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悪役令嬢は趣味が悪い
「ティーゼ=ヴァリルロード! 君との婚約は本日限り解消させてもらう!」
……来た。
ついに来たわ、この瞬間が。
王城の中庭。春の陽光が眩しい昼下がり。
高らかに宣言したのは、私の婚約者のレオニール=アルフェン伯爵令息。
金髪碧眼、整った顔立ち。
社交界では将来有望と持て囃される青年。
けれど、その腕に絡みついている栗色の巻き毛の令嬢を見れば、状況は明白だった。
「君は冷たく素っ気ない! 君といると息が詰まりそうだった! 何を言われようと婚約破棄は撤回しない! 僕は真実の愛に目覚めたんだ!」
うわあ。
台詞が軽い。羽より軽い。まるでシャボン玉。
でも……
(ありがとうございまあああああす!!!)
っし!! っしゃ!!
心の中で盛大に花火を打ち上げる。
やっと!
やっとこのときが!
私は扇子を閉じ、にこりと微笑んだ。
「そう。よろしいのではなくて?」
「……は?」
間抜け面いただきました。
ええ、驚くでしょうね。
泣き縋ると思った? 怒り狂うと思った?
残念。
あなたなんて最初から眼中にありませんからぁ。
私はゆっくり視線を横へ滑らせる。
そこに立つのは、鋭い眼差しを向けるオーバス=アルフェン伯爵。
レオニールの父で、年齢は五十を越えている。
後退した額は陽光を受けて堂々と輝き、体躯は包容力の塊とばかり豊かに肥えている。
皺が深く刻まれた肌は脂ぎって、とても、とても……
(はああああああああああ……最高ぉぉぉ……ッッッ!!)
尊い。
存在がもう尊い。
あのお腹に顔を埋めたい。
立ちのぼる加齢臭を溺れるくらい吸い込みたい。
社交界の令嬢たちは言う。
「伯爵また頭が薄くなったのではなくて?」
「床が抜けそうですわ」
「なんて醜いの? まるで豚ではありませんか」
だから何だというの。
あの人生を重ねた重厚感。落ち着き。
若造には一生出せない渋み。
さながらヴィンテージの葡萄酒のよう。
見識の狭い令嬢たちにはわからないのね。
あの人の魅力が。
三年前の舞踏会で、低い声で「ごきげんよう」と言われた瞬間。
(あ、私の人生これだわ)
って悟ったのよ。
ええ、私は重度の枯れ専。
ハゲてて肥えているなら尚の事最高。
オーバス伯爵は、私の好みどストライクの超優良物件。
だからこの婚約も、彼に近付くための正規ルート確保に過ぎない。
レオニールには他に思い人がいることは知っていたし、なら私が冷たい態度を執れば浮気に走ることも予想がついていた。
だからこそ止めなかった。
(婚約破棄された方が都合いいんですもの!!!)
堂々と縁が切れる。
そして私は自由の身。
そしたら……フフ、フフフフフ。
「伯爵様」
私は一歩進み、優雅に礼を取る。
外面は完璧な淑女。
内心は今すぐにでも中庭をスキップで駆け回りたい気持ちでいっぱい。
「ご子息のご決断、立派でございましたわ。婚約破棄、つつしんでお受け致します」
伯爵の視線が私を射抜く。
「冷静だな、ティーゼ嬢。君なら愚息の手綱を握れると思っていたが」
ひゃあああああ低音ボイスきちゃああああああ!!!
落ち着け私。顔に出すな。
「感情で取り乱す趣味はございませんの」
「不肖の息子が恥をかかせた。この詫びはいずれ必ず」
お詫び……?
ええ、いいんですの?
そんな、ねぇ?
「ぐふっ」
「どうかしたか?」
「いえ、なんでも」
危ない危ない欲望が口から垂れるところでした。
伯爵は妻と死別しており、再婚の話はすべて断ってきたという。
孤高。堅物。醜い容姿で誰からも相手にされない冷たい男。
(そういうとこが好き!!!)
もう既成事実を作ってしまいましょうか?
もちろん下品な意味で。
息子が婚約破棄した負い目もあるでしょうし、少し弱った令嬢のフリをすればワンチャンあるのでは?
そしたら一発で伯爵の子を孕んでみせるわ。
絶対に逃してなんかやらないから。
後日、婚約破棄の賠償について話し合うべく伯爵家に赴いた。
慰謝料に関してレオニールは渋い顔を見せたが、令嬢一人の顔に泥を塗ったのだとオーバス様に諌められては押し黙らざるを得ない。
浮気相手との生活に夢を見るための資金だったのだろうけど、残念無念ですわね。
この後彼は、真実の愛に盲目し家名を貶めた愚か者と、社交界で後ろ指を差されることだろう。
私にそんな気が無いばかりに、本当にご愁傷様。
私はあなたのお父様と仲睦まじくなってやりますから。
お義母様と呼ぶ心構えをしておくことですね。
「伯爵様、この度はご迷惑をおかけしました。私が至らないばかりに」
目尻に涙。
よろめく身体。
どう?
私はか弱いでしょう?
肩を抱くくらいのことはしてもいいですのよ?
そのまま押し倒してもらっても。
「ティーゼ嬢」
ひゃあああああああああああああああああああ!!!
耳元で囁かれたわけでもないのに脳が溶ける。
「場所を移して話そうか」
きた。
きたわこれ。
展開が早い。最高。
私は控えめに頷く。
「ええ、もちろん」
伯爵に導かれ、回廊の奥の人気の無い談話室へ。
こんなところで及ぶ情事のなんて風情のあること。経験は無いので勝手な妄想ですが。
扉が閉まる。
静寂。
距離、近い。
近い近い近い近い。
(落ち着け私。鼻息荒い。吸うな。今は吸うな。今伯爵の香りを堪能しようものなら発狂してしまう)
伯爵が椅子に腰を下ろすと、重厚な革張りが軋んだ。
「さて」
彼は私をまっすぐ見た。
「何から話したものか。……いや、回りくどいことはよそう。お互い搦め手は得意ではないだろう。此度の愚息との婚約。最初から乗り気ではなかったな?」
…………は?
私は瞬きを一つ。
「な、何のことでしょう?」
いけない声が上ずった。
「取り繕う必要は無い。君は最初から愚息を見てなどいなかった」
心臓、跳ねる。
え。
え、バレてる?
「レオニールは元より、身分や財産にも興味を示さない。その異物感は拭えなかった。だが、私を見る目だけは違ったな」
ひゃっ。
待って。
待って待って待って待って。
脳内で警報が鳴る。
(え、何それ。何それ。私そんなにガン見してました?)
伯爵は顎に手をやる。
「まるで珍獣でも観察するような目だった」
違います崇拝です!!
焦りながらも顔には完璧な微笑み。
偉い私。
ここでボロを出せば全て水の泡。
「ご冗談を。私はただのか弱い……」
「冗談ではない」
伯爵の口元が僅かに上がる。
あ、これ。
これ絶対わかってる顔。
「君は愚息を冷たくあしらい続けた」
「……相性が合いませんでしたので」
「そうだろうな。愚息は浅い。君の目は、亡き妻によく似ている。あれも私を踏み台にのし上がろうとしていた野心家だった」
バッサリと容赦無い言葉。
そして、それに続くのは、
「君の目当ては私だろう?」
静寂。
(……え?……え??)
思考が一瞬停止して、次の瞬間には大爆発を起こした。
(なんで?! なんで?! なんでそんな直球でくるの?!)
私は持っていた扇子を握り締めた。
「……は、伯爵様は、ご自身を随分と過大評価なさっているご様子ですね。ま、まさか、私がそんな、はしたない女だと? これでも一人前の淑女で」
「そうか?」
彼は立ち上がった。
距離が縮まる。
近い。
近い近い近い近い近い。
「では訊こう。愚息と私、君ならどちらを選ぶ」
愚問ンンン!!
「そ、それは……」
「答えなさい」
ひいいいい!!
「……は、伯爵様」
「もっと大きな声でないと聞こえないな」
低音の圧。
身を竦ませる威圧感。
なのに、その目はどこか楽しげ。
あ、これ……試されてる。
私は観念した。
どうせバレているならば腹を括るしかない。
「……伯爵様でひゅ!!」
言った。
噛んだけど言ってしまった。
空気が震える。
伯爵の目が細くなる。
「理由は」
言わせる?!
なんて酷い、なんて嗜虐趣味!
ああでもそんな意地悪なところがステキ。
その眼光は歴戦を思わせる獅子のものでも、雄大な大鷲のものでもない、言うなれば獲物を見据える脂ぎったガマガエル。
私はただの捕食対象だとでも言うのだろうか。
だがここで退けば負けと、私は深呼吸を一つ、おもむろに言葉を紡いだ。
「人生を重ねた重み。責任を背負う覚悟。揺るがぬ威厳。あなた様の全てが魅力的だからです」
嘘は一つも無い。
伯爵は数秒黙り、やがて低く笑った。
「変わった娘だ」
自負してますとも。
「若い男に興味は無いと?」
「青い果実を甘受したことはございません」
「そうか」
伯爵は私の顎に指をかけ、吐息が触れ合う距離で囁いた。
「私は青い果実も好物だがな」
……
…………
………………
(き、きちゃあああああああああああああああああああああああ!!!)
色気エグぅぅぅ!!
もしかしてこのまま?!
このまま孕ませられます?!
っしゃあいつでもお願いします!!
羞恥と興奮が同時に押し寄せる。
伯爵の声は愉快そうだった。
「野心ある女性は魅力的だが、まだ年若い、婚約を破棄された令嬢に手を出すほど私は愚かではない。既成事実を狙うなら、私が隙を見せた時にしろ」
待って。
待ってください。
それって。
それってつまり。
「……隙を、見せてくださるのですか?」
伯爵は見目にそぐわない絶対的な自信を以て微笑んだ。
「君次第だ」
完敗。
いや、これは開戦だ。
私は悟った。
この男、ただの渋い伯爵ではない。
同類だ。
愚息を踏み台にした女を面白がり、真正面から欲望をぶつけてくる。
(最ッ高じゃないですか……)
趣味が悪い。
だが伯爵も相当なようで。
なら遠慮はいりませんわね。
そして私たちの腹黒い駆け引きは、ここから本番を迎えるのだった。
(絶対孕んでやりますから。お覚悟あそばせ)
ぐふふ。
……来た。
ついに来たわ、この瞬間が。
王城の中庭。春の陽光が眩しい昼下がり。
高らかに宣言したのは、私の婚約者のレオニール=アルフェン伯爵令息。
金髪碧眼、整った顔立ち。
社交界では将来有望と持て囃される青年。
けれど、その腕に絡みついている栗色の巻き毛の令嬢を見れば、状況は明白だった。
「君は冷たく素っ気ない! 君といると息が詰まりそうだった! 何を言われようと婚約破棄は撤回しない! 僕は真実の愛に目覚めたんだ!」
うわあ。
台詞が軽い。羽より軽い。まるでシャボン玉。
でも……
(ありがとうございまあああああす!!!)
っし!! っしゃ!!
心の中で盛大に花火を打ち上げる。
やっと!
やっとこのときが!
私は扇子を閉じ、にこりと微笑んだ。
「そう。よろしいのではなくて?」
「……は?」
間抜け面いただきました。
ええ、驚くでしょうね。
泣き縋ると思った? 怒り狂うと思った?
残念。
あなたなんて最初から眼中にありませんからぁ。
私はゆっくり視線を横へ滑らせる。
そこに立つのは、鋭い眼差しを向けるオーバス=アルフェン伯爵。
レオニールの父で、年齢は五十を越えている。
後退した額は陽光を受けて堂々と輝き、体躯は包容力の塊とばかり豊かに肥えている。
皺が深く刻まれた肌は脂ぎって、とても、とても……
(はああああああああああ……最高ぉぉぉ……ッッッ!!)
尊い。
存在がもう尊い。
あのお腹に顔を埋めたい。
立ちのぼる加齢臭を溺れるくらい吸い込みたい。
社交界の令嬢たちは言う。
「伯爵また頭が薄くなったのではなくて?」
「床が抜けそうですわ」
「なんて醜いの? まるで豚ではありませんか」
だから何だというの。
あの人生を重ねた重厚感。落ち着き。
若造には一生出せない渋み。
さながらヴィンテージの葡萄酒のよう。
見識の狭い令嬢たちにはわからないのね。
あの人の魅力が。
三年前の舞踏会で、低い声で「ごきげんよう」と言われた瞬間。
(あ、私の人生これだわ)
って悟ったのよ。
ええ、私は重度の枯れ専。
ハゲてて肥えているなら尚の事最高。
オーバス伯爵は、私の好みどストライクの超優良物件。
だからこの婚約も、彼に近付くための正規ルート確保に過ぎない。
レオニールには他に思い人がいることは知っていたし、なら私が冷たい態度を執れば浮気に走ることも予想がついていた。
だからこそ止めなかった。
(婚約破棄された方が都合いいんですもの!!!)
堂々と縁が切れる。
そして私は自由の身。
そしたら……フフ、フフフフフ。
「伯爵様」
私は一歩進み、優雅に礼を取る。
外面は完璧な淑女。
内心は今すぐにでも中庭をスキップで駆け回りたい気持ちでいっぱい。
「ご子息のご決断、立派でございましたわ。婚約破棄、つつしんでお受け致します」
伯爵の視線が私を射抜く。
「冷静だな、ティーゼ嬢。君なら愚息の手綱を握れると思っていたが」
ひゃあああああ低音ボイスきちゃああああああ!!!
落ち着け私。顔に出すな。
「感情で取り乱す趣味はございませんの」
「不肖の息子が恥をかかせた。この詫びはいずれ必ず」
お詫び……?
ええ、いいんですの?
そんな、ねぇ?
「ぐふっ」
「どうかしたか?」
「いえ、なんでも」
危ない危ない欲望が口から垂れるところでした。
伯爵は妻と死別しており、再婚の話はすべて断ってきたという。
孤高。堅物。醜い容姿で誰からも相手にされない冷たい男。
(そういうとこが好き!!!)
もう既成事実を作ってしまいましょうか?
もちろん下品な意味で。
息子が婚約破棄した負い目もあるでしょうし、少し弱った令嬢のフリをすればワンチャンあるのでは?
そしたら一発で伯爵の子を孕んでみせるわ。
絶対に逃してなんかやらないから。
後日、婚約破棄の賠償について話し合うべく伯爵家に赴いた。
慰謝料に関してレオニールは渋い顔を見せたが、令嬢一人の顔に泥を塗ったのだとオーバス様に諌められては押し黙らざるを得ない。
浮気相手との生活に夢を見るための資金だったのだろうけど、残念無念ですわね。
この後彼は、真実の愛に盲目し家名を貶めた愚か者と、社交界で後ろ指を差されることだろう。
私にそんな気が無いばかりに、本当にご愁傷様。
私はあなたのお父様と仲睦まじくなってやりますから。
お義母様と呼ぶ心構えをしておくことですね。
「伯爵様、この度はご迷惑をおかけしました。私が至らないばかりに」
目尻に涙。
よろめく身体。
どう?
私はか弱いでしょう?
肩を抱くくらいのことはしてもいいですのよ?
そのまま押し倒してもらっても。
「ティーゼ嬢」
ひゃあああああああああああああああああああ!!!
耳元で囁かれたわけでもないのに脳が溶ける。
「場所を移して話そうか」
きた。
きたわこれ。
展開が早い。最高。
私は控えめに頷く。
「ええ、もちろん」
伯爵に導かれ、回廊の奥の人気の無い談話室へ。
こんなところで及ぶ情事のなんて風情のあること。経験は無いので勝手な妄想ですが。
扉が閉まる。
静寂。
距離、近い。
近い近い近い近い。
(落ち着け私。鼻息荒い。吸うな。今は吸うな。今伯爵の香りを堪能しようものなら発狂してしまう)
伯爵が椅子に腰を下ろすと、重厚な革張りが軋んだ。
「さて」
彼は私をまっすぐ見た。
「何から話したものか。……いや、回りくどいことはよそう。お互い搦め手は得意ではないだろう。此度の愚息との婚約。最初から乗り気ではなかったな?」
…………は?
私は瞬きを一つ。
「な、何のことでしょう?」
いけない声が上ずった。
「取り繕う必要は無い。君は最初から愚息を見てなどいなかった」
心臓、跳ねる。
え。
え、バレてる?
「レオニールは元より、身分や財産にも興味を示さない。その異物感は拭えなかった。だが、私を見る目だけは違ったな」
ひゃっ。
待って。
待って待って待って待って。
脳内で警報が鳴る。
(え、何それ。何それ。私そんなにガン見してました?)
伯爵は顎に手をやる。
「まるで珍獣でも観察するような目だった」
違います崇拝です!!
焦りながらも顔には完璧な微笑み。
偉い私。
ここでボロを出せば全て水の泡。
「ご冗談を。私はただのか弱い……」
「冗談ではない」
伯爵の口元が僅かに上がる。
あ、これ。
これ絶対わかってる顔。
「君は愚息を冷たくあしらい続けた」
「……相性が合いませんでしたので」
「そうだろうな。愚息は浅い。君の目は、亡き妻によく似ている。あれも私を踏み台にのし上がろうとしていた野心家だった」
バッサリと容赦無い言葉。
そして、それに続くのは、
「君の目当ては私だろう?」
静寂。
(……え?……え??)
思考が一瞬停止して、次の瞬間には大爆発を起こした。
(なんで?! なんで?! なんでそんな直球でくるの?!)
私は持っていた扇子を握り締めた。
「……は、伯爵様は、ご自身を随分と過大評価なさっているご様子ですね。ま、まさか、私がそんな、はしたない女だと? これでも一人前の淑女で」
「そうか?」
彼は立ち上がった。
距離が縮まる。
近い。
近い近い近い近い近い。
「では訊こう。愚息と私、君ならどちらを選ぶ」
愚問ンンン!!
「そ、それは……」
「答えなさい」
ひいいいい!!
「……は、伯爵様」
「もっと大きな声でないと聞こえないな」
低音の圧。
身を竦ませる威圧感。
なのに、その目はどこか楽しげ。
あ、これ……試されてる。
私は観念した。
どうせバレているならば腹を括るしかない。
「……伯爵様でひゅ!!」
言った。
噛んだけど言ってしまった。
空気が震える。
伯爵の目が細くなる。
「理由は」
言わせる?!
なんて酷い、なんて嗜虐趣味!
ああでもそんな意地悪なところがステキ。
その眼光は歴戦を思わせる獅子のものでも、雄大な大鷲のものでもない、言うなれば獲物を見据える脂ぎったガマガエル。
私はただの捕食対象だとでも言うのだろうか。
だがここで退けば負けと、私は深呼吸を一つ、おもむろに言葉を紡いだ。
「人生を重ねた重み。責任を背負う覚悟。揺るがぬ威厳。あなた様の全てが魅力的だからです」
嘘は一つも無い。
伯爵は数秒黙り、やがて低く笑った。
「変わった娘だ」
自負してますとも。
「若い男に興味は無いと?」
「青い果実を甘受したことはございません」
「そうか」
伯爵は私の顎に指をかけ、吐息が触れ合う距離で囁いた。
「私は青い果実も好物だがな」
……
…………
………………
(き、きちゃあああああああああああああああああああああああ!!!)
色気エグぅぅぅ!!
もしかしてこのまま?!
このまま孕ませられます?!
っしゃあいつでもお願いします!!
羞恥と興奮が同時に押し寄せる。
伯爵の声は愉快そうだった。
「野心ある女性は魅力的だが、まだ年若い、婚約を破棄された令嬢に手を出すほど私は愚かではない。既成事実を狙うなら、私が隙を見せた時にしろ」
待って。
待ってください。
それって。
それってつまり。
「……隙を、見せてくださるのですか?」
伯爵は見目にそぐわない絶対的な自信を以て微笑んだ。
「君次第だ」
完敗。
いや、これは開戦だ。
私は悟った。
この男、ただの渋い伯爵ではない。
同類だ。
愚息を踏み台にした女を面白がり、真正面から欲望をぶつけてくる。
(最ッ高じゃないですか……)
趣味が悪い。
だが伯爵も相当なようで。
なら遠慮はいりませんわね。
そして私たちの腹黒い駆け引きは、ここから本番を迎えるのだった。
(絶対孕んでやりますから。お覚悟あそばせ)
ぐふふ。
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