【完結】サファイア!〜リボンの棋士はあきらめない〜

四条 京

文字の大きさ
11 / 23
第五局

☖ 憧れ

しおりを挟む
 日本の将棋界には、男女の区別がないプロ棋士の制度と、女性だけがなれる女流棋士の制度の二つのプロ制度がある。
 そして、『女流棋士』といえば、後者のことを指すことが多い。
 私のお母さん――白銀菫も、女流棋士制度でプロになった棋士の一人。
 そして、お母さんは、女流棋士界にある八つのタイトルのうち五つを抱えていた、『将棋界最強の女性』だったのだ。

「……ウィリアムズ君、女流棋士のことも知っとったんやね」
「制度だけは知ってたって感じかな。あの対局を見るまではね」

 知ってたのは制度だけ、か。確かに、女流棋士の対局って、普通の棋戦に比べると、もっと話題になりにくいところもあるからなあ。
 ただ、あの時の対局は、それなりに話題性があったから、ウィリアムズ君もネットニュースか何かでその話題を見て、対局動画を見てみようと思ったのかもしれない。

 竜王戦は、プロ棋士のタイトル戦の中では唯一、女流棋士が参加できる棋戦だ。
 竜王戦では、現役棋士全員と、女流棋士四名、奨励会員一名と、アマチュア五名が六つのグループに分けられて、予選トーナメントを行なう。さらに、各トーナメントの勝者で決勝トーナメントを戦って、優勝した人が竜王への挑戦権を得ることができる。
 お母さんと、当時タイトルを持っていなかったお父さんが対局したのは、予選トーナメントの最終戦だった。そこで最終的にお母さんを下したお父さん、白銀飛鳥八段が、その年の竜王戦挑戦者となって、タイトルを獲得するにいたった。
 女流棋士が予選トーナメントの決勝まで進んだだけでなく、公式戦でプロ棋士と女流棋士の夫婦対決が実現するとあって、この年の竜王戦は今までになく盛り上がっていた。
 ウィリアムズ君は、たまたま、その対局を見ていたんだ。

「将棋は、女の人よりも男の人のほうが有利だっていうゾクセツは、聞いたことがあるよ。女の人は男の人よりも体力がない。だから、持ち時間の長い将棋では、男の人のほうにadvantageがある……」
「それは、あながち間違いでもないかもね」

 将棋は、意外と体力勝負なところがある。長い持ち時間の対局を戦うには、よほど普段からきたえていない限りは、一般的に基礎体力で勝る男性のほうが有利になってくるのだ。
 でも――

「でも、おれが見た対局は違ってた。体力がなくて不利なはずの女流棋士――白銀菫女流五冠が、その不利を感じさせないような力強い指し回しで、白銀飛鳥八段を圧倒してた。もしかしたら、白銀女流五冠のほうが勝っていても、おかしくないような対局だった」

 知っている。
 私だって、あの対局の様子は、リアルタイムで見ていたから。
 お父さんとお母さんが死力をつくして戦っている様子を、どっちにも負けてほしくないと思いながら、パソコンの画面越しに見守っていたから。

「あの対局を見て、おれ、思ったんだ。あの二人の間には、すごく熱い空気が満ちていたんだろうなって。どっちの指し手からも、負けたくないっていう気持ちがすごくあふれてたけど、白銀女流五冠の気迫のほうが、もっとすごかった」

 ……知ってる。
 だって、あの将棋は、お母さんにとって――
 それを思い返しながら、ひざの上に置いた手を、思わずぎゅっとにぎりこんでいた。

「最後に実力でねじふせて勝ったのは、白銀飛鳥八段。でもね、おれが心を動かされたのは、白銀菫女流五冠のほうだったんだ。最後の最後まで勝ちをあきらめずに、相手にくらいつくような勢いで指し続ける……あんな情熱的な将棋、目の前で指されたら、どんなに楽しいだろうって思ったよ」
「……楽しい?」

 お母さんの将棋を見て、楽しそうだと思ったの?
 思わず目を丸くした私に、ウィリアムズ君は大きくうなずく。

「だって、あの時の菫さん、まるで命を燃やしているみたいに見えたんだ。すごく、かっこよかったんだ。本を読んで、定跡とか戦法を勉強しているだけじゃ、絶対に見えない世界だった。全力でぶつかり合える対局相手がいてこそ、将棋は面白いんだって。おれは、あの対局を見て、初めて知ったんだ」
「…………」
「だから、俺も、誰かと一緒に将棋を指したいと思った。将棋で、全力の勝負がしたい、って思ったんだ。ネットでも、実際の対局でもいい。あんなふうに、おれに最高の情熱をぶつけながら指してくれる相手と出会いたかった。そんな相手に、おれの将棋で勝ってみたいって思ったんだ」

 弾むような声色で言うウィリアムズ君を見ていると、どこかやるせない気持ちがわいてしまう。
 そうか。ウィリアムズ君は、お父さんとお母さんの姿を見て、将棋指しとして大事な気持ちに気付いたんだ。
 最高のライバルと出会いたいという気持ち。
 勝ちたいという気持ち。
 それに気付いたのが、よりにもよって、あの対局だっただなんて。

「ねえ、サファイア」

 くやしいような、悲しいような、複雑な気持ちで唇をかんでうつむく。そんな私に、ウィリアムズ君は遠慮がちに声をかけてきた。

「あの対局、白銀八段と白銀女流五冠の対決は、夫婦対決だって話題になってたよね。それに、さっきの写真にも写ってた……白銀女流五冠は、白銀竜王の奥さんで、君の――mumなんだよね?」
「…………うん」

 写真を見たのだから、嘘もごまかしももう利かない。
 観念してうなずく。
 ウィリアムズ君がどんな表情をしているのかは、もう分からなかった。

「君、mumはいないんだって、言ったよね。それは……」

 そこでふと、ウィリアムズ君の言葉が途切れた。これ以上は聞いてはいけないと、彼なりに察したのかもしれない。
 けれど、ここまで踏みこんでこられた以上は、話すも話さないも一緒だ。どうせ彼にも、話の落ちは見えているだろうから。

「ウィリアムズ君、菫さん……お母さんのこと、気になる?」
「……うん」

 すがすがしいほど正直な答えに、ほんの少しだけ笑いがこみあげる。気を遣いたいのか、本当のことを知りたいのか、どっちなんだろう。

「こっち。ついてきて」

 立ち上がりながらそう言えば、ウィリアムズ君は、黙ったまま腰を上げた。
 対局中継が流しっぱなしになっているパソコンをそのままに、私たちはリビングを出て、隣の和室に向かう。
 画面の向こうのお父さんは、まだ次に指す手になやんでいるところだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。 ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。 ※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。 ※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。 ※2026.1.5に完結しました! 修正中です。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

処理中です...