出られるといいな」
そんな本音がぽつりと出た。
「そうだな」
穏やかに彦三郎は言った。
年の瀬に態々話す様な事は他にはなくて、何となくテレビをつけてしまう。
お笑いにも歌にもあまり興味はない。
彦三郎は台所にどんぶりを下げると戻ってきて、それからもう一度こたつに入った。
ミカンを食べながらぼんやりと、結局歌番組を見る。
眠い様な、眠くない様な微妙な感じだ。
彦三郎がテレビから流れる曲に合わせて鼻歌を歌っている。
それほどその手のものを見ている印象が無かったので意外だった。
「その歌手好きなのか?」
俺が聞くと「いやあ?」と彦三郎が答える。
酒でも準備したほうがよかったのかもしれない。
別に彦三郎は子供ではないのだ。酒位飲んでもいいんじゃないかとも思う。それとも子供の姿をした妖怪だから酒はあまりよくないのかもしれない。
「そういや、この場所でも除夜の鐘が少しだけきこえるんだ」
彦三郎は思い出した様に言った。
近くに寺なんてあっただろうか。思い出せない。
「じゃあ、先に風呂に入ってゆっくり聴こうかな」
彦三郎、先にはいるか? と聞く。人間じゃないから風呂に入らなくても臭くもならないしかゆくもならない様だった。
「兄さんが先入っていいぞ」
大掃除したからピカピカだぞと彦三郎は言う。
このままだと眠ってしまいそうなので風呂を入れることにした。
* * *
遠くで、ゴーンという音が聞こえる。
かすかにしか聞えない除夜の鐘らしき音は、テレビをつけたままでは恐らくかき消されてしまう。
彦三郎は多分一人でテレビもつけずこの音を聞いていたから気が付いたのだろう。
別に誰かといた方が幸せとは思わない。自分も一人の方が楽でいい。
だけど、どこにも行けなくて年の瀬に一人、そこら中に札の張られている異様な景色のまま、この音を聞いていたのかと思うともの悲しい気分になる。
こつん、と足先が彦三郎のものとこたつの中で当たる。
もう少し大きいこたつにしておけばよかったかもしれない。
なんだかめんどくさい。このままこたつで寝てしまいたくなる。
規則的に、ゴーン、ゴーンと音がしている。こんな田舎だ。参拝客がついているものじゃないんだろう。
あまりに規則的で徐々に眠くなってしまう。
ふわふわ、うつらうつら。
暖かくて、腹も減ってなくて、寂しくもない。
駄目だと思うのに瞼が閉じていってしまう。
「おやすみ」
そう彦三郎が言った気がする。
だけど、ぼんやりとした頭だと何も返事が出来なかった。
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