野獣に餌付けしてしまったらしい

ハル

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家族と再会

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 海外転勤になった伊月は導かれるように煌と過ごすことになり、まるでお姫様になったかのように大事にされている。
 三食全て家にいるプロのシェフによって作られた栄養ある食事、昼食は弁当だけどなぜか肉は柔らかくご飯も硬くない。これが伊月にとって一番嬉しいことであり、その食事のおかげで体重が日本にいた頃に戻りつつある。
 会社には送り迎えを煌がどうしても外せない用事がある時以外してくれるが、そうでなくても、ボディガードの男性が送迎する。この男性は筋肉が盛り上がっている見るからに強靭そうだが、実はアニメオタクであり日本アニメが大好きだ。伊月は湊君一色だけど、彼も知っていて話が合いくるの中で盛り上がっている。
 ちなみに、会社は最初こそ騒がしくなったがすぐに消える。影でやっかみはあるけど、表面上特に何もないので、伊月はかすかに聞こえる嫌味モも流している。言葉が違っても嫌味がわかるのは人のせいか分からないが、伊月はそれらに関わる気はない。ただ、煌と仲がいいことでニックが最初畏まった態度になった時は本当に困った。それも一週間ほどで直り快適な仕事環境を維持した。

 そんな伊月にとっては構われ過ぎな生活を送り、煌とは当たり前に寝食を共にしている。最初から伊月に違和感がなかったのは記憶が無くても自分の無意識レベルで染み付いていたからかもしれない。

「今度日本に行くことになった。伊月も行くか?ちょうどバカンスで休みだろ?」

 完全に皮を破った煌の口調は年相応のように思える。伊月は少し悩んだが彼の言葉に頷く。母、実際に叔母、と話したいと彼女は思っていたからだ。それを察して煌は提案したのだろう。

 伊月と煌は久しぶりに日本に来た。その足で以前伊月が何度も行った煌の常宿扱いになっている高級ホテルに着く。海外での家の方が豪華なのに、ホテルに入ると緊張するのは、まだ伊月の価値観は変わっていないのだろう。

 ホテルで2人まったりとソファでくつろいでいると、内線がかかる。それに出た煌はすぐに切って伊月の隣に戻る。

「伊月、今下におばさんと透が来ている。会うか?」

 こんなに早く会うことになるとは思っていなかったので、彼女は戸惑いを隠せず目を彷徨わせたが頷く。そんな彼女の手を煌は優しく包んで笑みを見せる。

「無理はしなくていい。ただ、言いたいことがあるなら言った方がいい。何を言っても俺がフォローしてやる。」

 無茶苦茶なことを言う彼に思わず笑ってしまう。自分をどこまでも甘やかす彼に慣れつつある伊月でもこの発言には撤回を求めてしまう。

「大人としての言葉は心得ているからそんなことをして欲しくない。忘れているかもしれないけど、私、年上だからね。」
「別に忘れてない。」

 最後に伊月が念押しすると、彼はフッと笑う。

 エントランスに降りると、見覚えのある2人が見え一瞬伊月が躊躇するも前を歩く煌につられて歩く。

「おばさん、透、待たせたな。」
「いいえ、そんなに待ってないわ。煌君は大人になったわね。」

 叔母と透に安堵したように煌と伊月を見やる。その視線を痛々しく感じた伊月はそっと煌から離れようとするが手を掴まれてそのまま横に腰を引かれ移動させられる。それを不満に思い、伊月は煌を睨みつけるが彼は笑顔のまま前の2人に見せつける。

「良かったな、煌。これで俺もやっと解放される。」
「そうね。2人がハッピーエンドで私も嬉しいわ。」

 そして、2人は呑気に笑う。伊月と煌の表情の落差をどう捉えているのか彼女は気になるが、どことなく抜けている2人だと過去から結論づける。

「2人ともこんなところで話も邪魔になるからどこか移動しないか?」
「そうね。2人のことを聞きたいし。」

 煌の誘いに叔母はルンルンとした口調で乗る。それから4人で移動したのはホテルの中にある個室のティールームだ。軽食とお茶など個室ごとに1人の給仕がついており、その道のプロはそこで為される会話を外に漏らすことはない。こういうところは外資系の富裕層向けホテルの特徴だ。

「それで確認なんだけど、2人は付き合っているのよね?」
「見たらわかるだろ?」

 煌は伊月の肩に手を回し、顔を伊月に寄せる。それを人の前でされるのに慣れておらず、痛くなる頭を押さえた伊月は彼の頬を手で押して遠ざける。

「おか、おばさん。。」

 呼び方に戸惑っていると叔母は苦笑する。

「記憶を取り戻したわけでは無いのね。それなら、無理をして呼ばなくていいのよ。伊月にお母さんって呼ばれることはあの人たちには悪いけど嬉しいの。」

 彼女に励まされ、伊月は呼び方を戻す。

「お母さん、煌とは恋人だよ。彼から過去を聞いたの。でも、全部思い出したわけではなくて。それでも、突然できた私を不自由なく育ててくれてありがとう。お母さんのおかげで、私はたぶん寂しさから逃げることができたんだと思う。」
「やっぱり、無くすことはできなかったのね。」
「え?」

 叔母は寂しそうに呟くが、それを聞くことは伊月にはできない。彼女も聞いてほしくないようで、伊月には何も言わない。

「伊月のことは娘だと思っているの。それに、あの時あなたがいてくれて救われたのは私の方なのよ。娘も息子も早くに独り立ちして生活にくっきりと空いた時間ができてぼーっとしていたから。だから、私の方こそありがとう。」

 叔母の言葉に伊月はなみだが出そうになるのを堪える。

「いっちゃん、騙しててごめん。でも、もうそいつと関係ないから、逃げるなら全力で助けるから。だから、その、連絡を取ってもいいかな?」

 隣で大人しくしていた透が謝罪する。彼なりに罪悪感を抱いていたようで、こちらを伺うように言う。

「いいよ。今まで連絡しなくてごめん。」
「ありがとう、いっちゃん。」

 透は安堵したように小さく笑う。

 それから、お茶を飲みながら話していると、叔母が写真を見せる。それには、小さい伊月と煌、そして、2人の後ろに優しく微笑む男女が写っている。

「兄が生前送って来た写真よ。あまり写真とかに無頓着で写真はこの1枚しか残っていないけれど。」

 叔母の説明で写真に写る男女が伊月の父と煌の母だと分かり、伊月はそれを手に取り良く見る。

「似てない。」

 思わず出た伊月の一言に叔母は首を傾げる。

「そう?私はそっくりだと思ったけど。」

 彼女のそれは半分正解だ。父と伊月はパーツが似ているけれど、雰囲気は全く似ていない。優しく穏やかな彼と活発で日に焼けた小麦色の肌の彼女を見れば、似ていると答えるのは半々ではないだろうか。

「煌は母に似ているね。」
「嬉しいな。」

 伊月の言葉に本当に煌は嬉しそうに笑う。いつの間にか、伊月が感じていた緊張は解けて自然に接することができた。写真を見ても実感がわかず、彼女たちが自分の家族だと伊月は再認識する。
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