【完結】サファイア!〜リボンの棋士はあきらめない〜

四条 京

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第四局

☖ 道場へ行こう!

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 土曜日。
 私は、ウィリアムズ君と一緒に、駅前の将棋道場にやってきた。
 その日は、冬の割には日差しが暖かな日で、家の近所で待ち合わせてからここに来るまでの間だけど、コートの下はじっとりと汗ばんでいた。

「用事があるのって、ここ?」
「そうやで」

 私がうなずくと、ウィリアムズ君は、いぶかしむように目の前の建物を見上げた。
 怪しむのも無理はないと思う。将棋道場のある建物は、見た目には、ただの少し古い雑居ビルという感じにしか見えないから。

「こんなところで、本当に将棋ができるの?」
「もちろん。ほら、行こ行こ」

 半信半疑な様子のウィリアムズ君の手を引いて、ビルへ入っていく。
 エレベーターを降りてすぐそこにあるドアを開ければ、暖房特有の、どこかかび臭いようなにおいのする、暖かい空気が私たちを包みこんだ。
 チェスクロックのスイッチを押す音。駒が進むたびに響く駒音。指し手を考えながらうなる声。
 部屋いっぱいの長机には、ずらりとプラスチックの盤が並べられている。
 それぞれの机で向かい合うように置かれたパイプいすは、そのほとんどが私たちと同じ年頃の子どもたちでうまっていて、誰もが真剣な表情で盤に目を落としていた。

「わあ……」

 ウィリアムズ君が、ため息をついて部屋の中を見回している。同年代の子たちがたくさんいるのが、嬉しいみたいだ。
 すぐにでも、あの中の誰かに声をかけに行きたいと思っているところだろうけれど、まずは席料を払わないといけない。

「こんにちは!」

 受付に座っているおじさんにあいさつをすれば、彼は、広げていた新聞から顔を上げて、「おお」と笑みを浮かべた。

「蒼輝ちゃんか、よう来たなあ。そっちは?」

 私の背中に隠れるようにして立っているウィリアムズ君を、おじさんは目を丸くして見つめていた。
 この道場は、子どもがよく来る場所だけれど、海外出身の子の姿はまず見ない。物珍しい気持ちが大きいんだろう。よく見れば、奥にいる子たちの視線も、少しずつウィリアムズ君に集まっている。

「友達です。この前、こっちに引っ越してきたとこなんです」
「アルフレッド・ウィリアムズです! よろしくお願いします」
「初めての子が来てくれるんは嬉しいね。よろしく」

 席主のおじさんは、目を三日月の形に細めて、新品の手合いカードをウィリアムズ君に手渡した。

「一人500円な。好きなところに座り」

 おじさんに席料を渡して、空いている席を探す。
 対局を終えた子たちが、いよいよそわそわした様子でウィリアムズ君をうかがっている。言葉にせずとも、彼と対戦したがっているんだというのがはっきりと分かった。
 うん、これならちょうどいい。
 どこに座ろうかと視線をさまよわせているウィリアムズ君の腕を、軽くつつく。

「ウィリアムズ君。私ら、別々の席に座ろうか」
「え? 何でだい?」

 それじゃあ君と指せないじゃないか。
 そう言いたげな彼に、さとすように「ええか?」と言い聞かせる。

「今日ここに来たんはな、あなたの強さに気付いてもらうためやねん」
「おれの?」

 不思議そうにしている彼に、しっかりとうなずく。
 道場にわざわざ足を運んだのは、ウィリアムズ君に、自信をつけさせたかったからだ。
 私とだけ指して、そして負けてばかりだから、本人は気付いていないと思う。けれど実際のところ、彼はもう相当な棋力があるのだ。少なくとも、アマチュアの初段くらいの実力はあるはずだ。
 私はこの道場でアマチュア二段の認定をもらっている。確かに、今のところは私のほうが強いかもしれないけれど、ウィリアムズ君は、これからもっともっと力を伸ばせる。
 だから今日は、私以外の人と指す経験をしてほしいのだ。
 平手でもいいし、段位を持っている人が相手なら、駒落ちにしてもらってもいい。
 とにかくたくさん指して、そして、たくさん勝ってほしい。
 勝って、自分の将棋に自信がつけば、もっと強くなれるから。

「見てみ。みんながウィリアムズ君のこと見とるん、分かる?」
「……うん」
「みんな、ウィリアムズ君と指してみたいねん。海外から来たあなたが、どんだけ将棋が指せるのか、興味があるねん」
「なるほど」

 私が言い聞かせれば、ウィリアムズ君は納得したようにうなずく。
 けれど、みんな、ただ彼に興味があるだけじゃないと思う。
 言い方が悪いけれど、彼の実力を軽く見て、「勝てる将棋を指したい」と思っている子もいるはずなのだ。
 だから、そういう子たちに一泡吹かせる経験をしてほしい。
 ウィリアムズ君なら、この道場で一日中指し続けても、負け越すことはまずない。
 そう確信しているからこそ、私は彼をここに連れてきた。

「私も、あとで一局ぐらいは相手したげる。でも、とにかく今日は武者修行の日。色んな人と指して、いっぱい勉強しておいで」
「ムシャシュギョー! Foo! いいね、テンション上がってきたよ!」

 武者修行、という言葉がどうも気に入ったらしく、ウィリアムズ君は目を輝かせる。

「あとで相手してくれよ! 絶対だからね!」

 そう言い残して、ウィリアムズ君は空いている席へ意気揚々と向かっていった。
 どっかりとパイプいすに腰を落とした彼を見て、すかさず、一人の男の子が近づいていく。

「なあ、一緒に指そうや!」
「Of course.もちろんさ!」

 その言葉を皮切りに、ウィリアムズ君たちが手際よく盤駒の準備を始めたのを見て、私も相手を探すことにした。
 せっかくの『武者修行』なんだから、私もたくさん指したいな。
 誰を誘おうかなあ、と周りを見回していると、「あの!」と声をかけられる。
 振り向けば、小学生になるかならないかくらいの女の子が、私を見上げていた。顔は知っている。最近ここに通い始めたばかりの子だ。
 私が初めて道場に連れてきてもらったのも、この子と同い年くらいの頃だったっけ。
 それで、ここに通っていたお兄さんやお姉さんに、たくさん相手をしてもらったんだ。
 懐かしさにひたる私を見上げながら、女の子は緊張した様子で近くの盤を指さす。

「お姉ちゃん、私と指してくれませんか?」
「もちろん。よろしくお願いします」

 少しかがんでそう答えれば、女の子の表情がぱっと明るくなる。
 この子と同じくらいの歳の頃は、周りの小学生がみんな、大人みたいに大きくて、将棋が強くて、とてもかっこよく見えていた。
 この子にも、今の私はそんなふうに見えているのかもしれないな。
 そう思うと、少し照れくさい。
 その気持ちをまぎらわすように、私は率先して盤駒の準備を始めた。



「……まけました」
「はい。ありがとうございました」

 女の子が投了して、きっちりと礼をするのを見て、私も頭を下げた。
 今日初めての対局は、四枚落ちで私の勝ち。
 女の子は悔しそうではあったけれど、それよりも勉強したいという気持ちのほうが強かったらしい。対局中に出なかった色んな手を試しては、「これは?」「こうしたらどうだった?」と、興味津々な様子で次々とたずねてくれた。
 女の子に教えるような形で、感想戦を進めていた、その時だった。

『おおおおお!』

 よその机から、わっと歓声が上がった。
 思わず、声のしたほうへ勢いよく振り向く。そこでは、対局を終えたらしいウィリアムズ君が、頬を赤くして、ほっとした様子で息を吐いていた。
 彼の向かいに座っている男の子が、悔しそうに唇をかんだ。周りにいる子たちは、感心したように、盤面とウィリアムズ君とを見比べている。
 その様子を見るだけで、何が起こったのかは一目瞭然だった。
 ――ウィリアムズ君が勝ったんだ。

「おい、外国人が勝ったで!」
「初段相手に平手で? すごいなあ」
「イケメンつえー!」
「私も相手してもらいたいなあ」
「ほんなら、俺も指してもらいたいわ」

 ざわざわしている周りの子たちとは対照的に、ウィリアムズ君は静かに盤面を見つめていた。彼の周りの空気が、真冬のように冷えこんで、ぴいんとさえている。
 もしかすると、まだ、さっきの対局のことを考えているのかもしれない。相手が違う手で来たらどうなっていただろうとか、この手の他にもいい手があったんじゃなかっただろうかとか。
 私も時々、対局が終わってからもしばらく考えこんでしまうことがあるから、少し、彼の気持ちが分かる気がした。
 でも、ウィリアムズ君と対局したい子は、まだまだたくさん待っている。そろそろ、一旦声をかけてあげたほうがよさそうだ。
 振り返りに没入している彼の肩を軽く叩けば、彼は、ハッとしたように顔を上げた。

「あっ、サファイア」
「お疲れ。勝ったみたいやね」
「うん!」
「嬉しい?」
「もちろん!」

 満面の笑みを浮かべるウィリアムズ君を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
 きっと、今の勝ちは、彼が今日このあと他の子と指すうえでの自信になったに違いない。やっぱり、道場に連れてきたのは正解だった。

「振り返りもええけど、そろそろ次の子と指してあげな」
「そうだね。Hey,他に相手してくれる人はいるかい?」

 ウィリアムズ君がそう言うと、対局してほしいという子たちが、次々と名乗りを上げ始める。
 あの様子だと、今日は私が相手をする必要もなさそうだ。
 というより、ウィリアムズ君はもう、私が何か教えなくても、自分一人の力でどんどん強くなっていけるだろう。
 これからどんどん、もっと彼が強くなっていくことを想像すると、嬉しくなる。
 けれど同時に、心の中で、もう一人の私が暗い声で言うのだ。

(さびしい)
(悔しい)
(うらやましい)

 ああ、嫌だなあ。
 どうして、友達相手に、こんなに暗い気持ちにならなきゃいけないの?
 もやもやとした気持ちを振りはらうようにして、軽く首を振る。
 別の机で次の相手を探した子に声をかけて、私も新たに対局を始める。
 窓の外では、晴れ渡っていたはずの空に暗い雲がかかって、窓ガラスを雨がぽつぽつと打ちはじめていた。



 そのあと、ウィリアムズ君も私も、夕方になるまでたくさん将棋を指した。
 私は六局指して全勝、ウィリアムズ君は七局指して五勝二敗で一日を終えた。
 作ってもらったばかりの彼の手合いカードには、勝ちを表す○印が並んでいる。

「いっぱい勝ったね、ウィリアムズ君」
「うん! まあ二回負けちゃったけど、今日はこれで十分さ」
「また行きたい? 道場」
「行きたい! そしたら、サファイアも一緒に行ってくれるよね?」

 手合いカードを手にニコニコッと人好きのする笑みを浮かべて、ウィリアムズ君は私にそう問いかけてくる。次も、その次も、私と一緒に道場へ行って、私と一緒に将棋を指せるんだと信じてみじんも疑っていない笑顔だった。
 純粋に将棋を楽しんで、将棋を通して誰かと交流することを楽しんでいるウィリアムズ君を見ていると、なんだか私の胸の中もぽかぽかとあたたかくなってくるようで。

「うん、わかった」

 ――また一緒に、道場行こう。
 しっかりとうなずいた私を見て、ウィリアムズ君はやっぱり満足そうに笑っていた。
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