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第一章 後宮の中でも外でも事件だらけ

水は偶然か?

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 寿樹は生きた心地がしない時間を過ごしている。
 目の前でほほ笑んでいる明悠が何かを話し出すのかと思えば、それを起こさないからだ。それだけならまだマシなのだが、彼の視線がずっと突き刺さっていることが一番彼女には応える。

「その辺にしておいてください。」

 どれくらいか時間が経ったのかわからないが、呆れたように立悠が言う。彼に反応して明悠はなぜかしょうがなさそうにして口を開く。

「これ以上見ていてもつまらないからね。やっぱり、表情が動かないのを見るのはつまらないね。」

 明悠の嫌な表現に寿樹は寒くなるが体をさするためにさえ手を動かせない。

「寿樹、まずは玄純の奥方を助けてくれてありがとう。ご苦労だったね。体調は元通りになり、もう心配ないそうだね。よかったよ。」
「いいえ、ひとえに彼女のご家族の協力と陳医官の努力の賜物です。」

 先ほどの明悠や陳医官の会話を丸っとスルーして寿樹が言う。
 ここで自分の功績云々を言ってしまえば彼女自ら認めたことになり、面倒なことに巻き込まれかねないのだ。ここは幸運なことに是が否になったり、その逆になることがある。この場所は真実なんて関係ない場所なのだから。

「そうだね。でも、君が気づいていなければきっと対処が遅れてここまで早く回復できなかったと思うよ。」
「偶然気づいただけです。」
「そう。」

 明悠はじっと寿樹を探るように見る。
 その視線に気おされないように寿樹はただ受け入れる。

「まあ、いいか。それで、ここからが聞きたかったことなんだけど、今回の原因と特定された水だけど、そこにヒ素が含まれていたとして、それは故意か否か、判断できるかい?」

 彼の本題は寿樹の予想と少しだけ異なってはいたが、そんなに遠いというほどでもない。彼女の予想では彼が聞きたがるのは犯人像だと思っていたからだ。それよりもまだ答えやすい問だったので寿樹は安堵する。

「私はヒ素が水に入ったことは故意ではないと思います。あれだけ少量のヒ素を溶かすような技術があれば、より多様な物が生まれているはずです。物を量ったり、どれだけ入れればよいか算出するのは算術や物の理論など勉学の発展がなければなりませんから。ヒ素というのは自然界にありふれているんです。水は山から引いていると思いますが、その山から湧き出る水の中にヒ素がとらえられないほどの量が含まれている可能性が高いと考えています。」
「発展・・・まるで、それを知っているような口ぶりだね。」
「その方面に詳しい人が周囲にいましたから。才がありすぎて周囲から煙たがられてしまい、俗世と縁を切ったような人です。」

 ここでいう寿樹の周囲の人というのはもちろん現在実在しない人だ。前に読んだ本の著者だから。

「寿樹は今回の一件は偶然起きたことだと考えているのか?」

 少し頭の整理に時間がかかっているためか黙ってしまった明悠の代わりに立悠が尋ねる。これに寿樹は横に首を振る。

「いいえ、偶然ということはないと思います。」
「なぜだ?」
「ヒ素が含まれている土地は植物がほとんど育ちません。私と貴族の価値観の違いがあるから尋ねたいのですが、そんな場所から湧き出た水をわざわざ飲もうとするのでしょうか?」

 寿樹の疑問におそらく部類に入る3人は今気づいたような表情をする。
 明悠は神妙な顔をして言う。

「いや、まず、そんな場所から水を取るなんて行為じたいしないと思う。普通は。」

 と。
 ここの意見は一致したので寿樹は安心する。

「ですが、この国には物を製造する際にどこから取ったものか、取る場所の制限などはされていないですよね。それをすることで庶民が商いをしにくくなったり、反発は大きいでしょう。現に、あの水もどこかの領主が始めたものかもしれませんから。財源確保のために。」
「なるほど。そういうことね。じゃあ、寿樹はこれが地位の高い者が領地のためにしたと?それとも・・・。」

 明悠の言葉はそれ以上言葉を続かない。
 寿樹の顔だけで察したようで彼の顔にはもう笑顔はない。

 寿樹はもう言葉なく、明悠も引き留めることはなかったために彼女はやっと解放され走り出す。ごはんを食べるために。

 
 寿樹が去った室内は静かだ。

「あの子は一体どれだけの知恵を持っているんだろうね。」

 明悠の言葉は重く部屋に響く。
 それにはともに聞いていた二人も同感なのだろう。何も言わずに立悠は藤が淹れてくれたお茶をすすり気を落ち着かせている。

「それより、お前は調査するのか?」
「もちろんだよ。もしかしたら、他に水をもらって病気になっている人がいるかもしれない。玄純の奥方によれば、彼女がいたそういう集会には他に数名いたらしいね。探せばすぐに見つかると思っている。」
「わかった。そういうのは任せる。俺には何の権限もないから。」
「もちろんだよ。」

 明悠は立ち上がり悪そうにしている立悠の肩を軽く叩いて慰める。

「君に権限を与えないのは父上の意向だよ。きっと、君を守るために。僕も同意したんだよ。あの日、この地位を与える際に。」
「は?それってお前がまだ10歳だったよな?そんな子供にあの人はそんなことを言ったのか?」

 明悠の顔を見て立悠は呆れる。
 明悠はさも当たり前のように受け入れているが、普通その年代の子であれば何かしらの負の感情を抱いて当然だろう。明悠をすごいやつだと、立悠が感心するのはこういうところだ。
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