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ハル

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元恋人の帰国

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 意気消沈する間もないのが主夫だ。母の葬儀の為に私用と称してちょうど要が実家に帰るタイミングも重なって一日休んだが家事に休みはない。一日休めば、キッチンやお風呂場は一気にカビの温室になってしまう。それは大げさかもしれないが、それに近しいことになるし、一日休むとそれが癖になってしまう。それに、何より忙しい方が母のことを考えてネガティブにならないで済む。

 夜に、珍しく要が友人を数人連れて来た。元々、そう言われていたので問題ないし、全員名前を聞いたことがある人達だ。話したことがない元同級生であり、学生の頃から要のグループでありいつも生徒たちの噂の的だったが、結弦が名前と顔を一致させて憶えているのは学校でも人気が高く、特に注目を集めていた男女、大石 真(おおいし まこと)と本郷 末緒(ほんごう みお)だ。
 今回、彼らがこうして集まったのは本郷が帰国して来月から要が働いている会社に入社するお祝いらしい。彼女の家は旧家のようで歴史がある家らしい。彼女自身は家には珍しくベータだが、家長である祖父にとってはたった一人の孫娘である為、幼い頃から目に入れても可愛くないほどに蝶よ花よと育てられてきた。学生の頃に数回見たことがあるが、小さな顔に丸い目の子犬のようで可愛い印象だと思っていたが、お互いにあまり会いたくないのでもう見ることはないと思っている。結弦は給仕ではなく料理係なので、彼らが来る前に料理や飲み物はテーブルにセットした後はすぐに自室にこもる。たとえお家柄が良いとはいえ、酒を注ぐぐらいは彼らでもできるし、軽く食べられる物ばかりを用意しているので、結弦が給仕をする必要なない。到着した彼らの声は大きく要と真以外の面々は本郷に対して大げさに褒め称えているのが防音が少し入っている結弦の部屋まで響いている。
 本当は外食をしてくれた方が結弦にとっては嬉しいのだが、要はなぜか毎回この自宅でパーティをする。今は慣れたものだが、初回にはパーティ料理なんて見たことがないのでネットでレシピや盛り付けも調べて準備に時間がかかっていた。それに、長丁場になることはお約束のようなもので遅い時間まで起きていないといけない。別に主夫である結弦には翌日に何か予定があるわけではないが、朝食の準備は時間の変更がない。なぜなら、どんなに遅い時間に寝ても要の起床時間は変わらないからだ。彼を空腹状態にして出社させるのは主夫としては許されない怠慢だろう。
「要と同じ会社に入社するなんて末緒ちゃんはすごいな。」
「入社はおば様に勧められたのよ。私が留学を終えたことをこの間のパーティで会ったおば様に話したら要が勤めている会社に空きがあるって言われて。」
「へえ、やっぱり、要のお母さんは二人を復縁させたいんだ。要の番は結婚して五年も経っているのに使えないからな。」
「番がいても本妻は別にいるなんて普通じゃないか。それなのに、発情期を利用されて無理やり番になったのに、要はよくやるよ。」
「そうそう、末緒ちゃんていう可愛い子が隣にいたのにな。なんで、あいつはお前らの間に入れるなんて夢を見たんだ。あれだけ学校での二人を見ていたら普通諦めるだろうに。これだからオメガは厄介だよな。というか、もう五年経って不良品てわかったオメガなんてとっくに番解消すればいいのに。」
「確かに。俺なんてこの間解消したぞ。」
「え?お前、番いたの?」
「まあな。流産四回したから子供産めねえならって。」
「え?捨てたの?最低だな。」
「番なんてもう一回噛めば終わりだろう。でも、俺は優しいからなそれ用の専用の施設にいれたさ。そこまで人間捨ててねえって。後で訴えられても困るし。」
「そうだな。オメガから希望しないと手術や薬ってさせられないしな。」
 黙っている要と真以外の男たちは酒が入って自制が効かなくなっているらしい。少しの防音など何の意味もなさない音量で聞こえる内容には吐き気がする。要のグループは末緒を除く全員がアルファの男性たちだ。彼らは祖先が引いてきた道を継いで順調に歩いているのだろう。そんな人たちがどんな思考になるかなんて決まっている。オメガを子を道具としか思わず、彼らに利用価値、つまりアルファの出産ができないならすぐに捨てる。番解消などどれだけ法が整備されようともアルファの意思で簡単に行われてしまう。以前見た一人の男性の話には思い浮かんだ。ホスピスで出会った男性であり、番解消をされた痕を持ちホルモンバランスが崩れ、誰も魅了しないのに体調不良を起こしていた。掴んだ時の細い手首だったからきっと何か別の病気も患っているのかもしれない。彼に同情しているが、結弦の末もそんなものであるだろう。
「それで、要はいつ本田と離婚するんだ?番解消すればすぐなのに。」
「理由なんて五年も妊娠しないことで十分だろ?」
「それに大石が何とかするだろ。羽水家の顧問弁護士でもあるんだからさ。」
 大石のことを決して彼らは名前で呼ぶことはない。何でもその許可を彼は要にしか出しておらず、その理由を聞いたことはない。ただ、本郷が甘えられない唯一の存在が彼であることは学校で彼女が真を避けているところを何度か目撃したことがあるから結弦も知っているだけだ。逆に、大石よりも上の家柄である要が彼らから名前で呼ばれているのは、最初からそんなことに興味がないからだ。
「お前たち、酔っているな。そんなに他人の結婚生活が羨ましいのか。それなら、さっさと結婚して家庭を持てばいいのに。あ、お前たちはモテなかったな、なんか、悪い。」
「そんな話はしてないだろ!」
「お前だって誰ともそんな話になっていないだろうが!」
「俺らは学生の頃から色々贈り物をされたが、お前は一個ももらったことがないだろうが!」
「あれは別に心がない相手からもらうのが面倒だっただけだからな。それに、お前たちと一緒にするなよ。俺はちゃんと相手がいるからな。一か月後に結婚する。」
「「「はぁ!?」」」
 おどけた話の内容であるに関わらず冷たい声はまさに相手に対しての嫌悪が伝わってくる。そして、大石が結婚するなんて初耳だったのか、男たちは言葉を失ってしまい、その後は静かになっている。
「まあ、俺の話は置いておいて。結婚式にはお前たちを呼ぶつもりはないから関係ないしな。俺にはただお前たちが要の結婚生活を羨んでいちゃもんを付けているようにしか見えないけど。番解消はオメガの了承がなく裁判もしていないのであれば重罪だよ。法律で両者の合意があった場合と決まっている。今回は酒の場ということで聞き逃すし、俺は会社専門だから訴えることはないよ。でも、あまり口が過ぎると父や兄たちにボロッとこぼすかもしれない。」
 それ以降、グループの会話はパタリと途切れる。全く扉の向こうの音が聞き取れなくなり、結弦は彼らが帰るのを待っている。冷静沈着な大石は学生時代に”氷の王子“の異名で呼ばれていた。相も変わらず、法に関わる弁護士が天職と思えるほど彼は正論を言い、誰かに尻尾を振ることもお世辞も言わない。それで彼を取り巻く環境が変わるかもしれないのに、彼は己の姿勢を曲げたことがない。そんな彼だからこそ、要が最も信頼するのは当然の流れであり、要が二人で話すのはいつも彼だけだった。たまに、本郷といるのは見かけたが圧倒的に大石を横に置いている時間が長かった。
「お前たちはもう帰れ。末緒もだ。もうすぐ、夜も遅い時間だ。」
 要の促す言葉に誰も逆らうことはなく部屋を出て玄関の方に向かう足音が聞こえる。それに合わせてそっと結弦は扉を開いて彼らがリビングにいないことを確認する。そんな中、不満を口にしたのは主役である末緒だ。
「え~、私はまだ要と一緒にいたい。帰国したばかりで疲れているのに。今日泊めてもらおうと思っていたんだけど。」
 結婚している家庭に泊まる願望をそのまま口にできる度胸に結弦は感嘆する。ここで了承すれば、不貞だと通常の夫婦であれば騒ぐところだが、結弦はたとえそうなっても要の判断に従うだけだ。
「本郷は変わらないな。家庭ある男性に堂々と不貞のお誘いをするとは。そんなことをあの厳格な君のおじい様が知ったら激怒するんじゃないか?君が強請って手に入れたという自慢のバックも取り上げられて燃やされるかもしれないな。彼の目はもうすでに君ではない子に向いているからな。」
「・・・・わかったわよ。今日は帰るわ、要。車を出してもらえるよね。そこまで見送ってほしいの。」
 甘い祖父も孫の不貞行為は見逃せないようであり、どうやら祖父はすでに孫離れをしたらしい、と結弦は少しだけ開いていた扉から盗み聞きをして推察する。そして、それを盾にして本郷を振り払う大石は騎士のようである。こんな些細なことに”王様”である要は自ら何かを発することはないらしい。

 それから人の気配がしなくなったので、ドアを完全に開いて人がいなくなり、記憶に残る花の香を凝縮した咽る匂いが充満するリビングに足音を立てないように入ってすぐに換気ボタンを押す。それから、少し荒れたパーティセットを片付ける。料理はほとんど手つかずのままになっていて、用意したワインは空瓶が床に転がり、ほとんど残っていない瓶がテーブルに並んでいる。料理をあまり食べないのは想定通りだが、時間にしてはお酒が無くなる量が多い。これを見てあの酔い方に説明がつく。残った料理は翌日の結弦のごはんになるのだが残りが多いので一日で無くなるか心配する量だ。お酒が残ればフレンチでも挑戦すべきか迷うところだったが、全ての栓が抜かれているのでそんなことを心配する必要はない。
 片付けている途中に見送って来たらしい要がダイニングの方にやって来て結弦を見ている。彼の唇には口紅の跡がついており、本郷とキスでもしたのだろう、と結弦には容易に想像できる。幼馴染の二人で学生時代はお似合いと持ち上げられていて、結弦が割り込むことがなければ二人はそのまま結婚していただろう間柄だ。だから、結弦は何も言わないし気にしないでいる。
「何かあった?」
 何気ない風を装って要に尋ねると彼は「いいや」と言って首を横に振る。
「悪いな。」
 ボソッとつぶやいたのは何に対しての謝罪かわからないが、そんなことを言われると結弦はやるせなくなる。なぜなら、これは当然結弦の役割であり、それを全うしているだけだからだ。
「今更そんなことを言うなよ。前から言っているけど、家事は僕の仕事だから仕事をしているだけだって。そんなに気にしなくていいって。要は疲れただろうから風呂に入ってくるといいよ。要たちが帰ってくる前に沸かしておいたから、まだ温かいはず。片づけたら僕はもう休むよ。」
「わかった。」
 要は眉間にしわを寄せながらもお酒の匂いでもしているのが不快だったのかすぐに風呂場に方に向かう。それを見送って洗い物を済ませてゴミの分別をしてから自室に戻る。その頃にはだいぶ換気の効果であの記憶を呼び覚ますような耐えがたい匂いもお酒の匂いも消えている。集まったメンバーはタバコを吸わないからあっという間に匂いが取れるのは幸いだ。

 ベッドの上に寝転んで要が何か言いたそうに結弦を見る姿を最近は多くなったことを思い出す。
「潮時なのかも。」
 今まで甘えていた要の優しさに。日常生活というたくさんの思い出をくれたのだから身を引くべきだろう。オメガの役割も果たさない結弦に何の価値もないだから。
「ただ、あなたの幸せを願っている。」
 それなのに、あなたの優しさを手放せない。
「本当に僕は愚かだ。こんな自分が嫌いでしょうがない。」
 結弦は自身を嘲る。結弦は布団に入って手を合わせる。星は流れていないけれど頭の中で想像をしてその星に祈る。
「あなたの幸せだけを願っている。それなのに、欲張りでごめん。もう少しだから。」
 今度は声に出して願う。オメガとして生まれて役割を果たさなくても置いてくれた要の苦痛に対しての罰は結弦が近いうちに受ける。彼という光を失くしてもどこかで生きられるようになるまでもう少し待って、そんな風に誰にもなく許しを請う。
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