17 / 32
歴史は繰り返す
しおりを挟む
晴哉がおかしくなった。まず、瑞穂にあまり近くにいることをやんわりと拒否するように晴哉は仕事で家を空けており、食事を一緒に食べなくなった。朝起きるとすでに彼は家におらず、すでに仕事に出ていて今日も帰りが遅いとスマホに連絡を残していた。瑞穂は晴哉の帰りを待つように勉強をしていたのだけど、彼がギリギリ起きていられる深夜を過ぎても一向に彼が帰ってくる気配がなく、顔を合わせたのは晴哉が忘れ物を取りに来た平日の昼に一度だけだった。それも、晴哉は居心地悪そうな顔をして慌てて書類だけを持って出て行ったので、話した、というか、瑞穂だけが声をかけて彼の方は頷いただけだったので会話というには程遠かった。
「奈桜さん、ちょっと聞いてもいい?」
あまりに晴哉の態度が変わりすぎていたので、瑞穂は休日に嵯峨家に行き奈桜に相談した。奈桜とすでに立ち上がりテレビに夢中の香奈だけで理人は優希の家に遊びに行っているらしい。保育園に行き始めたら休日に友達の家に遊びに行って家を空けることが多くなると瑞穂には縁遠い話だったが理人を見ていると本当なのだと思った。そのことも気になるけれど、それより晴哉のことが気になったので奈桜に尋ねてみた。ここ最近の晴哉の行動を伝えると思い当たる節があるようで奈桜は苦しそうな顔をした。
「あのね、瑞穂君、ちょっと聞いてほしい話がある。君には辛い話になるかもしれないけれど聞く?」
前置きが不穏だったけれど、これを聞かないと瑞穂はずるずると時間だけが過ぎていくだけの気がしたので頷いた。一歩進んで後悔するかもしれないけれど、それでも、そうした方が現状より良いと思った。すると、奈桜は薬指にはまる指輪をなでながら笑みを浮かべた。
「君は強いな。ここで頷けるなんて。僕ならきっとそんなことはできないから。」
「奈桜さん、それはどういう意味?」
「昔の話を聞いてほしいんだ。俺と彰彦さんのこと。」
「二人の話なんて初めてだね。」
奈桜は瑞穂に語りだした。”運命の番”として結ばれた奈桜と彰彦のこれまでのことを出会いから順を追って。
奈桜と彰彦は大学の後輩と先輩だった。学部は違っていたので交流はほとんどなかったけれど、奈桜が大学三年の時、OBのスピーチとして彰彦が檀上に立ったことでお互いにその存在を認識した。二人はすぐに惹かれ合い、病院で診察を受けたら”運命の番”だと言われた。運命の番、魂の番、そんな関係のαとΩはどれだけ強い抑制剤を飲んでいてもお互いを求める引力には逆らえない。そんな強い絆で結ばれて、怯えた奈桜は追ってくる彰彦から盛大に逃げた。彰彦から何度もアプローチがあったが、奈桜はΩであることに強い嫌悪感を持っていたため、これを遺伝させるような家族を持つつもりがなかった。だから、先を望んでいるような発言を繰り返す彰彦から逃げた。すると、突然彼が
『じゃあ、これから一緒にいてくれるだけでいい。家族を望むことはしない。でも、俺の傍にいてくれないか?お前の色んな顔を俺は見たい!』
と言って来た。人通りは少なかったけれど公道であり、そこを通る人からの視線が一斉に向いて逃げ場がなかったこともあったが、それよりも彰彦のその言葉が自分に最大限の譲歩をしてくれたように感じて奈桜は結局折れた。それから付き合う期間を設け、番にならずにただ一緒に過ごした。旅行に行ったり散歩に行ったり、買い物をしたりして時間を共有する中でお互いのことを話した。奈桜の家が旅館を経営しており、Ωである自分のせいで家族に迷惑をかけてきたからΩである自分が嫌いだということも話した。それに彰彦はただ奈桜を抱きしめて聞いていた。
付き合う期間の中で番になる決心を奈桜がしたのは彰彦には親が決めたとはいえ許婚がいたことだった。彼の家も彰彦の実家に劣らない名家でありΩだった。それに何より、彼は彰彦のことを好いており、自分たちが運命の番だと疑っていなかった。そんな彼が奈桜のことを良く思っているはずがなかった。
その彼は奈桜のことを運命の番であると診断を受けていることを知って行動を起こした。それが、奈桜の発情期を誘発する薬を打ち、複数のαに襲わせることだった。奈桜はその罠にはまり、あわや彼の思惑通りになるところで彰彦がどこから聞きつけたのかわからないけれど救ってくれた。奈桜に打たれた薬に依存性がないことは幸いだったが、強い拒否反応が出て吐き気が止まらず病院に数日入院することになった。その場にいたαたちは少しの罰金で済んだけれど、それを仕組んだ彰彦の許婚には実刑判決が出た。彰彦が怒りで法律の知識を利用して許婚の普段からのストーカーとも呼べる行為を全て録音・録画していたこと、彼が仕組んだ本人である証拠も合わせて警察に提出したからだった。そんなことをされて正気を保てなかった許婚のΩは刑務所から受刑者が入る精神病院に移った。それからどうなったのか奈桜たちは知らない。知りたくもないし、許婚の実家はすでに彼との縁も彰彦の実家との縁も切れており、もう以前のような勢いはなくひっそりと息をひそめているらしい。
この一件があり、奈桜は自分の現状を考えた。あの襲われそうになった日、奈桜の頭に浮かんだのは彰彦のこととこれからできるかもしれない家族のことだった。こんな後悔をすると奈桜はあの恐怖体験を通して知り、こんな後悔を二度としたくないと思った。だから、退院した日、彰彦の家に行って彼に奈桜からお願いをした。
『俺を番にしてほしい。彰彦さんのことを幸せにできるのかわからないし、俺の性格を知っていると思うけど根が暗いから落ち込むこともあるかもしれない。でも、あなたと生きて、そして、願ってもいいならあなたとの子供が欲しい!』
拒否していたくせになんて都合がいい話だろう。それは奈桜の自分勝手な告白だった。彰彦に拒絶されても構わないと思ったけれど、彼はすぐに奈桜を抱きしめた。
『そう言ってくれて俺は嬉しい。心配しなくても根が暗いお前が笑ってくれるように俺は頑張るだけだから。』
彰彦の言葉にどれだけ励まされたことだろう。奈桜と彰彦はそうして番になり、子供を二人授かった。家が手狭になったことと高級住宅街では色々とΩである奈桜に不憫なことが多かったので性に関係なく住める場所として探し当てたのが瑞穂のお隣だったという。
奈桜の話はこれで終わりだった。そして、聞いていて瑞穂は奈桜がこの話をする前に言った言葉を思い出し、晴哉の行動が急変した理由を理解した。
「そっか。だから、奈桜さんは俺が強いって言ったんだね。辛い話とも言ったんだね。」
「・・・・ごめん。俺たちは結ばれた方だったし、許婚のΩは顔も名前も実は俺は知らないけれど、彰彦さんとは番でもなかった。顔を合わせるのもパーティーだけだったと彰彦さんは言っていた。でも、瑞穂君は。」
「でも、俺は恵まれていたかもしれない。」
「え?」
奈桜は首を傾げた。
その顔がおかしくて瑞穂はフフッと笑った。
「だって、晴哉さんが見つけた後だったら俺とは絶対に何もなかったから。でも、その前だったから、俺は番になって平然と道を歩けるんだよ。それに、誰かと二人で食事をしたり会話をしたりすることが楽しいと思えることができた。それを体験できただけでも俺は嬉しい。それに、奈桜さんや理人ともこんなに仲良くなれたのは晴哉さんのおかげも少しは入っていると思うから。」
「瑞穂君、晴哉さんがいなくてもきっと俺たちは仲が良かったと思う。」
「どうだろう。でも、理人パワーはすごいからそうかもね。」
瑞穂は笑うと奈桜も笑った。瑞穂は強がりではなかった。ただ、体の中のモヤモヤが晴れて自分のするべきことが見えただけだった。
「歴史は繰り返すのかもね。」
「どういうこと?」
瑞穂は思わず出た言葉に奈桜は反応した。それに瑞穂はただ今まで避けてきたことを話した。
「俺の父親はαなんです。母は父が相性のいいΩを探すまでのつなぎだったんですよ。」
父親のことを話した。それだけしか言わず、これより先を瑞穂も話す気はなかった。実は瑞穂もあまり父親のことは知らずに育ったので、母から聞いただけだけしか知らないのであまり大っぴらに言うことができなかった。
「これからどうするの?」
帰り際、奈桜の質問に瑞穂は
「もちろん、こっちに戻ることはないですし、晴哉さんの家も出るつもりです。晴哉さんの両親には一度しか会ったことがないから、連絡は彼に任せます。奈桜さんたちにももう会うことはないかもしれません。」
「理人が寂しがるな。」
「そうだ、理人に買った誕生日プレゼントがあるのでそれだけ渡してください。明日、宅配で送ります。」
「持ってきてほしいな。俺はその方が嬉しいよ。理人も。」
「たぶん、俺はそうする勇気がないんです。ごめんなさい。」
「そっか。」
奈桜は瑞穂を抱きしめた。その温かさと彼から煽る少し甘い香りが瑞穂の心を包んでくれるようで、目が熱くなり、彼の前で涙を見せないように瑞穂は離れて顔を伏せ一瞬で笑顔を作った。
「連絡は入れます。どこかに発つときも絶対に。」
「わかった。きっと入れてね。」
「はい、じゃあ、ここで。」
「うん、瑞穂君、俺たちは君の味方だから!いつでも頼って。」
「ありがとう、奈桜さん。」
瑞穂は大きく手を振って玄関で別れた。扉を閉まる音がいやに重く聞こえた。
「さて、母さんに伝えないと。あとは、今後のことを色々考えないと。」
瑞穂は母がいるだろうと思い実家に戻った。
母は瑞穂の話を静かに聞いていた。彼女は驚きはしたものの苦笑で済ませた。
「歴史は繰り返すってまさにこのことよね。」
ついさっき奈桜のところで漏らした瑞穂と同じ言葉を母が言った。親子だな、と思いつつ、瑞穂は今後のことを相談した。
「それで、俺はさっそくあの家を出ようと思う。あと、ここにもいられないから母さんとも離れるけど。」
「そんなことは気にしないで。もうみーくんは自炊ができるから私は安心しているのよ。」
「母さん、そればっかりだね。」
「家事はどこへ行っても必要でしょ。それに、このタイミングでよかったのかも。」
母は棚から一通の封筒を瑞穂に渡した。そこには、瑞穂の英語で書かれた宛先と名前が記載されており、裏面には海外の住所と名前があった。その名前に瑞穂は聞き覚えがあった。
「母さん、これって。」
「そうよ。みーくんの父親。開けてみて。」
瑞穂は封筒を開けてみた。中には航空機のチケットとクレジットカード、一通の手紙が同封されていた。その手紙を見てみると、自分に会いたいと一言だけ添えられていた。
「何、これ。」
「実はあなたの父親にはあなたのことを知らせてあるの。あなたが生まれてからずっと。以前、あなたの養育費を払ったのはあなたの父親だってことは放したわよね?」
「うん、リカルド・D・バーンズワースだよね。」
「そうよ。それで、あなたに会いたいらしいわ。相性のΩとの子供はいないから後にも先にもなぜかあなただけがあの人の子供のようね。どうしてかはわからないけれど。それで、あなたを向こうの家に招待したいらしい。」
「今になって?」
すでに20歳目前の自分に何の用があるのかと瑞穂は思いつつも、これで自分の今後を導かれているような気がした。だから、瑞穂はこれをもって立ち上がり母を直視した。
「いいんだよね。」
「もちろんよ。あなたにはその資格があるんだから。私は行かないけど、あなたは英語もフランス語も誰に似たのか話せるから大丈夫よ。Ωであることも伝えてあるわ。番ができたこともね。」
「わかった、ありがとう、母さん。」
もともと、ここを離れるべきだと思っていた。その準備にどれだけかかるかわからなかったけれど、こんなにすぐだったことに驚きながらも安堵の方が大きかった。一生という時間を晴哉と顔を合わさないように生活するのに、これほどの環境はなと瑞穂は思った。
「奈桜さん、ちょっと聞いてもいい?」
あまりに晴哉の態度が変わりすぎていたので、瑞穂は休日に嵯峨家に行き奈桜に相談した。奈桜とすでに立ち上がりテレビに夢中の香奈だけで理人は優希の家に遊びに行っているらしい。保育園に行き始めたら休日に友達の家に遊びに行って家を空けることが多くなると瑞穂には縁遠い話だったが理人を見ていると本当なのだと思った。そのことも気になるけれど、それより晴哉のことが気になったので奈桜に尋ねてみた。ここ最近の晴哉の行動を伝えると思い当たる節があるようで奈桜は苦しそうな顔をした。
「あのね、瑞穂君、ちょっと聞いてほしい話がある。君には辛い話になるかもしれないけれど聞く?」
前置きが不穏だったけれど、これを聞かないと瑞穂はずるずると時間だけが過ぎていくだけの気がしたので頷いた。一歩進んで後悔するかもしれないけれど、それでも、そうした方が現状より良いと思った。すると、奈桜は薬指にはまる指輪をなでながら笑みを浮かべた。
「君は強いな。ここで頷けるなんて。僕ならきっとそんなことはできないから。」
「奈桜さん、それはどういう意味?」
「昔の話を聞いてほしいんだ。俺と彰彦さんのこと。」
「二人の話なんて初めてだね。」
奈桜は瑞穂に語りだした。”運命の番”として結ばれた奈桜と彰彦のこれまでのことを出会いから順を追って。
奈桜と彰彦は大学の後輩と先輩だった。学部は違っていたので交流はほとんどなかったけれど、奈桜が大学三年の時、OBのスピーチとして彰彦が檀上に立ったことでお互いにその存在を認識した。二人はすぐに惹かれ合い、病院で診察を受けたら”運命の番”だと言われた。運命の番、魂の番、そんな関係のαとΩはどれだけ強い抑制剤を飲んでいてもお互いを求める引力には逆らえない。そんな強い絆で結ばれて、怯えた奈桜は追ってくる彰彦から盛大に逃げた。彰彦から何度もアプローチがあったが、奈桜はΩであることに強い嫌悪感を持っていたため、これを遺伝させるような家族を持つつもりがなかった。だから、先を望んでいるような発言を繰り返す彰彦から逃げた。すると、突然彼が
『じゃあ、これから一緒にいてくれるだけでいい。家族を望むことはしない。でも、俺の傍にいてくれないか?お前の色んな顔を俺は見たい!』
と言って来た。人通りは少なかったけれど公道であり、そこを通る人からの視線が一斉に向いて逃げ場がなかったこともあったが、それよりも彰彦のその言葉が自分に最大限の譲歩をしてくれたように感じて奈桜は結局折れた。それから付き合う期間を設け、番にならずにただ一緒に過ごした。旅行に行ったり散歩に行ったり、買い物をしたりして時間を共有する中でお互いのことを話した。奈桜の家が旅館を経営しており、Ωである自分のせいで家族に迷惑をかけてきたからΩである自分が嫌いだということも話した。それに彰彦はただ奈桜を抱きしめて聞いていた。
付き合う期間の中で番になる決心を奈桜がしたのは彰彦には親が決めたとはいえ許婚がいたことだった。彼の家も彰彦の実家に劣らない名家でありΩだった。それに何より、彼は彰彦のことを好いており、自分たちが運命の番だと疑っていなかった。そんな彼が奈桜のことを良く思っているはずがなかった。
その彼は奈桜のことを運命の番であると診断を受けていることを知って行動を起こした。それが、奈桜の発情期を誘発する薬を打ち、複数のαに襲わせることだった。奈桜はその罠にはまり、あわや彼の思惑通りになるところで彰彦がどこから聞きつけたのかわからないけれど救ってくれた。奈桜に打たれた薬に依存性がないことは幸いだったが、強い拒否反応が出て吐き気が止まらず病院に数日入院することになった。その場にいたαたちは少しの罰金で済んだけれど、それを仕組んだ彰彦の許婚には実刑判決が出た。彰彦が怒りで法律の知識を利用して許婚の普段からのストーカーとも呼べる行為を全て録音・録画していたこと、彼が仕組んだ本人である証拠も合わせて警察に提出したからだった。そんなことをされて正気を保てなかった許婚のΩは刑務所から受刑者が入る精神病院に移った。それからどうなったのか奈桜たちは知らない。知りたくもないし、許婚の実家はすでに彼との縁も彰彦の実家との縁も切れており、もう以前のような勢いはなくひっそりと息をひそめているらしい。
この一件があり、奈桜は自分の現状を考えた。あの襲われそうになった日、奈桜の頭に浮かんだのは彰彦のこととこれからできるかもしれない家族のことだった。こんな後悔をすると奈桜はあの恐怖体験を通して知り、こんな後悔を二度としたくないと思った。だから、退院した日、彰彦の家に行って彼に奈桜からお願いをした。
『俺を番にしてほしい。彰彦さんのことを幸せにできるのかわからないし、俺の性格を知っていると思うけど根が暗いから落ち込むこともあるかもしれない。でも、あなたと生きて、そして、願ってもいいならあなたとの子供が欲しい!』
拒否していたくせになんて都合がいい話だろう。それは奈桜の自分勝手な告白だった。彰彦に拒絶されても構わないと思ったけれど、彼はすぐに奈桜を抱きしめた。
『そう言ってくれて俺は嬉しい。心配しなくても根が暗いお前が笑ってくれるように俺は頑張るだけだから。』
彰彦の言葉にどれだけ励まされたことだろう。奈桜と彰彦はそうして番になり、子供を二人授かった。家が手狭になったことと高級住宅街では色々とΩである奈桜に不憫なことが多かったので性に関係なく住める場所として探し当てたのが瑞穂のお隣だったという。
奈桜の話はこれで終わりだった。そして、聞いていて瑞穂は奈桜がこの話をする前に言った言葉を思い出し、晴哉の行動が急変した理由を理解した。
「そっか。だから、奈桜さんは俺が強いって言ったんだね。辛い話とも言ったんだね。」
「・・・・ごめん。俺たちは結ばれた方だったし、許婚のΩは顔も名前も実は俺は知らないけれど、彰彦さんとは番でもなかった。顔を合わせるのもパーティーだけだったと彰彦さんは言っていた。でも、瑞穂君は。」
「でも、俺は恵まれていたかもしれない。」
「え?」
奈桜は首を傾げた。
その顔がおかしくて瑞穂はフフッと笑った。
「だって、晴哉さんが見つけた後だったら俺とは絶対に何もなかったから。でも、その前だったから、俺は番になって平然と道を歩けるんだよ。それに、誰かと二人で食事をしたり会話をしたりすることが楽しいと思えることができた。それを体験できただけでも俺は嬉しい。それに、奈桜さんや理人ともこんなに仲良くなれたのは晴哉さんのおかげも少しは入っていると思うから。」
「瑞穂君、晴哉さんがいなくてもきっと俺たちは仲が良かったと思う。」
「どうだろう。でも、理人パワーはすごいからそうかもね。」
瑞穂は笑うと奈桜も笑った。瑞穂は強がりではなかった。ただ、体の中のモヤモヤが晴れて自分のするべきことが見えただけだった。
「歴史は繰り返すのかもね。」
「どういうこと?」
瑞穂は思わず出た言葉に奈桜は反応した。それに瑞穂はただ今まで避けてきたことを話した。
「俺の父親はαなんです。母は父が相性のいいΩを探すまでのつなぎだったんですよ。」
父親のことを話した。それだけしか言わず、これより先を瑞穂も話す気はなかった。実は瑞穂もあまり父親のことは知らずに育ったので、母から聞いただけだけしか知らないのであまり大っぴらに言うことができなかった。
「これからどうするの?」
帰り際、奈桜の質問に瑞穂は
「もちろん、こっちに戻ることはないですし、晴哉さんの家も出るつもりです。晴哉さんの両親には一度しか会ったことがないから、連絡は彼に任せます。奈桜さんたちにももう会うことはないかもしれません。」
「理人が寂しがるな。」
「そうだ、理人に買った誕生日プレゼントがあるのでそれだけ渡してください。明日、宅配で送ります。」
「持ってきてほしいな。俺はその方が嬉しいよ。理人も。」
「たぶん、俺はそうする勇気がないんです。ごめんなさい。」
「そっか。」
奈桜は瑞穂を抱きしめた。その温かさと彼から煽る少し甘い香りが瑞穂の心を包んでくれるようで、目が熱くなり、彼の前で涙を見せないように瑞穂は離れて顔を伏せ一瞬で笑顔を作った。
「連絡は入れます。どこかに発つときも絶対に。」
「わかった。きっと入れてね。」
「はい、じゃあ、ここで。」
「うん、瑞穂君、俺たちは君の味方だから!いつでも頼って。」
「ありがとう、奈桜さん。」
瑞穂は大きく手を振って玄関で別れた。扉を閉まる音がいやに重く聞こえた。
「さて、母さんに伝えないと。あとは、今後のことを色々考えないと。」
瑞穂は母がいるだろうと思い実家に戻った。
母は瑞穂の話を静かに聞いていた。彼女は驚きはしたものの苦笑で済ませた。
「歴史は繰り返すってまさにこのことよね。」
ついさっき奈桜のところで漏らした瑞穂と同じ言葉を母が言った。親子だな、と思いつつ、瑞穂は今後のことを相談した。
「それで、俺はさっそくあの家を出ようと思う。あと、ここにもいられないから母さんとも離れるけど。」
「そんなことは気にしないで。もうみーくんは自炊ができるから私は安心しているのよ。」
「母さん、そればっかりだね。」
「家事はどこへ行っても必要でしょ。それに、このタイミングでよかったのかも。」
母は棚から一通の封筒を瑞穂に渡した。そこには、瑞穂の英語で書かれた宛先と名前が記載されており、裏面には海外の住所と名前があった。その名前に瑞穂は聞き覚えがあった。
「母さん、これって。」
「そうよ。みーくんの父親。開けてみて。」
瑞穂は封筒を開けてみた。中には航空機のチケットとクレジットカード、一通の手紙が同封されていた。その手紙を見てみると、自分に会いたいと一言だけ添えられていた。
「何、これ。」
「実はあなたの父親にはあなたのことを知らせてあるの。あなたが生まれてからずっと。以前、あなたの養育費を払ったのはあなたの父親だってことは放したわよね?」
「うん、リカルド・D・バーンズワースだよね。」
「そうよ。それで、あなたに会いたいらしいわ。相性のΩとの子供はいないから後にも先にもなぜかあなただけがあの人の子供のようね。どうしてかはわからないけれど。それで、あなたを向こうの家に招待したいらしい。」
「今になって?」
すでに20歳目前の自分に何の用があるのかと瑞穂は思いつつも、これで自分の今後を導かれているような気がした。だから、瑞穂はこれをもって立ち上がり母を直視した。
「いいんだよね。」
「もちろんよ。あなたにはその資格があるんだから。私は行かないけど、あなたは英語もフランス語も誰に似たのか話せるから大丈夫よ。Ωであることも伝えてあるわ。番ができたこともね。」
「わかった、ありがとう、母さん。」
もともと、ここを離れるべきだと思っていた。その準備にどれだけかかるかわからなかったけれど、こんなにすぐだったことに驚きながらも安堵の方が大きかった。一生という時間を晴哉と顔を合わさないように生活するのに、これほどの環境はなと瑞穂は思った。
63
あなたにおすすめの小説
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
君に二度、恋をした。
春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。
あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。
――もう二度と会うこともないと思っていたのに。
大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。
変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。
「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」
初恋、すれ違い、再会、そして執着。
“好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか――
すれ違い×再会×俺様攻め
十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる