フルン・ダークの料理人

藤里 侑

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第21話 新たな常連客

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「おい、あいつのことは調べがついたのか」
 とある屋敷の一室に、やけに威圧するような男の声が響く。それは無理やり威厳を出すようにも聞こえて滑稽であり、得体のしれない気味の悪さを感じさせもした。
 その部屋に明かりは頼りなげなろうそくの火のみで、ひんやりと冷たく湿った地下室に、ゆらゆらと人影が不気味に揺れる。
「ええ、もちろん」
 と、軽薄そうな男の声がする。床に散らばった資料には、黒髪の女性の写真が添付されていた。
「彼女、間違いなく転移者です」
「やはりそうだったか……しかも、回復魔法持ちだと?」
「どうします?」
「決まっているだろう。おい! 出て来い!」
 怒号にも似た男の声が響いた後、三人目の気配が地下室に現れる。
「御呼びですか」
 その声は女性のもので、男の高圧的な態度など一ミリも気にする様子もない。むしろうっすらと笑っているかのようなそんな余裕さえ感じさせる。
「この者を連れて来い」
 男は床に散らばった資料を足で示す。女はそれをのぞき込むと、怪しく笑ってみせた。
「仰せの通りに」
 ろうそくの灯はその答えを聞き届けると、ふっと消えてしまった。
 やがて、その空間には人の気配がなくなる。天井から染み出した水滴が、自らの重みで地に落ちてゆく。

「うん、間違いないな」
 試作品のスープを一口含み、アーキーは頷いた。
 やっとのことで完成したスープは豆をベースにした野菜たっぷりのポタージュに似たものだった。咲は安堵の息をつくと同時に、複雑な表情をしていた。
 アーキーも素直に喜んでいいのかどうか、分からない顔をしている。
「やっぱりこの豆が正解だったか……」
 店主から厚意でもらった希少な豆こそ、スープに必要な豆だったのだ。グリンピースに似た豆で、処理の仕方もまさにその通りである。
「今回は味の調整より、食材の仕入れが課題ですねぇ」
「そうだなあ」
 最近はディナータイムに客足が少し戻って来た。といってもディナーは出せない状態だが、ランチタイムと同じ料理を注文する客がちらほら現れるようになったのだった。
「サキさーん、いつものお客様が来てるわよ」
 と、ルシアが厨房に声をかけに来た。ルシアは少しだけ心配そうな表情を浮かべ、「大丈夫?」と小さく付け加える。
 咲は苦笑し頷いてみせると、「今行きます」と返事をする。心配そうに見送る二人の視線を感じながら、咲は、厨房を出てある席へと向かった。
 その席には、黒髪の女性が一人で座っていた。くりっとした瞳にきれいなお化粧、洋服にも気を使っていて、「かわいい女性」という言葉がよく似合う人だった。
「こんばんは、マリカさん」
 咲は営業スマイルを張り付けて言う。マリカと呼ばれた女性は振り返ると、にっこりと笑った。
「こんばんは、サキさん! 今日もお邪魔してます!」
 マリカは、咲と同じ転移者であった。咲が転移者だと分かってからというもの、マリカは足しげくフルン・ダークに通っていたのだ。はじめはランチタイムだけだったのが、最近では、ディナータイムにも来ているので咲は少し不思議に思っていたが、見知らぬ土地で心細いのだろう、と自分を納得させることにした。
 元の世界でもなかなか関わり合いの無かったタイプの人なので、咲としても距離感が図れずにいる。ほんの少し心に沸いた違和感と言葉にしがたい何かしらの感情を押し込めて、咲は笑う。
「いつもありがとうございます」
「もう、私の方が年下なんだからもっとフランクに話しかけてよ。同郷でしょ?」
「あはは……」
 先日の不届き者相手にはなんてことなく立ち向かう咲であるが、こういった相手にはどう対応すべきか分からない。
 相手はお客様、ともう一度自分に言い聞かせる。
「まあいいわ、それは追々ね。今日もおいしかったよ!」
「ありがとうございます」
 それからもいろいろとマリカは話をしていたが、咲は早く試作に戻りたくてしょうがなかった。
 スープの材料はいったん置いておくとして、他の料理の試作に取り掛かってもいいだろう。まだメインディッシュもできあがっていないのだ。ソルベやデザートも考えなくてはならない。やることは山積みだ。
(話、長いなあ……)
 そろそろ面倒くささが顔に出そうになった時、厨房からやって来たルシアに声をかけられる。
「サキさん、料理長が呼んでます」
 咲はほっとした様子でルシアに視線を向ける。
「はい、今行きます」
 そして再びマリカに視線を向けると、愛想のいい笑みを浮かべた。
「それじゃあマリカさん、失礼します」
「もう……楽しい時間ってあっという間ね。お仕事頑張って!」
「はい」
 きゅるん、という効果音が聞こえてきそうなポーズと笑顔のマリカだったが、咲が背を向けた途端、スッと表情を引っ込める。そしてまるで咲を観察するように、視線で追いかける。
 咲はアーキーと楽し気に言葉を交わしている。その様子に、マリカは目を細めたのだった。

 肉体労働とも頭脳労働とも違う、得も言われぬ疲労感に襲われながら咲は帰路に着く。いつもであればアーキーと一緒に帰っているのであるが、この日はアーキーが実家に用事かあるからと別なのだった。
「……はあ」
 明日もまたマリカが来るのか、と思うと少しだけ気が重い。いつもであればアーキーと、とりとめもない話をしながら帰るので心は軽いものだが。
(……エントランスで偶然会うとか、ないかな)
 不意にそんな考えがよぎった咲は、ハッとして頬を淡く染める。
 手の甲を頬にあてる。
(……熱い)
 あの笑顔に会って、あの声で名前を呼んでくれないだろうか、など、想像するだけで心臓が高鳴ってしまう。ああ、柄でもない、と思いながらも、どうにもこの淡い幸福感には抗えなかった。
「あーっ、サキさんいた!」
 しかし、そんな淡い気持ちを切り裂くような高い声が聞こえてきた。振り返った先には、マリカがいた。
「探しましたよ、もう」
 にこにこと笑い、跳ねるような足取りで咲に近寄ってくるマリカ。その様子は無邪気な子どものようであったが、咲は本能的に後ずさった。
「ねえ、サキさん。どうして私と仲良くなってくれないの?」
「……え」
「私ね、あなたとお友達になりたかったの」
 マリカは上目遣いで咲を見る。その表情は確かに笑顔だったが、その目に光はない。咲は恐怖と危機感を覚える。逃げろ、と本能が叫ぶ。しかし足がすくんで動けない。
「――仲良くなってくれたら、こんなことしなくてよかったのに」
 マリカは表情を変えないまま、咲の手に触れた。その瞬間、咲の意識はふっと遠ざかる。体の力が抜け、地面に倒れ伏す。
「な、なに……」
「ずるいのよ、同じ転移者なのにあなただけ幸せなんて」
 マリカは咲の手から、ブレスレットを抜き取る。完全に意識を手放す直前、咲が最後に聞いたのは、マリカの無邪気な笑い声だった。

「私の幸せのためよ、悪く思わないでね」

 マリカのそのつぶやきは、誰にも聞かれることなく、夜の闇に吸い込まれて消えていった。
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