【完結】サファイア!〜リボンの棋士はあきらめない〜

四条 京

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第八局

☖ 開幕!神戸こども竜王戦

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 朝の空気は冷たくさえていて、窓から見える空は、雲一つない快晴だった。

「今日は一日よく晴れて、日中は次第にあたたかくなるでしょう」

 お天気キャスターさんのそんな声を聞きながら、髪を結ぶ。
 今日は一日室内にいることになるから、雨が降ろうと雪が降ろうと、私たちにはあんまり関係ない。それでも、空が晴れてくれているだけでも、心がすっきりとして軽くなるから、空模様って不思議だ。

「……ええ天気」

 窓の外を見ながらそうつぶやいた時、着替えを終えたお父さんがリビングに顔を出した。

「蒼輝。準備できたか?」
「うん。もう行けるで」

 振り返った私を見て、お父さんは目を丸くしていた。
 驚いたようなお父さんの視線は、私の髪に――髪をひとふさ結んだリボンに向けられている。
 この前、アルフレッド君からもらった、ロイヤルブルーのリボンに。

「蒼輝。それ……」
「どう? 似合う?」

 ちょっと自慢するように、結んだ髪の毛の先をくるくるともてあそぶ。
 少しだけさびしそうで、けれどどこか嬉しそうな顔をして、お父さんは笑う。

「よう似合っとる」

 その目尻には、ほんのちょっとだけ、涙がにじんでいた。



     ☖



 会場には、大会に参加する子どもたちと、つきそいや観戦のためにやってきた大人たちが大勢集まっていた。
 大げさじゃなく、指しに来た人と観戦に来た人を合わせれば、子どもだけでも200人ぐらいは集まっているんじゃないだろうか。

「わあ! すごーい!」

 会場前で合流したアルフレッド君は、会場いっぱいに並べられた盤駒と、集まった人の数に、きらきらと目を輝かせていた。

「ここにいるの、みんな将棋を指しにきた子たちなんだよね?」
「うん、そうやで。みんな、今日まで道場とか学校のクラブとか、研修会とか……そういうところで、優勝目指して指してきた人らばっかりや」
「Wow,fantastic! すごいや! ワクワクしちゃう!」

 興奮したように、ぴょんぴょんとびはねるアルフレッド君。その胸元で、受付でもらった名札が、一緒になって弾んでいた。
 神戸こども竜王戦は、まず午前中に、8つのリーグに分かれてリーグ戦を行なう。リーグでは上位二人が勝ち残って、午後からの決勝トーナメントに進出することができる。
 そして午後からは、午前のリーグ戦で勝ち残った16人で決勝トーナメントを戦って、優勝の座を争うことになる。
 私が心配だったのは、リーグ戦の時点でアルフレッド君と当たってしまうことだ。できれば、彼とは決勝トーナメントまで当たりたくない……
 受付でもらったリーグ戦の組み合わせ表を、二人で確認する。私はHグループ、アルフレッド君はAグループにふりわけられていた。
 よかった。これなら、決勝トーナメントまではアルフレッド君と当たらなくてすむ。

「ああ、よかった。サファイアとは決勝トーナメントまで当たらないね」

 どうやら、アルフレッド君も同じことを心配していたみたいだ。それが杞憂に終わったから、ほっとしたように息を吐いている。

「アルフレッド君、絶対トーナメントまで来てや?」 
「もちろんさ! サファイアこそ、途中で負けちゃわないでよ」

 そう言って、アルフレッド君は、小指を立てた右手をつきだしてくる。その意味をすぐに察して、私も、自分の小指を彼のそれにからめた。指切りげんまんだ。

「……あとさ。これ、始まる前に言っておかなきゃって思ったんだけど」
「なに?」
「やっぱり、似合ってるよ。それ」

 ほほえみながらアルフレッド君が指さしているのは、私の髪を結んだ青いリボン。

「リボンをつけた棋士だから、《リボンの棋士》だね。いいじゃないか」
「ふふっ。なんなん、それ」

 二人で笑い合っていると、マイクを通して司会の女の人の声が聞こえてくる。

『ではここで、本日審判長をつとめていただく赤金あかがね志々雄ししお名人より、開会のあいさつをいただきたいと思います! 名人、よろしくお願いします』

 ――名人。
 司会の人にそう呼ばれて舞台袖から出てきたのは、和服に身を包んだ男の人だった。眼鏡の奥の穏やかに細められた目には、今日ここに集まっている将棋ファンの熱気を感じることのできる喜びの色が浮かんでいるように見える。
 ステージに上がったその人の姿を見て、ざわめいていた会場が一気に静寂に包まれていく。
 ぴいんと張り詰めた空気の中で、名人――赤金志々雄さんは、マイクを手に、静かに口を開いた。

『本日、審判長を務めさせていただきます。赤金志々雄と申します。本日は、将棋指しである多数の子どもたち、それから、見守っていただける大人の方々に、大変数多く集まっていただけましたことを、喜ばしく思います。ありがとうございます』

 そう前置きして、名人は語り始める。
 この大会にかける、今の将棋界をけん引する第一人者としての思いを。

『私が子どものころは、まだまだ将棋の大会というものは、子どもではなく大人の世界のものでした。しかしながら、昨今、現代の少子高齢化の流れに逆らうようにして、将棋を指す子どもたちは増えてきたように思います。これは、将棋界の未来を担っていく後進が生まれることへの期待にもつながっており――』

 一拍。

『そんな中で、今年も小学生名人が決まりました。不肖ながら、私の息子でございます。彼は本日の大会にもエントリーをしております。今日このあと、戦うことになる方もいるでしょう』

 ザワッッ……!
 建物がゆれるのかと思うほどに、集まった人たちはどよめいていた。
 将棋界で最も古い歴史をもち、全ての将棋指しが憧れる至高のタイトルとされている、名人。
 そんな人の息子が、今日、この会場にいる。私とも、戦うことになるかもしれない。
 その事実に、体が震え上がるのを感じた。

 竜王の娘と、名人の息子。
 もしも、私たちがぶつかり合ったら、一体どんな将棋が生まれるんだろう――?

 未だざわつく会場をひとわたり見回して、赤金名人は「それでは」と再び口を開いた。

『皆さん。全身全霊で将棋を楽しんでください。皆さんのご健闘をお祈り申し上げ、開会のあいさつとさせていただきます』

 そう言葉をしめくくると、赤金名人は、壇上で深々とおじぎをした。
 会場のどこからか起こった拍手が、会場いっぱいに広がっていく。
 こうして、今年も、『神戸こども竜王戦』の幕が上がったのだ。


 私とアルフレッド君は、まるで神様が示し合わせてくれたかのように、そろって決勝トーナメントへの進出を決めた。
 トーナメント表を確認した限りでは、私とアルフレッド君は決勝戦で戦えるようだった。もちろん、そこまで勝ち上がることができれば、の話だけれど。

「よかった。私ら、決勝で戦えるんやね」

 転校してきたころよりもずっと強くなったアルフレッド君と、大会で――しかも、決勝っていう最高の舞台で戦えるかもしれない。
 そう思うと、すごくわくわくしてきた!
 ところが、アルフレッド君の反応は、少し違っていた。
 トーナメント表を見上げたまま、彼は何だか難しい顔をしている。

「アルフレッド君? どうしたん?」

 私が声をかけても、アルフレッド君の表情は固いままだった。
 その理由は――

「……おれの山に、アカガネっていう名字の子がいるんだ。多分、名人の息子の」
「……あっ!」

 本当だ。
 言われて初めて気付いたけれど、確かに、アルフレッド君と同じ山には、『赤金あかがねこう』という名前が記されている。
 私に言えたことではないと思うけど、『赤金』なんていう名字はめずらしいほうだと思う。赤金名人の言っていた息子さんは、この子でほぼ間違いないだろう。
 アルフレッド君と当たるとすれば――準決勝。
 ――アルフレッド君が、勝てるんか……? 小学生名人を相手に?

「……アルフレッド君」

 不安になって、隣に立つアルフレッド君の表情をうかがう。
 彼は、しばらく何も答えずにじっと表を見上げていて……やがて、意を決したように、ぽつりとつぶやいた。

「……勝つよ。絶対」

 その声は、少しだけ――ほんの少しだけ、かすれて震えていたけれど。

「どんなに小学生名人が強くたって、現役の竜王――飛鳥さんより強いなんてことはないはずさ。おれにだって、勝てるチャンスはある。だったら、こわいことなんて一つもない」

 その言葉は、昨日、実際に竜王と盤をはさんだ彼だからこそ言える、重い言葉だった。
 そして彼は、体ごと私に向き合うと、震える両手で私の手を取った。

「だから、サファイアは決勝で待っててくれよ。君が待っててくれるなら、おれ、きっと勝てるから!」
「……っ!」

 ここに来て、アルフレッド君は、完全に覚悟を固めたみたいだった。
 日本で最強の小学生と戦って、絶対に勝つという覚悟を。

「……分かった。私、待っとるから!」

 だから私も、彼の手をにぎり返して、力強く誓ったんだ。
 アルフレッド君と盤をはさんで向かい合えるまで、絶対に負けないって。
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