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1.勘違い、しちゃ駄目ですよ
2.
しおりを挟む「えっ、結婚? 私がですか?」
「そうだ。ファビアン公爵のことはお前も知っているだろう? 二十四歳の美丈夫で、これ以上ない良縁だ」
王都にあるタウンハウスで私を待っていたのは、あまりにも思いがけない話だった。
「待ってください、お父様。だけど私は、文官になりたいと思ってこれまでずっと頑張ってきたんです。お父様だってそのことはご存知ですよね?」
「当然だ。だが『女性の幸せは結婚にある。結婚し、家を守ってほしい』というのがファビアン公爵の考え方だ。そもそも、貴族の令嬢である以上、政略結婚をするのは当たり前のことだろう?」
「それは……そうかもしれませんが、お父様だってこれまで私の考えを尊重してくれていたのに……」
だからこそ、私は文官になるという夢に向かって努力をしてきた。こんなふうに途中で駄目になるってわかっていたら、最初から頑張ったりなんてしていない。頭の中が真っ白になった。
「とにかく、もう決まったことだ。わかったら、卒業までの一年間は花嫁修業に励みなさい」
お父様の言葉が私の胸を冷たく刺す。返事なんてとてもできなかった。
(どうしよう……)
学園に戻り、寮に向かう道のりをトボトボと歩く。普段は図書館で勉強に励んでいる時間だけど、今日は無理だ。勉強したところで無駄になるかもしれないと思うとあまりにも辛い。
「ラナ嬢?」
と、誰かに声をかけられる。振り返ると、アンベール様がそこにいた。
「アンベール様」
「お父様との話は終わったの?」
「……ええ」
返事をしながら涙がじわりと滲んでくる。
(そうだわ)
ファビアン公爵と婚約するってことは、アンベール様への想いも諦めなきゃいけないってことなんだ。そりゃあ、元々見込みのない恋だったけど、完全に道がなくなると思うと悲しくなる。
「一体どんな話だったの?」
「えっと……」
本当はこんなこと、誰にも言わないほうがいいのかもしれない。だけど、一人で抱え込むにはあまりにも大きくて辛いんだもの。私はそっとアンベール様を見上げた。
「実は、結婚が決まったから文官登用試験は受けなくていい。花嫁修業に励みなさいって言われてしまって」
「え?」
アンベール様が目を見開く。私は無理矢理笑顔を作った。
「貴族である以上政略結婚は当たり前だし、女性は家に入って大人しくしているべきなんですって。これまで必死に頑張ってきたのに馬鹿みたいだって思いません? ホント、嫌になっちゃう。……だから、これからは勉強の必要なんてなくって。アンベール様と張り合うのももう終わりですね」
駄目だ。全然上手に笑えない。再びうつむいてしまった私を、アンベール様はじっと見つめた。
「お相手は?」
「ファビアン公爵だそうです。正式な婚約は学園の長期休暇のときになると言われています」
「なるほど。それじゃあ、まだ正式に婚約を結んだわけじゃないんだね」
アンベール様はそう言って私の手をギュッと握る。思わぬことに、私はおそるおそる顔を上げた。
「だったら、僕がラナ嬢の恋人のふりをしよう」
「……え?」
一瞬なにを言われたのかよくわからなくて、私は大きく首を傾げる。アンベール様はそんな私を見つめつつ、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
「恋人のふり、ですか?」
「そう。恋人がいるからファビアン公爵とは結婚できないとお父様に説明するんだ。彼と正式に婚約を結んでいない今なら話を覆せるかもしれない。僕は身分的にもファビアン公爵に引けをとらないし、政略結婚のメリットは十分にある。お父様も考え直してくれるかもしれない、だろう?」
「それは……そうかもしれないけど」
これでは、アンベール様に多大なる負担をかけてしまう。恋人のふりをすればグラシアン侯爵家にも確認が入ってしまうだろうし、変な噂が立ってしまったら大変だ。私から『是非そうしてほしい』なんて言えるはずがない。
「文官になりたいんだろう? そう思って何年も必死に勉強してきたんだろう?」
アンベール様が言う。私は思わず目頭が熱くなった。
「だったら、迷うことなんてない。僕を利用しなよ。それに、この話は僕にとってもメリットが十分にあるんだ」
「え?」
本当だろうか? 首を傾げた私に、アンベール様は優しく微笑んだ。
「ラナ嬢と張り合えなくなったら僕の成績が落ちてしまう。君がいるから僕は頑張れるんだ。だから、迷惑だなんて思わないで」
アンベール様が私の涙をそっと拭う。思わぬことにドキッとした。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。よろしく、ラナ嬢」
私たちはそう言って握手を交わした。
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