ダークナイト・ヴァンパイア ~宵闇の王子~

哀楽

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第二章:動き出す終末の歯車

第八話:燃える記憶

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 城が、燃えている。
 辺り一面、真っ赤に燃え上がっている。
 悲鳴、怒声。様々な声が入り交じり、ただひたすらに血が流れる。
 女も子供も死に絶え、酒を飲み交わした旧友達も殺される。
 守らなければ。助けなくては。
 でも、彼らのためにどれだけ剣を振るっても、襲い来る脅威は減らない。
 この手で、あとどれだけの命が守れるのだろう。
 せめて、彼らだけでも・・・・・・。


「ーーはっ」
 衝撃を受けたような気がして、俺は飛び起きた。
 息が荒く、心拍数も早い。
 すぐ側で燃えるたき火が異様な恐怖心を駆り立て、俺は自分の腕を強く抱きしめた。
 すると、暗闇から湧き出るように、イザークが姿を現した。
「大丈夫ですか?」
「近づくな・・・・・・!」
 強く睨みつけると、イザークは怯えたように体を小さく振るわせた。
 親にしかられた子供のように俯いた彼は、それ以上近づいてこようとはしなかった。
 敵意は見えないが、だからといって安心はできない。
 俺はイザークを警戒しながら、自分が寝かされている場所を改めて観察した。
 洞窟ーーというには小さい。恐らく洞穴だろう。
 木の根が頭上の土から飛び出している。
 崩れてくる様子はないが、安心して座ってもいられなかった。
「ここはどこだ?」
 海の上に投げ出され、沈みながら意識を失った。
 それ以降のことは覚えていない。
 イザークは濡れた上着を脱ぎながら、静かに言った。
「先ほどいた島から南に十数キロ離れた無人島ですよ。潮の流れが急で、かなり流されました」
「どうして俺を助けた。拉致してエルヴィスを釣る餌にでもするつもりか?」
「そんなつもりはありません。ただの人間なら、助けもしません。ただ」
 濡れてもなお美しい金髪をかきあげ、イザークは嘆息した。その仕草一つさえも、絵画から抜け出たように整って美しかった。
「島に降り立ったあなたをずっと見ていました。あなたは、私の大切な人にとても似ています」
「大切な人?」
「我が生涯をかけてお守りすると誓っていた、主君です」
 わずかに、イザークの表情が和らいだ。
 口元には薄く笑みが浮かんでいる。
「私の父であり、愛しい主。あなたは少し幼い顔立ちをしていらっしゃいますが、主に似ているんです」
「主というと、王族ヴァンパイアか?」
「ええ。国が滅びなければ、時期国王となるはずだった方です」
 エルヴィスが王弟一家の血筋だから、その主とやらはエルヴィスのいとこに当たる。
 団長がイザークのことを、「王族の次に強いといわれている」と言ったのは、あながち間違いではないようだ。
 俺達が普段駆除していた雑魚は、王族直下の眷属から、さらに派生した下っ端の眷属で、力も衰えている。
 王族の血を直に受け継いだ者は、王族には劣るが、他の眷属とは比べものにならない力を有するはずだ。
 そんなヴァンパイアが、主に似ているからという理由で人間を助けるだろうか。
 目をすがめてみていると、イザークは神妙な面もちで俺の側に腰掛けた。
「眷属は、血を分けて下さった主を見誤りません。体内に流れる主の血が、主を求めるのです」
 嫌な予感が、脳裏をよぎった。
「・・・・・・お前、何が言いたい?」
「あなた、いえーーあなた様は、我らが殿下ではありませんか?」
「ーー!?」
 ありえない。これこそ本当にあり得ないことだ。
 人間の俺が、王族ヴァンパイアであるはずがない。
 それは、ヴァンパイアであるこの男がよく理解しているはずだ。
「お前、自分が何を言っているか分かっているか!? 俺は人間だぞ!」
「私も最初はそう思いました! ですが、血の契を交わした私には分かります! 何よりその目はーー!」
「目?」
 俺は眉根を寄せ、護身用に持っていたナイフの腹を鏡に、目を確認した。
 すると、黒かったはずの俺の目がーー紫色になっている。
 少しずつ赤色に侵されるように、変色していた。
「なんだよこれ・・・・・・!」
 俺はナイフを取り落とし、自分の目を手で覆った。
「違う、俺は人間だ。ヴァンパイアじゃない・・・・・・!」
「ですが・・・・・・」
「うるさい! お前、俺が気を失っている間に何かしたんじゃ・・・・・・っ」
 何かしたんじゃないか、と聞こうとしたのに、急に目の前の景色が変化した。
 周囲が燃えている。
 俺の側には、赤い制服を身につけたイザークがいた。
『嫌です、殿下! 殿下あああああ!』
 イザークは俺に向かって必死に手を伸ばしている。
 だが、誰かが無理矢理イザークを連れ、俺から離れていく。伸ばされた手を見つめたまま、俺は、
『ーー生きなさい、イザーク』
 口をついて出た言葉が、それだった。
 周囲は再び洞穴の中に戻っていて、側にいるイザークは、目を見開いていた。
「やはり、殿下・・・・・・」
 今目にした映像の中での言葉を、俺は無意識に発していたらしい。
 イザークは震えながら両手を俺に伸ばす。
 まるで、先ほど見た光景のように。
 俺はその手をはねのけた。
「違う、俺はお前の主なんかじゃない!」
「ではなぜ、別れ際におっしゃった最後の言葉をご存じなのですか!」
「俺が知りたいくらいだ!」
 頭が痛い。
 頭蓋骨の内側から何が、膨張して圧迫しているようだ。
「俺は、家族をヴァンパイアに殺された。人間なんだ・・・・・・!」
 しかし、それは団長から聞かされた話。俺は、家族の顔すら覚えていないじゃないか。
 俺の胸の中で、不信感が大きくなる。
 俺は何者なのか、あの映像は何なのか。
 もう、頭が割れそうだ。
「う・・・・・・っ」
「殿下、大丈夫ですか?」
「だから、俺は殿下じゃない!」
「ーーそう、君は殿下じゃないよ、ライアン」
 洞穴の中に、俺でもイザークでもない声が反響した。
 土を踏む音が、外から近づく。
「君はイザークに偽りの記憶を見せられているんだ。君は人間だよ」
 抜き身の剣を携え、現れたのは団長だった。
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