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10.わたし達の関係に未来はない

4.(END)

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 いつものようにセオドアを見送り、永遠にも思える時間を一人で過ごす。空が白み、侍女達がようやくわたしを起こしにやって来る。


「サロメ様、本日のお召し物はこちらのドレスに致しましょう?」


 従者たちは皆、セオドアのことを知っていて、知らぬふりをしてくれている。元の主人を裏切るようなわたしの行為に、目を瞑ってくれている。

 皆のためにも、早く新しい結婚相手を見つけなければならない。
 分かっているけど、セオドアと再会して、わたしは彼以外の人のことを考えられなくなってしまった。罪悪感や居心地の悪さは高まるばかり。自分でも本当にどうしようもない女だと思う。


「サロメ様、本日は午前中に来客の予定がございます」

「来客?」


 もしかして、また妹が来るのだろうか? 嫌だな、と思っていたら、執事のロバートは首を横に振った。


「旦那様にとっても、サロメ様にとっても、大事なお客様です。心してお迎えください」

「…………分かったわ」


 含みのある物言いに引っ掛かりを覚えつつも小さく頷く。

 それから数時間後。
 馬車の音を相図に、屋敷の入り口へと向かう。

 今日のわたしの装いは、いつも以上に豪華だった。特別な時だけ身に着けるドレスにジュエリー、侍女達が美しく化粧を施し、髪を綺麗に結いあげてくれる。帝国一の美姫だ――――っていうのは明らかに言い過ぎだと思うけど、たくさん褒めて貰って、無理やりテンションを上げる。
 余程大事なお客様なのだろう――――そう思っていたわたしは、扉が開くと同時に呆気にとられた。


「セオドア――――?」


 目の前には、正装に身を包み、大きなバラの花束を手にしたセオドアが立っている。いつもよりもキッチリと撫でつけられた髪の毛。どこか緊張した面持ち。訳が分からなくて、わたしは彼を見上げることしかできない。


「君を迎えに来たんだ」


 セオドアの言葉に目を見開く。
 それは彼が決して口にしなかった未来を意味する言葉だった。花束を手渡し、跪く彼に涙が溢れ出す。


「サロメ――――どうか、俺と結婚してほしい」


 真剣な眼差し。彼が本気なんだってことがよく分かる。


「だけどセオドア! わたしじゃあなたに相応しくないわ。これから伯爵になろうというあなたが、未亡人であるわたしを選ぶだなんて……」

「両親は既に納得している。君の父親にもきちんと話を通した。あとはサロメが頷いてくれるだけで良い」


 喉が焼け付く様に熱い。
 本当は今すぐに頷いてしまいたい。

 だけど、本当にそれで良いのだろうか? 
 屋敷の皆はどう思う?
 厄介払いができると思ってくれるなら良いけど、恩知らずだと腹を立てるのでは?


「サロメ様。セオドア様は、あなたが嫁いで来る何年も前から、こちらの屋敷を何度も訪れていらっしゃるのですよ?」

「……え?」


 どういうこと? 首を傾げるわたしに、ロバートは優しく微笑んだ。


「サロメ様との婚約を破棄してほしい――――自分が彼女と結婚したいのだと、セオドア様は旦那様に仰っておりました。聞けば、サロメ様のお父様に何度も掛け合ったものの、相手をしてもらえなかったというではありませんか。
旦那様も、元々結婚に乗り気だったわけではございませんから、一度は彼の願いを叶えて差し上げるつもりだったのです。
けれど、あなたの義母様や妹様はああいったご性格。とてもセオドア様との結婚が許されるとは思えません。

【君自身がサロメを迎えに来れるその日まで、私が彼女を守ってあげよう】

それが、旦那様とセオドア様が交わした約束でした。そこから先もお二人は交流を重ね……旦那様にとってセオドア様は、ご自身の子のような、孫のような存在だったのです。
サロメ様、旦那様はあなたが幸せになることを願っています。それこそが旦那様の遺言。私共はそのために、今日まで貴方にお仕えしてきたのですから」

「――――そんな……」


 そんなこと、ちっとも知らなかった。

 義母や妹が夫とわたしを結婚させたのは、お金のためもあったけど、わたしを虐げたいがために他ならない。
 年の離れた男との結婚。幸せになれる筈がないと踏んでいたのだろう。
 もしも夫がわたしとの結婚を断っていたら、わたしは他の、もっと質の悪い男性の元に嫁がされていたに違いない。

 だけど、一度嫁ぎ、実家を離れた今なら、二人の干渉を最小限に喰いとめることが出来る。あの二人にセオドアとの結婚を止めさせるような権限はない。

 夫とセオドア。
 二人の優しさと愛情に、わたしは今日まで守られてきたのだろう。


「それなのに、サロメが『婚活する』なんて言い出すから、色々と予定が狂った。本当はもっとゆっくりと――――俺が爵位を継ぐ日を待とうと思っていたから。だけど、万が一サロメが他の男と結婚が決まったら嫌で、それで……」


 バツの悪そうに呟くセオドアに、唇が震える。


「だって……だって! わたしは旦那様に渡せるものが何も無かった! それなのに、亡くなって以降も居座って、皆に申し訳なくて! 早くここを出ていかなくちゃと思ってるのに、一人でやっていく自信もなくて!
それに、セオドアとは結婚できないと思っていたから」

「分かっているよ。サロメが俺の将来を大事に思ってくれていたこと。それに、万が一サロメとの関係を君の家族に嗅ぎつけられて邪魔されたくないから、朝まで一緒に居ることも出来なくて。そんな状況で『結婚しよう』って言っても、簡単には信じてもらえないだろうって思っていた。
だからこそ、きちんと外堀を埋めて、サロメが信じられる状況を作ってから、正式にプロポーズをしようと思っていたんだ」


 大きな花束を抱えたわたしの左手を、セオドアは強く握りしめる。
 彼の手には大きな宝石のあしらわれたエンゲージリング。こちらを真っ直ぐに見つめながら、わたしが頷くのを待っている。


「良いの? 本当に?」


 幸せになっても良いの?
 わたしは彼との未来を願っても良いのだろうか?


「尋ねているのは俺だよ、サロメ」


 セオドアはわたしを抱き締めると、耳元で熱っぽく囁く。


「愛している。俺と結婚してほしい」


 今と、未来を表す愛の言葉。涙が溢れ、嗚咽が漏れる。

 こんな幸せ、想像したこともなかった。だけど、もしも許されるというのなら、わたしはそれを――――彼との未来を掴み取りたい。


「わたしも……セオドアのお嫁さんになりたかった。
ううん――――わたし、セオドアと結婚したい! セオドアとずっと、一緒に生きて行きたい」


 ずっとずっと、言えずに呑み込んでいた言葉。セオドアは目を見開き、それから今にも泣きだしそうな表情で笑う。


「もちろん。絶対に、二人で叶えよう」


 力強く微笑まれ、大きく頷く。

 わたし達の関係には過去があり、今があり、未来がある。

 幸せな気持ちを胸に、わたし達は口付けを交わすのだった。
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