【完結】サファイア!〜リボンの棋士はあきらめない〜

四条 京

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第八局

☖ 悔し涙

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 決勝トーナメントの初戦は、難なく勝ち切ることができた。アルフレッド君のほうも、余力を残して勝てたみたいだった。
 続く準決勝、私は穴熊使いの子を相手に、なかなか攻めきれずに苦戦していた。
 けれど終盤、相手のほうにミスが出て、私はそこを見逃さず一気に攻めこむことで穴熊囲いを攻略。何とか勝つことができた。

「負けました」
「ありがとうございました」

 相手の投了の言葉に礼を返して、ほうっと息を吐く。
 ――勝った……次は決勝や……!
 かっかと熱くなった顔を、手であおぐ。ちっとも冷める気配のない熱を残したまま、私は席を立った。まだ終わっていない、アルフレッド君の対局を見届けに行くために。

 アルフレッド君の対局は、注目度が高かったのか、少し距離をおきながらもたくさんの人が机を取り囲んでいた。
 名人の息子と、イギリスからやってきた小学生の対局なんて、確かにこれほど話題性のある対局もないだろう。

「さすが名人の息子やなあ、赤金君は」
「強い」
「でも、相手の子もようねばっとるな」
「外国人やろ? それにしては上手い指し回しやね」

 ざわつく人々を押しのけるようにしつつ、私は必死で人だかりの前のほうへと進んだ。
 ようやく対局者の顔が見える場所に出たところで、私はまずアルフレッド君を見た。
 盤をじっと見つめる彼の額には、玉のような汗がにじんでいて、眉間には深くしわが刻まれている。口元にあてがわれた左手が、少し震えているように見えた。
 一方、アルフレッド君の向かいに座っている赤金君は、

「…………」

 パチン。
 恐ろしいほど涼しい顔をして、盤の横から取った駒を打ちつける。
 ぐっ、と、苦しげにアルフレッド君の表情がゆがんだ。
 多分、この将棋はもう最終盤まで来ている。
 そして、アルフレッド君は劣勢に立たされているんだろう。局面が見えなくても、分かってしまった。
 ――アルフレッド君……!
 思わず、祈るように両手を胸の前でにぎりしめる。
 ――がんばれ、がんばって……!
 そんなふうに、心の中で念じていたからかもしれない。

「……?」

 ふと、アルフレッド君が、盤から顔を上げた。そして、何かを探すように、机を囲んでいるこの人だかりを見回す。
 そして、弱々しい光を宿したアクアマリンの目が、私を、とらえた。
 さふぁいあ。
 彼のくちびるが、かすかに動いて、私の名前を形作る。
 それを見た瞬間、胸の中に、熱い思いが……心からの願いが、マグマのように沸き立って――私は、喉の奥からせり上がってきた声を、止めることができなかった。

「アルフレッド君!」

 静寂をつんざくようにして叫んだ私の声が、辺りに響きわたる。
 観戦中に、しかも対局者に向かって叫ぶなんて、マナーに反する行動だ。当然、周りの人たちは、まゆをひそめて私を見ている。
 けれど私は、構わず、彼を鼓舞するように声を張り上げた。

「私と、決勝で指すんやろ⁉ あきらめんな‼」
「…………っ!」

 私の言葉に目を見開いて、アルフレッド君は息を呑んだ。
 ゆらゆら、泣きそうにうるんだ瞳がゆれる。
 それでも、そこにはすぐに、力強くまばゆい、希望の光が灯った!

「……バカかよ。対局中のヤツに話しかけるなんて、マナー違反もいいとこだろ」

 盤から視線を外して、赤金君が私をにらみつける。吐き捨てるように言う口調はいまいましげで怖かったけれど、言っていることはごもっともだ。
 そんな時、

「…………だ」

 ぼそり、アルフレッド君が何事かをつぶやく。

「あ?」

 不機嫌そうにまゆをつり上げる赤金君。
 その目の前で、アルフレッド君は、盤面に力強く駒を打ちつけた!

「サファイアと決勝で指すのは、おれだ!」
「っ⁉」
「負けない……絶対に、負けないっ!」

 アルフレッド君の指し手が、徐々に速く、力強くなっていく。
 充血した目からは涙がこぼれ落ちそうになっているけれど、それをこらえながら指す彼の将棋は、一手指すごとにしぶとさを増していく。右辺に逃がした玉を守るように、囲いができあがっていく。

『負けたくない!』
『絶対に、サファイアと決勝で戦うんだ!』

 そんな心の叫びが、指し手から伝わってくるようだった。

 けれど――

「遅いんだよ。今からでも、玉を囲めば負けないと思ったのか?」

 赤金君は、いらだったようにそうつぶやくと、するどい手つきで、駒台から取った金を盤面に打ちつける。
 その一手は――アルフレッド君の玉を、即詰みに討ち取る一手だった。

「あっ……! …………っ!」

 必死に次の一手を探すアルフレッド君。
 読んで、読んで、読んで読んで読んで読んで――それでも届かないことを、さとってしまった時。

「……負け、ました」

 震える手を盤の横の駒台にかざして、アルフレッド君は、投了の意思表示をした。
 赤金君は、無言のまま軽く頭を下げると、不機嫌そうな顔のまま席を立って、どこかへ行ってしまった。

 机の周りに集まっていたギャラリーも、対局が終わると、次々にその場を離れていく。
 残されたのは、投了図を見つめたまま動かないアルフレッド君と、それを見ている私だけ。
 ――どんな言葉をかけたらええのか、分からへん……

「……アルフレッド君」

 もうほどなくすると、決勝戦が始まってしまう。
 ひとまず、移動だけでもさせないと……そう思って声をかけた、その時。

 ぽつり。

 机の上に、大粒の、透明なしずくが一つ、こぼれ落ちた。

「……くやしい……」

 顔を真っ赤にしたアルフレッド君は、泣いていた。投了図の右端で、どこにも逃げられなくなったままの玉にふれながら。

「くやしいっ……、くやしい、くやしい、くやしい、くやしい!」
「……アルフレッド君……」
「絶対、絶対に、サファイアと決勝で指したかったのに! これを勝ったら、サファイアと戦えたのに! おれのほうが、絶対、決勝で指したかったのにッ! 優勝……したかったのに……!」
「…………っ」
「くやしい……くやしいよお……っ」

 泣いている。
 あの、アルフレッド君が――どんなに私に負けても、道場にいる人に負けても、さっぱりとしていたアルフレッド君が、大粒の涙をこぼして泣いている。
 それだけ、アルフレッド君は、この対局に強い思いをかけていたんだ。
 それにはきっと、私との『決勝で戦う』っていう約束も、関わっていて……

 そう考えると、何だか私まで泣きそうになってしまう。
 どうして、こんなにも強く「勝ちたい」と思っていたはずのアルフレッド君が、泣かなきゃいけないんだろう?
 将棋は勝敗を決めるゲームだ。ましてや今日は大会で、今私たちが戦っているのは、負ければ終わりのトーナメント戦。
 この一局で、アルフレッド君の挑戦は終わってしまったのだ。どうやっても、その事実はくつがえらない。

 ――それでも。

「……アルフレッド君は、よう戦ったよ」

 日本に来るまで、まともに人を相手に指したこともなかった。
 そんな彼が、初めて参加した大会で、準決勝まで勝ち進むことができた。間違いなく、彼の努力はちゃんと実った。
 最後は、納得のいく結果じゃなくて、くやしい思いをしているかもしれない。
 それでも、アルフレッド君のがんばりは、絶対に無駄じゃない。
 だって――最後まであきらめなかった彼の姿勢が、私の心に火をつけてくれたから!

「決勝で戦おうっていう約束は、果たせんかもしれんけど……小学生名人相手に、アルフレッド君は、ようがんばったと思う。お父さんも、ほめてくれると思うわ」
「……でも、負けたんだよ。もう決勝には行けない……サファイアとも、指せない」
「……うん」
「サファイアは、おれと指せなくなったの、嫌じゃないの?」
「ううん、違う。そうやない」

 苦しそうに顔をゆがめるアルフレッド君に、私はゆっくりと首を横に振った。

「アルフレッド君と決勝で戦えんのは残念やで。でも、アルフレッド君の対局を見たら、私、決勝も絶対に勝ちたいって思えた。ここまでがんばってきた、アルフレッド君の分まで。――だから」

 いつもは向こうからにぎられるばかりだった手を、今度は私のほうから強くにぎる。
 そして私は、アルフレッド君の目をまっすぐに見つめて、力強く宣言した。

「私が、アルフレッド君の分の気持ちも背負って勝ってくる」
「……サファイア」
「絶対、優勝してくるから。アルフレッド君も、見守っててほしい」

 にぎった手に、ぎゅっと力をこめる。
 アルフレッド君は、涙にぬれた目をまたたかせて、最後はしっかりとうなずいた。

「絶対……絶対絶対、優勝するんだぞ。リボンの棋士!」

 そう言って笑う彼の目には、まだ少し涙がにじんでいたけれど――
 そこには、悲しみじゃなく、私を信じてくれようとする、強い気持ちが宿っていたんだ。
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