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20.一目惚れも、ここまでくれば

5.

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「とんだ身の程知らずが居たものだわ」


 背後から響く金切声に、徐に振り向く。
 アイザック殿下の正式な婚約者となったわたしにこんな言葉を浴びせられるのは、最早学園に一人しか存在しない。異母姉であるイザベラだ。


(義姉さまのことは本当に気の毒だと思う)


 幸せな家庭を、母のせいで壊されてしまった。しかも、彼女はわたしの2歳年上だから、幸せだった頃を知りもしないのだ。

 父は愛情深い人だから、きっと伯爵夫人や異母姉にもわたしに対するのと同じように愛情を注いでいるだろう。だけど、本来なら、母やわたしに向けられた愛情だって彼女達のものだった。そう思っているからこそ、異母姉はわたしのことを忌み嫌うのだ。


(その上わたしがアイザック殿下の婚約者になってしまったのだもの)


 彼女はきっと、わたしのことを殺したいほど憎んでいるに違いない。


(だからこそ、彼女にしかできないことが沢山ある)


 わたしは大袈裟にため息を吐きつつ、蔑むような笑みを浮かべた。


「異母姉さまこそ、いい加減身の程をお知りになったらいかがです? わたしはもう、アイザック殿下の婚約者。あなたよりも格上になりましたのよ?」

「なっ……! あなた、自分がなにを言っているか分かってるの?」


 異母姉は顔を真っ赤にして怒りつつ、わたしのことを睨みつける。


(心配しなくても、ちゃんと分かってますよ……)


 悪女の演技は多分、得意中の得意だ。
 だって、あの母親の恨み言を毎日聞いて育ったのだもの。相手がどんなことを、どんな風に言われたら嫌なのか、それを聞いたうえでどう動くのか、嫌でも予想が出来てしまう。


「やっぱり、今までは猫を被っていたのね!」

「ええ。そうした方が良い殿方を釣りあげられますでしょう? まさか、異母姉さまがずーーっと狙っていらっしゃったアイザック殿下が釣れるとは思ってもみませんでしたけど」

「あなたのその発言、殿下への不敬になるわよ!」


(だから、そうと分かってて言ってるんですって)


 恐らくだけど、わたしの周りには殿下のつけた護衛が付いている。異母姉さまの証言だけじゃ信じてくれないかもしれないけど、別の第三者の証言もあれば話は別だ。こんな性悪女とは結婚できないと、婚約を破棄してくれるかもしれない――――っていうか、普通ならそうすると思う。


「殿下に言いつけてやるんだから!」

「まあ異母姉さま、それは困ります。折角殿下の婚約者になれましたのよ?
だけど、ずーーっと婚約者候補どまりだった異母姉さまと婚約者であるわたし、殿下は一体どちらの言うことを信じるのかしら?」


 その瞬間、異母姉さまはわたしの頬をバチンと叩くと、踵を返して走り出した。頬がじんじんと熱く疼く。


(わたしへの罰はこんなもんじゃ足りないわね)


 どうか異母姉さまの想いがアイザック殿下に届きますように――――そう願わずにはいられなかった。
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