7 / 16
7.三年後、二人の朝
しおりを挟む
カーテンから差し込む柔らかい日差しに、モニカはゆっくりと目を開ける。
「――――おはよう、モニカ」
その途端、頭上からぶっきら棒な声音が降り注いだ。ぼんやりとした視界のまま「おはようございます」と挨拶を返す。すると、声の主――――エルネストはベッドからゆっくりと立ち上がった。
彼はとっくの昔に起きていたらしく、テキパキと朝の準備を始める。未だシーツに包まっているモニカとは大違いだ。
(昨日よりも早く起きたのになぁ……)
どう足掻いても、彼より早く起きることはできない。そんなに早く起きているなら、モニカの起床を待たずに準備を始めればいいのに――――そう何度も勧めたけれど、彼はその度に『必要ない』と一笑に付した。
エルネストが寝室を出た後、侍女たちを呼んで、モニカも朝の準備を始める。
手早く着替えを済ませ、モニカは朝食の席へと急いだ。
「――――もう来たのか」
エルネストがそう言って、小さく息を吐く。彼は書類を片手に、コーヒーを飲んでいるところだった。
「はい……あの、お邪魔なようでしたら、わたくしは別に席を用意してもらいますわ」
「そんな必要はない。ただ、早いなと思っただけだ」
彼は書類を部下に手渡し、侍女たちに食事を運ぶよう指示を出す。躊躇いながらエルネストの向かいの席に座ると、冷ややかな視線とかちあった。
「エルネスト様、わたくしの生活に合わせていただかなくて良いのですよ? 寝起きも、食事も、エルネスト様の邪魔をするのは忍びありませんから」
何度も繰り返しているやり取り。その度に胸を抉られるような気分に襲われる。
もちろん、モニカとてエルネストに合わせる努力をしているのだが、彼女が生活リズムを早めれば早めるほど、エルネストのそれも早くなる。結果的に、モニカが彼に合わせて貰う形になってしまうのだ。
「合わせているつもりはない。前にも言ったはずだ」
冷たい視線、冷たい声音。彼は小さくため息を吐く。
「……はい。申し訳ございません」
「謝る必要もないと言っただろう?」
「分かっております。けれど……」
モニカは妃で。エルネストをサポートすることが本来の役割で。
それなのに、現状は彼の足を引っ張ってばかり。
どうしたって申し訳無さを感じてしまうのは仕方がない。
「今日の予定は?」
「本日は、数日後に控えた隣国大使の来国に備え、式典の段取りと衣装の打ち合わせ、それからお出しする食事の内容や、滞在中の視察先の調整の確認などを行う予定です。
また、式典に合わせて王都に来ている貴族の来訪が数件ほどございます」
モニカは妃として、多忙な日々を送っていた。
立場が立場だけに、文官のように政策の立案をできるわけではない。だが、王室の顔として、様々な人々と会っているのだ。
「貴族? 僕は聞いていない。相手は誰だ?」
本来ならば、貴族たちはモニカよりも王太子であるエルネストに会いたがる。彼らがモニカに会うのは、単にエルネストの時間が取れないからだ。
「まあ……わたくし、てっきりエルネスト様はご存知だと思っておりましたわ。連絡が行き届いておらず、申し訳ございません。
本日いらっしゃるのはドゥルガー侯爵とカステルノー伯爵、それからレディアン子爵ですわ」
この手の話が事前にエルネストに通っていないのは珍しい。モニカはそっと首を捻った。
「――――別に、君が謝ることではないだろう。
だが、今日は昼から時間が取れる。来訪者の対応は僕が行おう」
「え? けれど……」
エルネストの背後で秘書官が渋い顔をしている。恐らくは『時間が取れる』のではなく、『時間が取れないこともない』というところなのだろう。
この三年の間に、彼が担う公務、責任は格段に重くなっている。モニカとしては、任せられる部分は任せてほしいところなのだが。
「けれど、ではない。僕が行うと言っている」
「そうですか……ありがとうございます、エルネスト様。
それでは、わたくしも同席を――――」
「断る。対応は僕一人に任せてほしい」
エルネストはきっぱりとそう言い放った。
彼の表情は冷たく、取り付く島もない。
これ以上見ていられず、モニカは思わず俯いてしまった。
(どうして……? エルネスト様にとってわたくしはそんなにも頼りない存在なの?)
エルネストの生活リズムを乱す上、安心して公務を任せることもできない。
そんな妃に価値はあるのだろうか?
湧き上がる疑問。思いのままに尋ねられたらどれほど良いだろう。
けれど、尋ねたところで、返ってくるのは呆れたようなため息に違いない。
モニカはグッと言葉を飲み込み、それから無理やり笑みを浮かべる。
「承知しました。エルネスト様の仰せのままに致します」
肩を落とすモニカに向かい、エルネストは「ああ」と返事をした。
「――――おはよう、モニカ」
その途端、頭上からぶっきら棒な声音が降り注いだ。ぼんやりとした視界のまま「おはようございます」と挨拶を返す。すると、声の主――――エルネストはベッドからゆっくりと立ち上がった。
彼はとっくの昔に起きていたらしく、テキパキと朝の準備を始める。未だシーツに包まっているモニカとは大違いだ。
(昨日よりも早く起きたのになぁ……)
どう足掻いても、彼より早く起きることはできない。そんなに早く起きているなら、モニカの起床を待たずに準備を始めればいいのに――――そう何度も勧めたけれど、彼はその度に『必要ない』と一笑に付した。
エルネストが寝室を出た後、侍女たちを呼んで、モニカも朝の準備を始める。
手早く着替えを済ませ、モニカは朝食の席へと急いだ。
「――――もう来たのか」
エルネストがそう言って、小さく息を吐く。彼は書類を片手に、コーヒーを飲んでいるところだった。
「はい……あの、お邪魔なようでしたら、わたくしは別に席を用意してもらいますわ」
「そんな必要はない。ただ、早いなと思っただけだ」
彼は書類を部下に手渡し、侍女たちに食事を運ぶよう指示を出す。躊躇いながらエルネストの向かいの席に座ると、冷ややかな視線とかちあった。
「エルネスト様、わたくしの生活に合わせていただかなくて良いのですよ? 寝起きも、食事も、エルネスト様の邪魔をするのは忍びありませんから」
何度も繰り返しているやり取り。その度に胸を抉られるような気分に襲われる。
もちろん、モニカとてエルネストに合わせる努力をしているのだが、彼女が生活リズムを早めれば早めるほど、エルネストのそれも早くなる。結果的に、モニカが彼に合わせて貰う形になってしまうのだ。
「合わせているつもりはない。前にも言ったはずだ」
冷たい視線、冷たい声音。彼は小さくため息を吐く。
「……はい。申し訳ございません」
「謝る必要もないと言っただろう?」
「分かっております。けれど……」
モニカは妃で。エルネストをサポートすることが本来の役割で。
それなのに、現状は彼の足を引っ張ってばかり。
どうしたって申し訳無さを感じてしまうのは仕方がない。
「今日の予定は?」
「本日は、数日後に控えた隣国大使の来国に備え、式典の段取りと衣装の打ち合わせ、それからお出しする食事の内容や、滞在中の視察先の調整の確認などを行う予定です。
また、式典に合わせて王都に来ている貴族の来訪が数件ほどございます」
モニカは妃として、多忙な日々を送っていた。
立場が立場だけに、文官のように政策の立案をできるわけではない。だが、王室の顔として、様々な人々と会っているのだ。
「貴族? 僕は聞いていない。相手は誰だ?」
本来ならば、貴族たちはモニカよりも王太子であるエルネストに会いたがる。彼らがモニカに会うのは、単にエルネストの時間が取れないからだ。
「まあ……わたくし、てっきりエルネスト様はご存知だと思っておりましたわ。連絡が行き届いておらず、申し訳ございません。
本日いらっしゃるのはドゥルガー侯爵とカステルノー伯爵、それからレディアン子爵ですわ」
この手の話が事前にエルネストに通っていないのは珍しい。モニカはそっと首を捻った。
「――――別に、君が謝ることではないだろう。
だが、今日は昼から時間が取れる。来訪者の対応は僕が行おう」
「え? けれど……」
エルネストの背後で秘書官が渋い顔をしている。恐らくは『時間が取れる』のではなく、『時間が取れないこともない』というところなのだろう。
この三年の間に、彼が担う公務、責任は格段に重くなっている。モニカとしては、任せられる部分は任せてほしいところなのだが。
「けれど、ではない。僕が行うと言っている」
「そうですか……ありがとうございます、エルネスト様。
それでは、わたくしも同席を――――」
「断る。対応は僕一人に任せてほしい」
エルネストはきっぱりとそう言い放った。
彼の表情は冷たく、取り付く島もない。
これ以上見ていられず、モニカは思わず俯いてしまった。
(どうして……? エルネスト様にとってわたくしはそんなにも頼りない存在なの?)
エルネストの生活リズムを乱す上、安心して公務を任せることもできない。
そんな妃に価値はあるのだろうか?
湧き上がる疑問。思いのままに尋ねられたらどれほど良いだろう。
けれど、尋ねたところで、返ってくるのは呆れたようなため息に違いない。
モニカはグッと言葉を飲み込み、それから無理やり笑みを浮かべる。
「承知しました。エルネスト様の仰せのままに致します」
肩を落とすモニカに向かい、エルネストは「ああ」と返事をした。
468
あなたにおすすめの小説
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
王子の婚約者は逃げた
ましろ
恋愛
王太子殿下の婚約者が逃亡した。
13歳で婚約し、順調に王太子妃教育も進み、あと半年で結婚するという時期になってのことだった。
「内密に頼む。少し不安になっただけだろう」
マクシミリアン王子は周囲をそう説得し、秘密裏にジュリエットの捜索を命じた。
彼女はなぜ逃げたのか?
それは───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ヤンデレ王子に鉄槌を
ましろ
恋愛
私がサフィア王子と婚約したのは7歳のとき。彼は13歳だった。
……あれ、変態?
そう、ただいま走馬灯がかけ巡っておりました。だって人生最大のピンチだったから。
「愛しいアリアネル。君が他の男を見つめるなんて許せない」
そう。殿下がヤンデレ……いえ、病んでる発言をして部屋に鍵を掛け、私をベッドに押し倒したから!
「君は僕だけのものだ」
いやいやいやいや。私は私のものですよ!
何とか救いを求めて脳内がフル稼働したらどうやら現世だけでは足りずに前世まで漁くってしまったみたいです。
逃げられるか、私っ!
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる