雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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epilogueー未来の途中ー

epilogue 1

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「お母さん、前に行かないの?」

会場の一番後ろ、端に立つ私の隣にいる真白ましろが、不思議そうに私を見た。

 この日、創介さんの社長就任挨拶が行われる。
 丸菱グループ本社ビルにある、一番大きな部屋。私たちの前には、たくさんの幹部や管理職社員たちが集まり始めていた。会場は華々しい雰囲気に包まれていた。

「会社の主役は社員の皆さんたちでしょう? 私はあくまでも裏方だもの。ここでいいの」

この場は、本来なら私は出席しなくても良い場だ。そういう席では、目立つ必要はない。それに、こうして一番後ろから、社員たちの表情を見る。それも大切なことだ。

「この場に呼んでもらえただけで、感謝しないと」

前の晩、創介さんが私にただ一言、こう言った。

『明日、おまえも出席してくれ』

やはり、その瞬間を目の当たりにできるのは、嬉しい。

「それに、お母さんは、この場所の方が好きなのよ」
「ふーん」

父親の晴れの姿を見たいのか、それとも単なる興味本位なのか。高校ニ年の娘の真白もついてきた。 

中学生の息子の崇史たかしは、部活のことで頭がいっぱいでまるで興味を示さなかったけれど。

――社長より、ワールドカップのMVP選手の方がスゲーだろ。

崇史の言葉を思い出して、一人笑ってしまいそうになる。でも、そういう感覚に育てて来たのは創介さんだ。

 一企業の社長という立場は、ただの役割であって、それをもって人としての価値が決まるわけじゃない。
 子供たちを、地位や立場で人を見定めるような人にはさせたくないと考えている。それが、私にはよく分かっていた。

だからこそ、父としての創介さんを尊敬できるように子供たちには伝えて来たつもりだけれど――。

子どもたちは子どもたちで、自分の世界を見つけ始めている。そんな年になったのだなと、改めて実感した。

「奥様、本日は、おめでとうございます」

真白と会話をしていたら、私に声を掛けて来る人がいた。それと同時に、真白が一歩後ろへと下がる。

「柳さん。本日は、どうされたんですか?」

そこにいたのは、丸菱グループ執行役員の奥様だった。

「奥様も今日、こちらにいらっしゃるんじゃないかと聞きまして。私は全然関係ないんですけれど、どうしても奥様に直接お祝いを述べたくて、主人に無理やり頼んで会場に入り込んだんです」

柳さんは、つい先日幹部になったばかりの方の奥様で、初めて幹部婦人の会に出席された方だった。

「それは、どうもご丁寧にありがとうございます」
「先日の婦人会で、私、本当に不安だったんです。そんな私が、奥様にどれだけ救われたか。会の終わりには緊張なんて忘れてしまって、心から楽しんでいる自分がいました。本当にお世話になりました」

何度も私に頭を下げる柳さんに、こちらの方が恐縮してしまう。

「お世話だなんてとんでもないです。こちらの方こそ、仲良くしていただけて嬉しかったんです。今後とも、どうかよろしくお願い致します」

ゆっくりと頭を下げて、柳さんに向き合った。

「私なんかで何のお役に立てるのかは分かりませんが、出来る限り尽力させていただければと思います」

そう言って、また、柳さんが頭を下げる。

 幹部婦人の集まりは、今も変わらず開催されている。創介さんが専務取締役の頃までは、私が会を取り仕切る役が回って来ていた。その後も、幹部夫人として参加している。
 幹部の婦人たちが集まること自体は悪いことだとは思わない。誰もが最初は不安で分からないことばかりだ。そんな時、いろいろと教えてもらえる場があるのは心強い。
 だからこそ、その場を別の意図を持つものにしてはならないとずっと思って来た。ただ、支え合う場。夫の立場を振りかざすところではない。
 もう一度深く頭を下げられてから、柳さんは立ち去った。

「――お母さんってさ、本当にお父さんのこと好きだよね。じゃないと、あんなに尽せないでしょ」
「……え?」

ぼそっと出た言葉に、真白を見つめる。

十七歳にもなると、そんな風に何もかもを分かったような表情で大人びたことを言うのだろうか――。

最近、驚かされることが多い。

「幹部の奥さんたちのお世話したり、お父さんの仕事関係のパーティーだって言えば全部付いて行って、接待みたいなことをしたり。それ、丸菱の社員だったら給料もらってやることでしょう? お父さんもいつも忙しそうだけど、お母さんだっていつでもサポートして、家のこともして息つく暇もない。それなのに、お母さんはタダ働き。お父さんのこと、好きじゃなきゃ出来ないと思う」

冷めた表情で溜息をついてみたり。思春期の女の子の心は複雑で難しい。

「――大好きに決まってるじゃない。だって、お父さん、かっこいいでしょう?」

にっこりとして真白にそう答えた。

「かっこいいって……。そんな理由?」

呆れたように真白が私を見る。意思の強そうな口もとが、創介さんにそっくりだ。

「そうよ? お母さんにとっては、ずっとかっこいい人よ――」
「――それでは、お待たせいたしました。丸菱グループ代表取締役社長就任挨拶を始めさせていただきます」
「そろそろ始まるわね」

場内にアナウンスが響き渡る。

 会場内には、主に幹部と管理職が集められている。それだけでも、数えられないほどの人。そして、その下には何十万という社員がいる――。

 創介さんは、実質、そのトップに立つのだ。

 アナウンスの後、創介さんが壇上の中央にあるマイクの置かれた場所へと歩いて行く。今も変わらない、背筋の伸びた姿は、いくつになっても私の胸を高鳴らせる。
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