22 / 35
22.後の祭り(2)
しおりを挟む
ブランクにもかかわらず、仕事は案外順調だった。
元々、華凛の役割は憂炎の小間使いだし、頼まれた仕事を淡々とこなせば良いっていう事情もある。
けど、やっぱり後宮生活が退屈過ぎたんだろうな。
色んなことが新鮮で、楽しくて、ついつい張り切ってしまう。
そうすると、憂炎や白龍が次に何を望んでいるか自然と分かるもので、仕事が物凄くはかどった。
「おまえは本当に楽しそうに仕事をするな」
憂炎がそう口にする。何故かその表情は、あまり嬉しくなさそうに見えた。
「ええ、楽しいですわ。家でじっとしているより、ずっと性に合っていますもの」
わたしはそう言って穏やかに微笑む。
華凛は大人しそうに見えて活発な娘だし、わたしのこの返答に違和感はないはずだ。
憂炎はため息を吐きつつ、書類を決裁済みの箱へと投げ入れる。
「意外だな。俺は華凛は家に入りたいタイプだと思っていたが」
驚くことに、そう口にしたのは白龍だった。わたしに興味がないどころか、必要以上に会話をすることが無かったというのに、この二ヶ月で少しは距離が近づいたのだろうか。
「そうですわね。いずれはわたくしも、姉のように幸せな結婚をしたいと思っていますわ」
資料を書棚に片付けながら、そう答える。
すると、憂炎がピクリと眉を上げて反応した。
(おっ、食いついたな)
今後わたしたちが入れ替わることは無いけれど、『華凛』の評価を下げたままじゃ申し訳ないもの。
さっきからずっと、名誉挽回の機会を窺っていたのだ。
「憂炎のような素敵な旦那様がいて、何不自由ない生活が送れて、姉さまが羨ましい限りです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべつつ、わたしは言う。
「本当にそう思うのか」
「ええ、もちろん」
憂炎の問いかけに、わたしは思い切り頷いた。
本当は羨ましいなんてちっとも思ってないけど、こういうときは嘘も方便。お偉いさんは持ち上げるに限る。
「……本当はわたくしが憂炎の妃になれたら良かったのに。憂炎ったら姉さまが良いって言うんですもの。今でもとても残念に思っていますわ」
『凛風』じゃなくて『華凛』が妃になる。そんなわたしの目論見が実現する可能性は限りなく低いだろう。
けれど、可愛がってる華凛にこんな風に言われたら、憂炎だってきっと嬉しい。
機嫌だってきっと直るはずだ。
そう思っていたのだけど――――。
「そんなの当たり前だろう」
「え……?」
実際に返ってきたのは、想定とは全く異なる返事と、不機嫌すぎる声音だった。
(どうして……?)
憂炎はちっとも喜んでなんかいない。寧ろ物凄く怒っていた。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐにわたしを睨み、ぎりぎりと歯を喰いしばっている。
「あの、憂炎……?」
「俺の妃は凛風だけだ。今までも、これからも、凛風ただ一人だ」
憂炎はそう言うと、静かに執務室を後にした。
白龍が何も言わず憂炎を追う。部屋にはわたし一人が取り残された。
「なんだよ、憂炎の奴」
憂炎が何と言おうと、あいつの妃は二人存在している。
昨日まで期間限定の妃をしていたわたしと、これから先ずっと、憂炎の妃として生きていく華凛。
あいつが想い描く『凛風』という虚像の中に、二人の人間が存在しているんだ。
そんなこと、憂炎は当然知らない。
だけど、事実は絶対変わらない。
(どうして憂炎はあんなに怒ってるんだ?)
普通、これまで散々可愛がってきた妹分に『妻になりたい』なんて言われたら喜ぶものだろう?
不敬と受け取った可能性はなきにしもあらずだけど、それにしたって変な怒り方だ。あいつの考えが、わたしにはちっとも理解できない。
(でも、これで良いんだよな)
これでもう、憂炎がわたしを求めることはない。
だって、わたしは『華凛』だから。
これから『華凛』として一生、生きていくんだもん。
憂炎は思う存分、華凛を――――『凛風』を求めてくれれば良い。
「憂炎のバカ」
呟きながら、訳もなく胸が痛んだ。
元々、華凛の役割は憂炎の小間使いだし、頼まれた仕事を淡々とこなせば良いっていう事情もある。
けど、やっぱり後宮生活が退屈過ぎたんだろうな。
色んなことが新鮮で、楽しくて、ついつい張り切ってしまう。
そうすると、憂炎や白龍が次に何を望んでいるか自然と分かるもので、仕事が物凄くはかどった。
「おまえは本当に楽しそうに仕事をするな」
憂炎がそう口にする。何故かその表情は、あまり嬉しくなさそうに見えた。
「ええ、楽しいですわ。家でじっとしているより、ずっと性に合っていますもの」
わたしはそう言って穏やかに微笑む。
華凛は大人しそうに見えて活発な娘だし、わたしのこの返答に違和感はないはずだ。
憂炎はため息を吐きつつ、書類を決裁済みの箱へと投げ入れる。
「意外だな。俺は華凛は家に入りたいタイプだと思っていたが」
驚くことに、そう口にしたのは白龍だった。わたしに興味がないどころか、必要以上に会話をすることが無かったというのに、この二ヶ月で少しは距離が近づいたのだろうか。
「そうですわね。いずれはわたくしも、姉のように幸せな結婚をしたいと思っていますわ」
資料を書棚に片付けながら、そう答える。
すると、憂炎がピクリと眉を上げて反応した。
(おっ、食いついたな)
今後わたしたちが入れ替わることは無いけれど、『華凛』の評価を下げたままじゃ申し訳ないもの。
さっきからずっと、名誉挽回の機会を窺っていたのだ。
「憂炎のような素敵な旦那様がいて、何不自由ない生活が送れて、姉さまが羨ましい限りです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべつつ、わたしは言う。
「本当にそう思うのか」
「ええ、もちろん」
憂炎の問いかけに、わたしは思い切り頷いた。
本当は羨ましいなんてちっとも思ってないけど、こういうときは嘘も方便。お偉いさんは持ち上げるに限る。
「……本当はわたくしが憂炎の妃になれたら良かったのに。憂炎ったら姉さまが良いって言うんですもの。今でもとても残念に思っていますわ」
『凛風』じゃなくて『華凛』が妃になる。そんなわたしの目論見が実現する可能性は限りなく低いだろう。
けれど、可愛がってる華凛にこんな風に言われたら、憂炎だってきっと嬉しい。
機嫌だってきっと直るはずだ。
そう思っていたのだけど――――。
「そんなの当たり前だろう」
「え……?」
実際に返ってきたのは、想定とは全く異なる返事と、不機嫌すぎる声音だった。
(どうして……?)
憂炎はちっとも喜んでなんかいない。寧ろ物凄く怒っていた。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐにわたしを睨み、ぎりぎりと歯を喰いしばっている。
「あの、憂炎……?」
「俺の妃は凛風だけだ。今までも、これからも、凛風ただ一人だ」
憂炎はそう言うと、静かに執務室を後にした。
白龍が何も言わず憂炎を追う。部屋にはわたし一人が取り残された。
「なんだよ、憂炎の奴」
憂炎が何と言おうと、あいつの妃は二人存在している。
昨日まで期間限定の妃をしていたわたしと、これから先ずっと、憂炎の妃として生きていく華凛。
あいつが想い描く『凛風』という虚像の中に、二人の人間が存在しているんだ。
そんなこと、憂炎は当然知らない。
だけど、事実は絶対変わらない。
(どうして憂炎はあんなに怒ってるんだ?)
普通、これまで散々可愛がってきた妹分に『妻になりたい』なんて言われたら喜ぶものだろう?
不敬と受け取った可能性はなきにしもあらずだけど、それにしたって変な怒り方だ。あいつの考えが、わたしにはちっとも理解できない。
(でも、これで良いんだよな)
これでもう、憂炎がわたしを求めることはない。
だって、わたしは『華凛』だから。
これから『華凛』として一生、生きていくんだもん。
憂炎は思う存分、華凛を――――『凛風』を求めてくれれば良い。
「憂炎のバカ」
呟きながら、訳もなく胸が痛んだ。
3
あなたにおすすめの小説
傾国の王女は孤独な第一王子を溺愛したい
あねもね
恋愛
傾国の王女と評判のオルディアレス王国の第一王女フィオリーナが、ラキメニア王国の第一王子、クロードに嫁ぐことになった。
しかし初夜にクロードから愛も華やかな結婚生活も期待しないでくれと言われる。第一王子でありながら王太子ではないクロードも訳ありのようで……。
少々口達者で、少々居丈高なフィオリーナが義母である王妃や使用人の嫌がらせ、貴族らの好奇な目を蹴散らしながら、クロードの心をもぎ取っていく物語。
置き去りにされた恋をもう一度
ともどーも
恋愛
「好きです。付き合ってください!」
大きな桜の木に花が咲き始めた頃、その木の下で、彼は真っ赤な顔をして告げてきた。
嬉しさに胸が熱くなり、なかなか返事ができなかった。その間、彼はまっすぐ緊張した面持ちで私を見ていた。そして、私が「はい」と答えると、お互い花が咲いたような笑顔で笑い合った。
中学校の卒業式の日だった……。
あ~……。くだらない。
脳味噌花畑の学生の恋愛ごっこだったわ。
全ての情熱を学生時代に置いてきた立花美咲(24)の前に、突然音信不通になった元カレ橘蓮(24)が現れた。
なぜ何も言わずに姿を消したのか。
蓮に起こったことを知り、美咲はあの頃に置き去りにした心を徐々に取り戻していく。
────────────────────
現時点でプロローグ+20話まで執筆ができていますが、まだ完結していません。
20話以降は不定期になると思います。
初の現代版の恋愛ストーリーなので、遅い執筆がさらに遅くなっていますが、必ず最後まで書き上げます!
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
銀鷲と銀の腕章
河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。
仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。
意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。
全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。
【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~
廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。
門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。
それは"番"——神が定めた魂の半身の証。
物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。
「俺には……すでに婚約者がいる」
その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。
番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。
想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。
そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。
三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。
政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動——
揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。
番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。
愛とは選ぶこと。
幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。
番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。
全20話完結。
**【キーワード】**
番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド
『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「お姉さまの婚約者が、欲しくなっちゃって」
そう言って、義妹は私から婚約者を奪っていった。
代わりに与えられたのは、“貧乏で無口な鉄面皮伯爵”。
世間は笑った。けれど、私は知っている。
――この人こそが、誰よりも強く、優しく、私を守る人、
ざまぁ逆転から始まる、最強の令嬢ごはん婚!
鉄面皮伯爵様の溺愛は、もう止まらない……!
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる