雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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《その後》二人で見た海であなたを待つ

誰より近くに 4

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 それからの春日井さんは、とてつもなく私に甘くなった。
 それまでだって、十分に優しかった。でも、それだけじゃなくなった。優しさの上に糖度までもが上乗せされたとでも言えばいいのか。とにかく、甘いのだ。これを溺愛と言うのだろうか。

「……ねぇ、太郎さん。私、自分がだめ人間になりそうで怖いです」

この週は、春日井さん――太郎さんのアパートに来ていた。そう、もう間違えて『春日井さん』と呼ぼうものなら、甘い罰が待っている。

「今度は、間違えなかったね」

畳の上に座る春日井さんの脚の間に座らされて、さっきからずっと後ろから抱きしめられている。耳元に唇を触れさせて、囁く。その度に私は声を上ずらせる。

「だって――」
「だって、間違えて呼ぶと”キスされる”から?」

う――。

「間違えてもいいのに。そうしたら、君にたくさんキスできる――」
「わ……っ」

今度は首筋に唇を感じる。

そんなことを言って、もう既に何度も何度もしているじゃない――。

「だから、そういうこと言っちゃ――」
「”ダメ人間”になる……?」

低くて掠れた、甘い声――それはまるで媚薬みたいに私の体温を上げていく。

「なっちゃいます。太郎さん、私を甘やかし過ぎです」

外で食事をした。その時は、私のなんて事ない話を優しい兄のように相槌をうちながら、時には感想を挟み聞いてくれた。レストランから出てこの部屋に帰って来るまでは、今度は甘い恋人のようにずっと手を繋いでくれて。部屋に入った途端に、身体の力全部奪われるくらいにキスをされ、気付けば服は全部脱がされ、お風呂の中でも甘く激しく愛されて。

そして、今に至る――。

「甘やかす……? そうかな」
「そう、です!」

そう囁きながら、その手も唇もじっとなんてしていないから私は身を捩る。

「それは、君が大事にされることに慣れていないからだよ。これくらい、普通じゃない?」
「で、でも、太郎さん、急にこんなに甘くなって、一体、どうしたの……?」

火照る身体をなんとかやり過ごそうとしながら、声を上げた。

「どうもしないよ。ただ――」

あ――。

襟足に、多分、太郎さんの鼻が触れている。ただそれだけで敏感に反応する。

「もう、自分が思うままに、正直に君に接することにしたんだ。こんな僕、嫌……?」

色気にまみれたその声だけで、私は、身体を触れられたみたいになる。

「嫌じゃないよ」

それどころか、もっと、あなたに溺れてしまう――。

「それなら良かった。本当は、来週君が二次会に行っても、僕のことを忘れたりしないためでも、ある……」
「なんですか、それ」

パジャマの胸の合わせ目に、入り込んで来た大きな手のひらに身体が跳ねる。

「……綺麗に着飾って、行くんだろう? そこには、たくさんの男もいるだろう。僕よりずっとイイ男もね」
「何、言ってるの――?」
「それでも、僕のことを思い出すように。もっと、甘やかそうか」

そう言うと、唇を重ねた。

「君はもっと、大切にされることに慣れた方がいい」

私の唇に重ねながら囁く。聞こえるか聞こえないかの小さく低い声で。

「未雨……君は、どこもかしこも柔らかい」

そう言ってこの日もまた、私に優しく触れる。壊れやすいものを大切に扱うみたいに。

「それに、どこを唇で触れても甘い」

本当に自分が大切な物にでもなったみたいに錯覚してしまう。親にも、恋人だと思っていた樹にも、こんな風に甘やかされたことなんてなくて。心が満たされて幸せに包まれているみたいで、身体が浮き上がってしまうような感覚で。結局この日も、一方的に満たされて上り詰めさせられた。

「私ばかりしてもらってる……」
「そんなこと気にしなくていい。僕だって十分満たされてる」

太郎さんはそう言う。私のことばかり考えて、私に笑いかける。

「来週は会えないけど、電話はするから」

温かい腕に包まれまどろんでいると、太郎さんが私に囁いた。

「太郎さんの用事って、何ですか?」
「うん、毎年この時期にしなくちゃいけないことがあってね。終わった後に詳しく話すよ。それより君も、その日二次会から帰ったら電話をして? どんなに遅くなってもいいから」
「……分かりました。電話するね」

そう答えると、太郎さんは安心したように私を抱きしめた。

「二次会、楽しんでおいで。その代わり、次会えるまでの分、抱き締めさせて」

その胸はどんな時も私を落ち着かせてくれる。温かくて大好きな広い胸に私も頬を寄せる。

「次会う時に、これからのこと、ちゃんと君と話したい」
「……はい」

私がぶつけた想いを、太郎さんはいつだって大切にしてくれる。絶対にないがしろにしたりしない。例え戸惑ったとしても、必ず私の思いを受け止めて考えてくれる。いつだって、太郎さんは自分のことより私のことを思うのだ。


 十一月最後の日曜日、もう季節は、冬へと足を踏み入れつつあった。そんな寒さを感じるこの日、同僚の結婚式の二次会が行われる。
 せっかくの結婚式なのに、午後から雨が降り出していた。パーティー用のワンピースを着て身なりを整えてから、窓の向こうを見上げる。晩秋の雨はより一層冷たさを感じる。灰色の空を、雨粒のかかるガラス越しに、溜息交じりに見つめた。
 机の上にある一枚の白い封筒に目をやる。そして、そこから視線を外しコートを羽織った。細いヒールの華奢な靴は、立つだけで心許ない。













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