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5.婚約破棄をされたので、死ぬ気で婚活してみました
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「え? 婚約破棄……?」
つぶやきながら、心臓がドクンドクンと大きく鳴る。どうしていきなり? って思ったけど、どうやら驚いているのは私だけらしい。私の隣に座っているお父様も、お母様も、落ち着き払っているんだもの。
「オウレディア殿下には大変申し訳なく思っています」
と、目の前の壮年男性が頭を下げる。私の婚約者――メレディスの父親だ。彼の隣にはメレディスの母親が座っていて、嗚咽を漏らしながらハンカチに顔を埋めている。
「頭を上げて。本件については父と母も事前に承知しているみたいだし……理由を聞かせてくれる?」
そもそも、肝心の婚約者本人が不在なのはどういう了見だろう? 私はメレディスの父親をじっと見つめる。
「実は――随分前から息子が気に病んでいたのです。『もしもオウレディア殿下を死なせてしまったらどうしよう、と』」
「そ、れは……」
言いながら、反射的に自分の喉に手が伸びる。
私には生まれつき、喉に真っ赤な痣があった。魔女から受けた呪いの証だ。
『よくもわたくしを捨てたわね! あなたとあなたの子供に絶望を味わわせてあげる!』
父には母と結婚する前に、密かに交際をしていた女性がいた。その女性は強力な力を持つ魔女で、父との結婚が叶わなかった彼女は、私を身ごもっていた母にとある魔法をかけた。
『おまえ……妻にいったいなにを!?』
『その女にはなにもしていない。お腹の子に呪いをかけたんだ。十八歳になるまでの間に、その子のことを心から愛してくれる相手と結婚ができなければ死んでしまう――そういう呪いをね』
かくして、私は呪いの証として喉に痣を持って生まれてきた。
当時、両親は大いに嘆き悲しんだらしい。当然だ。愛する我が子が、自分たちのせいで呪いをかけられてしまったんだもの。
けれど、嘆いたところで現実は変わらない。
二人はすぐに、私の結婚相手を選びはじめた。そうして選ばれた男性が公爵令息のメレディスだった、というわけだ。
『はじめまして、皇女様』
私たちがはじめて会ったのは、お互いがまだ四歳の頃。最初のうちは結婚相手としてではなく、単なる遊び相手の一人として紹介された。
当時の私は呪いのことも知らなかったし、恋愛とか結婚とかとは無縁なところで生きていた。……いや、生きているつもりだったというのが正しい。
両親は、私のもとにたくさんの同年代の男の子を連れてきて、私やお相手の反応をつぶさに観察していた。私を死なせずに済む結婚相手は誰なのか、と。
『私、メレディスのことが好きよ』
『僕もオウレディア様のことが大好きです』
彼に決まったきっかけはきっと、そんなささやかな会話だった。私たちが十歳のときのことだ。
『いいかい、メレディス。必ず、オウレディアのことを心から愛し続けるんだよ』
『はい、陛下』
そのときはメレディスも私も、どうしてお父様がそんなことを言うのか、その理由を知らなかった。皇女と婚約をするんだから当たり前、ぐらいの認識だった。
私たちが真実を知らされたのは、今から一年前のことだ。魔女の呪いのこと、もしもメレディスが私を愛してくれなかったら私は死んでしまうってことを、私たちはお父様に教えられた。
そのときからきっと、メレディスは私との結婚を気に病んでいたんだろう。
「そっか……それじゃあ仕方がない、かな」
私は必死に笑顔を取り繕う。
「オウレディア殿下……」
「だって、もしも私がメレディスなら、そんなおそろしい役割は引き受けたくないもの。これまでなんの事情も知らされていなかったのだし、メレディスが気の毒だわ」
誰かを好きになることって、きっとものすごく難しい。他人に命じられて「はい、わかりました」と言えるようなことじゃない。もしも結婚式で私が死んだりしたら――そんなこと、想像するだにおそろしい。きっと、メレディスはそうやっていろんなことを考えていく内に、心が疲れ切ってしまったのだろう。
「本当に、申し訳ございません」
「ううん。むしろ今の段階で教えてくれてよかったわ。タイムリミットまであと一年あるし、新しいお相手もきっと見つかるはずよ」
というか、見つからなかったら私は死んでしまうわけで。死にものぐるいで探すしかない。
(そうよ、こんなことで死んでたまるもんか!)
そうして、私の命をかけた婚活がはじまったのだった。
つぶやきながら、心臓がドクンドクンと大きく鳴る。どうしていきなり? って思ったけど、どうやら驚いているのは私だけらしい。私の隣に座っているお父様も、お母様も、落ち着き払っているんだもの。
「オウレディア殿下には大変申し訳なく思っています」
と、目の前の壮年男性が頭を下げる。私の婚約者――メレディスの父親だ。彼の隣にはメレディスの母親が座っていて、嗚咽を漏らしながらハンカチに顔を埋めている。
「頭を上げて。本件については父と母も事前に承知しているみたいだし……理由を聞かせてくれる?」
そもそも、肝心の婚約者本人が不在なのはどういう了見だろう? 私はメレディスの父親をじっと見つめる。
「実は――随分前から息子が気に病んでいたのです。『もしもオウレディア殿下を死なせてしまったらどうしよう、と』」
「そ、れは……」
言いながら、反射的に自分の喉に手が伸びる。
私には生まれつき、喉に真っ赤な痣があった。魔女から受けた呪いの証だ。
『よくもわたくしを捨てたわね! あなたとあなたの子供に絶望を味わわせてあげる!』
父には母と結婚する前に、密かに交際をしていた女性がいた。その女性は強力な力を持つ魔女で、父との結婚が叶わなかった彼女は、私を身ごもっていた母にとある魔法をかけた。
『おまえ……妻にいったいなにを!?』
『その女にはなにもしていない。お腹の子に呪いをかけたんだ。十八歳になるまでの間に、その子のことを心から愛してくれる相手と結婚ができなければ死んでしまう――そういう呪いをね』
かくして、私は呪いの証として喉に痣を持って生まれてきた。
当時、両親は大いに嘆き悲しんだらしい。当然だ。愛する我が子が、自分たちのせいで呪いをかけられてしまったんだもの。
けれど、嘆いたところで現実は変わらない。
二人はすぐに、私の結婚相手を選びはじめた。そうして選ばれた男性が公爵令息のメレディスだった、というわけだ。
『はじめまして、皇女様』
私たちがはじめて会ったのは、お互いがまだ四歳の頃。最初のうちは結婚相手としてではなく、単なる遊び相手の一人として紹介された。
当時の私は呪いのことも知らなかったし、恋愛とか結婚とかとは無縁なところで生きていた。……いや、生きているつもりだったというのが正しい。
両親は、私のもとにたくさんの同年代の男の子を連れてきて、私やお相手の反応をつぶさに観察していた。私を死なせずに済む結婚相手は誰なのか、と。
『私、メレディスのことが好きよ』
『僕もオウレディア様のことが大好きです』
彼に決まったきっかけはきっと、そんなささやかな会話だった。私たちが十歳のときのことだ。
『いいかい、メレディス。必ず、オウレディアのことを心から愛し続けるんだよ』
『はい、陛下』
そのときはメレディスも私も、どうしてお父様がそんなことを言うのか、その理由を知らなかった。皇女と婚約をするんだから当たり前、ぐらいの認識だった。
私たちが真実を知らされたのは、今から一年前のことだ。魔女の呪いのこと、もしもメレディスが私を愛してくれなかったら私は死んでしまうってことを、私たちはお父様に教えられた。
そのときからきっと、メレディスは私との結婚を気に病んでいたんだろう。
「そっか……それじゃあ仕方がない、かな」
私は必死に笑顔を取り繕う。
「オウレディア殿下……」
「だって、もしも私がメレディスなら、そんなおそろしい役割は引き受けたくないもの。これまでなんの事情も知らされていなかったのだし、メレディスが気の毒だわ」
誰かを好きになることって、きっとものすごく難しい。他人に命じられて「はい、わかりました」と言えるようなことじゃない。もしも結婚式で私が死んだりしたら――そんなこと、想像するだにおそろしい。きっと、メレディスはそうやっていろんなことを考えていく内に、心が疲れ切ってしまったのだろう。
「本当に、申し訳ございません」
「ううん。むしろ今の段階で教えてくれてよかったわ。タイムリミットまであと一年あるし、新しいお相手もきっと見つかるはずよ」
というか、見つからなかったら私は死んでしまうわけで。死にものぐるいで探すしかない。
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そうして、私の命をかけた婚活がはじまったのだった。
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