上 下
37 / 56
第一章 後宮の中でも外でも事件だらけ

招かれざる来訪者

しおりを挟む
 淑妃を後宮から出す

 そんなことが明るみに出れば大ごとだが、他でもない皇帝が言うのだから寿樹はただその時を準備を万全に構えて待つのみだ。

『完全に回復はできません。玄家の奥様とは病気の種類が違います。これから、淑妃様は一生をかけて付き合い続けることになる病を抱えておられます。ですが、それは彼女が犯した罪の代償なのです。』

 寿樹は皇帝から淑妃の病気について問われてそう一寸の迷いなく答えた。あの日の答えに全く後悔はないのだが、それを言った瞬間の部屋の空気でもう少しベールに包むべきだったかと後悔している。

「言ってしまったものは仕方ないでしょう。それで、これからどうするの?」

 今は、梅に手伝ってもらい管理している宮殿に備え付けてある厨病でその準備中だ。明珠のように体内から薬の成分を取り除くことはもちろんだが、今回はそれでは取り除くことができないものがあるので寿樹はそのための対策に乗り込んでいる。

「それに水あめを少し加えてください。あとは固まる前にコロコロと団子状にしますから。」

 寿樹は梅と調理をしながら目の前の贅沢品の数々に内心胸が高鳴っている。

(これだけの贅沢品がわずか数刻で手に入るなんて、皇帝ってすごいんだな。というか、こんなにあったことに驚いているんだけど)

 寿樹の前にある後宮でも上級妃が特別な時にしか口にできない品とその量に驚いているのは確かだ。寿樹は皇帝に必要なものを尋ねられた時にこれらの品と必要な量を無理と思いつつも伝えていたが、その数刻後、つまりは今日の朝に皇帝の使いがここにやって来てこれらを置いて行った時には目を丸くしてしまった。

「寿樹、あんたはなんでこんなものを知っているの?貧しい辺境の出じゃなかったの?」

 梅がコロコロと丸めながら尋ねるが、もちろん寿樹は全てはたまに辺境に来る商団と尼寺にいた尼や流れ者のおかげにしている。

「私、この食材すら知らなかったわ。何だっけ。」
「カカオです。南国にあるものでここからは海路で行く国です。」
「そうなのね。なんでも知っているのね。私はそのかかお?という言葉も初めて聞いたわ。」
「そうなんですね。実は私も食べたことはありません(今は)」

 寿樹は昔の記憶と合わせて話しているので嘘をついているわけではない。だから、梅は怪しみながらも彼女からの質問にボロが出にくいのだ。

「ふーん、なんで?」
「この効能は子供には強すぎるからですよ。」
「効能?そういえば、治療の為だったわね。」
「はい。簡単に言うと、好きな異性を自分に向けるための薬の原料でもあるんです。」
「は?」

・・・・・カランカラン

 寿樹の説明に梅は唖然とする。
 それはそうだろう。これから重度の患者を治療するための準備をしているはずが、異性のうんぬんかんぬんが出てきたのだから驚かないはずがない。寿樹は想像通りの反応をする梅をクスリと笑う。

「うわ、甘い匂いがする!」

 そんなことをしていると部屋に立悠が鼻を押さえて眉間にしわを寄せながら入ってくる。彼の方をギギギと音がするように振り返り一瞬の間をおいて立ち上がり寿樹の隣に移動する梅と通常運転で挨拶をする寿樹を交互に見た立悠は不信げに見る。

「寿樹、お前、何か言ったのか?」

 そして、立悠は最初から決めつけたように寿樹を疑う。それに不服に思いつつも、確かに梅が挙動不審になったのは寿樹の言葉によるものなので、立悠からそう言われても仕方がない。だけど、寿樹としては納得がいかない。

「立悠さん、そんな風に言われると、いつも私が梅さんに対して悪いことをしているようにしか聞こえません!その偏見な目はやめてください。」
「いやいや、こんな風に見えるのはいつもお前がそんなふるまいしかしていないからだろう。」
「え?私がいつ?いつも梅さんの方が私を振り回していますよ。」

 気が強い梅はその強さで寿樹を押しているのは確かだ。だが、それがそのまま二人の関係かと言えばそうでないことを立悠は知っている。

「いや、お前が振り回しているんだろう。玄家の時も今回もどっちが始まりだった?」

 立悠に尋ねられて寿樹は思わず梅の方を見ると、バッチリと彼女と目が合う。
 以心伝心!、とちょっと心が揺れたのも束の間であり、梅は真っ先に寿樹を指さす。それで、改めて思い返すと寿樹は無意識に自分を指している。そして、ゆっくりとその態勢のまま立悠の方を振り返ると彼は当然と言わんばかりに大きく頷く。

「自分でもわかっているじゃないか。そう、いつもいつもお前だよ。さて、ここでもう一度問うぞ。何か言ったか?」

 立悠は笑って尋ねるが、その笑みは確実に獲物を放さないと決めたような類の笑みだ。

「えっと、これについて。」

 寿樹は丸くこねあがった自分の手の平の上のものを彼に見せる。茶色のそれを立悠は穴があくほどに見つめる。

「なんだ、これは。陛下に頼んでいたものから作ったのか?」

 立悠は思い当たることから予想して言うと、寿樹は頷く。

「はい。これがそうですよ。」
「治療に必要なものだったな。それを話題にしてなんで彼女はそんなに戸惑っているのかわからない。」
「いや~、その、なんと言いますか。」

 寿樹は異性に言いにくいので目を右往左往している。異性でなくても、ここはそういうことをしている場所であり、かつ、立悠は立派に成人男性だからなおさら言いにくい。梅にさらっと言えたのは彼女が既婚であり、そういうことを聞いてもあまり関心を持たないと思ったからだ。

「これは媚薬だそうですよ。」

 さっきまで固まっていた梅が急に元気を取り戻したように言う。
 それに目くじらを立てた立悠。

「最初から説明してもらおうか。」

 立悠は寿樹に厳しい視線を向けて取り調べでされるような尋問の空気を発する。

「えっと、以前のような方法だけでは彼女は助かりません。彼女は今欲しがるのはおそらく快楽でしょう。それを欲しがる理由は彼女が摂取しているものにあります。一生苦しむことには変わりませんが、少なくとも、その摂取しているものを和らげるためには新たなる快楽を生んでくれる品が必要です。だから、彼女には別のものでそれを補ってもらおうと思っています。ただ、全てが高級品ですから、後宮を出た彼女が買い続けられるかはわかりません。」
「そういうことか。それにしてもそんなものを彼女が服用しているなら毒味役も同じだと思う。だが、その毒味役は無事なのだろう?」
「さあ、それは分かりません。彼女の侍女ならぴんぴんしていましたよ。だけど。」
「だけど?」
「・・・・いいえ、なんでもありません。なぞは解けましたね。じゃあ、立悠さんもこれを手伝ってください。ちゃんと手を洗ってくださいよ。」
「わかった。」

 寿樹の言葉に頷いた立悠はすぐに手洗いを済ませて寿樹の手を見よう見まねで手伝う。その出来栄えが寿樹よりもうまく一番きれいなので、彼は手先が器用なのだと初めて知る。

 やっと材料を全て消費すると、すでに時間は夕餉の時間になっている。慌てて片付けを済ませてから宮殿を出ようとすると、

「下女、出てこい!寿樹という下女はいるか!」

 宮殿の外からけたたましい声が響く。
 寿樹は驚いていると梅と立悠は今に舌打ちでもしそうなほどに顔をゆがませる。

「えっと、これは出た方が良いんでしょうか?」
「ああ、おそらく近衛だろう。誰かが何かを訴えたな。」
「・・・厄介なことになったわね。何をやったのよ。」
「うーん、思い当たるとすれば、”あれ”ですかね。」
「「あれ?」」

 寿樹の意味深な言葉に二人は同時に反応する。

「ほら、私が淑妃様の治療を断った件です。」
「ああ。」
「あったわね。そんなこと。」

 二人は納得しつつ、寿樹を深刻そうな顔をしてみる。

「それはあまり良くないな。」
「そうね。あなたは淑妃の命を殺めたあやめた犯人に仕立て上げられるわ。」
「うーん。それは大丈夫じゃないですかね。そうだ、梅さん、これを陳医官に渡してください。そして、今から渡す手紙と一緒にです。そうすれば、彼が淑妃様を治してくれます。立悠さん、陛下と皇太子殿下に役割交代のことを伝えてくださいよ。ただし、淑妃を出さなくてもよくなるかもしれません、とも言っておいてください。堂々と治療ができるかもって。」

 寿樹はニヤリと悪い顔をすると、それを見た二人はわずかながらも顔から緊張が取れた。
 寿樹は急いでメモを書き、梅に袋に入れたカカオを使用したチョコボールと一緒に渡し、出入り口に向かうと扉から出る寸前で立悠に腕を掴まれる。

「行くのか?」
「大丈夫ですよ。私はただどんな嫌疑をかけられたとしても自分の無実は自分が証明します。」

 寿樹の力強い言葉に立悠は圧倒されて手を放す。
 寿樹はまっすぐに出入り口から出て待ち構えていた官吏と兵士の前に行く。

「私が寿樹です。」
「寿樹、お前を淑妃の治療を怠った罪で捕縛する。言い訳を考えておくことだ。」

 偉そうな中年男性がフンと鼻を鳴らして言う。

「はい、そのようにいたします。」

 寿樹はにっこりと笑って言う。

 それから、抵抗する意思を見せない寿樹は縄もかけられることはなく前に官吏、後ろに兵を連れて歩き出す。

(これじゃあ、前に年寄りの牛、後ろには闘牛を置いた方がまだマシな気がする)

 なんて失礼なことを考えているとはそれを見る往来の宮女らも当事者も気づいていないだろう。


 立悠は去った寿樹を思い出し掴んでいた手を見る。

「お前はあの人にそっくりだよ。度胸がありすぎる。」

 彼は楽し気に笑う。

「立悠様、私は彼女の願いを叶えるために陳医官の元に行きます。」
「ああ、気を付けて。おそらく見張られているだろう。」
「もちろんです。」

 梅は皇帝の子飼いである暗部の一員。彼女が寿樹の前では気が強い女性だが、この場では冷静で誰にも認識されずに行動できるスキルを持っている。どちらが本性かわからないが、皇帝はだから別の女性ではなく、新入りとはいえ彼女を寿樹の隣に置いている。

「さて、俺も行こうかな。」

 立悠もまた行動を始める。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

子悪党令息の息子として生まれました

BL / 連載中 24h.ポイント:3,480pt お気に入り:438

露雫流魂-ルーナーリィウフン-

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:333pt お気に入り:1

女王特権で推しと結婚するなんて、はしたないですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:965pt お気に入り:16

悪役令嬢は、友の多幸を望むのか

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,860pt お気に入り:37

《短編集》美醜逆転の世界で

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:110

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

BL / 完結 24h.ポイント:4,444pt お気に入り:1,993

【完結】愛は今日も愛のために

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:16

処理中です...