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1.勘違い、しちゃ駄目ですよ
3.
しおりを挟むアンベール様の行動は早かった。その日のうちにお父様に手紙を送り、翌日には二人でタウンハウスに面会に行くことになった。
「恋人? グラシアン侯爵令息がラナの?」
「ええ。これまで言い出せずに申し訳ございません」
アンベール様はそう言って深々とお父様に頭を下げる。
交際をはじめた時期なんかは事前に打ち合わせをしたものの、正直言って不安だ。私は二人のことをおそるおそる見守る。
「……いや、娘から貴方と成績争いをしていることは聞いていましたが」
「二人で勉強する機会も多く、切磋琢磨しているうちに自然に惹かれ合いまして。ラナ嬢からファビアン公爵との結婚の話を聞いて居ても立ってもいられなくなり、こうしてお屋敷まで押しかけてしまいました」
アンベール様はそう言って私の手をギュッと握る。仲がよく見えるためのお芝居だってわかっているのに、心臓がドキッと大きく鳴り響いた。
「そうでしたか……いや、しかし……」
「たしかに、ファビアン公爵家との結婚はウィンブル伯爵家にとってまたとない縁でしょう。しかし、我がグラシアン侯爵家とて負けてはいません。僕はなんとしてもラナ嬢と結婚をさせていただきたいんです」
(え?)
鼓動の音が一気に加速する。
アンベール様、そんなことまで言って大丈夫なんだろうか? もしも作戦が上手くいってファビアン公爵との結婚話が流れたら、本当に私と結婚する羽目になってしまうのでは? ……いや、私はそうなったら嬉しいけど。さすがにそんなことまでお願いできないし。
「どうか、正式に婚約を結んでしまう前に、僕との結婚についてご一考いただきたいんです」
「……たしかに一考する価値はありそうですね」
と、お父様が返事をする。私は思わず顔を上げた。
「先方には事情を話した上で、少しだけ様子を見ましょう。現時点ではなんの約束もできませんが」
「それで構いません。本当に、ありがとうございます」
お父様に頭を下げるアンベール様を見つめながら、私は唇をほころばせた。
「ありがとうございます、アンベール様! 本当に、なんとお礼を言ったらいいか」
学園に戻ると、私はアンベール様に頭を下げる。彼はそっと目を細めつつ小さく首を横に振った。
「僕はなにも。結婚についてはあくまで一旦保留になっただけだし」
「昨日は『これで決定だ』と取り付く島もなかったんだもの。本当に、ありがとう。アンベール様のおかげだわ」
これからどうなるかはわからないけど、上手くいったら夢を諦めずに済むかもしれない。それに、恋人のふりをしている間だけはアンベール様の一番近くにいられるし。
「学園でも、恋人のふりは続けよう」
「え?」
アンベール様はそう言って私の手を握る。体温が一気に高くなった。
「お父様は『様子を見る』と言っていただろう? 万が一嘘だとバレたら話が上手くいかなくなるかもしれない。学園内の噂なんかもお調べになるかもしれないし」
「あっ……そう、ね。それはそうだけど、アンベール様はそれでいいの? 他の人に勘違いされたら」
「別に、構わないよ」
柔らかな笑み。見ているだけで、なんだか涙がこぼれそうになってしまう。
「頑張ってお父様を説得しよう」
「……うん」
返事をしながら、私はアンベール様への想いが加速するのを感じていた。
***
私たちが『恋人だ』という話は、瞬く間に学園内を駆け巡った。
「嘘でしょう?」
「信じられない」
「アンベール様はロミー様と結婚するのだとばかり思っていたのに」
どこへ行ってもそんなヒソヒソ話が聞こえてくるもので、私は内心苦笑してしまう。
こうなることは事前に予測していた。……というか、ずっと前から妄想していた。もしもアンベール様と想いが通じ合ったら、こんなふうになるんじゃないかって。
アンベール様はみんなの憧れだし、彼がロミー様と仲がいいのは周知の事実だ。それなのに、もしも私が選ばれたら――そんな想像をしたのは一度や二度ではない。
アンベール様と手を繋いで、互いに名前を呼び合って。少しでも一緒にいたいからと二人で会う約束をする。まるで夢みたいなお話だ。だけど今、それが現実になっている。唯一妄想と違うのは、想いが通じ合ったわけじゃないっていう点だけ。
「――ラナ様、少しふたりきりで話をさせていただけませんか?」
だけど、夢はあくまで夢でしかない。
ひどく思い詰めた表情のロミー様から呼び出され、私は校舎の裏へと向かった。
「アンベール様からお聞きしました。二人がお付き合いをしているって。本当なんですか?」
内容は予想していたとおり、アンベール様との関係についてだ。
「正直、わたくしは今でも信じられなくて……だって、アンベール様はいつもわたくしを特別扱いしてくださるし、とっても優しいでしょう? ラナ様に対してはあんまりっていうか、全然そんな感じじゃありませんでしたし」
「……うん、そうだね」
周りからもそんなふうに見えていたんだ。ちょっぴり凹みながら、私は小さくため息をつく。
「それなのに、アンベール様は『もう僕にくっついたら駄目だよ』なんておっしゃるし、わたくしあまりにも悲しくて……苦しくて。お願いです。なにか事情があるなら教えていただけませんか? そうじゃないと、わたくし……」
「――絶対、内緒にしてくれる?」
彼女の気持ちは痛いほどにわかる。私は恋人のふりをすることになった経緯をロミー様に打ち明けることにした。
「まあ、それで……」
「アンベール様は夢への道を閉ざされた私を気の毒に思ってくれたんだ」
「それでは、お二人の関係は公爵様との結婚について決着がつくまで、ということなのですね?」
「……うん。そうなると思う」
別に、終わり方を約束したわけではないけれど、事の経緯を考えたらそれ以外ありえないだろう。
「よかったぁ! 安心してしまいました!」
私の気も知らないで、ロミー様は無邪気に笑っている。「そうだね」ってこたえながら、私はそっと胸を押さえた。
「それじゃあラナ様、お二人はあくまで恋人のふりをしているだけってことで。……絶対に勘違い、しちゃ駄目ですよ」
ロミー様が満面の笑みで釘を刺す。
「わかってるわ」
元より勘違いなんてしようがない。手のひらに爪が強く食い込んだ。
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