明けの明星、宵の明星

渡辺 佐倉

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本編5

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意味も無く、安藤のアルファはそんな生き物じゃないという言葉が脳内に響く。

そもそもまともに会話すらしたことが無いのだ。
二人で行動をするために必要な話はお互いにする。
それはもはや報告という種類のもので、心を通わせるためのそれとはまったくの別物だ。

家に帰ると丁度都竹さんも帰ってきたところで丁度いい、食事の時に安藤に言われたことを聞こうと思った。

「あの――」

都竹さんに食事の話をしようとしたがそれはかなわなかった。
無言で歩み寄ると、脇腹をひっつかまれて俵抱きされる。
顔だけ動かして都竹さんの顔を見ようと思ったがそれもかなわない。

聞えるのは、都竹さんの荒い息づかいだけだ。
降ろしてもらえるように頼んでみるが何も応えてはもらえない。

それよりも困ったのは、都竹さんの匂いがいつもより強くなっていることだった。
それをこんな至近距離で嗅がされるのだ。ひとたまりもない。

兎に角、なるべく反応しない様、浅く息をする。
そんな自分の様子を気にすることも無く、無言のまま都竹さんは彼の部屋に俺を運んだ。

無造作にベッドに放り投げられてのしかかられる。

「ちょっ……、な、にを……。」

驚きと体の変化で途切れ途切れに言うが、今までに見たことの無いような鋭い眼光に見下ろされひるんでしまう。

これは本当に都竹さんなんだろうかとは思えなかった。
匂いが、本能が、この人は都竹さんなのだと告げていた。

「友人が、アルファはオメガが居ないと生きてはいけないと言っていました。」

兎に角この状況からお互いの気をそらしたかった。

「……友人というのは、お前にべっとりと匂いをなすりつけたアルファのことか?」

いつも俺には淡々と話す人だった。でもこんな地を這う様な声で話されるのは初めてだった。
自分に安藤の匂いが付いていると言われた意味が分からず困惑する。

「同性のフェロモンは不快に感じるからすぐわかる。」

はっきりと言われ、今日あったことを思い出す。
それで、もしかしたらと思い当たることがあった。
安藤がコーヒーの紙コップを倒して、それがこちらまでかかって、お互いにそれを拭いた。それだけのことだ。

多分今も珈琲の匂いがしている筈だ。

「これは……、コーヒーをこぼしたときに拭いてもらっただけです。」

別に、都竹さんとの関係は表面上の婚約関係だけだ。
男かと落胆していたではないか。それなのに何でこんな言い訳じみたことを言わなければならないのだろうか。

「まさか、気が付いていないのか?」

何のことを言われてるのか理解できないため、都竹さんの言葉が疑問から出た物なのか嫌味なのか判断ができない。

「何の、ことですか?」

既に息は気持ち悪い位熱くなっていて、はあはあと荒い中都竹さんに聞く。
いよいよ都竹さんが驚いた顔をしていて、先程の言葉が嫌味の類では無く、疑問だったことに気が付く。

都竹さんが、俺の耳を触る。
思わず、ビクリと震えてしまう。

「や、めてくださ……。」

体はもはやのっぴきならない状態だ。だからそんな風に触れないで欲しかった。
子供扱いをして頭を撫でられたみたいな経験は無い。

ただの、契約上の婚約者以上でも以下でもないのに止めて欲しい。
勘違いをしそうになる。

事実、都竹さんの匂いが一層強く感じられる気がして、頭がクラクラする。

都竹さんが溜息をつく。
都竹さんが俺の動きを封じる様にのしかかってくる。覆いかぶさられた体は上手く動かす事すらできない。

「俺とお前は、遺伝子上の運命の番ってやつだ。」

何を言われているのか、分からなかった。
都竹さんを見上げながら唇を戦慄かせることしかできなかった。

「ああ、やっぱり気が付いていなかったのか。」
「……都竹さんは運命の番が男の俺だったから落胆したんですか?」

女性が好きな人の運命の番が男である俺だったなんて、滑稽だ。

「最初は、なんで男なんだって思ったし、言葉にもしたな。」

そう言うと、もう一度都竹さんは俺の頭を撫でた。

「俺が運命の番だから、仕方が無いってことですか?
それとも、アルファはオメガ無しではいきていけないからですか?」

どちらかしか考えられなかった。
信頼関係を作れるような交流も何もなかったし、オメガらしからぬ容姿をしている自覚もある。

「何を吹きこまれたか知らないが、勘違いしているようだな。」

都竹さんは目を細めた。
それがまるで野生の獣の様に見えて、思わず体を震わせた。
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