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5.婚約破棄をされたので、死ぬ気で婚活してみました
3.
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(まあ、そうだよね。嫌だよね。怖いよね)
私はお父様を通じて、ジェイル以外の候補者たちにも呪いの真実を伝えた。結果、自主的に登城する婚約候補者はゼロになってしまった。
凹んでいても仕方がない。私たちはすぐに次の手に移った。
(誠実で責任感の強い人ほど、ことの重大さに悩んでしまうのよね、きっと)
幼い頃からの婚約者であるメレディスがいい例だ。彼も真面目だからこそ、私を死なせてはいけないと思い詰めてしまったんだもの。お父様が集めた候補者たちは、重鎮の息子や格式高い名家の子息ばかりだったし、もう少し違う系統の男性も探したほうがいいに違いない。
ということで、お父様は夜会を開くことにした。
「この際、相手は貴族に限らなくていい。裕福な名家の人間も多数招いた。とにかく、なんとしてもおまえを愛してくれる人間を見つけるんだ」
「お父様……ありがとうございます」
夜会に招待したのは華やかで美しく、明るい男性たちだ。経歴も様々で、騎士や文官、遠方の領主や、他国の王族まで、ありとあらゆる人々を集めた。
これだけ色んな人がいたら、私のことを愛すると約束してくれる人が現れるんじゃないかって、ついつい期待をしてしまう。
「オウレディア殿下にお目にかかれて光栄です」
「なんとお美しい」
「ぜひとも私と踊ってください」
父の言葉どおり、私はとにかくたくさんの男性と話をした。何人も、何十人も、おそらくその数は百人以上。連日連夜踊りっぱなしで、足が傷だらけになってしまったけど、それでも私はめげなかった。このなかにきっと、私のことを愛してくれる人がいるって、そう信じて。
「え? 僕が愛さなければ殿下が死んでしまう? 大丈夫ですよ! ちゃんと愛しますから」
「殿下を心から愛します。なんの心配もいりません!」
「私は殿下のことを愛しています!」
(あぁ……ダメだ。これ、死んじゃうやつだ)
彼らは私の事情を知っても逃げたりしなかった。むしろ、私を愛すると約束してくれた。けれど、約束をしてくれればしてくれるほど、私の不安は募るばかりだった。
(一体どうしたらいいんだろう?)
国中から人を募ってみたところで、結果はきっと同じだろう。自室で膝を抱えつつ、私は思わず涙ぐむ。
(そもそも、心から愛するってどういうことよ?)
『愛している』と言葉にすることは簡単だ。言葉を覚えはじめたばかりの子供にだってできてしまう。
けれどそれは、人によって基準も、大きさだって違うことだ。それに、自分では愛していると思っていても、他人から見ればそうじゃないことだってあると思う。
そう考えれば、夜会で会った人たちの誰かと結婚したとして、私が助かる可能性だってあるのかもしれない。もしかしたら、彼らは私のことを心から愛してくれるのかも。
(だけど……)
「オウレディア、少しいいかい?」
「お父様」
ノックのあと、お父様が部屋へと入ってくる。
「どうだい? いい結婚相手は見つかりそうかい?」
そう尋ねるお父様の表情は辛そうだった。本当は「ええ」とこたえてあげられたらいいんだけど、私は首を横に振る。
「そうか。……すまない」
「謝らないでよ。お父様が悪いわけじゃない。悪いのは私に呪いをかけた魔女なんだから」
無理やり笑顔を浮かべたら、お父様はほんのりと涙ぐんだ。
(それにしても)
愛する人が手に入らなかったからといって、その子供に呪いをかけるなんて――件の魔女は本気でお父様を愛していたんだと思う。きっと、お父様に自分を覚えていてほしかったんだろうな。だって、呪いが続く限り、お父様は魔女のことを思い出すもの。
もちろんそれは、愛情というより憎しみから生じた行動だったのかもしれない。けれど、私を呪ったことで魔女だって当然命を落とした。自分の命をかけてまで誰かのために行動をするって、並大抵のことじゃないと思う。
「――ねえお父様、メレディスは今どうしているか知っている?」
ふと脳裏にメレディスの笑顔が浮かんできて、私はお父様に向かって尋ねる。
「メレディスかい? ……そうだね、彼は今も具合が悪いままらしい。ほとんど部屋にこもっているそうだよ」
「……そう」
あんなに明るくて朗らかだったメレディスが、彼らしさを失っているだなんて――私はキュッと唇を引き結んだ。
「もう……せっかく婚約破棄したんだから、私のことを引きずらなくたっていいのにね。本当に、メレディスは真面目で、優しくて……」
そんな彼だからこそ、私はすごく好きだった。誰かのために本気で親身になれる、責任感の強い人だった。
だからきっと、私との婚約破棄を決断したのは彼自身ではない。彼の両親や私の両親が彼が壊れてしまうのが嫌で、見かねて決めたことなんだろう。
「会いたいな……」
会って、メレディスの顔が見たい。前みたいに、私に笑いかけてほしい。婚約者じゃなくてもいいから、それでも彼の側にいたいと思うのは、私のわがままだろうか?
その日以降も、私はたくさんの人に会った。特に、私を愛すると約束してくれた人たちと、何度も何度も。
「私は殿下を愛しますよ」
「……うん」
候補者たちが愛の言葉をささやいてくれる。手をつないで、私を励ましてくれている。
だけど、死への不安と恐怖はどうやったって消えなかった。
どうしてだろう? メレディスと婚約していたときには、こんなにも不安に駆られることはなかったのに。
(私はいったい、なにを迷っているの?)
早く候補者を絞って、その人により愛される努力をするべきだろう。時間はもう、ほとんど残っていないのだから。
「ねえ、少し寄り道してもいい?」
「はい、殿下」
気晴らしにと一人で出かけた先で見つけた小さな教会に馬車を停める。古いけどよく手入れされた教会だ。
おそるおそる中に入ったら、そこには先客がいた。見た感じ若い男性のようだ。
ひざまずき熱心に手を合わせるその様子は、見ていて心打たれるものがある。どうやら私が来たことにも気づいていないようだし、いったいなにを祈っているのだろう?
すぐ近くまで来たところで、彼はようやく私の存在に気づいたらしい。ふと静かに顔を上げる。
「あっ、ごめんなさい。邪魔をする気はなかったの。どうか、そのまま……」
「オウレディア様?」
懐かしい声。私は目を丸くする。
私はお父様を通じて、ジェイル以外の候補者たちにも呪いの真実を伝えた。結果、自主的に登城する婚約候補者はゼロになってしまった。
凹んでいても仕方がない。私たちはすぐに次の手に移った。
(誠実で責任感の強い人ほど、ことの重大さに悩んでしまうのよね、きっと)
幼い頃からの婚約者であるメレディスがいい例だ。彼も真面目だからこそ、私を死なせてはいけないと思い詰めてしまったんだもの。お父様が集めた候補者たちは、重鎮の息子や格式高い名家の子息ばかりだったし、もう少し違う系統の男性も探したほうがいいに違いない。
ということで、お父様は夜会を開くことにした。
「この際、相手は貴族に限らなくていい。裕福な名家の人間も多数招いた。とにかく、なんとしてもおまえを愛してくれる人間を見つけるんだ」
「お父様……ありがとうございます」
夜会に招待したのは華やかで美しく、明るい男性たちだ。経歴も様々で、騎士や文官、遠方の領主や、他国の王族まで、ありとあらゆる人々を集めた。
これだけ色んな人がいたら、私のことを愛すると約束してくれる人が現れるんじゃないかって、ついつい期待をしてしまう。
「オウレディア殿下にお目にかかれて光栄です」
「なんとお美しい」
「ぜひとも私と踊ってください」
父の言葉どおり、私はとにかくたくさんの男性と話をした。何人も、何十人も、おそらくその数は百人以上。連日連夜踊りっぱなしで、足が傷だらけになってしまったけど、それでも私はめげなかった。このなかにきっと、私のことを愛してくれる人がいるって、そう信じて。
「え? 僕が愛さなければ殿下が死んでしまう? 大丈夫ですよ! ちゃんと愛しますから」
「殿下を心から愛します。なんの心配もいりません!」
「私は殿下のことを愛しています!」
(あぁ……ダメだ。これ、死んじゃうやつだ)
彼らは私の事情を知っても逃げたりしなかった。むしろ、私を愛すると約束してくれた。けれど、約束をしてくれればしてくれるほど、私の不安は募るばかりだった。
(一体どうしたらいいんだろう?)
国中から人を募ってみたところで、結果はきっと同じだろう。自室で膝を抱えつつ、私は思わず涙ぐむ。
(そもそも、心から愛するってどういうことよ?)
『愛している』と言葉にすることは簡単だ。言葉を覚えはじめたばかりの子供にだってできてしまう。
けれどそれは、人によって基準も、大きさだって違うことだ。それに、自分では愛していると思っていても、他人から見ればそうじゃないことだってあると思う。
そう考えれば、夜会で会った人たちの誰かと結婚したとして、私が助かる可能性だってあるのかもしれない。もしかしたら、彼らは私のことを心から愛してくれるのかも。
(だけど……)
「オウレディア、少しいいかい?」
「お父様」
ノックのあと、お父様が部屋へと入ってくる。
「どうだい? いい結婚相手は見つかりそうかい?」
そう尋ねるお父様の表情は辛そうだった。本当は「ええ」とこたえてあげられたらいいんだけど、私は首を横に振る。
「そうか。……すまない」
「謝らないでよ。お父様が悪いわけじゃない。悪いのは私に呪いをかけた魔女なんだから」
無理やり笑顔を浮かべたら、お父様はほんのりと涙ぐんだ。
(それにしても)
愛する人が手に入らなかったからといって、その子供に呪いをかけるなんて――件の魔女は本気でお父様を愛していたんだと思う。きっと、お父様に自分を覚えていてほしかったんだろうな。だって、呪いが続く限り、お父様は魔女のことを思い出すもの。
もちろんそれは、愛情というより憎しみから生じた行動だったのかもしれない。けれど、私を呪ったことで魔女だって当然命を落とした。自分の命をかけてまで誰かのために行動をするって、並大抵のことじゃないと思う。
「――ねえお父様、メレディスは今どうしているか知っている?」
ふと脳裏にメレディスの笑顔が浮かんできて、私はお父様に向かって尋ねる。
「メレディスかい? ……そうだね、彼は今も具合が悪いままらしい。ほとんど部屋にこもっているそうだよ」
「……そう」
あんなに明るくて朗らかだったメレディスが、彼らしさを失っているだなんて――私はキュッと唇を引き結んだ。
「もう……せっかく婚約破棄したんだから、私のことを引きずらなくたっていいのにね。本当に、メレディスは真面目で、優しくて……」
そんな彼だからこそ、私はすごく好きだった。誰かのために本気で親身になれる、責任感の強い人だった。
だからきっと、私との婚約破棄を決断したのは彼自身ではない。彼の両親や私の両親が彼が壊れてしまうのが嫌で、見かねて決めたことなんだろう。
「会いたいな……」
会って、メレディスの顔が見たい。前みたいに、私に笑いかけてほしい。婚約者じゃなくてもいいから、それでも彼の側にいたいと思うのは、私のわがままだろうか?
その日以降も、私はたくさんの人に会った。特に、私を愛すると約束してくれた人たちと、何度も何度も。
「私は殿下を愛しますよ」
「……うん」
候補者たちが愛の言葉をささやいてくれる。手をつないで、私を励ましてくれている。
だけど、死への不安と恐怖はどうやったって消えなかった。
どうしてだろう? メレディスと婚約していたときには、こんなにも不安に駆られることはなかったのに。
(私はいったい、なにを迷っているの?)
早く候補者を絞って、その人により愛される努力をするべきだろう。時間はもう、ほとんど残っていないのだから。
「ねえ、少し寄り道してもいい?」
「はい、殿下」
気晴らしにと一人で出かけた先で見つけた小さな教会に馬車を停める。古いけどよく手入れされた教会だ。
おそるおそる中に入ったら、そこには先客がいた。見た感じ若い男性のようだ。
ひざまずき熱心に手を合わせるその様子は、見ていて心打たれるものがある。どうやら私が来たことにも気づいていないようだし、いったいなにを祈っているのだろう?
すぐ近くまで来たところで、彼はようやく私の存在に気づいたらしい。ふと静かに顔を上げる。
「あっ、ごめんなさい。邪魔をする気はなかったの。どうか、そのまま……」
「オウレディア様?」
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