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【2章】断食魔女、神殿で華やかな生活を謳歌する(?)
29.信じなくてもいい、と言われました(3)
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「なっ……え?」
「ようやく扉を開けてくれましたね」
神官様が耳元で笑う。わたしは目頭が熱くなった。
「何してるんですか、貴方」
「何って……先ほど宣言したとおり、ジャンヌを抱きしめているんですよ」
腕に力を込めながら、神官様が首を傾げる。さも当然といった口ぶりだ。
「だけど……だけど! さっき『信じなくてもいい』って言ったじゃないですか!」
それはつまり、わたしを諦めたということで。
過去の恋愛を引きずって、人間不信から抜け出せないわたしに呆れたっていうことでしょう? 違うの?
「ええ、先ほど申し上げた通り、ジャンヌは私を信じなくてもいいですよ。
その代わりに、私は私自身を信じます。それから、二人でゆっくりと事実を積み重ねていきましょう」
「え?」
事実を積み重ねていく? 一体、どういう意味だろう?
困惑したわたしを見つめ、神官様は優しく目を細めた。
「ジャンヌが私の気持ちを信じられないのは、いつか変わることを恐れているからでしょう?」
「――――はい、そのとおりです。信じて、裏切られてしまうことが、一番イヤです」
「でしょうね。その気持ちは私にもよく分かります。
ですから、貴女は私の気持ちを信じなくても良い。ただ、それでも私はジャンヌを愛します。愛し続けます」
神官様がそう言って、わたしの頬をそっと撫でる。心臓がドキッと大きく跳ねた。
「そんな日々が今日、明日、一ヶ月後、半年後、一年後、十年後と続いていけば、その間ジャンヌがどれだけ信じられなかったとしても、それは純然たる事実になります。
もちろん、それから先の未来のことは誰にも分かりません。けれど、未来とは、現在の積み重ねから成り立っています。わだちというものは、通った道の後にしかできませんから」
先のことは分からない――――神官様がそんなふうに言ってくれるなんて、思ってもみなかった。根拠もなしに永遠を約束するタイプに見えるし、普通は自分を信じてくれない女なんか嫌だろう。信じてほしいって、そう言われると思っていたから。
「それから、貴女自身を信じられないという部分については、私が頑張れば良いことです。心変わりをさせないよう、毎日愛を囁き続けますし、大事にします。そちらも、日々を重ねていった先にしか結果は見えませんが」
「――――それって、ものすごく気の遠くなるような……先の長い話ですね」
すべての結果がわかるのは、一体いつになるんだろう?
だけど――――そんなふうに思うあたり、わたしは結構、神官様のことが好きなのだろう。
だって、彼と一緒にシワシワのおじいちゃん、おばあちゃんになる未来が見えるんだもの。
(わたしは、神官様を信じられないままでいい。それに、わたし自身のことも、信じなくていいんだ)
たったそれだけのことだけど、心がとても楽になった気がする。
仮にこの先なにか起こったとしても、『信じていなかったから』と言い訳ができるし、そうすると前世ほどには傷つかないもの。
神官様が言う通り、未来のことは誰にもわからない。
けれど、積み重ねた現在は過去に、事実に変わっていく。
それは単純に『信じてほしい』と言われるよりも余程誠実で、信頼できる気がした。
「セドリック」
自分を変えること、踏み出すことはやっぱり怖い。
失敗したくないし、傷つきたくないし、できない自分にガッカリしたくないから。
だけどそれでも、ほんの少しだけ勇気を出して、わたしは神官様――――セドリックに向かって手を伸ばす。
セドリックは微笑みながら、わたしの頬に、唇に、触れるだけのキスをした。
くすぐったくて身を捩ると、ギュッと強く抱きしめられて、そのまま深く口付けられる。
(うん――――悪くない)
人とは少し違うかもしれない。
だけど、こんな恋愛の形があっても良いのかもしれない。
とても嬉しそうなセドリックの笑顔を見ながら、わたしは瞳を細めるのだった。
「ようやく扉を開けてくれましたね」
神官様が耳元で笑う。わたしは目頭が熱くなった。
「何してるんですか、貴方」
「何って……先ほど宣言したとおり、ジャンヌを抱きしめているんですよ」
腕に力を込めながら、神官様が首を傾げる。さも当然といった口ぶりだ。
「だけど……だけど! さっき『信じなくてもいい』って言ったじゃないですか!」
それはつまり、わたしを諦めたということで。
過去の恋愛を引きずって、人間不信から抜け出せないわたしに呆れたっていうことでしょう? 違うの?
「ええ、先ほど申し上げた通り、ジャンヌは私を信じなくてもいいですよ。
その代わりに、私は私自身を信じます。それから、二人でゆっくりと事実を積み重ねていきましょう」
「え?」
事実を積み重ねていく? 一体、どういう意味だろう?
困惑したわたしを見つめ、神官様は優しく目を細めた。
「ジャンヌが私の気持ちを信じられないのは、いつか変わることを恐れているからでしょう?」
「――――はい、そのとおりです。信じて、裏切られてしまうことが、一番イヤです」
「でしょうね。その気持ちは私にもよく分かります。
ですから、貴女は私の気持ちを信じなくても良い。ただ、それでも私はジャンヌを愛します。愛し続けます」
神官様がそう言って、わたしの頬をそっと撫でる。心臓がドキッと大きく跳ねた。
「そんな日々が今日、明日、一ヶ月後、半年後、一年後、十年後と続いていけば、その間ジャンヌがどれだけ信じられなかったとしても、それは純然たる事実になります。
もちろん、それから先の未来のことは誰にも分かりません。けれど、未来とは、現在の積み重ねから成り立っています。わだちというものは、通った道の後にしかできませんから」
先のことは分からない――――神官様がそんなふうに言ってくれるなんて、思ってもみなかった。根拠もなしに永遠を約束するタイプに見えるし、普通は自分を信じてくれない女なんか嫌だろう。信じてほしいって、そう言われると思っていたから。
「それから、貴女自身を信じられないという部分については、私が頑張れば良いことです。心変わりをさせないよう、毎日愛を囁き続けますし、大事にします。そちらも、日々を重ねていった先にしか結果は見えませんが」
「――――それって、ものすごく気の遠くなるような……先の長い話ですね」
すべての結果がわかるのは、一体いつになるんだろう?
だけど――――そんなふうに思うあたり、わたしは結構、神官様のことが好きなのだろう。
だって、彼と一緒にシワシワのおじいちゃん、おばあちゃんになる未来が見えるんだもの。
(わたしは、神官様を信じられないままでいい。それに、わたし自身のことも、信じなくていいんだ)
たったそれだけのことだけど、心がとても楽になった気がする。
仮にこの先なにか起こったとしても、『信じていなかったから』と言い訳ができるし、そうすると前世ほどには傷つかないもの。
神官様が言う通り、未来のことは誰にもわからない。
けれど、積み重ねた現在は過去に、事実に変わっていく。
それは単純に『信じてほしい』と言われるよりも余程誠実で、信頼できる気がした。
「セドリック」
自分を変えること、踏み出すことはやっぱり怖い。
失敗したくないし、傷つきたくないし、できない自分にガッカリしたくないから。
だけどそれでも、ほんの少しだけ勇気を出して、わたしは神官様――――セドリックに向かって手を伸ばす。
セドリックは微笑みながら、わたしの頬に、唇に、触れるだけのキスをした。
くすぐったくて身を捩ると、ギュッと強く抱きしめられて、そのまま深く口付けられる。
(うん――――悪くない)
人とは少し違うかもしれない。
だけど、こんな恋愛の形があっても良いのかもしれない。
とても嬉しそうなセドリックの笑顔を見ながら、わたしは瞳を細めるのだった。
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