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2.元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
6.さよなら、ありがとう(1)
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「なぁ……なんでそんなに怒ってんの?」
「そんなの、考えなくても分かると思いますけど」
殿下の手を取りやって来た後夜祭。国王陛下の挨拶も終わり、ロマンティックな音楽が流れ出す中、わたしは未だに殿下の手から逃れられていない。
「早く手を放してください」
生徒会長であり、この国の第二王子である殿下がファーストダンスを踊ることは間違いない。このままでは自動的に、わたしが殿下のお相手になってしまう。既に周りの注目はこちらに集まって来ていて、心臓が嫌な音を立てて鳴り響いていた。
「俺が拒否するって分かってて、そういうこと言う?」
殿下は拗ねたような照れたような表情を浮かべ、わたしのことを真っ直ぐに見つめている。暗闇の中でも分かる真っ赤な頬が、こちらまでうつってしまいそうだった。
「……わたし、令嬢方からめっちゃ袋叩きにあっちゃいますよ」
殿下のパートナーに選ばれなかった令嬢がわたしを嫉むことは避けられない。殿下の良心に届けばいいと思ったけれど、殿下はクスクス笑いながら首を横に振った。
「今のお前を嫉める人間なんてそういないよ。ザラはここにいる誰よりも綺麗だし、誰よりも強いし。何より、自分たちを守ってくれた功労者なんだから」
「――――それ、御令嬢方が知るのは今日じゃないでしょうに」
ここに辿り着くまでの様子から察するに、騒ぎを知っているのは魔術科の生徒たちと生徒会に近しい極一部の人間だけだ。
「第一、わたしがしたことと言えば、首謀者たちを捕えたことであって、爆発を喰いとめたわけじゃないですもの」
殿下の唇が額に触れる。心臓がドキドキとして堪らなかった。
「ザラがいなかったら俺は爆弾に気づけなかった。爆発だけを食い止めたとしても、あいつらは魔法で騒ぎを起こしていただろう。今日の功労者は間違いなくザラだよ」
ゆっくり、ゆっくりと殿下はわたしを抱いて動き始める。繋がれた手のひらが、寄り添う身体が熱くて堪らない。
「……ダンスなんて踊ったことないのに」
「良いんだよ、それで。そっちの方が一生の思い出になるだろ?」
殿下の背後に見える星空が、キラキラと輝いて美しい。
「そうですね」
わたしはきっと、この光景を一生忘れることは無い。
ほんの少しの間交わっただけの、わたしと殿下の人生。けれど、そんな日々がずっと続くわけじゃない。
わたし――――ザラの生まれたこの国は、前世とは違う。
配偶者は一人しか認められないし、明確な身分の差が存在する。寵愛を受けたから成りあがれるなんて慣例はない。
その代わり、貴族達は余所に愛人を作るっていうのが一般的らしいけど、誠実な殿下がそんなことを望むとも思えない。
だからこその一生の思い出。
わたしたちが結ばれることはあり得ない。
「楽しかったです――――」
殿下に出会えたこと。共に時間を過ごせたこと。
星が瞬くほどの一瞬の間だったけれど。わたしはその間、確かに幸せだった。
「そんなの、考えなくても分かると思いますけど」
殿下の手を取りやって来た後夜祭。国王陛下の挨拶も終わり、ロマンティックな音楽が流れ出す中、わたしは未だに殿下の手から逃れられていない。
「早く手を放してください」
生徒会長であり、この国の第二王子である殿下がファーストダンスを踊ることは間違いない。このままでは自動的に、わたしが殿下のお相手になってしまう。既に周りの注目はこちらに集まって来ていて、心臓が嫌な音を立てて鳴り響いていた。
「俺が拒否するって分かってて、そういうこと言う?」
殿下は拗ねたような照れたような表情を浮かべ、わたしのことを真っ直ぐに見つめている。暗闇の中でも分かる真っ赤な頬が、こちらまでうつってしまいそうだった。
「……わたし、令嬢方からめっちゃ袋叩きにあっちゃいますよ」
殿下のパートナーに選ばれなかった令嬢がわたしを嫉むことは避けられない。殿下の良心に届けばいいと思ったけれど、殿下はクスクス笑いながら首を横に振った。
「今のお前を嫉める人間なんてそういないよ。ザラはここにいる誰よりも綺麗だし、誰よりも強いし。何より、自分たちを守ってくれた功労者なんだから」
「――――それ、御令嬢方が知るのは今日じゃないでしょうに」
ここに辿り着くまでの様子から察するに、騒ぎを知っているのは魔術科の生徒たちと生徒会に近しい極一部の人間だけだ。
「第一、わたしがしたことと言えば、首謀者たちを捕えたことであって、爆発を喰いとめたわけじゃないですもの」
殿下の唇が額に触れる。心臓がドキドキとして堪らなかった。
「ザラがいなかったら俺は爆弾に気づけなかった。爆発だけを食い止めたとしても、あいつらは魔法で騒ぎを起こしていただろう。今日の功労者は間違いなくザラだよ」
ゆっくり、ゆっくりと殿下はわたしを抱いて動き始める。繋がれた手のひらが、寄り添う身体が熱くて堪らない。
「……ダンスなんて踊ったことないのに」
「良いんだよ、それで。そっちの方が一生の思い出になるだろ?」
殿下の背後に見える星空が、キラキラと輝いて美しい。
「そうですね」
わたしはきっと、この光景を一生忘れることは無い。
ほんの少しの間交わっただけの、わたしと殿下の人生。けれど、そんな日々がずっと続くわけじゃない。
わたし――――ザラの生まれたこの国は、前世とは違う。
配偶者は一人しか認められないし、明確な身分の差が存在する。寵愛を受けたから成りあがれるなんて慣例はない。
その代わり、貴族達は余所に愛人を作るっていうのが一般的らしいけど、誠実な殿下がそんなことを望むとも思えない。
だからこその一生の思い出。
わたしたちが結ばれることはあり得ない。
「楽しかったです――――」
殿下に出会えたこと。共に時間を過ごせたこと。
星が瞬くほどの一瞬の間だったけれど。わたしはその間、確かに幸せだった。
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