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第一章 後宮の中でも外でも事件だらけ

宴にはサプライズを

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 皇后主催の宴は開催される。
 滅多に使われることがない大広間は左右を吹き抜けにしたことで庭師により丁寧に手入れされた庭が一望できる。この季節は生い茂る植物を見られるので壮大な景色だろう。

 国中の美女を集めてきた後宮
 そんな彼女たちがさらに着飾り、一番の注目を集めようと必死になったことでさらに輝くをましたのは言うまでもない。そんな女性たちに囲まれて中央に空いている席が2席用意されており、1つはもちろん後宮の主たる皇帝陛下、その人だ。そして、その隣に用意されたのは2日前に出席されることが決まった皇太子殿下だ。彼の出席は誰も予想しておらず、これも皇帝陛下からの命令によるものらしいから本人は気乗りしていないだろう。皇帝陛下の意図は誰にも分らないが、皇后はとにかく皇帝陛下に自分を印象付けることで必死である。

「ねえ、これはどう?香月。」
「よいではないでしょうか。」
「ねえ、じゃあこれは?」
「何を着ても似合います。」

 次から次へと反物を合わせて尋ねる美女に適当に返すのは顔のつくりがよく似た男性だ。彼はまだ十代のようであり幼さが残るが青年の要素が強くなっている。彼、香月は皇后の実子であり成人を迎えたために麒の性をもらって宮殿から去った皇子だ。ただ、受け継がれていないのは髪と目の色であり、彼の目は皇子というわりに高貴の青を受け継いではいない。彼が皇子として名を残しているのはひとえに母親が持つ権力のおかげだろう。

 それほどに、母親である皇后が溺愛しているというのに、香月の方は全くもって彼女に対して冷たい態度を取り続けている。彼は最初から帝位なんてものを望んだことがなかった。ただ、大きくない家で静かに暮らすことが彼にとってこの宮殿で暮らした時からの希望だった。それが今叶えられている状態なのだが、母親である皇后は事あるごとに呼びつけるのでおちおち平穏を満足することもできない。
 この宴もとても出る気にはならなかった。香月にとってはあまり顔を合わせたくない人物がいるからだ。それは自分が負い目を感じることになるからだ。それは宴で中央に座る人物であり、彼より数年年上に当たる。後宮から唯一成人しても追い出されることがない人物、皇太子である明悠だ。

 幼いころは立場など気にせずによくできた彼を大好きな兄と慕っていたが、年を重ねるうちに彼との間には大きな溝があることを知り、香月は一切彼に会いに行くことはなかった。あれから、成人して宮殿を去るときも明悠は見送りに来ることはなく、彼自身もそれでいいと思った。

「今日の宴はいつもより盛大なのよ。あんな礼儀のなっていない男が1人混じっているけれど、そんなことは気にしなくていいわ。香月、あなたよりも凛々しい男なんていないんだから。」

 少女のように笑っていう皇后。
 これが本心なのだから香月は内心ため息を吐いている。彼女は幼い子供と同じだ。大きな権力を持って生まれてそれに守られ続けている。皇后になった時も家が変わっただけで特に彼女の生活になんら変化はない。どんな罪も彼女の前ではひれ伏してしまうほどに。

「さて、行きましょうか。香月。」
「はい。」

 はあ、と皇后に気づかれないように彼はそっとため息を吐く。

 宴が行われるのは大広間
 今では皇太后の誕生日でしか使用されていないが、後宮のトップである皇后の命ならば使用許可さえもあっさりともらえる。皇后とともに入場した香月は川が割れるようにすでに入場していた妃たちが左右に分かれるのをどこか他人事のように見ている。この様子も幼いころから見てきた光景であり、変化の見られないこの場所に憂鬱な気はさらに大きくなる。皇太后もすでに入場していたようで、妃という括りでいえば、皇后が最後だったようだ。

「皇后、そなたが主催だったのに、一番遅れてくるとは。」

 第一声が小言なのだが、皇太后の目は娘でも見るかのように温かい目だ。

「申し訳ございません。皇太后様。反物を選ぶのに忙しかったのです。息子がもう少し積極的に選んでくれたら早く来れたのですが。この子は「似合う」の一点張りです。」
「香月、よく来たの。たまには、母に顔を見せなさい。お前は唯一の子なのだから。お前ときたら成人して外に出てから宴の時でないと来ないとは。」

 皇太后の小言はまだ終わっていなかったようで皇后から自分に向けられ香月はやってられない気分になる。そもそも成人して出た皇子がそう簡単に後宮に来られるわけがない。後宮は皇帝陛下と皇太子の花でありそれ以外の皇族には立ち入りが禁止されている場所だ。皇太后の発言は2人に対して無礼と取られても不思議ではないのだが、それを咎めるものはこの場所には誰もいない。

「さあ、座りましょう。香月、久しぶりに会えたんだもの、話をしましょう。ここにあなたがいた時は毎日話をしていたのに、いなくなってからは全くしていなかったでしょう。」

 皇后はうららかに香月に言う。ただ、これは語弊があり、話はしていないのが香月の認識だ。だいたい、彼にとっては夢見がちな皇后が母であるという事実だけで心が重くなる問題だ。彼はいっそ自分が別の妃の息子であればよかったと思っているほどに。
 そう嘆いたところで現実は変わらないし、彼女が母親だったおかげで香月はこうして皇子として生きているのもまた現実だろう。

「皇帝陛下、皇太子殿下の入場。」

 号令とともに妃たちは立ち上がり頭を下げる。
 そんな女たちによって華やかに彩られた轍をこの国で高貴な二人は歩いていく。そして、二人が向かったのは二人に用意された椅子だ。皇太后と皇后がにこやかに迎え入れる。
 皇帝はただ無表情にそれを受け入れ椅子に座り宴の開始を命じる。
 彼の声を聞いたところで皇后は何もせず、少し下がった下の段に座る賢妃朱氏が侍女に命じて料理を運び入れる。

「これは初めて見る料理だな。」

 運ばれてきた料理に皇帝は大げさなほどに反応する。

 包子に見えるがそこには細い筒が突き刺さっている。それも、サイズは普段出される料理より大きい。

「これは一体何の料理だ?」

 皇帝が疑問を投げたのは主催の皇后だ。
 だが、彼女は苦笑するだけでそれには答えられない。

 理由は簡単だ。皇后は全く聞いていなかったからだ。彼女はただ命じただけ。それだけで今まで全てが叶えられてきたのだからしょうがない。そうして気まずくなった彼女は下段にいる賢妃の元を見たのだが、彼女もまた首をかしげておりこの場にはこの料理について知っている者がいない状態になる。
 賢妃はもちろん知るはずもない。なぜなら、皇后が彼女に知られないように勝手に命じたのだから。状況を把握できていないのに、料理の詳細を知っているわけがない。

「なんだ、皇后は分からないのか。誰か知っているものはいるか?料理の簡単な説明をしてくれるだけでいいんだが。」

 皇帝から珍しく全員に問いかけられる。これは好機なのだが、幸いといっていいかわからないが誰も知っている者がいない。この想定外でかつ妃をまとめる立場としては良くない状況に皇太后は分かりやすく眉間にしわが寄っている。

「うーん、困ったな。」
「父上、ここはこの料理を作った者を呼んで話を聞いてはいかがでしょうか?その者ならきっとご存じでしょう。」
「それはそうだな。そこのもの、この料理を作った者を呼んできてくれ。」

 近くにいて賢妃の世話をしていた侍女、麒葉はすぐにこの料理を作った周南を呼びに行く。ちょうど、夕飯の準備が終わり多忙な時間に区切りがついたところだったのだが、そこに駆け込んできた麒葉に知らぬまに皇帝の前に連れ出されることになる。仕事着のままで着飾った人の中央にいるのは居心地が悪いだろう。それも上座に座る皇帝と皇太子を除いた女性人たちからにらまれている状況だ。

「そなたがこれを作ったのか?」

 皇帝の問いに周南は頷く。

「これは何と言う料理だ?」
「恐れながら、この料理に名前はございません。これは皇后様から名を受けた賢妃様が私に命じられたのです。私にまだ存在しない料理を作れと。ですから、これには名前がありません。陛下、よろしければ、陛下がお食べになりこれに合う名を考えていただけませんか?」

 寿樹の予想通りの展開で、彼女から教えられた言葉を何度も練習したかいがあって緊張は伝わっていても何とか最後まで詰まらずに言うことができ周南は安堵する。これで皇后も賢妃朱氏も両方が皇帝に印象深く残ったに違いない。
 周南の願いに皇帝は感心知る。

「余にこの料理の名をか。これが初めてこの世界に誕生したのなら、作ったお主がつけるのが当然だ。それなのに、その名誉を余に譲るか?」
「はい。私は元より安全な料理の提供と料理を食べて幸福を感じていただければそれで十分です。」

 またも寿樹の予想通りの質問に周南は内心冷や汗をかく。
 少しばかり指でコツコツと卓の上を叩いていた彼はやがてそれを止める。

「よかろう。その名誉を余が受けよう。それでこれはどうやって食べるのだ?」

 皇帝の質問に周南はゆっくりと説明する。
 筒から座れた中の肉汁に皇帝は驚きと満足したような顔をする。

「これはすごい。汁物のように溢れんばかりの汁だ。多くのお肉を使ったのか?」
「いいえ、いつもと同じぐらいの量です。ただ、甘みが出るように野菜を多めに使ったり、お肉も異なる部位で料理をしております。中に入れる調味料の分量や種類も今までと異なります。」
「そうか。」

 周南は説明を続けてサイズを予定より大きくしてしまい量の心配をしたが、皇帝と皇太子は完食する。

「うん、美味だった。」
「そうですね。また、食べたい味です。」
「ああ、あれほど肉から汁が出ているというのに次から次へとほしくなる。」

 それは最高の褒め言葉であり周南は最高の幸福を味わうが、それと同時に罪悪感も募って行く。

「よし、決めたぞ。」

 皇帝の言葉に考えに耽っていた周南ははじかれるように顔をあげる。笑う皇帝は周南をまっすぐに見下ろす。位が低い周南は本当なら顔をあげてはいけないのだが、そんなことを皇帝は気にしていない。

「これは龍包と名付けよう。汁が飛び出そうな様はまさに龍が天に上るようだからな。」
「父上、よい名ですね。」
「ありがとうございます。」

 至高の存在に名づけられて周南は胸がいっぱいになり、寿樹におやつを渡すことを心の中で決める。

「そういえば、名を聞いていなかった。そなた、名は?」
「周南と申します。」

 名を聞かれること、それはつまり、皇帝から認識されたことに他ならない。周南はすでに子供がいてもおかしくない年齢のため妃に選ばれる可能性は低いが、名を呼ばれない妃よりは上の存在になれる可能性があるのだ。後宮の料理長になれば、それは下級妃よりも幾段か上の位になる。だから、下座にいる着飾った妃から嫉妬のまなざしを受けたのは言うまでもない。

 周南が退出した後、宴はいつも通りに進められる。
 ただ、皇帝も皇太子も途中で離席してしまい、彼らがいなくなった後には皇太后と皇后が八つ当たりするように他の妃を辱めたという。宮妓と一緒に躍らせたり楽器を弾かせたりして笑ったり、他の妃たちの噂話を大声で言ったりして会場の中は阿鼻叫喚となっていたようだ。その時の標的は先ほど周南に対して視線を送っていた者たちなのだ。

 寿樹が思った通り、皇后は恥をかき彼女の後ろ盾となっている皇太后は心穏やかではなくなった。
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