君は私のことをよくわかっているね

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
3 / 13

3.ようやく君を迎えにこれた

しおりを挟む
 後宮の住人たちが寝静まった頃、わたくしはそっと自分の部屋を抜け出した。

 恐ろしいほどの静寂。
 綺羅びやかな宮殿も、美しい花々も、夜闇の中ではその色彩は存在していないのと同じだ。


(わたくしはどうして、ここにいるのだろう?)


 自分の存在が、感情が、いろんなことが、なんだか虚しくなってくる。

 今頃、龍晴様は魅音様のことを愛している。
 わたくしの知らない顔で。
 わたくしの知らない声で。
 わたくしには知り得ない言葉を紡いで。
 わたくしには決して与えられない熱をはらんで。
 彼女のことを抱きしめている。


(魅音様が……他の妃や、手付きとなった女官たちが羨ましい)


 わたくしだって、龍晴様を知りたい。理解したい。
 彼に女性として愛されたい。
 他の女性なら、わたくしの采配ひとつで叶えられるささやかな願いが、けれど自分自身には叶えられない。


 どうしてわたくしではダメなのだろう? 
 この後宮に暮らす誰よりも、龍晴様のことを想っているのに。愛しているのに。
 龍晴様だって、わたくしのことを愛していると――――いつもそう仰っているのに。


(わからない)


 龍晴様はいつだって、『桜華は私のことをよくわかっている』と仰る。
 龍晴様も、『桜華の考えはよくわかっている』と仰る。

 だけど、それは間違いだ。

 だってわたくし本当は、龍晴様に他の女性なんて勧めたくない。
 わたくしが妃を勧めたときには

『こんなのただのお役目だから。本当は他の女なんて抱きたくない』

 って、龍晴様にそう言ってほしい。
 本当はわたくしだけだって。他の女には興味なんてないって。そう言ってほしくてたまらなかった。

 まるで異国のおとぎ話に出てくる王子様のように、たった一人の女性を想い、わたくしだけをひたすら愛してほしいと思っていた。後宮なんてなくなってしまえばいいって思っていた。

 彼が後宮に訪れるたび、妃を勧めるたびに、わたくしの心はズキズキと痛む。この5年間、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。

 仕方がないことだって――――何度も何度も自分に言い聞かせた。
 龍晴様はこの国の天子様なんだもの。お世継ぎが、他国へその力を見せつけることが必要で。後宮というのはその手段の一つなんだって。
 だけど、それならわたくしを、そのなかの一人に加えてくださっていいはずなのに。


(龍晴様はわたくしのことをなにもわかっていらっしゃらない。……わたくしも、龍晴様のことをなにもわかっていない)


 本当は、努力をすれば理解ができるのかもしれない。

 だけど、わたくしはもう疲れてしまった。
 期待したって意味がない。望んだところで叶わない。

 だったら、なにも考えないほうがいい。

 龍晴様は、今のままの関係に満足していらっしゃる。なにかを変えようなんて、思わないほうがいい。――そう思い知らされるのが嫌だから。


「誰か、わたくしをここから連れ出して」


 もしも後宮を出て、普通の女の子として誰かに愛される未来があるのなら――――わたくしは喜んでその可能性に手を伸ばすだろう。

 叶わぬ思いに身を焦がすくらいなら、ささやかな幸せがほしい。たとえ好きな人じゃなくても構わない――――なんて、あまりにも不実だろうか?

 それでも、わたくしは今、希望がほしい。決して叶わないとわかっていても、それでも。


「――――ようやく君を迎えにこれた」


 闇夜を切り裂く低い声。驚きに目を見開いたその瞬間、誰かがわたくしを背後からギュッと抱きしめた。

 風たちがざわめき、星々が一斉に流れはじめる。わたくしたちの周りに星明りが集まり、神秘的な空間へと早変わりする。


「誰?」


 ふわりと香る甘い香りも、たくましい腕も、声も、龍晴様とは違っている。絶対に彼ではない。

 けれど、見知った宦官たちのものとも違うように思う。第一、彼らは絶対にわたくしを抱きしめたりしない。

 おそるおそる振り返ってみる。すると、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい男性がいた。

 星の光を集めたかのような銀の長髪、男性とは思えないほど白くなめらかな肌、翠玉のように煌めく緑の瞳、美しい鼻梁。すらりとした長身、白地に銀の刺繍が施された漢服があまりにもよく似合っている。

 わたくしがこれまで出会ってきたこの国の住人たちとは明らかに違う。けれど、異国人という感じもしない。

 もっと特別な、別のなにか――――まるで人外の生物、あるいは神様のような。本当に人間離れした美しさを誇っている。

 けれど、そんなことがありえるのだろうか?


「やっぱり神華は――私のことを覚えていないんだね。会えば、思い出してくれるかもしれないと期待していたんだが」

「え?」


 どこか寂しそうな声音に目をみはる。


(神華? もしかして、この方は人違いをしているのだろうか?)


 けれど、現在、この国でその名を付けられるものはいないはずだ。何故ならその名は、この国の建国者――――初代皇帝・地龍様の母親の名前なのだから。


「あの……わたくしは、桜華と申します。あなたとは初対面のはずで……」

「天龍だ。確かに、新たに生を受けてから君と会うのはこれがはじめてだよ。だけど私は、天界からずっと君のことを見ていた。ようやく今日、地界に降りれられる年齢になったんだ」

「え? ……天龍、様?」


 説明を受けてみたところで、やっぱりわたくしは彼のことを知らない。
 新たに生を受けて? 天界? 地界? 降りる? 彼の言うことはわからないことだらけだ。正直、わたくしは面食らってしまう。

 そもそも、この国で『龍』を名乗ることは皇族にのみ許された特権だ。けれど、天龍なんて皇族の名前、わたくしは聞いたことがない。


(もしかして、前陛下には異国人との間に隠し子でもいらっしゃったのかしら?)


 それにしたって、成人している以上、許可なく後宮に入れるはずがないし、龍晴様とはさして似ていらっしゃらない。もちろん、おふたりとも恐ろしいほど美しいのだけれど。


「会いたかった……ずっとずっと、君だけを求めていた」


 その瞬間、天龍様が力強くわたくしのことを抱きしめた。
 一瞬だけ見えた彼の表情は、切なげで、愛しげで、思い出すだけで涙が滲むほどだ。
 そしてそれは、わたくしが求めてやまない感情――――愛情だった。


(この人は一体、誰なのだろう? どうしてわたくしを知っているのだろう? ――――求めてくれるのだろう?)


 疑問に思うことは山ほどある。人違いなのかもしれない。
 けれどわたくしは、天龍様の腕を振り払う気にはなれなかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。 彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。 そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。 よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全13話です。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

処理中です...