40 / 88
2.元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
5.幸せの定義(2)
しおりを挟む
(そうね……オースティンの言う通り、平凡じゃなくても幸せになることはできる)
ただ、人によって幸せの定義が違うだけ。
わたしは悪女として名を馳せることは望まない。歴史に名を刻むのなんてまっぴらごめんだし、社会を大きく覆そうとか、そういう大それたことを考えようとも思わない。
(だけど)
「もうすぐだ……もうすぐ地上で無数の爆発が起こり、王族が滅びる。貴族たちが殲滅される。俺たち魔法使いの時代が始まるんだ」
他人を不幸に陥れようとしている人間をそのままにしておくことは、わたしの幸せの定義からズレている。
「そんなこと、わたしがさせない」
「……なに?」
わたしは目を瞑り、遠い昔に唱えた呪文を反転した。
少しずつ、少しずつ、身のうちに秘めた魔力が湧き上がってくる。身体が熱く、燃えるような感覚が襲い掛かる。
「なっ……なんだ?」
ゴゴゴゴ、と音を立てて地面が揺れ、オースティン達が声を上げる。
次の瞬間、わたし達がいた異空間は無惨に壊れ、校庭の隅に瓦礫と共に押し出されていた。
(痛っ……)
自分で放った魔法だというのに、思いのほか勢いが強かった。身体がズキズキ痛むし、服も砂埃に塗れている。
(まぁ、魔力を開放するのは久しぶりだし)
こんなものか、と思いつつ、わたしはゆっくりと身を起こす。傍らでオースティンが呆然とこちらを見上げていて、わたしは大きく鼻を鳴らした。
「ザラ……おまえっ…………!」
「わたし、前世の業が深かったせいなのかな……実は魔力がめちゃくちゃ強くてね」
激痛に喘ぐ魔法使いたちを捕縛し、わたしは笑う。
オースティンが驚いているのはそれだけじゃない。
わたしは今、ずっと隠していた本当の自分に戻っていた。国を傾けると謳われた美貌(と自分で言うのはむず痒いけど)は、『敗北』を自覚させるに十分な力を持っているようで。
オースティンは真っ青な顔をしてブルブルと震えている。
「……だけどっ! 今からじゃ爆弾の解体は間に合わないぞ! いくらおまえの魔力が強くても、今から一人で全部の爆弾を見つけ出すことなんてできっこ――――」
「そんなの、とっくの昔に終わってるっつーーの!」
背後から聞こえた声に、わたしの胸は高鳴った。
振り向かなくても分かる不敵な笑み。わたしを抱き締める力強い腕に目頭が熱くなる。
「殿下……!」
「ザラ、よくやったな!」
土埃でめちゃくちゃになったわたしの頭を、殿下がわしゃわしゃと撫でる。張り詰めてた気持ちが緩んで、心がほんのりと温かくなった。
「……信じてました、殿下のこと」
殿下ならきっと、わたしがいなくなったことに気づいてくれる。隠された爆弾に気づいてくれると、そう確信していた。
「当たり前だろ。一人でよく、頑張ったな」
殿下はそう言って、もう一度わたしのことを力強く抱き締める。
(殿下、それは違います)
あの暗い異空間の中、わたしは決して一人ではなかった。殿下の言葉があったから、わたしは強くなれた。こうして魔力を解放すること、本当の自分に戻ることを決意できたのは、殿下がいたからだ。
遠くの方でゴーン、ゴーーンと鐘の音が鳴り響く。それは、後夜祭の始まり――――オースティン達の企みが失敗に終わったことを意味していた。
「行くぞ、ザラ」
警備の人間にオースティン達を引き渡しつつ、殿下は満面の笑みを浮かべる。
「はい」
ようやくわたしは新しい――――ザラ・ポートマンとしての自分の人生を歩み始めようとしていた。
ただ、人によって幸せの定義が違うだけ。
わたしは悪女として名を馳せることは望まない。歴史に名を刻むのなんてまっぴらごめんだし、社会を大きく覆そうとか、そういう大それたことを考えようとも思わない。
(だけど)
「もうすぐだ……もうすぐ地上で無数の爆発が起こり、王族が滅びる。貴族たちが殲滅される。俺たち魔法使いの時代が始まるんだ」
他人を不幸に陥れようとしている人間をそのままにしておくことは、わたしの幸せの定義からズレている。
「そんなこと、わたしがさせない」
「……なに?」
わたしは目を瞑り、遠い昔に唱えた呪文を反転した。
少しずつ、少しずつ、身のうちに秘めた魔力が湧き上がってくる。身体が熱く、燃えるような感覚が襲い掛かる。
「なっ……なんだ?」
ゴゴゴゴ、と音を立てて地面が揺れ、オースティン達が声を上げる。
次の瞬間、わたし達がいた異空間は無惨に壊れ、校庭の隅に瓦礫と共に押し出されていた。
(痛っ……)
自分で放った魔法だというのに、思いのほか勢いが強かった。身体がズキズキ痛むし、服も砂埃に塗れている。
(まぁ、魔力を開放するのは久しぶりだし)
こんなものか、と思いつつ、わたしはゆっくりと身を起こす。傍らでオースティンが呆然とこちらを見上げていて、わたしは大きく鼻を鳴らした。
「ザラ……おまえっ…………!」
「わたし、前世の業が深かったせいなのかな……実は魔力がめちゃくちゃ強くてね」
激痛に喘ぐ魔法使いたちを捕縛し、わたしは笑う。
オースティンが驚いているのはそれだけじゃない。
わたしは今、ずっと隠していた本当の自分に戻っていた。国を傾けると謳われた美貌(と自分で言うのはむず痒いけど)は、『敗北』を自覚させるに十分な力を持っているようで。
オースティンは真っ青な顔をしてブルブルと震えている。
「……だけどっ! 今からじゃ爆弾の解体は間に合わないぞ! いくらおまえの魔力が強くても、今から一人で全部の爆弾を見つけ出すことなんてできっこ――――」
「そんなの、とっくの昔に終わってるっつーーの!」
背後から聞こえた声に、わたしの胸は高鳴った。
振り向かなくても分かる不敵な笑み。わたしを抱き締める力強い腕に目頭が熱くなる。
「殿下……!」
「ザラ、よくやったな!」
土埃でめちゃくちゃになったわたしの頭を、殿下がわしゃわしゃと撫でる。張り詰めてた気持ちが緩んで、心がほんのりと温かくなった。
「……信じてました、殿下のこと」
殿下ならきっと、わたしがいなくなったことに気づいてくれる。隠された爆弾に気づいてくれると、そう確信していた。
「当たり前だろ。一人でよく、頑張ったな」
殿下はそう言って、もう一度わたしのことを力強く抱き締める。
(殿下、それは違います)
あの暗い異空間の中、わたしは決して一人ではなかった。殿下の言葉があったから、わたしは強くなれた。こうして魔力を解放すること、本当の自分に戻ることを決意できたのは、殿下がいたからだ。
遠くの方でゴーン、ゴーーンと鐘の音が鳴り響く。それは、後夜祭の始まり――――オースティン達の企みが失敗に終わったことを意味していた。
「行くぞ、ザラ」
警備の人間にオースティン達を引き渡しつつ、殿下は満面の笑みを浮かべる。
「はい」
ようやくわたしは新しい――――ザラ・ポートマンとしての自分の人生を歩み始めようとしていた。
1
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
4人の女
猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。
うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。
このご婦人方には共通点がある。
かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。
『氷の貴公子』の異名を持つ男。
ジルベール・タレーラン公爵令息。
絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。
しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。
この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。
こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
マジメにやってよ!王子様
猫枕
恋愛
伯爵令嬢ローズ・ターナー(12)はエリック第一王子(12)主宰のお茶会に参加する。
エリックのイタズラで危うく命を落としそうになったローズ。
生死をさまよったローズが意識を取り戻すと、エリックが責任を取る形で両家の間に婚約が成立していた。
その後のエリックとの日々は馬鹿らしくも楽しい毎日ではあったが、お年頃になったローズは周りのご令嬢達のようにステキな恋がしたい。
ふざけてばかりのエリックに不満をもつローズだったが。
「私は王子のサンドバッグ」
のエリックとローズの別世界バージョン。
登場人物の立ち位置は少しずつ違っています。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる