闇を泳ぐ

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第一章 たった一人の家族

ーメイー①

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 砂場と錆びついたブランコ、そしてペンキの剥げたベンチが一つあるだけの小さな公園に、夕焼け小焼けのメロディーが流れて来た。間延びしたような旋律が忍び寄るように耳に入り込む。春特有の生温い空気を寂しいものに変える。

「もう帰る時間だね」

このメロディーが聞こえて来たら家に帰る。入学したばかりの小学校で先生がそう言っていた。

「まだ大丈夫だよ。空は暗くなってない」

四つ年上の兄が、少し歪んだ笑顔をしてそう言った。

「でもね、学校で水上先生が言ってたよ。『夕焼け小焼け』が聞こえて来たらおうちに帰りなさいって。学校の先生の言うことは聞かなくちゃいけないんだよ」

先生というものを見たのは、小学校に入って初めてのことで、私にとってとても素敵で優しい大人だった。だから、その水上先生との約束を破るようなことはしたくない。

「夕焼け小焼けが鳴るのが早すぎるだけだよ。もう少し遊んで行こう。ほら、メイの作ってるケーキ、まだ完成してないじゃないか」

どの指の爪にも砂が入り込んでいる手のひらの下には、まだ造り途中の砂のケーキがある。兄が学校から帰って来てからすぐにこの公園に来て、それからずっとケーキ作りに熱中していた。

「そうだけど……、でも、水上先生が……」

ケーキも完成したいけど、先生との約束も気になる。周りにいた何人かの子供たちも次々に公園から出て行く。母親が呼びに来る子もいた。

「メイ、もう少しだけここにいよう? 兄ちゃん、ケーキ食べたいからさ」
「……うん。分かった」

あまりに必死に言うものだから、水上先生よりも目の前にいる兄の言うことを聞いてあげたくなった。それに、この日は兄の誕生日だ。

「ありがと。じゃあ、早く完成させちゃおっか」

安心したように笑う兄につられて、私も笑った。水上先生、今日だけごめんね――。心の中でそう呟いて、砂のケーキを兄と一緒に作った。

「出来た!」

両手を上げて立ち上がる。その頭上の空は、もう完全に真っ暗になっていた。公園に一つある今にも切れそうな街灯の明かりだけが頼りだ。

「メイ、上手に出来たな。とっても美味しそうだ」

隣にいる兄の顔も暗がりの中にある。それでも、その顔が嬉しそうだということは分かるから、私まで嬉しくなった。

「だって、お兄ちゃんの誕生日だもん。メイがケーキ作るって約束したから」

さっき、水上先生の約束と天秤にかけていたのも忘れて、得意げにそう言った。

「兄ちゃん、嬉しいよ」
「えっと……お兄ちゃんは、今日で……」
「十一歳だ」
「そうそう、じゅういっ歳になるんだね。お誕生日おめでとう。お誕生日はケーキでお祝いするなんて、メイ、小学校に入って初めて知ったよ。お兄ちゃんは知ってた?」

小学校で、四月生まれのお友達の誕生日会をクラスでやった。その時、水上先生が『おうちではケーキが食べられるね』って言っていたのだ。

「……兄ちゃんも、知らなかった」

瞬きをぱたぱたと二度ほどして兄はそう言った。

「そっか。でも、メイの誕生日にはいつも、お兄ちゃんがお花くれたでしょ? メイ、お花も凄く嬉しいよ」

兄の笑顔がやっぱりなんだか悲しそうに見えて、慌ててそんなことを言う。

「でも、今度の五月のメイの誕生日には、兄ちゃんもケーキ作ってやるからな」
「うん!」

既にくっきりと月の浮かぶ空の下で、二人だけで兄の誕生日パーティーをした。とっくに夕焼け小焼けの約束のことなんて忘れて。

 いつでも傍に兄がいてくれることが、この頃の私には当たり前だった。
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