117 / 154
《その後》二人で見た海であなたを待つ
君との未来 4
しおりを挟む身体を重ねた後、寄り添い合うように布団に入った。
「――本当に、今日はごめんなさい」
弾んだ胸を押さえながら、未雨さんが僕の腕の中で囁く。
「ん? 何が?」
「冷静になればなるほど、本当に、どうかしてる」
「今日の、こと?」
手のひらで彼女の頬にかかる髪をかき上げる。そうしたら、気恥ずかしそうに目を違う場所に向ける横顔が露わになった。
「うん。約束は明日だったのに、いきなり押し掛けて来たと思ったら自分で服を脱いだり襲うとか。こうして言葉にしてるだけで、もう、自分が信じられない」
「――バカだな。さっき、言っただろう? そういうのも全部、可愛いんだって」
額にキスをしながら、その身体をより僕の方へと引き寄せる。
「それより、本当に、何かあったんじゃないの? 今日、送別会だったんだろう?」
「何も、ないよ。私が幹事だったんだけど、無事に終えられてホッとしてる」
「そうか……」
僕の胸に身体を丸くして包まれているからその表情は分からない。
あの、未雨さんの同僚だという田中という男は、多分――。
いくら酔っているからといって、何ともない女の電話に勝手に出たりするだろうか。僕の常識から考えたら、その答えは明白だ。
それこそ、酔いの力を借りたんじゃないのか――。
その男の気持ちに、未雨さんは気付いてるのだろうか。僕よりもずっと彼女と過ごす時間の長い、見たこともない男に心がざわざわとする。
「――それより、明日また、春日井さんの図書館に行ってもいい?」
「え……?」
いつの間にか僕の腕の中から顔を出して、僕を見つめていた。
「そ、それはちょっと――」
「え? ダメ、ですか? どうして?」
未雨さんが胸元に毛布を当てながら上半身を少し起こして、僕を見下ろす形になる。
「あ……」
一体、どう言えばいい?
『君みたいな人がタイプだという上司がいるから、来たらダメ』なんて情けないこと、言えるはずもない。
「私が来たら、何か不都合なことでもあるんですか?」
ある。大ありだ。
「ないよ。そんなものない。ないんだけど――」
「もうちらりとも春日井さんを見ません。完全に、他の来館者の人と同化してみせます。だから、お願い」
くそ、北川め。一体、どう誤魔化せばいいんだ。僕が必死になって脳をフル稼働させていると、未雨さんが一瞬目を伏せ起こしていた身体を布団に戻した。
「すみません、我がまま言って。何かあるんですよね。あっ、そうだ、私、明日はいろいろしなくちゃいけないことがあったんだ。だから、図書館には行きません」
無理して笑いながらそんなことを言うものだから、今度は僕の方が身体を起こしてぶちまけてしまっていた。
「違うんだ。僕のふざけた上司が、恋人を欲しがっていて。よりにもよって、その人、君みたいな人が好みのタイプだなんて言い出すから。だから――」
「え……? 私? どうして……?」
不思議そうに僕を見ている。それも当然だ。その疑問は間違っていない。
「あ、いや……。その人が君を見たことがあるとかじゃないんだけどね。この前、物静かな感じで、涼し気な目の綺麗な人で笑うと可愛くなる子が好きだとかなんとか言っていたから……」
って、僕は一体何を言っているんだか。もう、どうにでもなれと思う。とにかく、結果として未雨さんを図書館に来させなければいいのだ。
「私、そんないい女じゃないですよ」
未雨さんが真顔で言う。僕は、思わずため息を吐く。
「……少しは自覚して」
「だって、私、男の人にモテたことなんてないですよ」
そんな顔してそんなことを言う。僕は、またも息を吐いてしまった。
「それは、君がこれまでは壁を作っていたからだ」
「でも、本当なんです。そんなこと言ったら、春日井さんは? 春日井さんなんか、絶対女の人にモテるでしょ?」
未雨さんが僕の目を何故かじっと見ながらそう言った。
「僕? まさか。何をどうしたら僕が女の人にモテるの。どこにそんな要素がある?」
そう言っても、彼女の表情はまったく変わらない。
「君くらいだよ。僕を好きだなんて言うのは」
本当だ。誰かから好意を寄せられたことなんてまったくない。そう言えば、高校生の頃、璃子に「太郎君みたいな人彼氏にしたいと思う女はいないだろうから、私が彼女になってあげてもいい」とかなんとか言われたな。そんな、せいぜいからかわれる程度の男だ。それでも、まるで信じていませんとでも言わんばかりの未雨さんの表情に、僕は笑ってしまう。
「イケメンでもないし背も高くないし? 面白味もない。何も持ってない。こんな男を襲ってくれる物好きは君くらいしかいないよ」
「――春日井さんは本当に何も分かっていない。罪な人ですね!」
そう言って、余計に怒って彼女は僕に背を向けてしまった。
え? なんで、どうして――?
「君は客観的に僕を見られなくなっているだけなんだ。でも、未雨さんは違うんだから。君に惚れる男は、多分、そこら中に転がってる」
そう言って後ろから彼女の身体を抱きしめる。
”それでも、どこにも行かないで”
そう口にしてしまいそうになって、寸でのところでその言葉を押し戻した。
次の日の朝、笑顔に戻った彼女が僕を玄関で見送ってくれた。
「仕事からそのまま来ちゃったから、私、何も持って来てないんです。だから、昼間は買い物して来ますね」
「なんか、ホントごめん。もし、時間潰せなかったら、図書館、来てくれてもいいよ……?」
玄関先で、未雨さんの笑顔を見つめて、僕はそう言っていた。
「大丈夫。ここで待ってます」
「……分かった。じゃあ、なるべく早く帰って来る」
僕に、気を遣っているのかな……。
あんなただの上司の言葉を真に受けて未雨さんに言うんじゃなかったと、今更ながらに後悔する。僕も、本当に、どうかしていると思う。彼女の笑顔に手を振り返して、そっと溜息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる