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第四章:逃避
第八話:決別の時
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右肩から左の腰まで、焼けるようだ。
「あ、ああ・・・・・・!」
背後で、ローガンがうろたえる声が聞こえる。
マースと戦っていたエルヴィスが怒号を上げ、一瞬で俺たちの前に現れた。ローガンを殴り飛ばし、俺とイザークを抱えて氷のつぶてを乱射する。
「おのれ・・・・・・よくも王子をーー!」
エルヴィスの攻撃が激しくなり、マース達は物陰に隠れる。
俺は体から力が抜けていくのを感じながら、抱きしめたままのイザークに微笑みかけた。
「イザーク・・・・・・無事・・・・・・?」
「殿下、私の心配などしている場合では・・・・・・!」
「ああ、これやばいよな・・・・・・」
自分で背中が確認できないが、かなり深く傷を負わされたようで、背中にぬるついた感触が広がっていく。
止血の方法がないわけではないが、それには昔得意としていた呪術が使用できなければならない。
俺は一か八か、流れ出た血で手の甲に印を書いてみたが、やはり発動しなかった。
早く血を止めないとーーと思うが、どこか他人事のように思えた。
愛しい人と、イザークが側にいる。
それだけで、心が穏やかだった。
瞼が重く、じょじょに降りていく。
薄れそうになる意識をつなぎ止めていると、エルヴィスの攻撃をかいくぐってきたマースが、剣を一閃した。
俺とイザークを守るために、エルヴィスは翼を盾のように構えたが、皮膜はあっけなく切り裂かれ、血しぶきが飛んだ。
そのしぶきが俺の顔にかかり、口内に入り込む。
反射的に、飲み込んだ。
たしか、前にもこんな事があった気がする。
ビルの屋上で、イザークの眷属が同じように血を吹き出しーー俺の顔にかかった。
あの時だ。あの時に飲み込んだ血がきっかけで、俺の中で少しずつ覚醒が始まっていたのだ。
そして今、たった少量飲み込んだだけの血が、俺の脳を焼くようだ。王族の血が、本来の俺を目覚めさせていく。
俺は堪えきれず、エルヴィスの腕に噛みつき、血をすすった。
体が燃えていると錯覚するほど熱い。
むずがゆさとともに、背中の痛みがひいていく。
俺の髪がずるりと伸び、体がきしみ、目線がわずかに上がった。
十代に縮んでいた体が、以前の成人したときの姿へ、戻ったのだ。
「殿下・・・・・・?」
イザークが、惚けたように俺をみる。
彼の頭を撫でてやってから、俺はエルヴィスを背後に庇い、両腕を左右に払った。
「散れ」
轟音とともに、俺の腕から炎が吹き出す。
マース達が俺たちに一歩も近づけないよう、弧を描くように炎を操る。
室内を凍てつかせていた氷は俺の生み出す炎で昇華し、部屋はあっという間に燃え上がった。
まるで、"あの日"を再演しているようだ。
違うのは、場所と敵、そして俺の心構え。
ここで死ぬ気は一切ない。
「従兄さん、そのままイザークを抱えていて。もう少しで天井を燃やせるから、崩れた瞬間に、外へ出よう」
「だが、私の眷属がまだーー」
「大丈夫。もうすぐそこまで来てるじゃないか」
耳をすまさなくても聞こえる。
二人分の足音が、猛スピードでこちらへ近づいてくる。
俺が炎の威力を意図的に弱めると同時に、融解した自動扉を蹴り破って、デズモンドという青年と、見覚えのない女性が入ってきた。
二人は部屋の有様を見て一瞬動揺していたが、すぐさま主人であるエルヴィスの傍らに駆け寄った。
「エルヴィス様、これは・・・・・・!?」
「話はあとだ。すぐにここを離れる」
「ですが、ご主人様お一人で我々四人を連れて逃げるのは困難かと・・・・・・」
冷静にそう意見を述べた女性を振り返り、俺は微笑した。
「大丈夫。俺が君たち二人を抱えて逃げるよ」
「え?」
いぶかしむ二人から目を離し、俺は翼を広げた。
王族の象徴である翼を目の当たりにしたデズモンドと女性は、言葉を失っている。
王族はエルヴィス一人と思っていたのだから、当然といえば当然か。
俺は操っていた炎を消すと、燃えて消え去った天井を見上げた。
「従兄さん、行って」
「・・・・・・今度は、ちゃんと戻ってくるよな?」
過去を思い出しているのだろう。不安そうに眉をひそめる従兄に、俺は顔を近づけた。
初めて自分から、兄に口付けた。
従兄の薄い唇をはみ、肩を軽く押してやった。
「当たり前だ。ーーほら、行って」
「わ、分かった」
熱風のせいか、頬を赤らめた従兄は、イザークを抱えて飛び立った。
俺もあとに続こうと、眷属の二人へ手を伸ばす。
だが、
「お待ち下さい・・・・・・!」
マースの両腕が俺の体に回り、背後から強く抱きしめられた。
眷属の二人が身構えたが、俺は静かに片手で制止した。
マースから、いつもの狂気じみた雰囲気を感じられなかったからだ。
震えながら抱きついている彼を振り返り、俺は苦笑した。
「マース・・・・・・」
「殿下、私を置いていくのですか!? 真のお姿を取り戻されたのならなおさら、側にいて下さい・・・・・・!」
「俺の居るべき場所はここじゃない」
「今までともに戦ってきた我々を裏切って、エルヴィス様のところへ戻られるというのですか!?」
「裏切るも何も、俺はもうお前たちが敵と定めるーーヴァンパイアだよ」
しきりに嫌だ嫌だと、本当に幼子のように駄々をこねるマースは、俺の肩に顔を押しつけた。
「お願いです、ここにいて下さい・・・・・・!」
「ーーもう、お前の願いを聞いてはやれない」
この数日、お前に辱められ、虐げられた事は忘れない。
自分の私利私欲のために、俺とイザークを苦しめた。
俺はマースを引き剥がして、眷属の二人を抱えた。
空中に浮かび上がった俺を見上げ、マースが泣きながら絶叫する。
「殿下! どこへ行かれようと、私は必ずあなたを手中に取り戻しますよ! どんな手段を使ってでも・・・・・・!」
熱風を叩きつけてさらに高度を上げ、俺は再度マース達を見下ろした。
遊撃隊の皆がーーローガンが、睨むように俺を見ている。
彼らにとって、今の俺はなんだ?
まだ仲間と思っていてくれるのかーーもはや敵か。
俺の中での彼らは、仲間か敵か?
・・・・・・自分自身、よくわからなかった。
ただ、敵として完全に見れないのは確かで、特にローガンとの決別は、少し辛い。
「ーーでも、俺はヴァンパイアの世界に・・・・・・エルヴィスのいる世界に帰るよ」
口端に薄く笑みを浮かべ、俺は今度こそ聖騎士団本部に背を向けた。
「あ、ああ・・・・・・!」
背後で、ローガンがうろたえる声が聞こえる。
マースと戦っていたエルヴィスが怒号を上げ、一瞬で俺たちの前に現れた。ローガンを殴り飛ばし、俺とイザークを抱えて氷のつぶてを乱射する。
「おのれ・・・・・・よくも王子をーー!」
エルヴィスの攻撃が激しくなり、マース達は物陰に隠れる。
俺は体から力が抜けていくのを感じながら、抱きしめたままのイザークに微笑みかけた。
「イザーク・・・・・・無事・・・・・・?」
「殿下、私の心配などしている場合では・・・・・・!」
「ああ、これやばいよな・・・・・・」
自分で背中が確認できないが、かなり深く傷を負わされたようで、背中にぬるついた感触が広がっていく。
止血の方法がないわけではないが、それには昔得意としていた呪術が使用できなければならない。
俺は一か八か、流れ出た血で手の甲に印を書いてみたが、やはり発動しなかった。
早く血を止めないとーーと思うが、どこか他人事のように思えた。
愛しい人と、イザークが側にいる。
それだけで、心が穏やかだった。
瞼が重く、じょじょに降りていく。
薄れそうになる意識をつなぎ止めていると、エルヴィスの攻撃をかいくぐってきたマースが、剣を一閃した。
俺とイザークを守るために、エルヴィスは翼を盾のように構えたが、皮膜はあっけなく切り裂かれ、血しぶきが飛んだ。
そのしぶきが俺の顔にかかり、口内に入り込む。
反射的に、飲み込んだ。
たしか、前にもこんな事があった気がする。
ビルの屋上で、イザークの眷属が同じように血を吹き出しーー俺の顔にかかった。
あの時だ。あの時に飲み込んだ血がきっかけで、俺の中で少しずつ覚醒が始まっていたのだ。
そして今、たった少量飲み込んだだけの血が、俺の脳を焼くようだ。王族の血が、本来の俺を目覚めさせていく。
俺は堪えきれず、エルヴィスの腕に噛みつき、血をすすった。
体が燃えていると錯覚するほど熱い。
むずがゆさとともに、背中の痛みがひいていく。
俺の髪がずるりと伸び、体がきしみ、目線がわずかに上がった。
十代に縮んでいた体が、以前の成人したときの姿へ、戻ったのだ。
「殿下・・・・・・?」
イザークが、惚けたように俺をみる。
彼の頭を撫でてやってから、俺はエルヴィスを背後に庇い、両腕を左右に払った。
「散れ」
轟音とともに、俺の腕から炎が吹き出す。
マース達が俺たちに一歩も近づけないよう、弧を描くように炎を操る。
室内を凍てつかせていた氷は俺の生み出す炎で昇華し、部屋はあっという間に燃え上がった。
まるで、"あの日"を再演しているようだ。
違うのは、場所と敵、そして俺の心構え。
ここで死ぬ気は一切ない。
「従兄さん、そのままイザークを抱えていて。もう少しで天井を燃やせるから、崩れた瞬間に、外へ出よう」
「だが、私の眷属がまだーー」
「大丈夫。もうすぐそこまで来てるじゃないか」
耳をすまさなくても聞こえる。
二人分の足音が、猛スピードでこちらへ近づいてくる。
俺が炎の威力を意図的に弱めると同時に、融解した自動扉を蹴り破って、デズモンドという青年と、見覚えのない女性が入ってきた。
二人は部屋の有様を見て一瞬動揺していたが、すぐさま主人であるエルヴィスの傍らに駆け寄った。
「エルヴィス様、これは・・・・・・!?」
「話はあとだ。すぐにここを離れる」
「ですが、ご主人様お一人で我々四人を連れて逃げるのは困難かと・・・・・・」
冷静にそう意見を述べた女性を振り返り、俺は微笑した。
「大丈夫。俺が君たち二人を抱えて逃げるよ」
「え?」
いぶかしむ二人から目を離し、俺は翼を広げた。
王族の象徴である翼を目の当たりにしたデズモンドと女性は、言葉を失っている。
王族はエルヴィス一人と思っていたのだから、当然といえば当然か。
俺は操っていた炎を消すと、燃えて消え去った天井を見上げた。
「従兄さん、行って」
「・・・・・・今度は、ちゃんと戻ってくるよな?」
過去を思い出しているのだろう。不安そうに眉をひそめる従兄に、俺は顔を近づけた。
初めて自分から、兄に口付けた。
従兄の薄い唇をはみ、肩を軽く押してやった。
「当たり前だ。ーーほら、行って」
「わ、分かった」
熱風のせいか、頬を赤らめた従兄は、イザークを抱えて飛び立った。
俺もあとに続こうと、眷属の二人へ手を伸ばす。
だが、
「お待ち下さい・・・・・・!」
マースの両腕が俺の体に回り、背後から強く抱きしめられた。
眷属の二人が身構えたが、俺は静かに片手で制止した。
マースから、いつもの狂気じみた雰囲気を感じられなかったからだ。
震えながら抱きついている彼を振り返り、俺は苦笑した。
「マース・・・・・・」
「殿下、私を置いていくのですか!? 真のお姿を取り戻されたのならなおさら、側にいて下さい・・・・・・!」
「俺の居るべき場所はここじゃない」
「今までともに戦ってきた我々を裏切って、エルヴィス様のところへ戻られるというのですか!?」
「裏切るも何も、俺はもうお前たちが敵と定めるーーヴァンパイアだよ」
しきりに嫌だ嫌だと、本当に幼子のように駄々をこねるマースは、俺の肩に顔を押しつけた。
「お願いです、ここにいて下さい・・・・・・!」
「ーーもう、お前の願いを聞いてはやれない」
この数日、お前に辱められ、虐げられた事は忘れない。
自分の私利私欲のために、俺とイザークを苦しめた。
俺はマースを引き剥がして、眷属の二人を抱えた。
空中に浮かび上がった俺を見上げ、マースが泣きながら絶叫する。
「殿下! どこへ行かれようと、私は必ずあなたを手中に取り戻しますよ! どんな手段を使ってでも・・・・・・!」
熱風を叩きつけてさらに高度を上げ、俺は再度マース達を見下ろした。
遊撃隊の皆がーーローガンが、睨むように俺を見ている。
彼らにとって、今の俺はなんだ?
まだ仲間と思っていてくれるのかーーもはや敵か。
俺の中での彼らは、仲間か敵か?
・・・・・・自分自身、よくわからなかった。
ただ、敵として完全に見れないのは確かで、特にローガンとの決別は、少し辛い。
「ーーでも、俺はヴァンパイアの世界に・・・・・・エルヴィスのいる世界に帰るよ」
口端に薄く笑みを浮かべ、俺は今度こそ聖騎士団本部に背を向けた。
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