座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 目が覚めると、布団が掛けられていた。

 多分俺の部屋から持ってきたやつで、俺は全く覚えがない。
 だから、寝てしまった俺に布団をかけてくれたのは、彦三郎だろう。

「おはようさん」

 彦三郎はいつもと変わらず俺に挨拶をした。

「おはよう。じゃないな。明けましておめでとう」

 起き上がりながら言う。

 一応餅も実家から送られてきているので、醤油をつければ食べられる。
 海苔もある。

 お雑煮の作り方は知らない。ネットで調べても食べたことの無い見た目のものばかり出てくる上に、味もいまいち想像できないものが多い。

 ぼんやりとした頭のままで彦三郎を見る。

 彦三郎は少しの間、黙った後「……明けましておめでとう」と返した。

 それを聞いて「布団、ありがとうな」と伝える。
 彦三郎は照れ臭そうに「まあな」という。

 布団を自分の部屋に持っていった後、朝ご飯の準備をする。

「あんこはないのかい?」

 餅をホットプレートで焼いていると彦三郎に聞かれる。
 甘いものは彦三郎の好物だ。

「わるい。正月用のものは準備してない」

 新年会で出す様のおはぎの材料として小豆の水煮缶は買った。豆から煮るのは料理経験の浅い俺では無理だろうと母に言われたためだ。
 だけど今日すぐにと言われても、目の前の餅はもう膨らみ始めている。

「砂糖醤油ならできるから。あまじょっぱくて美味しいぞ」

 俺も子供の頃は好きだった。

「……じゃあそれにするか」

 彦三郎は素直に折れてくれた。
 最近そんな事が多い気がする。

 何か聞こうと思ったけれど、目の前で餅がぷくぅっと膨らんで慌てて皿に取り出していたら、機会を失ってしまう。

 砂糖醤油につけた餅とお茶を食卓に持って行った時にはもう彦三郎の機嫌は良さそうで、その日は結局聞けずじまいだった。




 新年会は一月八日の夜の行われる予定だ。

 六日から仕込みを始める。
 妖怪の好みは分からないし、彦三郎もよく知らない様だった。
 インターネットで調べても出てくるのは人を喰っただとか、垢を舐めただとかそんな話ばかりだ。
 豆腐小僧は豆腐を食べるのかさえもよく分からない。

「心のこもった料理ってやつがいいって事以外、俺にもわからねえな」

 彦三郎はそう言った。
 そもそも心のこもったの定義が分からない。手作りならいいのか? そういうものなのか? 調理師の作った料理は心がこもってないのか?
  取り寄せたものを並べて置いた方がマシなのか。

 そもそも、彦三郎は門脇の人間以外に見えないという。
 影宮さんは俺に見えたけれど、妖怪のお客様達は俺に見る事が出来るのか。

 なんにも分からない中、まあそれでいいだろって言う彦三郎の指示で料理を作っていく。
 俺がいなかったら彦三郎はどうしていたのだろうか。

 この家はピザの宅配すら届かない。

 材料を人数分買いそろえるだけで一苦労だ。
 それから、油揚げを煮て、野菜を下茹でしてと作業をする。

 そうしていると、本家に頼んでおいた座卓が届いた。
 この家にはそもそも、大人数用のテーブルの様な物は何も無かった。

 だから、盆の集まりの時にズラリといくつも並んでいた座卓を、座敷童様のご希望の品と伝えていくつか運んでもらった。
 二人で軽トラに座卓を乗せて来た親族は心底面倒そうに玄関先に座卓を置いていった。

 ここから座敷に運ぶのかと思うとうんざりとした気分になる。

 彦三郎は戦力になるだろうかとちらりと見ると、彼もうんざりとした顔で「しかたがねえな」と言った。




 座卓を並べて台拭きで綺麗に拭く。

 座布団も運んでもらっていたものを並べた。
 それっぽくなっていると思う。視界にちらちらとうつる札以外は集まりの会場としてはこんなものだろうという感じだ。

* * *

 前日に母から、ひじきの煮物と漬物が届いた。

 食器はこの家に元々沢山あった。それに盛り付けて並べられた料理を前に、見たことも無い形の生き物たちがざわざわと話をしている。

 手があるのかも判別できない、さざ波の様に見えるものがいなり寿司を食べている。

 蛇が畳を這って進んでいても誰も気にも留めない。
 ということはこれは迷い込んだ蛇、ではなく妖怪なのだろう。

 前にあった影宮さんらしき黒いものが伸び縮みをしている。彼が何の妖怪なのかは知らない。
 こうやって見ると、彦三郎が比較的人っぽく見えるから、俺は共同生活を送りやすかったんじゃないかとも思う。

 彦三郎以外に人の形をしているものも数人いた。

 あとはしっぽが三本に分かれているだけの猫は一緒に暮らせるかもしれない。

 酒は誰が飲めるのか、肉は誰が食べれるのか、見た目だけじゃまるで分からない。

 おはぎに、いなり寿司、それから母のひじきを大皿に盛っておいて正解だったのかもしれない。
 それ以外の豚の煮込みも、何故か妙に彦三郎の気に入っているポテトサラダも取り合わせが滅茶苦茶な気がしたけれど、概ね好評な様だった。

 妖怪の好みはよく分からない。

「なあなあ、兄さん、兄さん」

 入れ替わり立ち代わりに現れる妖怪のために、コップをだし、終わったであろう食器を洗ってまた、テーブルの端に並べて置く。
 それを繰り返していた中だった。

 汁ものの椀を下げようとしている俺に話しかけてきたのは、人の形に比較的近いけれど、耳と尻尾が生えている妖怪だった。
 目の縁取りが赤いけれど、声でも体つきでも男性だろうなという妖怪はしっぽをパタンパタンをしながら俺を頭の先から足の先まで眺めて、目を三日月よりもっと細めて笑った。

 何となく、このひとが狐なのだと分かる。
 尻尾も耳も真っ白だけど、多分。

「何でしょう?」
「この油揚げ、ご飯抜きでもらいたいんだけど」

 ニコニコと笑いながら言われるけれど、印象は何か胡散臭い。
 狐は油揚げが好きって言うけれど、それがものすごい好きそうな感じもしない中、そのひとは言った。

「あー、余ってるのが数枚ありますが、それでよければ」

 ごはんに対して余裕をもって作ったため、少しなら余っている。

「……じゃあ、もってきますね?」

 何故たずねる様な口調になってしまったのか、自分でもよく分からない。
 でも、このひとはなにか違和感がある。

 一旦離れたかった。

「いやー、大丈夫大丈夫。
台所まで貰いに行くよ」

 面白そうに笑いながらその人は言った。



 油揚げだけって、そのままでいいのか。それとも温めた方がいいのか。
 今はオーブンレンジが我が家にはある。温めようと思えばすぐに温められるのだ。

 一瞬悩んでいると持っていた皿からそのまま油揚げをつままれる。
 冷たくていいのか、なんて思う。

「やっぱり、信者さんの供物ってやつは美味しいですねえ」

 そう言いながら狐のようなひとは油揚げをぺろりと食べてしまう。
 けれど、信者とか供物とか言っていることは良く分からない。

 妖怪っていうのは使う言葉も違うのだろうか。
 彦三郎はそれほど言葉遣いの違いを感じなかった。

 にやり、と目の前の人が笑った。

「アンタ、この家の座敷童の信者じゃないんですかあ?」

 気の抜ける様な言い方に聞えるけれど、きっと多分俺の事をバカにしていることだけは分かる。

「力が消滅してしまいそうな、かわいそうな座敷童の唯一の信者なのに自覚ないんですか?」

 相変わらずニヤニヤと笑いながら言われる。
 けれど、馬鹿にされたことよりなにより目の前の妖怪は気になることを言っている。

「力が消滅しそうって分かるもんなんですか?」

 俺がたずねると、妖怪は一瞬目を開いたけれど、また目を細めてニヤニヤとしている。

「教えて欲しいですか?なら――」

 目の前のひとが口を開くのと、ドンと音がしたのはほぼ同時だった。

 振り返ると彦三郎が空になったビール瓶を置いた音だった。
 瓶なのに、なぜそんな音がしたかは分からない。

「交換条件は駄目、ですよ」

 彦三郎が言う。

「ええー。まだ油揚げがあったら欲しいと言おうとしたところですよう」

 相変わらず軽い感じで妖怪は言う。

「兄さん、そいつは妖怪というより、神様ってやつに近いらしい。気を付けてくれ」

 気をつけろと言われても、何に気を付けたらいいのかを聞いたことが無い。

「いやですねえ、別に取って食ったりしやしませんよ」

 それに油揚げのお礼がまだですしね。神様? なのかなんなのかよく分からない妖怪はそう言った。




「狐はね、ギブアンドテイクをきちんと守るんだよ。
油揚げの分は教えてあげよう。それに……。」

 狐の妖怪はちらりと彦三郎を見た。

「一時は悪霊になるんじゃないかって位力が弱まってたのに、やっぱり信者さんは大切ですねえ」

 それが彦三郎を指して言っているのだという事はすぐに分かった。
 けれど、信者というのがよく分からない。門脇の家はずうっと彦三郎にすがっていた。それを信者というのなら今の言葉はかみ合わない。

 しかも、まるで彦三郎の力が強まっている様な言い方だった。
 それは俺達が方法を探していることで、ここにいるひとはそれを知っているのかもしれない。

「信者っていうのは、兄さんのことかい?」

 彦三郎が聞く。神様みたいなものじゃないのか。もっとこう敬語とか使った方がいいんじゃないのか? みたいな気がする。

 狐の妖怪がこちらを見てにんまりと笑う。

「座敷童っていうのは永遠のお子様ですからねぇ」

 敬語とか知っていても無理なこともありますから。と狐の妖怪が言う。
 それから、こちらを向いて「ええ、あなたが彼の久しぶりの信者だ」と答えた。



「信者が増えれば、座敷童の力が強まるってことですか?」

 俺が聞くと「人数の問題じゃないですね。こういうのは大体質の問題なんですよう」と教えてくれる。

 彼の存在を肯定してくれる人間の想いが力になるらしい。想いって何だよ、もっと定量化しやすいものの方がよかったと思う。

 ただ、そういえば彦三郎は俺の事を食べたいと言わなくなった気もしている。
 力がついているという事なのだろうか。

「俺が、もっと彦三郎の存在を肯定してやれば彦三郎の力はもっと戻るんでしょうか?」
「そう言われてそうしますぅみたいなものじゃダメだけど、ほら、こういう供物は割といいんだよ」

 もう一枚油揚げをもぐもぐしながら狐の妖怪は言う。

「後は、そうだな。名前を呼ぶとか、それに――」

 狐は一度そこで言葉を止めた。

「まあ、座敷童君に酷なことだけど、それこそ人身御供みたいに血肉を差し出すみたいなものは効果的だろうけど」

 彦三郎がというよりも、座敷童がどうして座敷童になるのかをきっとこのひとは知っているのだろう。
 目を細めて「うーん。さすがに難しいよね」と言って笑った。

 すごい顔をして、彦三郎は狐の妖怪を見ている。けれど、それを気にした様子も無く皿の上の油揚げを全て食べ終わると狐の妖怪は「御馳走様」と言って、座敷の方に戻っていった。



「飯、これからなるべく手作りするようにするな」
「別に無理のない範囲で充分だよ、兄さん」

 彦三郎は言う。
 嫌々作ると効果が薄れてしまうかもしれない。

「そう言えば、人の事食べたいとはもう思わないのか?」

 力の減衰が顕著だったことと関係ないとは思えない。

 彼の飢えが無くなっていればいいと思った。

「残念ながら、まだ時々思うよ」

 嘘を付いても仕方が無い事だった。
 だから、しょうがない。これから何とかしていくのだから。

 けれど、その“これから”がいつの事になるのかが分からなくて不安だった。

「まあ、何とかなるさ」

 彦三郎は子供みたいに笑って、それから「今日はまだまだお客さんが来るから頼むぞ兄さん」と言った。



 新年会は夜半過ぎにようやく終わりになった。

 結局、妖怪ってやつがどんなものなのか分からない位色々なお客が来た。
 人に似ていて、普通の恰好をしているひとも古臭い恰好をしている人もいた。

 今までアルバイトをしたこともあったし、会社勤めをしたこともあった。
 仕事と似たようなものだと思うし、実際俺の生活費は誰かに出してもらっているのに、今日は妙に疲れた。

 けれど、嫌な疲れじゃなかった。
 もう二度と部屋から出たくないと願う様な物では少なくともなかった。

「お疲れさん」
「ああ。ありがとう」

 今時懐かしい瓶のコーラを渡されて受け取る。

 こういうものを好む妖怪もいると聞いて買ってきたものの残りに口を付ける。

「今日はありがとうな。晴泰」

 彦三郎にまともに名前を呼ばれたのは初めてだったかもしれない。

「こっちこそ、楽しかった彦三郎」

 名前を呼ぶと良いと言われたからではない。ただ、目の前の人ではない生き物の名前を呼んでみたかっただけだ。

「まあ、片付けは明日でいいな」

 からっとした声で彦三郎が言った。
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