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第十局
☖ はるかぜ
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窓の外を吹き抜ける風が、咲きこぼれる桜の花を揺らしている。
春休みも終わりを告げて六年生に進級した私は、研修会所属の新米研修生として、あいも変わらず将棋漬けの日々を送っていた。
第四日曜日の今日は、月に二回ある例会の日。
そして、アルフレッド君が受ける研修会の入会試験、その一日目でもある。
研修会の入会試験は、二回の例会で八局を戦って、その成績や対局の内容をもとに、どのクラスへふりわけられるかが決まる。もちろん、たくさん勝つに越したことはない。
その一局目を前にして、私たちは、盤をはさんで向かい合い、言葉を交わしていた。
「まさか、こんなに大事な一戦で、サファイアと当たるとは思わなかったよ」
パチ、パチ。
ていねいに駒を並べながら、アルフレッド君がほほえむ。
やわらかな金髪が、窓から差しこむ日差しに照らされて、きらきらときらめいていた。
「私も。まさか、こんな大事な場面で、アルフレッド君とやらせてもらえると思ってへんかった」
力強い筆文字の『王将』を手に取って、私もほほえみ返す。
窓から吹き込んでくる春風が、ひとふさ結んだ私の髪をふわりと揺らした。
イギリスに残って大学に通っているのだというお兄さんと会うために、春休みは向こうに帰っていたアルフレッド君。
その都合で三月の研修会試験を受けられなかった彼は、イギリスからもう一度日本へ帰ってきたタイミングで、私のお父さんに正式に弟子入りした。私にとっては弟弟子になるかたちだ。
そんな彼が、プロ棋士の卵としてよりよいスタート地点に立つための、大切な試験。
その記念すべき一局目を任せてもらえたのは、私としては心苦しくも、そして嬉しくもあった。
プロ棋士というはるか高みの目標を目指す仲間としてアルフレッド君を心から応援したいのに、こうして対局者として盤を挟むと、やっぱり、負けたくない、勝ちたいっていう気持ちのほうが圧倒的に強くなる。
きっとそれが、将棋指しとして生きる、私たちの宿命。
私たちは、これからきっと何度でも、こうして盤を挟んで対話をし、人生をかけて勝負をくり返す。
例えその相手が、私に夢を思い出させてくれた、大切な友達だったとしても。
それ以上は何も言葉を交わさずに、私たちは駒を並べ終えて、しっかりと姿勢を正す。
ここから先、言葉で語ることは何もない。将棋指しがこうして向かいあったなら、お互いの気持ちは、盤上でぶつけあうだけだ。
「それでは、対局を開始してください」
幹事の先生の言葉に、私たちはそろって、盤よりも深いお辞儀をした。
『よろしくお願いします!』
対局前の挨拶をすませると、先手のアルフレッド君は、すぐさま初手を指した。
7六歩――角の通り道を開ける一手だ。
その一手を見届けて、私は静かに目を閉じる。
右側の髪を結んだ青いリボンを、そっとなでるように指先で触れる。
言葉の代わりに指し手を交わし合うことしかできない彼に向けて、私はそっと、心の中で決意を言葉にした。
「(アルフレッド君。私ね)」
私、もう絶対に、自分を――将棋で強くなりたいっていう思いを、あきらめない。
絶対に負けない、なんて大それたことは言えない。今は、まだ。
勝つこともあれば、負けることもある。
一度も負けないまま生きていける人なんて、ただの一人だっていやいない。
将棋の世界で生きていくって、そういうことだ。
それでも、もしまた大切な将棋で負けたとして、その傷から目をそらすことだけは、もう絶対にしない。
お母さんに「将棋をやめたい」って言った時の私は、負けたことから逃げ出したかっただけだった。
それが分かっていたから、お母さんも、あえて冷たくつきはなして、そこから私が立ち直るのを待っていてくれたんだ。
でも、あんなふうに、負けたことぐらいでうじうじするのは、もうやめる。
どんなにつらくても、顔を上げて、前を向いて、胸を張って、私の信じた道を行ける人間でいよう。
将棋が大好きだっていう気持ち。
それが、《リボンの棋士》の、唯一にして最強の武器なんだから。
決意とともに、私は角道を閉じていた歩をつまみ上げ、迷いなく盤面に打ちつける。
――パチン!
響いた駒音は、高くすんで、部屋いっぱいに響きわたった。
【サファイア!~リボンの棋士はあきらめない~ 了】
春休みも終わりを告げて六年生に進級した私は、研修会所属の新米研修生として、あいも変わらず将棋漬けの日々を送っていた。
第四日曜日の今日は、月に二回ある例会の日。
そして、アルフレッド君が受ける研修会の入会試験、その一日目でもある。
研修会の入会試験は、二回の例会で八局を戦って、その成績や対局の内容をもとに、どのクラスへふりわけられるかが決まる。もちろん、たくさん勝つに越したことはない。
その一局目を前にして、私たちは、盤をはさんで向かい合い、言葉を交わしていた。
「まさか、こんなに大事な一戦で、サファイアと当たるとは思わなかったよ」
パチ、パチ。
ていねいに駒を並べながら、アルフレッド君がほほえむ。
やわらかな金髪が、窓から差しこむ日差しに照らされて、きらきらときらめいていた。
「私も。まさか、こんな大事な場面で、アルフレッド君とやらせてもらえると思ってへんかった」
力強い筆文字の『王将』を手に取って、私もほほえみ返す。
窓から吹き込んでくる春風が、ひとふさ結んだ私の髪をふわりと揺らした。
イギリスに残って大学に通っているのだというお兄さんと会うために、春休みは向こうに帰っていたアルフレッド君。
その都合で三月の研修会試験を受けられなかった彼は、イギリスからもう一度日本へ帰ってきたタイミングで、私のお父さんに正式に弟子入りした。私にとっては弟弟子になるかたちだ。
そんな彼が、プロ棋士の卵としてよりよいスタート地点に立つための、大切な試験。
その記念すべき一局目を任せてもらえたのは、私としては心苦しくも、そして嬉しくもあった。
プロ棋士というはるか高みの目標を目指す仲間としてアルフレッド君を心から応援したいのに、こうして対局者として盤を挟むと、やっぱり、負けたくない、勝ちたいっていう気持ちのほうが圧倒的に強くなる。
きっとそれが、将棋指しとして生きる、私たちの宿命。
私たちは、これからきっと何度でも、こうして盤を挟んで対話をし、人生をかけて勝負をくり返す。
例えその相手が、私に夢を思い出させてくれた、大切な友達だったとしても。
それ以上は何も言葉を交わさずに、私たちは駒を並べ終えて、しっかりと姿勢を正す。
ここから先、言葉で語ることは何もない。将棋指しがこうして向かいあったなら、お互いの気持ちは、盤上でぶつけあうだけだ。
「それでは、対局を開始してください」
幹事の先生の言葉に、私たちはそろって、盤よりも深いお辞儀をした。
『よろしくお願いします!』
対局前の挨拶をすませると、先手のアルフレッド君は、すぐさま初手を指した。
7六歩――角の通り道を開ける一手だ。
その一手を見届けて、私は静かに目を閉じる。
右側の髪を結んだ青いリボンを、そっとなでるように指先で触れる。
言葉の代わりに指し手を交わし合うことしかできない彼に向けて、私はそっと、心の中で決意を言葉にした。
「(アルフレッド君。私ね)」
私、もう絶対に、自分を――将棋で強くなりたいっていう思いを、あきらめない。
絶対に負けない、なんて大それたことは言えない。今は、まだ。
勝つこともあれば、負けることもある。
一度も負けないまま生きていける人なんて、ただの一人だっていやいない。
将棋の世界で生きていくって、そういうことだ。
それでも、もしまた大切な将棋で負けたとして、その傷から目をそらすことだけは、もう絶対にしない。
お母さんに「将棋をやめたい」って言った時の私は、負けたことから逃げ出したかっただけだった。
それが分かっていたから、お母さんも、あえて冷たくつきはなして、そこから私が立ち直るのを待っていてくれたんだ。
でも、あんなふうに、負けたことぐらいでうじうじするのは、もうやめる。
どんなにつらくても、顔を上げて、前を向いて、胸を張って、私の信じた道を行ける人間でいよう。
将棋が大好きだっていう気持ち。
それが、《リボンの棋士》の、唯一にして最強の武器なんだから。
決意とともに、私は角道を閉じていた歩をつまみ上げ、迷いなく盤面に打ちつける。
――パチン!
響いた駒音は、高くすんで、部屋いっぱいに響きわたった。
【サファイア!~リボンの棋士はあきらめない~ 了】
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