闇を泳ぐ

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第三章 たった一人の大切な人

―春彦―②

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 メイの身体を抱きあげた。慌てるメイに構わず、そのまま風呂場へと連れて行く。

「どれだけ言っても分からないなら、俺が全部消してやる」

メイを苦しめたのは俺だ。俺の手で、その身体に残る忌まわしい跡も、感触も、全部なかったことにする。

 何が俺にこうさせているのか、もはや分からない。兄としての行動を逸脱しているのかもしれない。常軌を逸しているのかもしれない。でも、自分でも止められない。

「おまえはどこも汚くなんかない。今日触られたところは全部、洗い流してしまえば消え去るんだよ。どこにも残らない」

そんな簡単なことじゃないことは分かっている。でも、メイにそう思い込ませたかった。身体を濡らすシャワーのしぶきが、今まで知らなかった自分を連れて来る。

「いやっ」

妹の服を脱がしている。まともじゃないんだと、頭の片隅では分かっている。子どもじゃない妹を全裸にして、自分が何をしているのか――。

 それでも、メイに訴えたかった。露わにした身体を隠そうとしたメイの腕を強引に掴んだ。

「どこも汚くなんかない。メイは昔からずっと、変わらず綺麗な子だよ」

生まれて来た瞬間から見て来た。いつだって、メイは俺の宝物だった。地獄のような毎日の中の、俺のたった一つの光だった。

可愛くて、何よりも守りたかった女の子――。

「何よりも大切な妹だよ」

メイは、妹だ。

「おまえは、もう苦しむ必要なんてない」

目の前にあるメイの身体を沿うように、いくつも筋となってしぶきが流れて行く。それは、絶対に触れてはならないほどに、綺麗な身体だった。

 身体の奥底が痺れそうになって、我に返る。

「もう全部、この水が洗い流したんだ。おまえの身体には何も残っていない」

目の前にいるのは妹だ。その身体から視線を逸らす。

「タオル持って来るから」
「お兄ちゃんっ」

そこから離れようとした俺を、メイの腕が止めた。掴まれたメイの手のひらの感触に、身体が強張る。

「私、まだ、残ってる。唇、残ってるの」

メイの指がためらいがちにその唇に触れる。じっと見つめて来るメイの目は、いつものメイとは全然違う。何かに追いつめられているような、熱に浮かされているような目――。

何を言ってるんだ?

逸らさず真っ直ぐに見上げて来るその目が、俺を捉える。乞われるようなその視線に、激しいほどの鼓動が胸をうつ。

「お兄ちゃん、お願い――」

メイの手のひらに力が込められて、濡れたシャツとともに握り締められる。メイの掠れた声が、鼓膜にこびりついて。そして、その目が哀しみに満ちていて、気付けばこの手がメイの頭を引き寄せていた。心も身体も傷だらけな妹の苦しげに乞う目を見れば、頭では間違っていることだと分かっていても身体が動いていた。やり方は間違っていても、今は、メイの望むことを何でもしてやりたい。それは、そんな衝動からだった。
 
 でも――。その唇に触れた瞬間。そんな綺麗な気持ちだけじゃないことを自分自身に突き付けて来た。
 慰めるように重ねるだけのつもりだったのに、メイの唇の感触を感じた時、狂おしいほどに欲情した。柔らかな唇に触れた瞬間、まるで吸い込まれるようにぴたりと重なって。それは、最初から重なり合っていたものかのように、離れられなくなる。こんな感覚は初めてのことだった。

 一度だけしたことがあるそれとは、まるで違う。同じ工場で働いていた女性と、毎日顔を合わせ言葉を交わすうちに親しくなっていった。多少の好意を持っていたのかもしれない。二人きりになったある日、彼女の方から唇を寄せて来た。でも、唇が重なった瞬間、感じたことは”違和感”だった。それは嫌悪感にも近いもので。ほんの少し触れただけで、俺は彼女の身体を突き放した。唖然とした彼女の顔を今でも忘れられない。自分でだって驚いた。「ごめん」と謝ると彼女は傷付いた顔で微笑んでいた。

 その時気付いたのだ。女性を前に性的行為を想像させる雰囲気になると、身体が自然と拒絶する。それはきっと、幼少の時に嫌という程母親のセックスを見せられて来たからだ。
 それ以来、女性に近付かれてもつい避けてしまっていた。肉体的な欲求はあるはずなのに、いざそれを前にすると吐き気と嫌悪でどうしようもなくなる。

それなのに、どうしてメイは違う? 

それどころか、どこまでも欲してしまう。

 止めなければ――。そんな理性を感じる暇も与えないほどに強烈な刺激が身体中を満たして。無意識なのか、メイの唇が薄く開いたのを感じればためらうことなくその奥へと入り込んだ。メイの小さな舌に触れてしまえば、抗うことの出来ない大きな快感の渦に飲み込まれた。
 同時に、これと同じ感触を他の男も感じたのかと思うと、見たこともない男に激しく嫉妬した。身体のほんのわずかな部分。ただそこだけが繋がっているだけだというのに、まるで――。
 身体を繋げることが、連想されて。それほどまでに、メイの唇は俺を堕として行った。

 メイは、妹だ。メイは、まだ、16歳になったばかりの女の子だ。頭の向こうがわで咎める声が聞こえる。でも、止められない。欲しい。欲してくたまらない――。

 メイが、たどたどしいながらも、その小さな舌を自らも絡めて来る。気付けば、それは互いの呼吸と合って来て。余計にこの劣情を増幅させる。呼吸をするのも許さないほどに激しく求めていた。

「……んっ、はぁ」

苦しげに息を吐き出したメイの吐息が、脳から胸へと響き渡り、俺を我へと返す。そして、まるで意識になかったシャワーの激しく流れる音が耳をつんざいた。

 遮断されていた様々な音や、事実、現実が俺の身体を急激に冷めさせた。

「ごめん、メイ。ごめん……」

俺は、一体何を――。

恐ろしいほどの失望が身体中を埋め尽くす。

俺は、一体、何をした――?

メイの身体を思い切り突き放し、その肩をバスルームの壁に押し付けた。
 メイを守ることも出来なかった。

そんな俺がメイにしてやれることは、こんなことだったのか――?

それだけじゃない。あろうことか、俺は、妹に欲情した。間違いなくメイを欲しいと思った。

 メイの顔を見られない。今の今までしていたことが、全部現実のこととして俺を目がけて迫って来る。

――最低だ。

「お兄ちゃんっ!」

メイが俺の身体を抱きしめる。あまりの失望に身体が固まる。メイの身体の熱を感じれば感じるほどに、俺の身体は強張った。

俺は、兄だ。血の繋がった、兄だ――。

 メイの身体から離れた。何か言いたげなメイの言葉をことごとく遮った。卑怯なのも、最低なことも分かっている。
 でも、俺たちは兄妹だ。これから俺は、メイを守っていかなければならない。

 例え最低な人間でも――。

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