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19.皆まで言うな
5.
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「父上?」
大丈夫ですか、とバッカスの言葉が続き、ゼウス侯爵は胸を押さえる。心臓がバクバクと鳴り響き、全身から汗が流れ落ちる。
(まさか……そんなはずは…………)
見ればバッカスは、空いている筈の彼の隣の席を見つめている。それがゼウス侯爵の不安を恐ろしいほどに掻き立てた。
「バッカス……おまえ………」
「どうしたんですか? 急に取り乱したりして。それに先程からジュノーはずっと、俺の隣にいますよ」
その瞬間、ゼウス侯爵は椅子から転がり落ち、頭を抱えて蹲った。自信家で、いつも堂々とした佇まいの父親の信じられない醜態に、バッカスは顔を顰める。シンシアとウィリアムが、固唾を呑んで様子を見守っていた。
「何を……! 何を言っているんだ! おまえの隣には誰もいない! 何も! 俺には見えない!」
「父上こそ何を言っているんですか! ジュノーはここにいます。俺の隣で微笑んでいますよ」
ゼウス侯爵は床を這うようにして部屋の出口へと向かっていた。腰が抜けて立つことすらままならない。けれど、一刻も早くここから抜け出したかった。
「――――――お久しぶりです、ゼウス様」
その時、ゼウス侯爵は戦慄した。久方ぶりに聞く、鈴を転がすような声。聞き違えることは無い。これは、自身の婚約者だった女の声だ。
「久しぶり? ジュノー、それはどういう……」
「止めろ! 止めてくれ! 早くその女を追い出すんだ! 早く!」
「それは無理なお話ですわ、ゼウス様。だってわたくしはあなたの息子と……わたくしを捨てたあなたが、あの女との間に作った息子と結婚するんですもの」
ゼウス侯爵は全力で耳を塞ぎ、顔を伏せている。けれど、ジュノーの声は彼の耳に直接響き、その背筋を凍らせる。シンシアとウィリアムは顔を見合わせて震えていた。
「父上、ジュノー? 一体、何の話を……」
「無理に決まっているだろう! だって、だっておまえは……! 二十年前に亡くなっているのに…………!」
その瞬間、今度はバッカスが飛び上がった。驚きと恐怖のあまり、顔面は蒼白で、生気が失われている。
「嘘、だろ……? ジュノーが死んでいるなんて。だって、俺はずっと彼女が見えていた。触れられていた。それなのに、どうして……」
「想いが強すぎたんだと思います」
そう口にしたのはシンシアだった。ウィリアムと身を寄せ合い、気の毒気に眉を下げたシンシアに、バッカスは開いた口が塞がらない。ワナワナと身体を震わせながら、シンシアへと詰め寄った。
「おまえ……! 気づいていたのか? 気づいていて俺をそのままにしていたのか⁉」
「止めろよ」
ウィリアムがシンシアとバッカスの間に割って入る。咎めるような表情。バッカスは眉間に皺を寄せた。
大丈夫ですか、とバッカスの言葉が続き、ゼウス侯爵は胸を押さえる。心臓がバクバクと鳴り響き、全身から汗が流れ落ちる。
(まさか……そんなはずは…………)
見ればバッカスは、空いている筈の彼の隣の席を見つめている。それがゼウス侯爵の不安を恐ろしいほどに掻き立てた。
「バッカス……おまえ………」
「どうしたんですか? 急に取り乱したりして。それに先程からジュノーはずっと、俺の隣にいますよ」
その瞬間、ゼウス侯爵は椅子から転がり落ち、頭を抱えて蹲った。自信家で、いつも堂々とした佇まいの父親の信じられない醜態に、バッカスは顔を顰める。シンシアとウィリアムが、固唾を呑んで様子を見守っていた。
「何を……! 何を言っているんだ! おまえの隣には誰もいない! 何も! 俺には見えない!」
「父上こそ何を言っているんですか! ジュノーはここにいます。俺の隣で微笑んでいますよ」
ゼウス侯爵は床を這うようにして部屋の出口へと向かっていた。腰が抜けて立つことすらままならない。けれど、一刻も早くここから抜け出したかった。
「――――――お久しぶりです、ゼウス様」
その時、ゼウス侯爵は戦慄した。久方ぶりに聞く、鈴を転がすような声。聞き違えることは無い。これは、自身の婚約者だった女の声だ。
「久しぶり? ジュノー、それはどういう……」
「止めろ! 止めてくれ! 早くその女を追い出すんだ! 早く!」
「それは無理なお話ですわ、ゼウス様。だってわたくしはあなたの息子と……わたくしを捨てたあなたが、あの女との間に作った息子と結婚するんですもの」
ゼウス侯爵は全力で耳を塞ぎ、顔を伏せている。けれど、ジュノーの声は彼の耳に直接響き、その背筋を凍らせる。シンシアとウィリアムは顔を見合わせて震えていた。
「父上、ジュノー? 一体、何の話を……」
「無理に決まっているだろう! だって、だっておまえは……! 二十年前に亡くなっているのに…………!」
その瞬間、今度はバッカスが飛び上がった。驚きと恐怖のあまり、顔面は蒼白で、生気が失われている。
「嘘、だろ……? ジュノーが死んでいるなんて。だって、俺はずっと彼女が見えていた。触れられていた。それなのに、どうして……」
「想いが強すぎたんだと思います」
そう口にしたのはシンシアだった。ウィリアムと身を寄せ合い、気の毒気に眉を下げたシンシアに、バッカスは開いた口が塞がらない。ワナワナと身体を震わせながら、シンシアへと詰め寄った。
「おまえ……! 気づいていたのか? 気づいていて俺をそのままにしていたのか⁉」
「止めろよ」
ウィリアムがシンシアとバッカスの間に割って入る。咎めるような表情。バッカスは眉間に皺を寄せた。
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