赤鯨の通る所

まゆはき

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旅の邪魔する通り雨

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じゃあ、私はチーズケーキを頼むから、って言うの。
「お前って、割と気が効くっつーか、ちゃんと人間だよな。」
「何、人間じゃないみたいな言い方するじゃないの。」
「現に人間じゃねえだろ。」
突然降り出した大雨から逃げて辿り着いたのは、どこかの廃れた街の、壊れたカフェの中。埃と錆びた鉄と土の臭いがする店内で、今にも壊れそうなテーブル席に座って。マニアは、昨日手に入れたばかりのろ過水を水筒で飲んでいた。
「昔の私はちゃんと人間だったわけだし、気くらい遣うわよ。ましてや、好きな相手だもの。」
「だからって、嫌いなチーズケーキ頼むやつがいるかよ。っていうか、なんでカフェなんか行ったんだよ。お前甘いの全般無理なんだろ。」
「仕方ないじゃない、あの子甘い物好きなのよ。」
他愛ない世間話。彼が「あんまカフェとか行ったことねえな」と言ったことから始まった会話は、意外と成立してしまって少し面白かった。
だって、「私は愛人と沢山行ったわよ」ってちょっと当てつけに言ったら、「俺らはジャンクフードだったなあ」なんて軽く対抗されてしまうんだもの。そりゃあ、お互いの自慢話くらいしたくなるでしょう。
「甘い物好きって、……特に何が?」
「全般ねえ。チョコもケーキも、……強いて言うなら、柔らかかったりふんわりしてるものが好きだったかしら。さくさくしてるのも。」
「あー……だからチーズケーキとアップルパイで悩んだ、と。」
「パンケーキも頼もうとしてたわね。」
「図々しいな。本当にソイツ自殺願望あったのかよ。」
「あったわよ、それはもう病的にね。」
暇さえあれば、死に関連するものに気を引かれるような子だった。でも、何か甘い物を目の前にすると、それがぱったりと無くなるもので。口の中から無くなった瞬間に正気に戻ってしまうのがおかしくて、でも、そういうところも好きで。
「死んだら食えなくなるだろ……。俺が言うのもあれだけど、変な奴だな。」
「そうねえ。本当におかしな子だったわ。」
「それ好きな奴に言うことかよ。」
「だから好きだったんじゃない。」
「変な趣味だな。」
眉を思いっきり寄せて、うめくみたいに彼は言う。そういう自分だって、とも思うけれども、私はこの人のお相手様を詳しくは知らないから、強くは言えなかった。
「どうせ自分も頼むから、相手が悩んでる片方を選んで半分こ、ねえ。」
「……羨ましい?」
「俺らも似たようなことしてたぞ。」
「下心ありで?」
「ねー……………………よ……無い、から。」
「間接とか?意識した?」
「……………………。」
ああ、顔が真っ赤。こういうところは初心だから面白い。
笑いをこらえきれなくて思わず笑い声を漏らしたら、「笑うなよ」ととがめられる。これがまた物凄く覇気のないものだからおかしかった。
好きな奴の死体を探してる、なんて。そんな頭のイカれた発想をする割には、こういう感覚がしっかりしている。あの子に比べたら足元にも及ばないだろうけど、ちょっと感覚が違うっていうか、多分どこかが故障してる。
まあ、こんな世界でマトモな人間といる方が、気が触れそうだ。ちょっとくらい頭のネジ飛んでる人と一緒にいた方が、まだ自暴自棄にならないで済む。経験論。
「あーあ、もっと早く貴方と出会いたかったわ。そうしたら、いくらでも惚気られたのに。」
「…………すっげえ迷惑。」
「んふふ。」
心底嫌そうな顔を浮かべる彼。外からはずっと雨音が響いていて、一定のリズムを刻んでいる。世界の終わりとは思えないくらいに穏やかな雑談場。これで、このテーブルの上に珈琲とハンバーガーがあれば正解。
「あ、そういやお前、オレがあげたチョコは美味しいとか言って食ってたけど、あれも本当はやばかったんじゃねえの。甘いの駄目だったら。」
「そりゃあ、まあ。」
「やっぱ吐き出しときゃ良かったんじゃねえか……」
「美味しかったって言ってるじゃない。」
「噓つけ…………。」
本当にここに、食べ物があれば良かったのに。貴方のお相手様も、あの子もここにいれば良かったのに。それだったら、きっともっとおかしくて面白いのに。
「……ねえ、貴方のお相手様の生徒証とかないの?顔が見てみたいわ。」
「はあ?んだよ、藪から棒に。」
「だって、惚気聞いてあげてるのに顔も知らないなんて、勿体ないじゃない。」
「誰が惚気だよ。っていうか、持ってると思うか?」
開けっ放しになっていた水筒の蓋を閉める音、かち。舌打ちみたいなそれに笑いながら「思わないわよ」と返したら、「じゃあ聞くなよ」と正論をぽい。痛くも痒くもない。
「それ言うなら、お前は持ってんのかよ。愛人さんの生徒証。」
「手帳はないけれど、写真はあるわよ。」
「ほらやっぱりない、…………はあ?」
ああ、そういう反応。本当に滑稽で好き。マトモらしくて。
素っ頓狂な声が、荒れたカフェに響いてすぐに雨音にかき消される。私は、随分と汚れてしまった黒ジャケットのポケットを漁って、その底に張り付いていたものをびりっと破って取り出した。
ぐしゃぐしゃになった写真。雨に濡れたり土をかぶったりしたせいでかなり見えにくいけれど、そこにはちゃんと、私の大好きなあの子が写っていた。
確か、生徒証で使った写真の余りを、私が冗談を言ってもらったんだったような。「欲しい」と言ったら、すごく嫌な顔をされながら一枚くれて、……「あの日」だった。最後の日。世界がこうなる前の一日前の出来事。だからポッケに残ってる。
「…………んだこれ。半目じゃねえか。」
「半目ねえ。」
最後の日にもらったものが、好きな子が半目で写ってる写真、なんて。
「あー、上手く撮れねえよな、生徒証とかの写真って。」
「何その下手なフォロー。」
「俺のとこも、あいつ何回も目ぇつぶっちまって、すごい時間かかってたな。」
「さらっと惚気ないでほしいわ。」
「惚気てねえって。」
世界の終わりの次にするのが恋バナなんて、本当、馬鹿みたいだ。
ただそれでも、頭のおかしい二人で会話をするのは、そんなに嫌じゃない。
どうせ、最後には全部無くなるの。そうでしょ、貴女だってそう言ってたものね。
懐かしそうに、心底幸せそうに思い出話をする彼を見る。
そうね、どうせこの男が先に行っちゃうんだもの。それで、私は一生誰もいない所で、貴女に会えずにずっと死ねないんだわ。
だから、ね。こんな会話くらい、楽しんだってバチ当たらないでしょう?

【旅の邪魔する通り雨】
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