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第九局
☖ 決勝戦、開始
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決勝戦は、ステージの上で、今日集まっている参加者とお客さんみんなの前で指す。
私たちが指す対局席から少し離れたところには、大盤解説(対局者の手筋を、大きな盤の図の上に再現して、担当の人が解説することだ)のためのマグネットボードが用意されている。
解説を担当するのは、もちろん、審判長の赤金名人だ。最高峰のプロ棋士が私たちの対局を解説してくれるなんて、この上なく名誉なことだ。その分、緊張もするけれど。
観客席の一番前に、お父さんとアルフレッド君の姿が見える。
お父さんは、決勝戦が始まる前に、「悔いのないようにやってきなさい」と声をかけてくれた。去年のことが尾を引いているのか、「勝ってこい」とは言わないところが、何ともお父さんらしい。
盤をはさんで向かいに座っている赤金君は、やっぱりどこか不機嫌そうな顔をしている。せっかく決勝戦まで進めたっていうのに、あんまり楽しくなさそうだ。
でも、相手がどんな様子だろうと関係ない。
――絶対に、私が勝つ!
棋譜の読み上げを担当する女流棋士の先生が振り駒を行なって、先手は赤金君、後手が私に決まった。
「それでは、対局を始めてください」
『よろしくお願いします』
おたがいに、深く頭を下げる。すぐさま、赤金君は7六歩と角道を開けた。
――どう攻めてくる? 居飛車? それとも振り飛車?
まだ赤金君の戦法は分からない。ここは慎重に――
「……今日の大会」
「?」
「父さんが来いって言うから関西まで来たけど、どいつもこいつもヘボばっかりだ」
「…………は?」
突然、赤金君の口から飛び出してきたのは、この大会に集まったすべての子どもたちを小馬鹿にするような言葉だった。
開いた口がふさがらない。
どうしてこのタイミングで、誰もが全力でのぞんだはずの大会で、そんなことが言えるん!?
動揺する私の目の前で、赤金君は重々しい手つきで7五歩と指す。最初に突いた歩をもう一歩前へと進める手だ。それに応じて、私も手を進める。
そして、赤金君の三手目。
彼は、盤面を睨みつけるようにして見つめながら飛車に指をかけ、そのまま7筋へと思い切りスライドした。
その一手を見て、私は思わず息を呑む。
赤金君が指したこの一手から考えられる戦型は……!
「三間飛車……!」
赤金君の選んだ意外な戦法に、客席からもどよめきが起きる。も、振り飛車で攻めてくるつもりだ!
三間飛車は、左から三列目――先手である赤金君の場合は7筋へ向かって飛車を振る、振り飛車戦法の一つだ。
「お前はどうだ? ちょっとはやれんのかよ、《竜王の娘》――いや、《五冠の娘》っつったほうがいいか?」
そこで、赤金君は、初めて笑みを見せた。
どうもうで、凶暴な――獲物を目の前にした肉食獣のような笑みを。
「っ……!」
知ってたんだ。現竜王と元女流五冠が、私の両親だってこと。
そのことにもおどろいたけれど、もっとおどろいたのは、赤金君が飛車を振ったことだ。彼の小学生名人戦での棋譜を見たけれど、その時の彼は居飛車で戦っていたはず。
――私が、振り飛車党のお父さんとお母さんの娘だから……意識された?
「……っ、上等や!」
当初の予定通り、私はゴキゲン中飛車をぶつけることにした。私の、後手番においての、一番の得意戦法を。
対局はよどみなく進んでいく。
赤金君が選んだ戦型は、三間飛車の中でも『石田流』と呼ばれるものだった。振り飛車の中でも、先手番で速攻ができるという、かなり攻撃的な戦法だ。
三間飛車とゴキ中でたたき合い……後手のこっちが不利になるのは目に見えている。
……だったら、一度玉を囲むべき⁉
思えばそれは、完全に赤金君の思惑にはまる形だったんだと思う。
それでも私は赤金君の攻めを警戒して、左辺に玉を寄せ、穴熊に組むことを選んだ。
それでも、私自身の選択への自信のなさは、どうしても手つきに表れていたのかもしれない。
「……はあ」
ふと、赤金君が、がっかりしたようにため息をついた。
「こんなもんか」
そうつぶやいた彼の表情は、どうしてか、さびしそうにも見えた。
それでも、赤金君の指し回しはかなり上手いものだった。彼は、私が穴熊を完成させる前に美濃囲いを完成させて玉を守ると、すぐさま攻撃に転じてきたのだ。
対する私は、相手玉を攻める準備も、玉の守りも中途半端なまま、赤金君の攻めを受けざるを得ない。
攻撃力の高いゴキ中を選んだのに、攻めきれない!
「くっ……!」
必死に指し続けるけれど、赤金君の巧みな攻めをどうにか受けるのがせいいっぱいで、こっちからはなかなか向こうに攻めこめない。
角を成りこんで龍馬を作ることはできたけれど、作った場所が悪い。飛車もおさえこまれてしまって、有効な攻めには使えそうにない。
そうこうしているうちに、私の玉は、あともう少し押されれば詰んでしまうという状況まで追いこまれてしまった。
――強い!
ぎり、と歯ぎしりをしながら、何とか打開策を見つけられないかと考える。
そんな私に、赤金君は、ぽつりとつぶやいた。
「……俺の父さんは、名人だ。俺も――《名人の息子》も、将棋をやれば当然強いものだって、たいがいの将棋指しがそう思ってる」
「…………?」
「どいつもこいつも、勝手に期待する。『名人の息子だから』勝てて当然だって、平気な顔して言いやがる。俺がここまで強くなるのに、小学生名人になるまでに、どれだけ苦しい思いをしたかも知らないでよ」
それは、まぎれもなく赤金君の本音らしかった。
名人の息子であるというだけで、「強くて当然」「勝って当然」と無責任に期待される。
赤金君は、どうもそれが窮屈で、苦しく思っているみたいだ。
――私には、分からない感覚だなあ……
私は、竜王の娘であり、元・女流五冠の娘だ。けれど、私自身はそんなに将棋が強いわけでもなくて、出場した大会の結果もあまりぱっとしない。
お父さんやお母さんの知り合いの棋士や女流棋士の先生たちとも何度か会ったことはあるけれど、私の将来に期待してくれていた先生はいなかったような気がする。
そこは、お父さんやお母さんの対局成績が立派すぎて、私の存在がかすんでしまっていただけなのかもしれないけれど。
それに、女子である私は、現行の将棋界の制度では棋士になれる可能性はかなり低い。
将棋界の歴史上、奨励会――研修会の上位組織である棋士の養成機関だ――で四段になった女性、つまり、プロになる資格を得た女性はただの一人もいないのだ。
女流棋士としての対局成績が特に優れている人であれば編入試験を受けることもできる。それでも、これまで編入試験を受けた人は何人かいたけれど、彼女たちはみんな、試験官になった棋士の人たちの、途方もなく分厚くて高い壁に跳ね返されてしまった。
女流棋士を目指すという道はもちろんある。けれど、私自身は、奨励会で勝ち続けて強くなったプロと肩を並べることができるほど強くなれるかというと、難しいところだ。そもそも私はまだ、奨励会どころか研修会にすら所属していない、まったくのアマチュアだし。
そんなだから、私は今まで、誰かに期待されたことも、あんまりない。
強くて当然だとか、勝って当然だとか、そんなふうに言われたり、思われたりしたことなんて、一度もない。
だから私には、赤金君の気持ちは分からない。
けれど――
「だから、遊びで将棋を指して、中途半端に強くなって、それなりでしかない覚悟でこういう大会に出るやつらがムカつくんだよ。予選で当たったやつらも――準決勝で指した、あの外国人野郎も」
「…………っ!」
アルフレッド君のことだ……
それに気付いた瞬間、全身をめぐる血がカッと熱くなるのが分かった。
「あいつからは、勝ちたいって気持ちだけは伝わってきた。でも俺に勝つのには足りない。あいつは、実戦で指し慣れてなねえ。経験が足りねえ。あいつも結局、中途半端な将棋指しだった」
中途半端? アルフレッド君が?
そんなわけない。
確かに彼は、日本に来るまで実際に盤をはさんだことはなかったけれど。それでも、学校のクラブで、道場で、時間の許す限りたくさん指してきて、今日の大会にのぞんだんだ。
赤金君からすれば、努力が足りないと思われるかもしれない。
でも、今日まで死にものぐるいで努力してきて、負けて泣くほどくやしがったアルフレッド君のことを、中途半端だなんて言われるのは、許せない!
「……赤金君は、《名人の息子》やから、強くなろうと思ったん?」
問いかけても、赤金君からの返事はない。だから、構わず、私は私のしたい話をする。
「私は。私は、竜王の娘で、元・女流五冠の娘で。それでも、周りから期待されたことも別になかったから……せやから、結構のびのび将棋をやってきたと思うわ」
「…………」
「私は、結局、お父さんとお母さんと、心でつながるために将棋を続けとったんやと思う。強くなりたいとか、勝ちたいとか、将棋が好きっていう気持ちよりも――お父さんと、お母さんと、将棋を通してつながる時間が、楽しかったから……」
だからきっと、お母さんが亡くなってからここ最近まで、私はずっと、将棋を指す意味を見失っていたんだ。
そうやって振り返りながらも、私は懸命にこの先の展開を読んでいく。
今の私がつかみたいものを、つかみ取るために。
「私、前まではお母さんとのつながりがなくなるのがこわくて、将棋にしがみついてきたんやと思う。将棋をやめたら、お母さんとふれあってきた時間が、全部なくなっちゃう気がして」
「そんなつまんないことのために、将棋をやってきたって? 生ぬるいんだよ!」
「そうかもしれへんね。――でも、今はちがう」
お父さんは、私が研修会に入りたいと思ってもいいように、私を鍛え続けてくれた。
最強の将棋指しとして、ゆるぎない強さで、私に将来の道を示そうとしてくれている。
アルフレッド君は、私に、将棋が好きな気持ちを思い出させてくれた。
今もきっと、この対局で私が勝つことを信じてくれている。
いなくなったお母さんではなく、私と同じで今を生きて、将棋を指してくれる二人。
私が、今この時大切にしたいのは、お父さんやアルフレッド君とのつながりだ。
二人の思いにこたえるためにも、私は……!
「せやから、訂正させてもらうわ」
わずかな残り時間を投じて、私は赤金君に声をかける。
「……あ?」
不機嫌そうな声とともに、盤面から顔を上げた赤金君。
闘志を宿した、燃え上がるような深いオレンジの瞳をまっすぐ見すえながら、私は、盤から一つの駒をつまみ上げる。
そして、迷った末に見つけた、たった一筋の勝ち筋を目指して、指した。
この局面を打開して、逆転勝利を呼び込む――その布石にするための一手を。
「私は、《竜王の娘》でも、《五冠の娘》でもない――《リボンの棋士》として、あんたに勝つ!」
バッッッ、チィイイイイ―――――ン!!
ひときわ高く、強く響く駒音。
決意をこめた言葉とともに、私は――大切な龍馬を、赤金君の飛車の目の前に、差し出した。
私たちが指す対局席から少し離れたところには、大盤解説(対局者の手筋を、大きな盤の図の上に再現して、担当の人が解説することだ)のためのマグネットボードが用意されている。
解説を担当するのは、もちろん、審判長の赤金名人だ。最高峰のプロ棋士が私たちの対局を解説してくれるなんて、この上なく名誉なことだ。その分、緊張もするけれど。
観客席の一番前に、お父さんとアルフレッド君の姿が見える。
お父さんは、決勝戦が始まる前に、「悔いのないようにやってきなさい」と声をかけてくれた。去年のことが尾を引いているのか、「勝ってこい」とは言わないところが、何ともお父さんらしい。
盤をはさんで向かいに座っている赤金君は、やっぱりどこか不機嫌そうな顔をしている。せっかく決勝戦まで進めたっていうのに、あんまり楽しくなさそうだ。
でも、相手がどんな様子だろうと関係ない。
――絶対に、私が勝つ!
棋譜の読み上げを担当する女流棋士の先生が振り駒を行なって、先手は赤金君、後手が私に決まった。
「それでは、対局を始めてください」
『よろしくお願いします』
おたがいに、深く頭を下げる。すぐさま、赤金君は7六歩と角道を開けた。
――どう攻めてくる? 居飛車? それとも振り飛車?
まだ赤金君の戦法は分からない。ここは慎重に――
「……今日の大会」
「?」
「父さんが来いって言うから関西まで来たけど、どいつもこいつもヘボばっかりだ」
「…………は?」
突然、赤金君の口から飛び出してきたのは、この大会に集まったすべての子どもたちを小馬鹿にするような言葉だった。
開いた口がふさがらない。
どうしてこのタイミングで、誰もが全力でのぞんだはずの大会で、そんなことが言えるん!?
動揺する私の目の前で、赤金君は重々しい手つきで7五歩と指す。最初に突いた歩をもう一歩前へと進める手だ。それに応じて、私も手を進める。
そして、赤金君の三手目。
彼は、盤面を睨みつけるようにして見つめながら飛車に指をかけ、そのまま7筋へと思い切りスライドした。
その一手を見て、私は思わず息を呑む。
赤金君が指したこの一手から考えられる戦型は……!
「三間飛車……!」
赤金君の選んだ意外な戦法に、客席からもどよめきが起きる。も、振り飛車で攻めてくるつもりだ!
三間飛車は、左から三列目――先手である赤金君の場合は7筋へ向かって飛車を振る、振り飛車戦法の一つだ。
「お前はどうだ? ちょっとはやれんのかよ、《竜王の娘》――いや、《五冠の娘》っつったほうがいいか?」
そこで、赤金君は、初めて笑みを見せた。
どうもうで、凶暴な――獲物を目の前にした肉食獣のような笑みを。
「っ……!」
知ってたんだ。現竜王と元女流五冠が、私の両親だってこと。
そのことにもおどろいたけれど、もっとおどろいたのは、赤金君が飛車を振ったことだ。彼の小学生名人戦での棋譜を見たけれど、その時の彼は居飛車で戦っていたはず。
――私が、振り飛車党のお父さんとお母さんの娘だから……意識された?
「……っ、上等や!」
当初の予定通り、私はゴキゲン中飛車をぶつけることにした。私の、後手番においての、一番の得意戦法を。
対局はよどみなく進んでいく。
赤金君が選んだ戦型は、三間飛車の中でも『石田流』と呼ばれるものだった。振り飛車の中でも、先手番で速攻ができるという、かなり攻撃的な戦法だ。
三間飛車とゴキ中でたたき合い……後手のこっちが不利になるのは目に見えている。
……だったら、一度玉を囲むべき⁉
思えばそれは、完全に赤金君の思惑にはまる形だったんだと思う。
それでも私は赤金君の攻めを警戒して、左辺に玉を寄せ、穴熊に組むことを選んだ。
それでも、私自身の選択への自信のなさは、どうしても手つきに表れていたのかもしれない。
「……はあ」
ふと、赤金君が、がっかりしたようにため息をついた。
「こんなもんか」
そうつぶやいた彼の表情は、どうしてか、さびしそうにも見えた。
それでも、赤金君の指し回しはかなり上手いものだった。彼は、私が穴熊を完成させる前に美濃囲いを完成させて玉を守ると、すぐさま攻撃に転じてきたのだ。
対する私は、相手玉を攻める準備も、玉の守りも中途半端なまま、赤金君の攻めを受けざるを得ない。
攻撃力の高いゴキ中を選んだのに、攻めきれない!
「くっ……!」
必死に指し続けるけれど、赤金君の巧みな攻めをどうにか受けるのがせいいっぱいで、こっちからはなかなか向こうに攻めこめない。
角を成りこんで龍馬を作ることはできたけれど、作った場所が悪い。飛車もおさえこまれてしまって、有効な攻めには使えそうにない。
そうこうしているうちに、私の玉は、あともう少し押されれば詰んでしまうという状況まで追いこまれてしまった。
――強い!
ぎり、と歯ぎしりをしながら、何とか打開策を見つけられないかと考える。
そんな私に、赤金君は、ぽつりとつぶやいた。
「……俺の父さんは、名人だ。俺も――《名人の息子》も、将棋をやれば当然強いものだって、たいがいの将棋指しがそう思ってる」
「…………?」
「どいつもこいつも、勝手に期待する。『名人の息子だから』勝てて当然だって、平気な顔して言いやがる。俺がここまで強くなるのに、小学生名人になるまでに、どれだけ苦しい思いをしたかも知らないでよ」
それは、まぎれもなく赤金君の本音らしかった。
名人の息子であるというだけで、「強くて当然」「勝って当然」と無責任に期待される。
赤金君は、どうもそれが窮屈で、苦しく思っているみたいだ。
――私には、分からない感覚だなあ……
私は、竜王の娘であり、元・女流五冠の娘だ。けれど、私自身はそんなに将棋が強いわけでもなくて、出場した大会の結果もあまりぱっとしない。
お父さんやお母さんの知り合いの棋士や女流棋士の先生たちとも何度か会ったことはあるけれど、私の将来に期待してくれていた先生はいなかったような気がする。
そこは、お父さんやお母さんの対局成績が立派すぎて、私の存在がかすんでしまっていただけなのかもしれないけれど。
それに、女子である私は、現行の将棋界の制度では棋士になれる可能性はかなり低い。
将棋界の歴史上、奨励会――研修会の上位組織である棋士の養成機関だ――で四段になった女性、つまり、プロになる資格を得た女性はただの一人もいないのだ。
女流棋士としての対局成績が特に優れている人であれば編入試験を受けることもできる。それでも、これまで編入試験を受けた人は何人かいたけれど、彼女たちはみんな、試験官になった棋士の人たちの、途方もなく分厚くて高い壁に跳ね返されてしまった。
女流棋士を目指すという道はもちろんある。けれど、私自身は、奨励会で勝ち続けて強くなったプロと肩を並べることができるほど強くなれるかというと、難しいところだ。そもそも私はまだ、奨励会どころか研修会にすら所属していない、まったくのアマチュアだし。
そんなだから、私は今まで、誰かに期待されたことも、あんまりない。
強くて当然だとか、勝って当然だとか、そんなふうに言われたり、思われたりしたことなんて、一度もない。
だから私には、赤金君の気持ちは分からない。
けれど――
「だから、遊びで将棋を指して、中途半端に強くなって、それなりでしかない覚悟でこういう大会に出るやつらがムカつくんだよ。予選で当たったやつらも――準決勝で指した、あの外国人野郎も」
「…………っ!」
アルフレッド君のことだ……
それに気付いた瞬間、全身をめぐる血がカッと熱くなるのが分かった。
「あいつからは、勝ちたいって気持ちだけは伝わってきた。でも俺に勝つのには足りない。あいつは、実戦で指し慣れてなねえ。経験が足りねえ。あいつも結局、中途半端な将棋指しだった」
中途半端? アルフレッド君が?
そんなわけない。
確かに彼は、日本に来るまで実際に盤をはさんだことはなかったけれど。それでも、学校のクラブで、道場で、時間の許す限りたくさん指してきて、今日の大会にのぞんだんだ。
赤金君からすれば、努力が足りないと思われるかもしれない。
でも、今日まで死にものぐるいで努力してきて、負けて泣くほどくやしがったアルフレッド君のことを、中途半端だなんて言われるのは、許せない!
「……赤金君は、《名人の息子》やから、強くなろうと思ったん?」
問いかけても、赤金君からの返事はない。だから、構わず、私は私のしたい話をする。
「私は。私は、竜王の娘で、元・女流五冠の娘で。それでも、周りから期待されたことも別になかったから……せやから、結構のびのび将棋をやってきたと思うわ」
「…………」
「私は、結局、お父さんとお母さんと、心でつながるために将棋を続けとったんやと思う。強くなりたいとか、勝ちたいとか、将棋が好きっていう気持ちよりも――お父さんと、お母さんと、将棋を通してつながる時間が、楽しかったから……」
だからきっと、お母さんが亡くなってからここ最近まで、私はずっと、将棋を指す意味を見失っていたんだ。
そうやって振り返りながらも、私は懸命にこの先の展開を読んでいく。
今の私がつかみたいものを、つかみ取るために。
「私、前まではお母さんとのつながりがなくなるのがこわくて、将棋にしがみついてきたんやと思う。将棋をやめたら、お母さんとふれあってきた時間が、全部なくなっちゃう気がして」
「そんなつまんないことのために、将棋をやってきたって? 生ぬるいんだよ!」
「そうかもしれへんね。――でも、今はちがう」
お父さんは、私が研修会に入りたいと思ってもいいように、私を鍛え続けてくれた。
最強の将棋指しとして、ゆるぎない強さで、私に将来の道を示そうとしてくれている。
アルフレッド君は、私に、将棋が好きな気持ちを思い出させてくれた。
今もきっと、この対局で私が勝つことを信じてくれている。
いなくなったお母さんではなく、私と同じで今を生きて、将棋を指してくれる二人。
私が、今この時大切にしたいのは、お父さんやアルフレッド君とのつながりだ。
二人の思いにこたえるためにも、私は……!
「せやから、訂正させてもらうわ」
わずかな残り時間を投じて、私は赤金君に声をかける。
「……あ?」
不機嫌そうな声とともに、盤面から顔を上げた赤金君。
闘志を宿した、燃え上がるような深いオレンジの瞳をまっすぐ見すえながら、私は、盤から一つの駒をつまみ上げる。
そして、迷った末に見つけた、たった一筋の勝ち筋を目指して、指した。
この局面を打開して、逆転勝利を呼び込む――その布石にするための一手を。
「私は、《竜王の娘》でも、《五冠の娘》でもない――《リボンの棋士》として、あんたに勝つ!」
バッッッ、チィイイイイ―――――ン!!
ひときわ高く、強く響く駒音。
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