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5.参考にさせていただきます

4.(END)

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 さて、二人が森を出る日がやってきました。たくさんの騎士たちがやって来て、屋敷の中の荷物を運び出します。
 アリシャは豪奢なドレスを着せられ、馬に乗せられました。森を抜けるには不似合いなドレスです。けれど、ディミトリーは頑として譲りませんでした。なんでもそれは、必要なことだと言うのです。二人仲良く馬に乗って、ゆっくりと森を後にします。
 妖精達はとても、寂しそうにしていました。彼等は都会で暮らすことが出来ないのです。


「また来るよ。アリシャも一緒に、ね」


 言えば妖精たちは、とても嬉しそうに笑いました。



 森を抜けて王都に入ると、街道がたくさんの人で賑わっていました。熱い視線がアリシャとディミトリーに注がれます。街の真ん中を騎馬で練り歩くなど、普通は許される行為ではありません。けれど、誰一人として止めるものはいませんでした。


(変なの)


 破けたドレスで街を歩いた時とは、異なる種類の視線でした。アリシャは酷く居心地が悪く、馬から降りることを主張します。けれど、ディミトリーがそれを許しませんでした。


「ダメだよ。見せつけなきゃいけないんだから」


 誰に?と尋ねようとしたその瞬間、アリシャには答えが分かりました。


「アリシャ! ……やっぱりそうだわ! お母さま、アリシャよ!」


 甲高い、芝居がかった声が響き渡ります。二人の道を塞ぐようにして、三人の女性が躍り出ました。アリシャの姉と継母です。
 三人は貼り付けたような笑みを浮かべ、あぁっ!と大仰な声を上げます。


「良かった、アリシャ! 生きていたのね!」
「ずっと探していたのよ」
「あなたの乗っていた馬車が行方不明になって……わたくし達がどれほど心配したことか!」


 姉達は口々にそんなことを言います。


「……一体、なにを言っているの?」


 アリシャは思わず呟きました。姉達の発言に対して、アリシャが疑問を呈すのは初めてのことです。これまで、どれ程酷いことをされても何も感じなかったというのに、今は違います。アリシャの中でどす黒い感情がとぐろを巻くようにして蠢いていました。


「今まで一体どこにいたの?」
「ビックリしたわ! ディミトリー殿下と一緒にいるんだもの」
「本当に、こんなところであなたに再会できるなんて、思っていなかったわ」


 媚びるような視線がディミトリーに注がれます。
 殿下――――ディミトリーはこの国の第三王子でした。王位継承権は持たないものの、いずれは爵位を得て、活躍を期待されている御方です。森や妖精たちの研究をすることは、彼の大事な公務の一つでした。


「あぁ、殿下にはなんとお礼を申し上げたら良いか」
「さぁ、一緒に家に帰りましょう?」
「早くそこから降りなさい」


 姉達の唇は弧を描いていますが、瞳は笑っていませんでした。

『何故アリシャ如きが殿下と一緒に居るの――――?』
そんな激しい憎悪と嫉妬が見え隠れしています。

 姉達は、何とかしてこの場を取り繕うとしていました。アリシャを心配している振りをし、自分たちがアリシャを森に捨て置いたことを『無かったこと』にしようとしています。
 加えて彼女達は、一刻も早くアリシャをディミトリーから引き離したいと思っていました。姉達のそんな意図は容易に透けて見えます。それがアリシャを激しく苛立たせました。


「いい加減にしてもらおうか」


 それは、ディミトリーから発せられたとは思えない程、冷たく鋭い声音でした。姉達が一気に竦み上がります。アリシャは驚きに目を見張りました。


「僕の行く手を遮った上、婚約者にまで変な言いがかりを付けるなど――――不敬にもほどがある」


 言えば、数人の騎士たちが姉達を一斉に取り囲みます。事態を見守っていた群衆たちも、ザワザワと騒ぎ始めました。


(婚約者?)


 アリシャは真顔のまま思い切り首を傾げます。けれど、そんなアリシャの様子はそっちのけで、姉達は激しく取り乱していました。


「そっ……そんな! その娘は正真正銘わたくし達の妹で」
「そうです! 言いがかりだなんて、そんなつもりは」
「第一、その子に殿下の婚約者だなんて、とても務まりませんわ! 卑しい妾の子ですもの」

「――――僕も妾の子なのだが、知らないのか?」


 ひぃっと小さな悲鳴が上がります。


「しかし、アリシャが君達の妹だというなら丁度良い。王宮でじっくりと話を聞こうじゃないか」

「ほっ……本当ですか?」


 姉の一人が希望に瞳を輝かせます。この期に及んで、アリシャに成り代われると思っているのです。ディミトリーはニコリと微笑むと、騎士たちに向かって指で合図を送りました。


「ええ。彼女は自分の家族に、酷い虐待を受け、挙句の果てに森に捨てられていましたから」

「えっ……? あっ……えぇ?」
「まさか、そんな」
「何かの……何かの間違いではございませんこと?」


 姉達はしどろもどろになりながら、互いに顔を見合わせます。騎士たちは問答無用で三人を捕らえました。

 本来なら、街でアリシャを見つけたとしても、姉達が声を掛けることはありませんでした。あの状況下でアリシャが生きているとは思っていなかったからです。もしもアリシャが生還したら、自分たちが罪に問われる――――その可能性も考えていなかったわけではありません。
 けれど、アリシャがディミトリーと一緒に居たことで、姉達は頭に血が上ってしまいました。醜い嫉妬心に駆られたこと――――それが彼女達の運の尽きでした。

 アリシャは呆気に取られていました。彼女はいつも悪いことばかり想像していて、自分に都合の良い想像はしたことがなかったのです。


「ディミトリー様」

「なんだい、アリシャ」

「これは一体……」


 姉達がアリシャの目の前で連行されていきます。あっという間の出来事でした。未だ、何が起こったのかきちんと受け止められていません。


「悪いことをしたら、ちゃんと償いをしないといけないだろう?」


 ディミトリーは真顔でそんなことを言います。アリシャは一つ、事実を受け止められました。


「あの……それは分かりましたけど、婚約者とは?」


 文脈から判断するに、あれはアリシャを指すはずですが、生憎とアリシャには身に覚えがありません。アリシャに縁談が来ようものなら、姉達が全力で潰しにかかる筈だからです。


「当然、アリシャのことだよ」

「私、ですか?」


 アリシャは目をぱちくりさせながら、もう一度首を傾げました。


「だって、両親に会ってくれるんだろう?」


 ディミトリーは穏やかに微笑みつつ、そう言います。途端にアリシャの心臓が、訳の分からない自己主張を始めました。彼女にとってそれは、初めての経験です。頬が熱くなり、息が上手くできません。半ばパニックに陥ったアリシャを、ディミトリーが後からしっかり支えます。それが却って、彼女の動揺を助長させました。


「わっ……私は! あなたのご両親に仕事を紹介してもらえるものと、そう思っていたのです」


 アリシャはディミトリーが王子であることに気づいていました。その上で『城で仕事を貰えたら良いなぁ』と、そう思っていたのです。


「俺と結婚するのは嫌?」


 ディミトリーが尋ねます。


「嫌……ではありませんけど」


 正直アリシャは困っていました。悪意には耐性があります。けれど、好意を向けられること――――自分に良いことが起こることには、とんと免疫がなかったのです。


「俺はアリシャは良い子だと思うよ」


 それは、いつも姉達から言われているのと、真逆の言葉でした。


「可愛いし」
「や……」
「努力家だし」
「やめ…………」
「優しいし」


 アリシャはついに両手で顔を覆い隠しました。羞恥心に耐えられなかったのです。


「アリシャが自分を甘やかせない分、これからは僕がアリシャを甘やかすから」


 そう言ってディミトリーはニコニコと笑います。


「――――――現実的なお話をしますと」
「うん?」
「姉達が罪に問われるのに、ディミトリー様の配偶者になんてなれないのではありませんか?」


 悪い想像をすることは得意です。アリシャは期待を抱かないよう、細心の注意を払って想像を巡らせます。


「そんなの、何とでもなるよ。おとぎ話でもそう相場が決まってるだろう?」
「だっ、だけど、これはおとぎ話ではありませんし」
「王子の僕が言えば、大抵の無理は通るよ」
「――――身分的にも釣り合ってるとは思いませんし」
「その辺も心配ないよ。母も子爵家出身だ」
「ズケズケものを言いますし」
「正直なのは良いことだよ。僕に苦言を呈してくれる人なんて滅多に居ないんだから」
「ですが、教育も――――碌に施されていませんし」
「アリシャは知識は十分あるんだし、大丈夫。良い教師を付けるよ。
ねぇ……そろそろ言い訳も底を尽いたんじゃない?」


 ディミトリーはそう言ってケラケラと笑います。


「それにしても――――アリシャは嘘が吐けないよね」
「……何故、そう思うんですか?」
「だって、『俺のことが好きじゃないから』とは言わないから」


 その瞬間、アリシャの顔が真っ赤に染まりました。図星だったからです。ディミトリーは満足そうに微笑みました。


「――――これからは『自分に都合の良いこと』ばかりを想像することをおススメするよ」


 ディミトリーの提案に、アリシャは唇を尖らせます。彼の言う通り、このままでは心臓がもちそうにありません。


「参考にさせていただきます!」
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