断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)

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8.モニカの想い、エルネストの想い

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 朝食を終えると、モニカとエルネストはそれぞれの執務室へと移動する。
 執務室の隣にはモニカの私室があり、お茶をしたり、個人的な客をもてなしたり、ゆったりと過ごすことが出来るようになっていた。


「お待たせいたしました、妃殿下」

「毎日ありがとうね、コゼット」


 モニカは仕事の前にここに立ち寄り、一人きりでお茶を飲む。エルネストとの朝食で疲弊し、あまり元気のない彼女を想い、侍女たちが提案してくれたことだ。

 王太子妃となったモニカは毎日沢山の人に囲まれ、一人になる機会が極端に少ない。
 このためこの時間は、彼女が彼女らしく居られる、とても貴重なひと時だ。


「とんでもないことでございますわ。少しでも妃殿下に喜んでいただけたら幸いです。
今日は遠方から取り寄せたハーブティーを淹れてみました。妃殿下のお口に合えば良いんですが」


 コゼットはそう言って、モニカの顔を嬉しそうに覗き込む。


「そうなの?
――――うん、とっても美味しいわ」


 自分の仕事の成果を確認したいのだろう。期待に満ちた表情のコゼットの目の前で、モニカは一口お茶を飲み、穏やかに微笑んで見せる。


「ああ、良かった! 是非ごゆっくり、お楽しみください」


 彼女はそう言って、恭しく礼をし、モニカの私室を後にした。


 三年前、エルネストとの結婚を機にモニカの侍女となったコゼットは、現在十八歳の伯爵令嬢。小柄で愛らしく、ついつい守ってやりたくなるような女性だ。
 伯爵令嬢だけあって礼儀正しく、また見目麗しい彼女は、王太子妃の『窓口』として重宝されている。まだ若いが、三年の勤務歴を誇るため、侍女の中でも中堅どころの立ち位置だ。


 一方、婚約の段階で専属侍女になってくれたジュリーは侍女長として、今もモニカに仕えてくれている。
 モニカの私生活におけるスケジュールや衣装、装飾品の管理、予算の割り振り等、彼女の仕事は非常に多岐にわたる上、責任も重い。

 本当ならば以前のようにジュリーにお茶を淹れてもらいたいところだが、いつまでも彼女に甘えるわけにはいかない。

 このため、この三年間、モニカの朝のお茶を淹れるのは、コゼットの仕事だった。 


(疲れた……)


 ため息を一つ、モニカはソファにもたれかかる。

 エルネストのおかげで、今日の公務は一つ減ったものの、かえって気がかりが増えてしまった。

 不安に焦燥、劣等感が、モニカの心を沈ませる。


(わたくしはエルネスト様にとって、必要ない存在なのではないかしら)


 たとえ嫌われようとも、妃として役に立ちたいと思っていた。意に沿わぬ結婚を飲んでくれた彼のために、少しでも返せる何かがあれば、と。

 けれど、実際は――――


(痛っ……)


 先程から、胃と下腹の辺りがツキツキ痛む。
 悪いことは重なるものだ。
 モニカは大きなため息を吐いた。


◇◆◇


 一方その頃、エルネストは自身の執務室で妻――――モニカへの想いに浸っていた。


(モニカ……)


 彼女とのやりとり、表情を思い返すだけで、エルネストの胸は甘く疼く。

 エルネストを惹きつけてやまない愛らしい笑顔。
 妃となった後でも常に周囲に気を配り、崩すことのない謙虚で礼儀正しい姿勢。
 公務にも意欲的で、当然ながら周囲からの評判もすこぶる良い。

 エルネストにとって、モニカは自慢の妻だった。


 おまけに、モニカはいつだってエルネストのことを大切にしてくれる。エルネストのことを想ってくれる。
 エルネストはそれがたまらなく嬉しかった。


 エルネストがモニカよりも早く起きるのは、モニカの寝顔を独占し、思う存分堪能したいからだ。
 先に準備を始めないのは、少しでも彼女と一緒に居たいからだし、朝食の席に一緒に向かわないのは、モニカの準備を急かしたくないからだ。


 けれど、モニカは健気にも、エルネストよりも早く起きようと努力をし、彼のことを気遣ってくれる。朝食が早く取れるようにと急いで準備をしてくれるし、いつも柔らかな笑みを見せてくれる。


(愛しい)


 初めて会ったその時から、エルネストはモニカの虜だった。
 もう一度会いたくて、好きでもない夜会に顔を出してしまうほど、モニカに恋い焦がれていた。

 一度目は『予感』程度だった想いは、二度目に会った時には『確信』へと変わっていき。

 エルネストの結婚を急いでいた王家の意向もあって、あっという間に婚約、結婚へと話を進めてしまったのである。


「殿下、この後の予定なのですが」


 物思いに浸っていたエルネストに、側近の一人が声をかける。


「正直言ってかなりハードスケジュールですよ? 貴族たちについては、やはり妃殿下にお願いしたほうが良いのでは有りませんか?」


 エルネストはため息を吐きつつ、眉間にグッと皺を寄せる。


「お前は今日の来訪者が誰か、聞いていなかったのか?」


「それは……ドゥルガー侯爵に、カステルノー伯爵、それからレディアン子爵ですが――――あ!」

「気づいたか。全員、僕に側妃を勧め続けている連中だ。
恐らく、僕のところに事前に話が来なかったのは意図的なこと。僕から色よい返事が貰えないから、モニカのところに直談判に行こうとしたのだろう」


 人の口に戸は立てられないため、モニカとて、エルネストが側妃を勧められていることは知っているだろう。
 けれど、誰が、どのぐらいこの件に関わっているか、彼女は知らないはずだ。


(モニカを煩わせるわけにはいかない)


 心優しいモニカのことだ。
 不妊のことで嫌味を言われれば傷つくだろうし、エルネストに妃を勧めようと考えるかも知れない。

 不必要に傷つけないよう、矢面に立つのは自分でありたいとエルネストは思っていた。
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