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2章 吹く風既に、台風の目に
2-33 いざという手でも、その先を見据え
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‥‥‥それは、どこかで見たような風景。
けれども、それがどこなのか分からない。
ただ、一つだけ言えるのであれば、ほんの赤子だった時の小さな記憶の中なのだろう。
―――ふふふ、ねぇ、見てあなた。笑ったわ。
―――本当だ、君と一緒で嬉しいのだろう。良い子に育つのが楽しみだ。
小さな赤子を抱き上げながら、普通の夫婦のような平和な会話がなされている。
―――良い子、良い子、私の赤ちゃん。持てる力をすべて奉げて生まれた、愛しい子。人として過ごせるように、全力で押しとどめるのに全部使ったけれども、それでも元気に成長してくれているのが嬉しいわ。
―――代償に失っても、こうやって平和に過ごせるのならば惜しくもない。いや、いつの日かこの子に力が発現してしまう恐れもあるけれど‥‥‥
―――大丈夫よ!ほら、知り合いの滅茶苦茶危険な神すら呪える呪術師様から、きちんと抑え込む呪具を奪い、こほん、いただいて来たもの。丁寧な説得で分かってもらえたから、良かったわぁ。
―――なんで君はそんな無茶苦茶な事が出来るのだろう?
―――大丈夫、恐ろしいものでもなかったわ。一応、人目についても大丈夫なように、誰が調べても普通のネックレスにしか見えないように、友人のメイドさんに頼んで加工してもらったから問題はないわ。
―――そのメイドが何者なのか、気になるよ。
訂正。何か物騒な会話だった。というか、何をしているのだろうかこの夫婦。
顔は見えはすれども、赤子の時の記憶故かぼんやりとしたようにしか見えない。でも、何処か安心できるような、懐かしい香りや声がしていると思える。
―――でも、何時かは限界が来るから、そんな力を使わなくてもいいように、もっと平和にしないとね。力をすべてこの子に奉げて失っても、頼れる人脈が残っているのは幸運だったわ。
―――9割ぐらいの人が、失っていても恐怖を覚えているせいで何もできないような気がするのは気のせいだっただろうか?まぁ、きちんと分かってくれているのだから、大丈夫だとは思うけれども。
―――そうよ。ええ、失ってしまっても私は私であることに変わりはない。たとえ今はもう、人と同じ身に完全に墜ちてしまっても、魂までが変わるわけもないのよね。
―――その豪快さも失われないのは、変わらないままだと思えるよ。できればもううちょっと、大人しくなってほしかった人もいたかもしれないけれども…‥‥うん、多分無理なんだろうなぁ。
呆れたようにそう語る男の声だが、それに対してふふふっと笑う女の声。
何かと訳があるように思えるが、そんなものも今は気にせずに、ただ一組の夫婦としての空気がその場を漂う。
―――と、いけないわね。あなた、今日は村長さんの畑仕事があったはずよ。そろそろ行かないといけないわ。
―――あ、そう言えばそうだった。君ばかりではなく、こちらも人に堕ちたからこそ働かなければ生きていけないからね。それじゃ、行ってくるよ。留守番を任せるね。
―――ええ、こんな田舎の辺境に盗賊などは来ないかもしれないけれど、来たらいつでも潰す手段は用意しているから、安心してね。
―――‥‥‥何を潰すのかは、聞かないことにするよ。
ツッコミどころがあるようだが、それでも普通の夫婦である事には変わらない。
男の人が去った後、女の人が俺をそっと優しく抱き直し、家事のために動き始める。
―――ふふふ、彼方のお父さんは今、一生懸命畑仕事をしているわ。ふるったことも無かったはずなのに、もうここに定住してから慣れたようで中々様になっているのよ。ねぇ、大きくなったら一緒にあなたも傍で真似をしたりするのかしらねぇ…‥‥
――――――――――――――――――――――
「----様、-人様!!」
「‥‥‥」
「ご主人様、ご主人様起きてくだサイ!!」
「…‥‥っ‥‥‥ぜ、ゼナ」
‥‥‥懐かしいような、記憶の片隅にあった夢を見ていたような気分から、彼女の声によって起こされた。
そうだ、俺たちはあの魔獣の位置を確認して、攻撃を受け流してさっさとその場から後にしようとして‥‥‥
ズギィッツ!!
「いっだぁぁぁあ!?」
体を起こそうとして、強烈な全身の痛みに思ず声を出す。
「ご主人様!!気が付かれましたカ!!いえ、先に動かないでくださいというべきでしたが、意識が戻ってよかったデス!!」
なにやら後頭部が柔らかいと思ったが、どうやら今、俺はゼナに膝枕をされて寝かされているらしい。
そして天上の方を見れば、蠢く肉壁が存在しており、どう考えても普通ではない場所に俺たちはいるようだ。というか、今の痛みは…‥‥
「…‥‥全身、何か真っ黒な包帯で巻かれているんだけど。あとゼナ、なんでお前裸なの!?」
「私の水着、いざという時に治療用の包帯にできるように仕掛けていたので、使っただけデス!!」
膝枕されている体位上、何やら見えてしまったことはさておき、慌てて目をつぶりながら今の状況を教えてもらう。
どうやら俺たちは今、あの巨大な海に浮かぶクジラのような魔獣に飲み込まれて、その体内に取り込まれているらしい。
幸いなことに、胃に到達する前にゼナが内部をえぐり取って緊急の避難場所を作って胃液に溶かされるという事態を逃れることはできたようだが、飲み込まれた後の口内に叩きつけられた衝撃のせいで、俺の全身の骨という骨にひびが入ったそうである。
「ご主人様の身のために、実は普段から防護膜を張ってますので、全身粉砕骨折は免れたのですが、流石に防ぎきることができないほどの衝撃でシタ。下手に動かせばもっとひどくなりそうでしたので、これでも頑張ってどうにかしたのデス」
「そうか…‥‥でも、贅沢は言わないけど、もうちょっとマシな包帯とかはなかったのか?」
「水着になっている私に、まともな道具は持っていなかったのデス。腕とか肢とか外して中のものも出せますが、治療用のものは不足してましたので、持ちうる限りの薬を使用しまシタ」
うん、確かにそうだった。水着の彼女が多くの必要な道具を持っているはずがない。いまさらっと何かもっとヤヴァイ情報を吐いたような気がしなくもないが、そちらは聞かなかったことにしたい。
とにもかくにもなんとか溶かされる危機は回避できたようで、ここはあの魔獣の腹の中。
巨体だけに内臓の壁も中々ぶ厚かったようで、貫通しないギリギリで避難場所を作れたようである。
「というか、そのまま貫通して外部への脱出などはできないのか?」
「今のご主人様の身体では危険デス。それに、掘り進めたのですが今の私ではこれが限界でシタ。ビーム掘削方法も、魔獣の内臓相手では少々相性が悪かったのデス」
どういう掘削をしているんだろうか、このメイド魔剣。そうツッコミをいれると、手をビンっと伸ばして指先から光線がほとばしり、実演してくれた。それ、どうやってんの?
「とりあえずご主人様の意識が早く回復してくれたのは良かったのデス。10分程度でしたが、永劫の時間に思えまシタ…‥‥」
普段では絶対に聞かないような、不安げな声。
心配をかけさせてしまったようで、非常に罪悪感を感じさせられる。
「まぁ、こうやって体は動かずとも意識が戻ったから、気に病むことも無いけれども‥‥‥今の状況として喰われている状況は変わりないよね?」
「ハイ。捕食されず、内臓の修復阻害のために手持ちの猛毒を大量に使用してますので、この避難場所が無くなる可能性はありまセン。とは言え、脱出する方法が今の手持ちには有りまセン。それに、これはメイドとしては非常に、非常に、非常に申し訳ないのですが…‥‥ご主人様の持ち物の、大事なコレが駄目になりまシタ」
揺れ動く彼女の実を見ないようにそらしつつ、見せてもらったのは…‥‥母の形見の、ネックレス。
しかしながらその形状はすでにボロボロになっており、もはや何なのか分からないほどに変わり果てていた。
「ご主人様が肌身離さず大事に持っていた、形見の品を、衝撃で駄目にさせてしまい、メイドとして申し訳ないのデス。場所が場所ならば、ここは形式に乗っ取り自爆して責任を…‥‥」
「いやしないで!!自爆されたら何もかも吹き飛ぶんだが!!」
物騒過ぎるが、壊れてしまったものはしょうがない。
母の形見という事で大事に持っていたが、いざ壊れてしまうと何とも言いようのない気持ちになるし、後でどうにかする手段をなんとか探してもらえばいいだけだ。
惜しいけれども、命が助かっただけでも儲けものもでもあるし‥‥‥案外、この形見が身代わりになって僕の命を取り留めさせたのかもしれないからね。
「何にしても、今はこの状況をどうにかしないとなぁ…‥‥このまま安全なここに引き籠っているわけにもいかないだろうけれども、本当にどうしようもないの?」
「ハイ。道具はないですし、私の実力不足で脱出不可能デス。外ではおそらく魔剣士たちが動いているのでしょうが、ここまでたどり着くのは…‥‥可能性としては限りなく低いと思われマス」
魔獣が絶命してくれれば、その身は消えるのでここまで到達せずとも討伐が済んでくれればいい。
けれども、あれだけの巨体の魔獣ゆえに、そう簡単に事が進まないことぐらい理解できる。
行き詰って、どうもこうもすることができないこの状況。
このままここで朽ちる運命となって、抗えずに終わるのかと思ったが…‥‥ふと、この状況下であることを思い出した。
「‥‥‥なぁ、ゼナ。俺の身体って今、動かせない状態だよな?」
「そうですね…‥‥モードチェンジ後、ご主人様の身体を動かしたとしても、満足に動けないどころか悪化する可能性の方が高いデス」
「だったら一つ、賭けてみたいんだが…‥‥リスクを用いて、何処か『欠落』すれば、魔剣を代用にして動かせないかな?」
「‥‥‥‥」
その言葉に、ゼナは黙り込んだ。
彼女は魔剣としては様々な型に当てはまりにくいが、一つ近いものとしては自分で言っていた、代償をもたらす呪いの魔剣。
リスクは『欠落』だが。その欠落が何を示すのかは不明であり、使うにしても危険すぎる。
けれどももし、肉体のどこかの欠落であれば…‥‥ソードモードで手が剣になる応用として義手や義足のようにならないのかと思いついたのである。
「‥‥‥ご主人様、そのリスクはそんな簡単なものではないでしょウ。いえ、今の成長している私ならば、リスクを生じさせるのは力を発揮させている時のみにできるはずデス。けれども、大きな力というのは代償を払わないようにできたとしても、完全に失うことはできない…‥‥一生背負う可能性にもなるのデス」
自身の胸部でちょっと顔が見にくい事を理解しているのか、少々腰を曲げて顔を近づけるゼナ。
真剣な表情であり、いつもの冷静な表情以上に冷たいようで、使いたくないように思われる。
「それでも、この状況はこのままではどうにもできない。そのリスクが発揮中のみのものだけにできなかったとしても…‥‥命が失われるのであれば意味がない」
生半可な覚悟ではだめだという事は理解している。そもそも、普段のゼナ自身の無茶苦茶ぶりを良く知っており、その彼女がこうも賛成しないような者だという事は、ただでは済まないようなことになるだろうということは否応なく悟らされる。
けれども、ここで終わるわけにもいかないだろう。どうなるのかもわからないが、それでもやってみなくては何も起きない。何か行動を起こさなければ、意味が無い。
覚悟を持って彼女を見つめれば、しばし考えこみ‥‥‥結論が出たのか、フゥっと息を吐き、瞬時にその姿は僕の手に宿る刃へと転じた。
「ご主人様がそこまでおっしゃるのであれば、メイド魔剣として私は止める事は致しまセン。私はメイドであり魔剣であり、ご主人様の側に寄り添う存在…‥‥覚悟を持つのであれば、お供いたしましょウ。ただし、私にとってもやり方は分かるのですが、どうなるのか不明な以上、いざという時にご主人様の身体を動かして止められませんので、制限時間を設けマス」
「時間はどのぐらいだ?」
「…‥‥最高5分、それ以上はできないようにしておきマス。覚悟はよろしいですネ?」
「ああ。十分だ。…‥‥それで、どうやってやるんだ?」
「簡単な事デス。私のこの身を持って、ご主人様の心臓を貫いてくだサイ」
「‥‥‥‥ちょっと待って。覚悟していたからまだいいけれども、肘から先が刃のソードモードだと、長さ的に突き刺しにくいのだが」
やり方が相当えげつないのは理解したが、ここで一つミスがあった。
彼女の刃の長さがあり過ぎて、貫くことができない。ギリギリ肩なら刺せるが…‥‥
「…‥‥スイマセン、設計ミスデス。ならちょっと無理をして…‥‥グニニニ二」
ぎぎぎぃっと無理やり曲げるかのように刃が反り返り、何とか貫ける状態になる。
相当無理をしているのかぷるぷると震えているようで、メイド姿の彼女が必死になって曲げている姿を想像するとちょっと笑える絵面になるかもしれない。
でも、今は命を賭ける様な手段を取るしかない状況なので、笑いはいらない。
己の心臓を貫かなければ何もできないという無茶苦茶な状況だからこそ、冷静に狙いを定める。
「次回があってほしくないけど、できれば今度機会があればもうちょっとまともな方法で頼む!!」
「了解デス!」
「それじゃ、いくぞ!!」
…‥‥自分自身に刃を突き刺すのは、簡単にできない行為。
けれども、状況が状況であり、覚悟をした今は迷いなく貫き、自身の心臓に彼女が到達した。
不思議と痛みもないのだが…‥‥次の瞬間、どろりと何かが溶け込むような感触がしたかと思えば、貫いた部分から血ではない真っ黒何かが噴き出し始め、この掘った空間を呑み込み始める。
ああ、これが、代償をもって出てくる力か。
何を欠落するのかは分からないが、不思議と恐れることはない。むしろ、不思議なほどに力が湧き出ているような気さえしてくるが…‥‥意識も‥‥‥‥呑まれ…‥‥
―――――――――
―――条件、達成。モード、チェンジ。
―――リスク発動、欠落『人間』、保てなくなる前に、外装で溶け込みを回避‥‥‥いえ、その必要は無いようデス。失われたからこそ、発現したものを確認。代用可能。
―――制御不可能、ご主人様の本能に従い、行動いたしマス。私はメイドであり、魔剣…‥‥ゆえに、何をどうしたいのか、そのままゆだねましょう。
―――『人間』、リスクにより一時的な消失。浮上、失われし‥‥‥
けれども、それがどこなのか分からない。
ただ、一つだけ言えるのであれば、ほんの赤子だった時の小さな記憶の中なのだろう。
―――ふふふ、ねぇ、見てあなた。笑ったわ。
―――本当だ、君と一緒で嬉しいのだろう。良い子に育つのが楽しみだ。
小さな赤子を抱き上げながら、普通の夫婦のような平和な会話がなされている。
―――良い子、良い子、私の赤ちゃん。持てる力をすべて奉げて生まれた、愛しい子。人として過ごせるように、全力で押しとどめるのに全部使ったけれども、それでも元気に成長してくれているのが嬉しいわ。
―――代償に失っても、こうやって平和に過ごせるのならば惜しくもない。いや、いつの日かこの子に力が発現してしまう恐れもあるけれど‥‥‥
―――大丈夫よ!ほら、知り合いの滅茶苦茶危険な神すら呪える呪術師様から、きちんと抑え込む呪具を奪い、こほん、いただいて来たもの。丁寧な説得で分かってもらえたから、良かったわぁ。
―――なんで君はそんな無茶苦茶な事が出来るのだろう?
―――大丈夫、恐ろしいものでもなかったわ。一応、人目についても大丈夫なように、誰が調べても普通のネックレスにしか見えないように、友人のメイドさんに頼んで加工してもらったから問題はないわ。
―――そのメイドが何者なのか、気になるよ。
訂正。何か物騒な会話だった。というか、何をしているのだろうかこの夫婦。
顔は見えはすれども、赤子の時の記憶故かぼんやりとしたようにしか見えない。でも、何処か安心できるような、懐かしい香りや声がしていると思える。
―――でも、何時かは限界が来るから、そんな力を使わなくてもいいように、もっと平和にしないとね。力をすべてこの子に奉げて失っても、頼れる人脈が残っているのは幸運だったわ。
―――9割ぐらいの人が、失っていても恐怖を覚えているせいで何もできないような気がするのは気のせいだっただろうか?まぁ、きちんと分かってくれているのだから、大丈夫だとは思うけれども。
―――そうよ。ええ、失ってしまっても私は私であることに変わりはない。たとえ今はもう、人と同じ身に完全に墜ちてしまっても、魂までが変わるわけもないのよね。
―――その豪快さも失われないのは、変わらないままだと思えるよ。できればもううちょっと、大人しくなってほしかった人もいたかもしれないけれども…‥‥うん、多分無理なんだろうなぁ。
呆れたようにそう語る男の声だが、それに対してふふふっと笑う女の声。
何かと訳があるように思えるが、そんなものも今は気にせずに、ただ一組の夫婦としての空気がその場を漂う。
―――と、いけないわね。あなた、今日は村長さんの畑仕事があったはずよ。そろそろ行かないといけないわ。
―――あ、そう言えばそうだった。君ばかりではなく、こちらも人に堕ちたからこそ働かなければ生きていけないからね。それじゃ、行ってくるよ。留守番を任せるね。
―――ええ、こんな田舎の辺境に盗賊などは来ないかもしれないけれど、来たらいつでも潰す手段は用意しているから、安心してね。
―――‥‥‥何を潰すのかは、聞かないことにするよ。
ツッコミどころがあるようだが、それでも普通の夫婦である事には変わらない。
男の人が去った後、女の人が俺をそっと優しく抱き直し、家事のために動き始める。
―――ふふふ、彼方のお父さんは今、一生懸命畑仕事をしているわ。ふるったことも無かったはずなのに、もうここに定住してから慣れたようで中々様になっているのよ。ねぇ、大きくなったら一緒にあなたも傍で真似をしたりするのかしらねぇ…‥‥
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「----様、-人様!!」
「‥‥‥」
「ご主人様、ご主人様起きてくだサイ!!」
「…‥‥っ‥‥‥ぜ、ゼナ」
‥‥‥懐かしいような、記憶の片隅にあった夢を見ていたような気分から、彼女の声によって起こされた。
そうだ、俺たちはあの魔獣の位置を確認して、攻撃を受け流してさっさとその場から後にしようとして‥‥‥
ズギィッツ!!
「いっだぁぁぁあ!?」
体を起こそうとして、強烈な全身の痛みに思ず声を出す。
「ご主人様!!気が付かれましたカ!!いえ、先に動かないでくださいというべきでしたが、意識が戻ってよかったデス!!」
なにやら後頭部が柔らかいと思ったが、どうやら今、俺はゼナに膝枕をされて寝かされているらしい。
そして天上の方を見れば、蠢く肉壁が存在しており、どう考えても普通ではない場所に俺たちはいるようだ。というか、今の痛みは…‥‥
「…‥‥全身、何か真っ黒な包帯で巻かれているんだけど。あとゼナ、なんでお前裸なの!?」
「私の水着、いざという時に治療用の包帯にできるように仕掛けていたので、使っただけデス!!」
膝枕されている体位上、何やら見えてしまったことはさておき、慌てて目をつぶりながら今の状況を教えてもらう。
どうやら俺たちは今、あの巨大な海に浮かぶクジラのような魔獣に飲み込まれて、その体内に取り込まれているらしい。
幸いなことに、胃に到達する前にゼナが内部をえぐり取って緊急の避難場所を作って胃液に溶かされるという事態を逃れることはできたようだが、飲み込まれた後の口内に叩きつけられた衝撃のせいで、俺の全身の骨という骨にひびが入ったそうである。
「ご主人様の身のために、実は普段から防護膜を張ってますので、全身粉砕骨折は免れたのですが、流石に防ぎきることができないほどの衝撃でシタ。下手に動かせばもっとひどくなりそうでしたので、これでも頑張ってどうにかしたのデス」
「そうか…‥‥でも、贅沢は言わないけど、もうちょっとマシな包帯とかはなかったのか?」
「水着になっている私に、まともな道具は持っていなかったのデス。腕とか肢とか外して中のものも出せますが、治療用のものは不足してましたので、持ちうる限りの薬を使用しまシタ」
うん、確かにそうだった。水着の彼女が多くの必要な道具を持っているはずがない。いまさらっと何かもっとヤヴァイ情報を吐いたような気がしなくもないが、そちらは聞かなかったことにしたい。
とにもかくにもなんとか溶かされる危機は回避できたようで、ここはあの魔獣の腹の中。
巨体だけに内臓の壁も中々ぶ厚かったようで、貫通しないギリギリで避難場所を作れたようである。
「というか、そのまま貫通して外部への脱出などはできないのか?」
「今のご主人様の身体では危険デス。それに、掘り進めたのですが今の私ではこれが限界でシタ。ビーム掘削方法も、魔獣の内臓相手では少々相性が悪かったのデス」
どういう掘削をしているんだろうか、このメイド魔剣。そうツッコミをいれると、手をビンっと伸ばして指先から光線がほとばしり、実演してくれた。それ、どうやってんの?
「とりあえずご主人様の意識が早く回復してくれたのは良かったのデス。10分程度でしたが、永劫の時間に思えまシタ…‥‥」
普段では絶対に聞かないような、不安げな声。
心配をかけさせてしまったようで、非常に罪悪感を感じさせられる。
「まぁ、こうやって体は動かずとも意識が戻ったから、気に病むことも無いけれども‥‥‥今の状況として喰われている状況は変わりないよね?」
「ハイ。捕食されず、内臓の修復阻害のために手持ちの猛毒を大量に使用してますので、この避難場所が無くなる可能性はありまセン。とは言え、脱出する方法が今の手持ちには有りまセン。それに、これはメイドとしては非常に、非常に、非常に申し訳ないのですが…‥‥ご主人様の持ち物の、大事なコレが駄目になりまシタ」
揺れ動く彼女の実を見ないようにそらしつつ、見せてもらったのは…‥‥母の形見の、ネックレス。
しかしながらその形状はすでにボロボロになっており、もはや何なのか分からないほどに変わり果てていた。
「ご主人様が肌身離さず大事に持っていた、形見の品を、衝撃で駄目にさせてしまい、メイドとして申し訳ないのデス。場所が場所ならば、ここは形式に乗っ取り自爆して責任を…‥‥」
「いやしないで!!自爆されたら何もかも吹き飛ぶんだが!!」
物騒過ぎるが、壊れてしまったものはしょうがない。
母の形見という事で大事に持っていたが、いざ壊れてしまうと何とも言いようのない気持ちになるし、後でどうにかする手段をなんとか探してもらえばいいだけだ。
惜しいけれども、命が助かっただけでも儲けものもでもあるし‥‥‥案外、この形見が身代わりになって僕の命を取り留めさせたのかもしれないからね。
「何にしても、今はこの状況をどうにかしないとなぁ…‥‥このまま安全なここに引き籠っているわけにもいかないだろうけれども、本当にどうしようもないの?」
「ハイ。道具はないですし、私の実力不足で脱出不可能デス。外ではおそらく魔剣士たちが動いているのでしょうが、ここまでたどり着くのは…‥‥可能性としては限りなく低いと思われマス」
魔獣が絶命してくれれば、その身は消えるのでここまで到達せずとも討伐が済んでくれればいい。
けれども、あれだけの巨体の魔獣ゆえに、そう簡単に事が進まないことぐらい理解できる。
行き詰って、どうもこうもすることができないこの状況。
このままここで朽ちる運命となって、抗えずに終わるのかと思ったが…‥‥ふと、この状況下であることを思い出した。
「‥‥‥なぁ、ゼナ。俺の身体って今、動かせない状態だよな?」
「そうですね…‥‥モードチェンジ後、ご主人様の身体を動かしたとしても、満足に動けないどころか悪化する可能性の方が高いデス」
「だったら一つ、賭けてみたいんだが…‥‥リスクを用いて、何処か『欠落』すれば、魔剣を代用にして動かせないかな?」
「‥‥‥‥」
その言葉に、ゼナは黙り込んだ。
彼女は魔剣としては様々な型に当てはまりにくいが、一つ近いものとしては自分で言っていた、代償をもたらす呪いの魔剣。
リスクは『欠落』だが。その欠落が何を示すのかは不明であり、使うにしても危険すぎる。
けれどももし、肉体のどこかの欠落であれば…‥‥ソードモードで手が剣になる応用として義手や義足のようにならないのかと思いついたのである。
「‥‥‥ご主人様、そのリスクはそんな簡単なものではないでしょウ。いえ、今の成長している私ならば、リスクを生じさせるのは力を発揮させている時のみにできるはずデス。けれども、大きな力というのは代償を払わないようにできたとしても、完全に失うことはできない…‥‥一生背負う可能性にもなるのデス」
自身の胸部でちょっと顔が見にくい事を理解しているのか、少々腰を曲げて顔を近づけるゼナ。
真剣な表情であり、いつもの冷静な表情以上に冷たいようで、使いたくないように思われる。
「それでも、この状況はこのままではどうにもできない。そのリスクが発揮中のみのものだけにできなかったとしても…‥‥命が失われるのであれば意味がない」
生半可な覚悟ではだめだという事は理解している。そもそも、普段のゼナ自身の無茶苦茶ぶりを良く知っており、その彼女がこうも賛成しないような者だという事は、ただでは済まないようなことになるだろうということは否応なく悟らされる。
けれども、ここで終わるわけにもいかないだろう。どうなるのかもわからないが、それでもやってみなくては何も起きない。何か行動を起こさなければ、意味が無い。
覚悟を持って彼女を見つめれば、しばし考えこみ‥‥‥結論が出たのか、フゥっと息を吐き、瞬時にその姿は僕の手に宿る刃へと転じた。
「ご主人様がそこまでおっしゃるのであれば、メイド魔剣として私は止める事は致しまセン。私はメイドであり魔剣であり、ご主人様の側に寄り添う存在…‥‥覚悟を持つのであれば、お供いたしましょウ。ただし、私にとってもやり方は分かるのですが、どうなるのか不明な以上、いざという時にご主人様の身体を動かして止められませんので、制限時間を設けマス」
「時間はどのぐらいだ?」
「…‥‥最高5分、それ以上はできないようにしておきマス。覚悟はよろしいですネ?」
「ああ。十分だ。…‥‥それで、どうやってやるんだ?」
「簡単な事デス。私のこの身を持って、ご主人様の心臓を貫いてくだサイ」
「‥‥‥‥ちょっと待って。覚悟していたからまだいいけれども、肘から先が刃のソードモードだと、長さ的に突き刺しにくいのだが」
やり方が相当えげつないのは理解したが、ここで一つミスがあった。
彼女の刃の長さがあり過ぎて、貫くことができない。ギリギリ肩なら刺せるが…‥‥
「…‥‥スイマセン、設計ミスデス。ならちょっと無理をして…‥‥グニニニ二」
ぎぎぎぃっと無理やり曲げるかのように刃が反り返り、何とか貫ける状態になる。
相当無理をしているのかぷるぷると震えているようで、メイド姿の彼女が必死になって曲げている姿を想像するとちょっと笑える絵面になるかもしれない。
でも、今は命を賭ける様な手段を取るしかない状況なので、笑いはいらない。
己の心臓を貫かなければ何もできないという無茶苦茶な状況だからこそ、冷静に狙いを定める。
「次回があってほしくないけど、できれば今度機会があればもうちょっとまともな方法で頼む!!」
「了解デス!」
「それじゃ、いくぞ!!」
…‥‥自分自身に刃を突き刺すのは、簡単にできない行為。
けれども、状況が状況であり、覚悟をした今は迷いなく貫き、自身の心臓に彼女が到達した。
不思議と痛みもないのだが…‥‥次の瞬間、どろりと何かが溶け込むような感触がしたかと思えば、貫いた部分から血ではない真っ黒何かが噴き出し始め、この掘った空間を呑み込み始める。
ああ、これが、代償をもって出てくる力か。
何を欠落するのかは分からないが、不思議と恐れることはない。むしろ、不思議なほどに力が湧き出ているような気さえしてくるが…‥‥意識も‥‥‥‥呑まれ…‥‥
―――――――――
―――条件、達成。モード、チェンジ。
―――リスク発動、欠落『人間』、保てなくなる前に、外装で溶け込みを回避‥‥‥いえ、その必要は無いようデス。失われたからこそ、発現したものを確認。代用可能。
―――制御不可能、ご主人様の本能に従い、行動いたしマス。私はメイドであり、魔剣…‥‥ゆえに、何をどうしたいのか、そのままゆだねましょう。
―――『人間』、リスクにより一時的な消失。浮上、失われし‥‥‥
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スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
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